学位論文要旨



No 126993
著者(漢字) 白井,陽太郎
著者(英字)
著者(カナ) シライ,ヨウタロウ
標題(和) スキルス胃癌の進展におけるBMPシグナルの機能解析
標題(洋)
報告番号 126993
報告番号 甲26993
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3603号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 特任教授 間野,博行
内容要旨 要旨を表示する

Bone morphogenetic protein (BMP)はtransforming growth factor-β(TGF-β)、activin、inhibin、nodalなどとともにTGF-βファミリーに属するサイトカインのひとつであり、軟骨や骨の形成を誘導する以外にも、歯、腎臓、毛髪などの発生や造血細胞、神経細胞などの分化、鉄代謝や血管形成の制御など、様々な臓器において多彩な生理学的機能を示す。一方、腫瘍抑制因子としてよく知られているTGF-βと比較して、BMPの発癌や癌の進展における役割は、明確になっていないものが多い。私も参画した先行研究により、TGF-βシグナルが腫瘍血管新生を抑制することで、スキルス胃癌の進展に抑制的に作用していることが判明した。これを受けて、本研究では、BMPとスキルス胃癌の進展との関連性について、特にBMP-2/4グループの機能に着目して、ヒトスキルス胃癌細胞株を用いてin vitro、in vivoの両面から解析をすすめ、難治癌であるスキルス胃癌の新たな分子標的の探索を試みた。

まず、ヒトスキルス胃癌細胞株OCUM-12、HSC-39、OCUM-2MLNにおいて、半定量的RT-PCR (Reverse transcription polymerase change reaction)により、BMP/TGF-βシグナルを伝達するために必要な伝達構成因子であるI型受容体、II型受容体、Smadの発現が認められた。また、BMP2もしくはBMP4の少なくともどちらかが発現していることも確認された。OCUM-2MLN細胞では他の二つの細胞株と比べて一部のBMPシグナル構成因子の発現量が少ない傾向を認めた。

次に、OCUM-12細胞、HSC-39細胞、OCUM-2MLN細胞において、BMP/TGF-β応答性を調べた。BMPサブグループをそれぞれ代表したBMP-4、BMP-6、BMP-9の刺激により、BMPの特異型SmadであるSmad1、Smad5、Smad8のリン酸化がすべての細胞で誘導された。一方、BMPの阻害剤であるDorsomorphin (DM)によりSmad1/5/8のリン酸化が抑制された。またTGF-β1により、TGF-βの特異型SmadであるSmad2のリン酸化が誘導され、HSC-39細胞ではSmad1/5/8のリン酸化も誘導された。しかし、BMPによるSmad2のリン酸化の誘導は殆ど見られず、BMPシグナルとTGF-βシグナルとの交絡は殆どないことも確認された。BMPの標的遺伝子であるID3 (inhibitor of DNA binding 3)の発現を定量的real-time RT-PCRを用いて評価したところ、BMP-4によりID3の発現が誘導された。一方、ID3の発現がDMにより抑制された。これらの結果より、スキルス胃癌細胞株では、自己分泌的にBMP-2/4が産生されており、内因的なBMPシグナルが伝達し、働いている可能性が考えられた。

スキルス胃癌細胞のBMP-2/4グループのシグナル伝達を破綻させた場合の影響を調べるため、レンチウィルスを用いて、BMP-2/4のI型受容体であるactivin receptor-like kinase (ALK)3のdominant-negative form (dnALK3)をOCUM-12細胞とHSC-39細胞に恒常的に発現させた。コントロールのGFP発現株と比較して、dnALK3発現株では、BMP-4によるSmad1/5/8のリン酸化とID3の発現誘導が強く抑制されることを確認した。dnALK3の発現により、in vivoにおいてGFP発現株より大きい皮下腫瘍を形成した。しかし、dnALK3により線維組織や血管の割合に顕著な変化が生じることはなく、BMPシグナルがスキルス胃癌の腫瘍間質にもたらす影響は強くないと思われた。また、先行研究でTGF-βがスキルス胃癌においてTSP-1 (thorombospondin-1)、TIMP2 (tissue inhibitor of metalloproteinase 2)の発現を制御することが示されている。しかし、これらの遺伝子のBMP-4による発現制御は、OCUM-12細胞とHSC-39細胞で共通に観察されなかった。

