学位論文要旨



No 126995
著者(漢字) 水谷,アンナ
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,アンナ
標題(和) TGF-βとEGFシグナル伝達制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 126995
報告番号 甲26995
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3605号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,祐輔
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
 東京大学 特任准教授 崔,永林
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、TGF-βとEGFシグナルの細胞内シグナル伝達機構について、2つのテーマを設定し解析を行った。第I章では、E3ユビキチンリガーゼArkadiaによるAP-2複合体のユビキチン化を介した、EGF受容体のクラスリン依存性エンドサイトーシスの制御機構について検討を行った。第II章ではHepG2細胞におけるTGF-βシグナル下流の転写因子Smad2/3の結合部位をChIP-chipを用いて網羅的に同定し、HNF4αとの関係を見出して解析を行った。

第I章ではyeast two-hybrid法でE3リガーゼArkadia結合候補タンパク質として同定されたAP2μとの関係に着目して検討を行った。Arkadiaはgene-trap mutagenesisを用いて得られたマウスの解析により、胚体外の組織でanterior definitive endoderm (ADE)の誘導に必須の因子として同定された。また、アフリカツメガエルを用いた研究からArkadiaはTGF-βファミリーの一つNodalシグナルを増強することで中内胚葉を誘導することが示されている。Arkadiaの基質として、Smad7、c-SkiおよびSnoNが知られており、いずれもTGF-βシグナルの抑制因子である。Arkadiaはまた、リン酸化されたSmadをユビキチン化することでSmadのターンオーバーに関わり、TGF-βシグナルを増強することが報告されている。しかしながらTGF-βシグナル増強作用以外のArkadiaの役割の有無についてはこれまで明らかではなかった。

まず過剰発現させた ArkadiaとAP2μの結合を確認したうえで、その結合部位の同定を行った。Arkadiaの変異体を用いた検討の結果、AP2μはArkadiaのN末側で結合すること、さらにその領域にAP2μの認識配列YXXΦに相当するYALLモチーフが存在し、この配列を通してArkadiaがAP2μに結合していることを明らかにした。また293T細胞にArkadiaのみ過剰発現させ、免疫沈降を行ったところ、内因性のAP2μとの結合を認め、さらにAP2αやAP2βとの共沈も認められたことから、ArkadiaがAP-2複合体と結合している可能性が示唆された。

AP2μのユビキチン化の検討によりArkadiaのE3リガーゼ活性依存性の誘導が認められた。さらにArkadiaによってユビキチン化を受けるAP2μ中のリジン残基をAP2μのリンカー領域にある130番目のリジンであると同定した。ユビキチンには7つのリジン残基が存在し、どのリジンで連結したポリユビキチン鎖かということで役割が異なる。ユビキチン分子のリジン残基の変異体を用いた検討により、ArkadiaによるAP2μのユビキチン化は、比較的報告の少ないリジン27リンクによることが示唆された。リジン27リンクに関しては、これまでプロテアソームでのタンパク質分解に関わることが知られている。本研究でも、過剰発現ではArkadiaにより誘導されたAP2μのユビキチン化がプロテアソーム阻害剤によって増強し、ArkadiaによるAP2μのユビキチン化がタンパク質分解を促進することが示唆された。しかしながらArkadiaの発現をノックダウンしても内因性のAP2μの増加は認められなかった。

続いて EGF刺激後のEGF受容体のエンドサイトーシスにおけるArkadiaの関与について検討した。cell surface labeling法による検討で、Arkadiaノックダウン下では細胞膜表面から細胞内に取り込まれるEGF受容体量が減少した。ArkadiaによるAP2μのユビキチン化がこの現象に関与するか検討するため、内因性のAP2μをノックダウンした上で、siRNA耐性の野生型AP2μ (WT-SR)と、そのArkadiaによりユビキチン化されない変異体(K130R-SR)のそれぞれを発現させて、EGF受容体のエンドサイトーシスを検討した。その結果K130R-SR変異体を導入すると細胞内に取り込まれるEGF受容体の量が減少した。

以上のことから、ArkadiaのTGF-βシグナル増強以外の新規の作用として、AP2μのユビキチン化を介して、EGF受容体のエンドサイトーシスを促進していることが示唆された。

