学位論文要旨



No 126987
著者(漢字) 川畑,公人
著者(英字)
著者(カナ) カワバタ,キミヒト
標題(和) 悪性リンパ腫におけるTGF-βシグナルの機能解析
標題(洋)
報告番号 126987
報告番号 甲26987
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3597号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 山梨,裕司
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 連携教授 中村,卓郎
 東京大学 特任講師 河津,正人
内容要旨 要旨を表示する

Transforming growth factor (TGF)-βはBone morphogenetic protein (BMP)、Activinなどと並ぶTGF-βファミリーのサイトカインである。TGF-βは、細胞増殖やアポトーシスの制御などの多彩な作用を示し、悪性腫瘍の発症や進展にかかわっている。初期の腫瘍細胞に対しては、TGF-βはp15Ink4やp21Cip1などの発現誘導、もしくはMyelocytomatosis oncogene (c-MYC)の発現抑制を介して細胞周期を停止させる。あるいはTGF-βはB-cell leukemia/lymphoma (Bcl)-2やBcl-2 like 1 (Bcl2l1, Bcl-XL)などの発現抑制し、アポトーシスを誘導するなど、腫瘍抑制因子のひとつと想定されている。ところが、腫瘍の進行期では、TGF-βは腫瘍細胞に上皮間葉移行 (Epithelial-mesenchymal transition; EMT)を起こし、運動・浸潤能を亢進させるなど、TGF-βが悪性腫瘍の進展に促進的に作用することも知られている。

他方でB細胞性悪性腫瘍の進展にけるTGF-βの役割に関しては未だ充分な解析がなされていない。そこで本研究ではB細胞性腫瘍、とくにBurkittリンパ腫の進展において、TGF-β/BMPシグナルがどのような作用をもたらすか、解析した。

まず、半定量的RT-PCRを用い、Burkittリンパ腫細胞株RamosにおけるII型受容体、I型受容体、およびSmadの発現を評価した。その結果、TGF-βおよびBMPによりSmad依存的なシグナルを伝達するのに十分なシグナル伝達因子の発現が確認された。そこでRamos細胞をTGF-β3およびBMP-4で刺激したところ、R-Smadのリン酸化、標的遺伝子の発現誘導を確認され、Ramos細胞でのTGF-βおよびBMPによるSmad依存的なシグナルの伝達が確認された。

次にそれらのシグナルがRamos細胞のin vitroでの細胞増殖にどのような影響をもたらすかを調べた。BMP-4はRamos細胞の増殖に影響しなかったが、TGF-β3はRamos細胞の増殖を抑制することが分かった。また、flow cytometryを使用して細胞周期の解析したが、TGF-β3はSub-G1分画の細胞の割合を増加させることがわかった。これに一致して、TUNEL染色ではTGF-β3によりRamos細胞のDNAの断片化が増強することが分かり、TGF-βがRamos細胞のアポトーシスを誘導することが判明した。

次に、TGF-βがRamos細胞のin vivoでの腫瘍形成にどのように影響するかを検討した。細胞内ドメインを欠失したII型受容体変異体dominat negative dnTβRII (dnTβRII)は、TGF-βシグナルを優性阻害的に作用するため、今回はdnTβRIIを安定発現した細胞 (Ramos-dnTβRII)を樹立し、移植することを試みた。Ramos-dnTβRII細胞は、コントロールと比較してSmad2のリン酸化が抑制され、またTGF-βシグナルの標的遺伝子の発現が抑制されており、TGF-βシグナルの伝達が抑制されていると判断した。ヌードマウスの皮下にこれらの細胞を移植し、腫瘍の形成を観察したところ、Ramos-dnTβRII細胞では腫瘍形成能が亢進していた。Ramos-dnTβRII細胞から形成された腫瘍の凍結切片ではTUNEL陽性細胞が減少しており、dnTβRIIの発現はRamos細胞のアポトーシスの減少させることで腫瘍形成能を亢進させていると示唆された。