次に、BMP-4存在下の細胞増殖試験により、OCUM-12細胞、HSC-39細胞がBMP-4刺激によりin vitroにおいて顕著な増殖抑制を示すことがわかった。BMPは特定の癌細胞のアポトーシスを誘導することが知られている。しかし、BMP-4刺激を行ってもOCUM-12細胞とHSC-39細胞でのPARP (Poly (ADP-ribose) polymerase)のcleavageは誘導されず、またOCUM-12細胞でのDNAが断片化した細胞の割合はBMP-4により増加しなかった。一方で、BMP-4により、OCUM-12細胞とHSC-39細胞のRB (Retinoblastoma protein)のリン酸化が減少していることがわかった。また、BMP-4によりOCUM-12細胞でのKi67陽性細胞数が減少することがわかった。さらに、Flow cytometoryにより細胞周期を解析したところ、BMP-4によりOCUM-12細胞のG0/G1期にある細胞の割合が増加し、G2/M期、S期にある細胞の割合が減少することがわかった。以上の結果より、BMP-4はスキルス胃癌細胞のアポトーシスを誘導するのではなく、スキルス胃癌細胞の細胞周期を停止することで、増殖を抑制していることが示唆された。

BMP-4がスキルス胃癌細胞の細胞周期を停止させるメカニズムを調べるため、細胞周期の進行を司るCyclin dependent kinases (CDK)アクチベーターもしくはインヒビターの発現量の変化を定量的real-time RT-PCRを用いて評価した。そのなかで、OCUM-12細胞とHSC-39細胞の両方の細胞に共通して、BMP-4によりCDKN1Aの発現が誘導されていた。TGFβ1もこれらのスキルス胃癌細胞ではCDKN1Aの発現誘導を認め、一部のスキルス胃癌細胞では、TGF-βだけではなくBMP-4もCDKN1Aの転写を誘導し、細胞周期を停止させるという仮説を持つに至った。

次に、スキルス胃癌細胞におけるBMP-4によるp21の発現制御機構を調べた。BMPは様々な種類の細胞で、mitogen-activated protein kinase (MAPK)やphosphatidylinositol 3-kinase (PI3K)の活性を調節するnon-Smad pahwayの関与が報告されている。しかし、これらの阻害剤によりBMP-4によるOCUM-12細胞のCDKN1Aの発現誘導が消失することはなかった。一方で、内因性のSmad4がノックダウンされたOCUM-12細胞では、BMP-4によるCDKN1A mRNAの発現誘導ならびにp21タンパクの発現誘導が抑制されていた。これらの結果より、スキルス胃癌細胞においてBMP-4はnon-Smad pathwayではなく、Smad pathwayを介してp21の発現を誘導することが示唆された。さらに、タンパク合成阻害剤であるcycloheximide (CHX)を添加し、新規のタンパクの合成が阻害された条件では、HSC-39細胞において、BMP-4によるCDKN1Aの発現誘導が部分的な抑制を受けることが確認された。一部のスキルス胃癌細胞においては、新規合成タンパクを介してBMP-4はCDKN1Aの発現を制御していると考えられた。ただし、一方では、CDKN1Aの発現が、BMP-4刺激後1時間という早期相から誘導され、スキルス胃癌細胞ではCDKN1AがBMP-4により直接的な発現制御も受けていると想定された。

次に、p21を標的とするshort hairpin RNA (shRNA)をOCUM-12細胞とHSC-39細胞に安定的に導入し、p21発現を恒常的にノックダウンした。p21のノックダウンにより、BMP-4によるRBのリン酸化の減少が見られなくなり、またBMP-4による細胞増殖抑制が減弱された。以上の結果より、スキルス胃癌細胞において、p21の発現誘導を介することで、BMP-4が細胞増殖を抑制することが示唆された。

最後に、BMP-2/4によるALK3シグナルの活性によって、in vivoでのスキルス胃癌細胞の腫瘍形成が抑制される可能性について検討した。まず、テトラサイクリン誘導によりALK3のconstitutively active form (caALK3)を恒常的に発現するHSC-39細胞を作成した。これらの細胞では、DoxycycilneによりcaALK3が誘導され、HSC-39細胞の増殖が非常に強く抑制された。また、BMPに対する反応性が低いと想定されたOCUM-2MLN細胞でもcaALK3恒常発現株を作成した。GFP発現株と比較して、caALK3発現株では、OCUM-2MLN細胞の皮下腫瘍の形成が有意に抑制されることが観察された。これらの結果により、恒常的なALK3の活性化により、スキルス胃癌細胞の増殖・進展がin vitro、in vivoの両面において抑制されることがわかった。