第II章では、TGF-βシグナルの下流因子Smad2/3の転写制御に関して研究を行った。TGF-βシグナルは細胞増殖抑制、上皮間葉転換など多彩な作用を有するが、細胞の種類によってリガンド刺激に対する異なる応答が認められる。また協調する転写因子等との関係により、そのコンテクスト依存的な転写制御が存在する。本研究では、ヒト肝癌細胞株であるHepG2細胞におけるプロモーター上のSmad2/3結合部位に着目して検討を行った。まず、HepG2細胞で抗Smad2/3抗体によるChIP-chipデータ取得を行った。得られたデータを、所属研究室で発表したヒト正常皮膚角化上皮細胞株であるHaCaT細胞での抗Smad2/3抗体によるChIP-chipのデータと比較した。HepG2細胞でのSmad2/3結合部位のうちHaCaT細胞でも結合が見られた箇所は19%であり、逆にHaCaT細胞でSmad2/3結合部位のうちHepG2細胞でも結合が見られた箇所は25%であり、多くのSmad2/3結合部位がHepG2或いはHaCaTに特異的であることが明らかとなった。何らかの組織特異的な転写因子がHepG2でのSmad2/3結合のメカニズムの一つとして関与しているのではないかと考えた。そこでHepG2細胞でのSmad2/3結合部位に関して、結合シグナルのピーク位置から250 bpの範囲のDNA配列についてCisGenomeを用いて解析し、Smad2/3の結合箇所の近傍に濃縮されている配列を見出した。この配列についてJASPARデータベースを用いて検索したところ、既知のHNF4α結合モチーフの類似配列であることがわかった。

HNF4αはhepatocyte nuclear factor familyのメンバーであり、哺乳類においてよく保存された核内受容体のうちのひとつである。主に、肝臓、腎臓、小腸、膵臓で発現しており、肝細胞分化、肝臓の器官形成に必須の因子であり、生体でもコレステロールやリポタンパク質の分泌という肝臓特異的な機能に関わっていることが知られている。TGF-βシグナルによる遺伝子発現に対するHNF4αの影響については、これまでにアポリポタンパク質の一つAPOC3のプロモーター上でHNF4αとSmad3/4が結合して協調的に転写活性を上昇させることが報告されている。TGF-β刺激後の遺伝子発現変動とHNF4αの関係を網羅的に理解するため、HepG2細胞におけるHNF4αノックダウン下で発現マイクロアレイデータを取得した。その結果、TGF-β 1.5時間刺激時の遺伝子発現変動がHNF4αノックダウンで抑制される傾向が認められた。こうして同定したHNF4αによる制御を受ける標的遺伝子候補のうち、HaCaT細胞でSmad2/3の結合が認められない遺伝子としてMIXL1を同定した。

MIXL1に関して、抗Smad2/3抗体によるChIP-qPCRと抗HNF4α抗体によるqPCRを行いSmad2/3およびHNF4αの結合を確認した。MIXL1のプロモーターをクローニングし、ルシフェラーゼレポーターアッセイを行いTGF-β応答性であることを確認した。MIXL1のプロモーター領域にはHNF4α結合モチーフ類似配列が2箇所あり、それらの配列それぞれに変異を導入するとMIXL1-lucのTGF-β応答性が減少し、2箇所に変異を導入するとTGF-βに対する活性が著しく減少した。この転写活性上昇はHNF4αのDNAに結合しない変異体では認めず、またHNF4α発現のノックダウンにより転写活性が減少した。このことから、TGF-βによる転写活性上昇にHNF4αのその認識モチーフへの結合が重要であることが示唆された。

以上のことから、HepG2細胞におけるSmad2/3結合部位近傍に比較的高頻度にHNF4αが結合しており、TGF-βによる遺伝子発現変化に全体的な影響を与えることが示唆される結果を得た。またHNF4αの新規標的遺伝子としてMIXL1を同定し、HepG2細胞におけるTGF-βによるMIXL1の発現誘導機構に関わっていることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、TGF-βとEGFシグナルの細胞内シグナル伝達機構について、2つのテーマを設定し解析を行った。第I章では、E3ユビキチンリガーゼArkadiaによるAP-2複合体のユビキチン化を介した、EGF受容体のクラスリン依存性エンドサイトーシスの制御機構について検討を行った。第II章ではHepG2細胞におけるTGF-βシグナル下流の転写因子Smad2/3の結合部位をChIP-chipを用いて網羅的に同定し、HNF4αとの関係を見出して解析を行った。

第I章では、TGF-βシグナルの増強因子として重要であるE3リガーゼのArkadiaというタンパク質について、yeast two-hybrid法でArkadia結合候補タンパク質として同定されたAP2μとの関係に着目して検討を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1.過剰発現させた ArkadiaとAP2μの結合を確認したうえで、その結合部位の同定を行った。Arkadiaの変異体を用いた検討の結果、AP2μはArkadiaのN末側で結合すること、さらにその領域にAP2μの認識配列YXXΦに相当するYALLモチーフが存在し、この配列を通してArkadiaがAP2μに結合していることを明らかにした。またArkadiaがAP-2複合体と結合している可能性が示唆された。