多くの癌細胞では、この場合、TGF-βによりc-MYCの発現が抑制され、TGF-βによりアポトーシスが誘導されることが知られている。また、Burkittリンパ腫では、c-MYCが免疫グロブリン重鎖 (Immunoglobulin heavy chain; IGH)との間で組み換えが起こっていることがわかっている。これらの事実から、TGF-βによってRamos細胞のアポトーシスが誘導される際には、c-MYCの発現が抑制されていると予想した。、しかしながら、定量的Real-time RT-PCR、もしくはWestern blotの結果では、TGF-βはRamos細胞のc-MYCの発現調節にほとんど寄与しないことが分かり、TGF-βによるアポトーシスの誘導には、他の遺伝子の発現変動が重要であると予想された。

そこで、TGF-βによってRamos細胞のアポトーシスが誘導される場合、どのような遺伝子発現の変動が起こっているかを把握するために、Microarrayを用いた網羅的遺伝子発現解析を行い、Ramos細胞におけるTGF-βの標的遺伝子を検索した。その結果、TGF-βで発現が抑制される遺伝子のなかに、Ramos細胞の生存に関係しうる候補遺伝子が二つ含まれていた。一つはBcl-XLである。Bcl-XLは細胞内ではミトコンドリアに局在し、抗アポトーシス作用をもたらすが、このBcl-XLがTGF-βによる発現制御を受けることは既知の事実である。もう一つの候補遺伝子はMembrane-spanning 4-domains, subfamily A, member 1 (MS4A1)である。MS4A1の翻訳産物はCD20ともよばれ、多くのB細胞性腫瘍の腫瘍細胞表面にも発現している。このCD20の下流では腫瘍細胞の生存にかかわるシグナルが伝達すると考えられており、以降は、TGF-βによるMS4A1の発現制御に着目し、研究をすすめた。

TGF-βがRamos細胞のMS4A1の発現を抑制する事を確認するために、定量的Real-time RT-PCRとflow cytometryを行った。それぞれの実験から、Ramos細胞における細胞内MS4A1 mRNA量、また細胞表面MS4A1タンパク量がTGF-β刺激により低下していることが確認され、Microarrayの結果が再現されたと考えられた。またRamos細胞のMS4A1の発現がBMPによって抑制することはなく、この発現制御機構はTGF-βに特異的なものと予想されたが、このことはTGF-βのみがRamos細胞のアポトーシスを誘導した事実とも符合していると考えられた。さらに、タンパク合成阻害剤cycloheximide (CHX)の存在下での発現制御を確認したが、CHX存在下ではTGF-βによるMS4A1の転写抑制は消失していた。よって、TGF-βがRamos細胞のMS4A1の発現が抑制する際には、まだ同定されてはいないが、TGF-βの標的である未知のタンパクがMS4A1の転写を制御していると想定された。

これまでの解析結果から、TGF-βがRamos細胞のアポトーシスを誘導するには、TGF-βの下流でMS4A1が抑制されることが重要である、と仮説をたてた。このことを確認するため、MS4A1を強制発現させたRamos細胞 (Ramos-MS4A1)を樹立し、Ramos細胞の増殖に対する影響を観察した。予想の通りに、Ramos-GFP細胞ではTGF-β刺激により細胞増殖が減弱されるのに対し、Ramos-MS4A1細胞ではTGF-β刺激を行っても細胞増殖の抑制が減弱していた。この結果は、TGF-βにより発現が低下するMS4A1を、外因的に発現させておくことで、TGF-βによる増殖抑制から回復していることによる、と考えられた。なお、前述のMicroarrayからは、Ramos細胞の生存に関係しうる遺伝子として、MS4A1と並んでBcl-XLが注目された。Ramos細胞において、MS4A1の下流でBcl-XLの発現が制御されている可能性があるか検討するために、MS4A1強制発現時のBcl-XLの発現量についても調べた。しかしながら、Ramos-GFP細胞とRamos-MS4A1細胞の間に、Bcl-XLの発現量に差を見出すことはできなかった。よって、MS4A1はBcl-XLとは独立したシグナル経路で、Ramos細胞のアポトーシスを制御しているものと考えられた。

MS4A1に対するモノクローナル抗体であるrituximabは、現在MS4A1陽性成熟B細胞リンパ腫の治療において、中心的な薬剤のひとつとして使用されているが、約30%の患者においては治療抵抗性や治療無効例が認められる。そこで、B細胞リンパ腫のrituximab不応性の獲得に、TGF-βシグナルの亢進による分子標的MS4A1の発現抑制が関与している可能性について言及した。Ramos細胞にrituximabを添加した場合、Ramos細胞は凝集し、さらにその後に細胞死が誘導される。これに対し、TGF-β3で刺激されたRamos細胞では、rituximabにより誘導される細胞凝集が低下していることが確認された。今回我々が新たに見出したTGF-βによるMS4A1の発現低下がRamos細胞のrituximabへの感受性を低下させていると考えられた。