以上の結果より、BMP-2/4がスキルス胃癌細胞にp21の発現を誘導し、スキルス胃癌の有力な腫瘍抑制因子としてin vivoにおいて機能する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトスキルス胃癌細胞株OCUM-12、HSC-39、OCUM-2MLNを用いたin vitro、in vivoの実験から、スキルス胃癌細胞の増殖・進展におけるBMPシグナルの役割の解析をすすめ、難治癌であるスキルス胃癌の新たな分子標的の探索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 上記ヒトスキルス胃癌細胞において、RT-PCRによりBMPシグナルを伝達するために必要な伝達構成因子であるI型受容体、II型受容体、Smadの発現が認められた。また、BMP2もしくはBMP4の少なくともどちらかが発現していることも確認された。そして、Smad1/5/8のリン酸化および標的遺伝子であるID3の発現がBMP-4により誘導された一方で、BMPI型受容体阻害剤であるDorsomorphinにより抑制された。以上より、内因性および外因性のBMPシグナルが伝達し機能することが示唆された。

2. BMP-2/4の特異的I型受容体であるALK3のdominant-negative form (dnALK3)の過剰発現により、OCUM-12細胞およびHSC-39細胞において、BMP-4シグナルを抑制することが示された。dnALK3発現により、in vitroにおいてはこれらの細胞の増殖速度に顕著な影響は認めなかったが、in vivoにおいて皮下腫瘍の形成が亢進されることが示された。

3. 細胞増殖試験にて、BMP-4によりOCUM-12細胞およびHSC-39細胞の細胞増殖が抑制されることが示された。そして、これらの細胞においてBMP-4によりRBのリン酸化が抑制されることがwestern blottingで示された。また、OCUM-12細胞において、BMP-4によりhuman Ki67抗体であるMIB-1の陽性細胞が減少し、flow cytometryにてS期、G2/M期における細胞数が減少し、G0/1期における細胞数が増加することが明らかとなった。以上より、スキルス胃癌細胞において、BMP-4は細胞周期の停止を誘導することで細胞増殖を抑制することが示唆された。

4. CDK activator/inhibitorの中で、OCUM-12細胞およびHSC-39細胞に共通して、BMP-4がp21の発現を誘導することが明らかとなった。OCUM-12細胞において、Dorsomorphinおよび内因性のSmad4のノックダウンにより、BMP-4によるp21の発現誘導は抑制された。スキルス胃癌細胞において、Smad pathwayを介してBMP-4がp21の発現を誘導していることが示唆された。

5. OCUM-12細胞およびHSC-39細胞において、shRNAを用いてp21を恒常的にノックダウンした細胞を樹立した。p21をノックダウンした細胞では、BMP-4によるRBのリン酸化の抑制は殆ど認められず、また細胞増殖の抑制も減弱していることが示された。以上より、少なくとも部分的にp21の発現誘導を介して、BMP-4がスキルス胃癌細胞の増殖を抑制することが示唆された。

6. HSC-39細胞において、ALK3のconstitutively active form (caALK3)をTet-ON systemを用いて恒常的に発現させる細胞を樹立した。DoxycyclineによるcaALK3の発現により、RBのリン酸化の抑制および細胞増殖の抑制が確認された。また、OCUM-2MLN細胞においても、Tet-ON systemを用いずにcaALK3恒常発現株を樹立した。caALK3の発現により、OCUM-2MLN細胞の皮下腫瘍の形成が抑制されることが示された。

以上、本論文は、BMP-2/4-ALK3シグナルがSmad pahtwayを介してp21の発現を誘導することで、スキルス胃癌細胞の増殖を抑制することを明らかにした。また、BMP-2/4がスキルス胃癌の進展を抑制する腫瘍抑制因子のひとつである可能性も示唆された。本研究で得られた結果は、スキルス胃癌の病態の解明に貢献しており、さらに今後のスキルス胃癌の新たな治療の開発に結び付く重要な発見であると考えられる。以上より本研究は学位の授与に値するものであると考えられる。

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