No | 126985 | |
著者(漢字) | 岡本,有加 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オカモト,ユカ | |
標題(和) | C型肝炎ウイルスNS5Aタンパク質によるウイルス産生の制御機構の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126985 | |
報告番号 | 甲26985 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3595号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [背景・目的] C型肝炎ウイルス(HCV)は,1989年Chooらにより非A非B型肝炎の原因ウイルスとして同定された,フラビウイルス科ヘパシウイルス属のRNAウイルスである.感染患者の約50から80%で持続感染が成立し,十数年から数十年という長い年月の後,肝硬変を経て肝細胞がんに至る.全世界での感染患者は2億人近くおり,重大な社会問題である. その非構造タンパク質の一つであるNS5Aは,膜結合型のリン酸化タンパク質であり,3つのドメイン構造をとる.この内Domain IはRNA結合部位を有し,欠損変異体などを用いた実験,細胞培養において見られる適応変異からウイルスのゲノムRNA複製に重要だと考えられている.Domain IIは,インターフェロン感受性決定領域 (interferon sensitivity determining region (ISDR))を含んでおり,インターフェロン治療の反応性に関与する.Domain IIIはgenotype及び株間での配列保存性が低く,この領域への外来遺伝子の挿入により感染性粒子産生が著しく低下することが知られている.また,C末端側のセリン残基のリン酸化とCore-NS5Aの相互作用が粒子形成には必須だと報告されている.このように,NS5Aは非構造タンパク質ではあるが,ウイルスのゲノムRNA複製だけでなく感染性粒子形成にも重要な役割を果たしている.しかし,その制御機構は多くが未解明である.そこで,本研究では,培養細胞内に効率的に複製増殖が可能でありウイルスの生活環の全過程を解析可能なJFH-1株を用い,そのNS5Aを様々な株に置き換えたキメラ体のウイルス産生を比較することにより,NS5Aによるウイルス産生の制御機構を解析した. [結果] JFH-1株のNS5Aを,細胞内での複製能・粒子産生能等が異なるH77株(genotype 1a),Con1株(genorype 1b)及びJ6株(genotype 2a)のNS5Aに置換したキメラ体を作製した.In vitroで合成した全長キメラRNAをHuh 7.5.1細胞に導入し,経時的に3日間,細胞内及び上清中のCoreタンパク質の量をELISAで定量した.その結果,JFH-1株のNS5Aをこれらの株で置き換えたキメラ体は全て複製増殖し,培養上清中にCoreタンパク質を認めた.しかし,その程度は各キメラ体間により異なり,J6株のNS5Aに置換したJFH-1/5A-J6では亢進し,H77株に置換したJFH-1/5A-H77及びCon1株に置換したJFH-1/5A-Con1では減弱していた.次にこれらの株のNS5Aによる置換がウイルスの生活環のどの段階に影響しているかについて検討した.翻訳及び複製過程についてはルシフェラーゼをレポーターとしたサブゲノミックレプリコンを用いた検討を行った.その結果,JFH-1/5A-J6ではJFH-1/WTに比較してわずかな複製能の低下を認めたが,JFH-1/5A-H77及びJFH-1/5A-Con1では1/2程度まで低下していた.翻訳について差は認められなかった.また,Huh7-25を用いて培養上清中のCoreタンパク質量の差異の原因について検討した.In vitroで合成した全長キメラRNAを導入し,導入後2日目の細胞内及び上清中のCoreタンパク質を定量すると共にウイルスの感染力価を測定した.Intracellular specific infectivityを細胞内のウイルス感染力価を細胞内Coreタンパク質量で補正することで,分泌効率を上清中のウイルス感染力価を細胞内のウイルス感染力価で割ることでそれぞれ算出した.その結果,JFH-1/5A-J6ではintracellular specific infectivityが約9倍に亢進し,JFH-1/5A-H77では約1/3倍,JFH-1/5A-Con1では約1/15倍に減弱していた.分泌効率に有意な差は認めなかった. これらの結果から,JFH-1/5A-J6はJFH-1/WTに比べて顕著に高い粒子形成効率を示したため,このキメラ体のウイルス粒子形成過程について,以降の解析を行った.NS5Aがウイルス粒子形成過程に関与する分子機構として,NS5A-5B間のプロセシング効率,複製と粒子形成の切り替えに関与すると考えられるNS5Aのリン酸化状態,脂肪滴(Lipid Droplet(LD))周囲におけるNS5AとCoreとの相互作用などが報告されており,これらについて検討を行った. まず,NS5A-5B間のプロセシングについて検討した.NS3/4AによるNS5A-5B間のプロセシングに必須なアミノ酸を含むNS5AのC末端の10アミノ酸配列を比較した結果,J6株とJFH-1株において差異を認めた.これが粒子形成効率に影響している可能性を検討するため,NS5AのC末端のみをJ6株由来の配列に置き換えたキメラ体(JFH-1/5AcJ6)及びJFH-1/5A-J6のNS5AのC末端の10アミノ酸をJFH-1株由来の配列に置き換えた変異体(JFH-1/5A-J6cJFH-1)を作製し,ウイルス産生能を比較した.