これらの結果からB細胞性腫瘍の進展に対してTGF-βは抑制的に作用している可能性、またB細胞性腫瘍のrituximab耐性の獲得にも関わっている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は悪性腫瘍の発症や進展にかかわるTransforming growth factor (TGF)-βファミリーシグナルが、B細胞性腫瘍、とくにBurkittリンパ腫の進展において、どのような作用をもたらすかを解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. 半定量的RT-PCRを用い、Burkittリンパ腫細胞株RamosにおけるTGF-βファミリーII型受容体、I型受容体、およびSmadの発現を評価したが、TGF-βおよびBMPによるSmad依存的なシグナルが伝達されるために必要なシグナル伝達因子の発現が確認された。Ramos細胞をTGF-β3およびBMP-4で刺激したところ、Smadのリン酸化、標的遺伝子の発現誘導が確認され、Ramos細胞におけるTGF-βおよびBMPによるSmad依存的なシグナルの伝達が確認された。

2. BMP-4はRamos細胞のin vitroでの増殖に影響しなかったが、TGF-β3はRamos細胞のin vitroでの増殖を抑制した。またflow cytometryを使用して細胞周期の解析をしたが、TGF-β3はSub-G1分画の細胞の割合を増加させることがわかった。さらにTUNEL染色からTGF-β3によりRamos細胞におけるDNAの断片化が増強することが分かり、TGF-βがRamos細胞のアポトーシスを誘導することで、細胞増殖を抑制することが判明した。

3. Ramos細胞はヌードマウスの皮下移植を行うと、腫瘍を形成する。この時、TGF-βシグナルを優性阻害的に作用するII型受容体変異体を安定発現した細胞 (Ramos-dnTβRII)では腫瘍形成能が亢進していた。Ramos-dnTβRII細胞から形成された腫瘍の凍結切片ではTUNEL陽性細胞が減少していたことから、dnTβRIIの発現はRamos細胞のアポトーシスの減少させることでin vivoでの腫瘍形成能を亢進させていると考えられた。

4. 多くの癌細胞のアポトーシスの誘導においては、TGF-βによってc-MYCの発現が抑制されることが重要とされているが、TGF-βはRamos細胞のc-MYCの発現を制御することはなく、TGF-βによるRamos細胞のアポトーシスの誘導には、c-MYC以外の未知のTGF-βの標的遺伝子の発現変動が重要であると予想された。

5. Microarrayを用いた網羅的遺伝子発現解析を行い、Ramos細胞におけるTGF-βの標的遺伝子を検索した。その結果、新規候補遺伝子としてMembrane-spanning 4-domains, subfamily A, member 1 (MS4A1)が挙げられた。

6. 定量的Real-time RT-PCRとflow cytometryから、Ramos細胞における細胞内MS4A1 mRNA量、また細胞表面MS4A1タンパク量がTGF-β刺激により抑制されることが確認された。一方でRamos細胞のMS4A1の発現がBMPによって抑制することはなく、この発現制御機構はTGF-βに特異的なものであった。

7. MS4A1に対するモノクローナル抗体であるrituximabを添加した場合、Ramos細胞は凝集し、その後にアポトーシスによる細胞死が誘導される。これに対し、TGF-βで刺激されたRamos細胞では、rituximabにより誘導される細胞凝集が低下していることが確認された。TGF-βによるRamos細胞のMS4A1の発現低下が、Ramos細胞のrituximabへの感受性を低下させていると考えられた。

以上の結果より、本論文はTGF-βがB細胞性腫瘍におけるMS4A1の発現を抑制し、アポトーシスを誘導したことから、TGF-βがB細胞性腫瘍の進展に対し抑制的に作用している可能性が示唆された。さらに、B細胞性腫瘍のrituximab耐性の獲得にもTGF-βが関わっている可能性が示唆された。本研究はB細胞性腫瘍の進展、さらに治療抵抗性の獲得における分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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