2.AP2μは、ArkadiaのE3リガーゼ活性依存的にユビキチン化された。さらにArkadiaがユビキチン化するAP2μ内のリジン残基は、AP2μのリンカー領域にある130番目のリジンであることを同定した。

3. ArkadiaによるAP2μのユビキチン化は、リジン27リンクによることが示唆された。リジン27リンクに関しては、これまでプロテアソームでのタンパク質分解に関わることが知られている。本研究でも、過剰発現ではArkadiaにより誘導されたAP2μのユビキチン化がプロテアソーム阻害剤によって増強し、ArkadiaによるAP2μのユビキチン化がタンパク質分解を促進することが示唆された。

4.EGF刺激後のEGF受容体のエンドサイトーシスにおけるArkadiaの関与について検討した。cell surface labeling法による検討で、Arkadiaノックダウン下では細胞膜表面から細胞内に取り込まれるEGF受容体量が減少した。ArkadiaによるAP2μのユビキチン化を介した作用か検討するため、内因性のAP2μをノックダウンした上で、siRNA耐性の野生型AP2μ (WT-SR)と、そのArkadiaによりユビキチン化されない変異体(K130R-SR)のそれぞれを発現させて、EGF受容体のエンドサイトーシスを検討した結果、K130R-SR変異体を導入すると細胞内に取り込まれるEGF受容体の量が減少した。

以上のことから、ArkadiaのTGF-βシグナル増強以外の新規の作用として、AP2μのユビキチン化を介して、EGF受容体のエンドサイトーシスを促進していることが示唆された。

第II章では、TGF-βシグナルの下流因子Smad2/3の転写制御に関して研究を行った。本研究では、ヒト肝癌細胞株であるHepG2細胞におけるプロモーター上のSmad2/3結合部位に着目して検討を行い、下記の結果を得ている。

1.HepG2細胞で抗Smad2/3抗体によるChIP-chipデータ取得を行った。得られたデータを、ヒト正常皮膚角化上皮細胞株であるHaCaT細胞での抗Smad2/3抗体によるChIP-chipのデータと比較した。HepG2細胞でのSmad2/3結合部位のうちHaCaT細胞でも結合が見られた箇所は19%であり、逆にHaCaT細胞でSmad2/3結合部位のうちHepG2細胞でも結合が見られた箇所は25%であり、多くのSmad2/3結合部位がHepG2細胞或いはHaCaT細胞に特異的であることが明らかとなった。

2.HepG2細胞でのSmad2/3結合部位に関して、結合シグナルのピーク位置から250 bpの範囲のDNA配列についてCisGenomeを用いて解析し、Smad2/3の結合箇所の近傍に濃縮されている配列を見出した。この配列についてJASPARデータベースを用いて検索したところ、既知のHNF4α結合モチーフの類似配列であることがわかった。

3.HNF4αはhepatocyte nuclear factor familyのメンバーであり、肝臓特異的な機能に関わっている核内受容体である。TGF-β刺激後の遺伝子発現変動とHNF4αの関係を網羅的に理解するため、HepG2細胞におけるHNF4αノックダウン下で発現マイクロアレイデータを取得した。その結果、TGF-β 1.5時間刺激時の遺伝子発現変動がHNF4αノックダウンで抑制される傾向が認められた。こうして同定したHNF4αによる制御を受ける標的遺伝子候補のうち、HaCaT細胞でSmad2/3の結合が認められない遺伝子としてMIXL1を同定した。

4.MIXL1に関して、ChIP-qPCRにて Smad2/3およびHNF4αの結合を確認した。MIXL1のプロモーターをクローニングし、ルシフェラーゼレポーターアッセイを行いTGF-β応答性であることを確認した。MIXL1のプロモーター領域にはHNF4α結合モチーフ類似配列が2箇所あり、それぞれに変異を導入するとMIXL1-lucのTGF-β応答性が減少し、2箇所に変異を導入するとTGF-βに対する活性が著しく減少した。この転写活性上昇はHNF4αのDNAに結合しない変異体では認めず、またHNF4α発現のノックダウンにより転写活性が減少した。

以上のことから、HepG2細胞におけるSmad2/3結合部位近傍にHNF4αが結合しており、TGF-βによる遺伝子発現変化に全体的な影響を与えることが示唆される結果を得た。またSmadとHNF4αの新規標的遺伝子としてMIXL1を同定し、HepG2細胞におけるTGF-βによるMIXL1の発現誘導機構にHNF4αが関わっていることが明らかとなった。

これまでにTGF-βシグナル増強作用以外のArkadiaの役割については明らかではなく、第I章の検討は新たなシグナル伝達制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられる。また第II章の検討は細胞・組織によってシグナル応答が異なることの一因を示唆する研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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