サブゲノミックレプリコンを用いて翻訳及び複製を評価し,Huh7-25細胞を用いて粒子形成効率及び分泌効率を評価した.その結果,JFH-1/5AcJ6はJFH-1/WTと比較して,JFH-1/5A-J6と同程度の粒子形成効率の亢進が認められた.また,JFH-1/5A-J6cJFH-1の粒子形成効率はJFH-1株と同程度であった.翻訳,複製能,及び分泌効率に有意な変化は見られなかった.そこで,これらの変異体のプロセシング効率をパルスチェイス法により検討した.T7 RNAポリメラーゼをコードする組換えワクシニアウイルスを感染させた細胞に,キメラ体プラスミドを導入し,[35S]メチオニン/システインでラベルしたタンパク質を合成させた.抗NS5B抗体で免疫沈降し,放射性シグナルを利用して,未切断のNS5ABのバンドと切断されたNS5Bのバンドを検出し,量を比較した結果,JFH-1/5AcJ6においてJFH-1/WTと比較してプロセシング効率の上昇を認めた. 次に,NS5Aのリン酸化状態についての検討を行った.NS5Aには高リン酸化型と低リン酸化型の状態が存在し,その比率により,粒子形成効率が影響されることが報告されている.また,Domain III内のセリン残基のリン酸化がCoreとの相互作用に必須であることも知られている.そこで,粒子形成効率の異なったJFH-1/WT及びJFH-1/5AcJ6の合成RNAを細胞に導入し,経時的にNS5Aのリン酸化状態をウエスタンプロッティングにより比較したが,差は認められなかった. 更に,LD周囲におけるNS5AとCoreとの相互作用がウイルスの粒子形成過程において必須であることから,JFH-1株のCoreとJFH-1,H77,Con1及びJ6株のNS5Aを293T細胞に強制発現し,免疫沈降を行って相互作用を比較した.その結果,J6株とJFH-1株のNS5AはJFH-1株のCoreとの相互作用の強度は同程度であり,NS5AのC末端の配列の置換も相互作用に影響を及ぼさなかった.一方,H77及びCon1株のNS5AとJFH-1株のCoreとの相互作用はJFH-1株より強かった. [考察] 本研究では,JFH-1のNS5Aを他の株由来に置き換えたキメラ体を作製し,これらのウイルス産生能を比較することでNS5Aがウイルスの生活環にどのように関与しているかを検討した.その結果,(1)全てのキメラ体においてウイルス産生が可能であった.(2)しかしその程度は株間によって大きく異なっており,JFH-1/5A-J6におけるウイルス産生の亢進は,その高い粒子形成効率に依存し,JFH-1/5A-H77及びJFH-1/5A-Con1のウイルス産生の低下はそれらの複製及び粒子形成効率の低下に因ることが明らかになった.(3)NS5A-5B間のプロセシング効率がJ6株のNS5Aによる置換キメラ体の粒子形成効率に重要である可能性が示唆された. JFH-1/5AcJ6では,NS5AのC末端付近の2438及び2438番のアミノ酸配列がNS5A-5B間のプロセシング効率を上昇させることにより粒子形成に関わるNS5Aの量が増加し,粒子形成効率が亢進したのであろうと考えている.本研究は,NS5Aによるウイルス粒子形成の制御機構に新たな知見を与えると共に,今回作製したNS5Aのキメラ体は培養細胞内での全長の感染増殖系がJFH-1株に限られている中で,様々なgenotypeのNS5Aに対する薬剤の効果を評価できるものとして有用であると考えられる. | |
審査要旨 | 本研究では,培養細胞内に効率的に複製増殖が可能でありウイルスの生活環の全過程を解析可能なJFH-1株を用い,そのNS5Aを様々な株に置き換えたキメラ体のウイルス産生を比較することにより,異なる株のNS5Aによるウイルスの生活環への影響を解析した. その結果,以下の4点が明らかとなった. (1) Huh7.5.1細胞に合成した全長キメラRNAを導入した際の細胞内及び上清中のCoreタンパク質の量並びに感染性の検討から,これらのキメラ体は程度の差はあったが全て複製増殖及びウイルス産生が可能であると考えられ,NS5Aを他の株由来にしてもウイルスの生活環が成立することが明らかとなった (2) 次に,ウイルス産生量の相違がウイルス生活環のどの段階に起因するのかを詳細に検討した.サブゲノミックレプリコンを用いたルシフェラーゼアッセイで複製効率を検討し,更にHuh7-25細胞を用いて,作製した全長キメラ体のintracellular specific infectivityと分泌効率をそれぞれ算出して比較した所,JFH-1/5A-H77及びJFH-1/5A-Con1のウイルス産生低下はそれらの複製及び粒子形成効率の低下に依存することが明らかになった. (3) 一方,(2)と同様に複製効率,intracellular specific infectivityと分泌効率の検討から,JFH-1/5A-J6では,JFH-1/5A-J6におけるウイルス産生の亢進は,その高い粒子形成効率に依存することが示された.更に,この粒子形成効率の亢進にはJ6のNS5AのC末端10アミノ酸が重要であることが明らかとなった. (4) (3)の結果から,更に粒子形成効率の亢進の機序を解析した所,パルスチェイス法を行った実験の結果から,NS5A-5B間のプロセシングが粒子形成効率に関与し,特にNS5AのC末端領域の2438,2439番のアミノ酸が重要であること,が明らかになった. 本研究は,NS5Aによるウイルス粒子形成の制御機構に新たな知見を与えると共に,様々なgenotypeのNS5Aに対する薬剤の効果を評価できるものとして有用である可能性があるNS5Aのキメラ体を新たに作製しており,学位の授与に相当すると認められる. | |
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