学位論文要旨



No 126996
著者(漢字) 峯岸,ゆり子
著者(英字)
著者(カナ) ミネギシ,ユリコ
標題(和) 神経系に発現するアダプター分子FRS2βの新規結合分子同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 126996
報告番号 甲26996
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3606号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 饗場,篤
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 准教授 中村,元直
 東京大学 講師 新井,郷子
内容要旨 要旨を表示する

受容体型チロシンキナーゼであるFGF受容体の基質タンパクで、アダプター分子であるFRS2ファミリーにはFRS2αとFRS2βが存在する。FRS2αがFGFシグナル伝達の中心的役割を担っている一方で、FRS2βに特異的なシグナル伝達、独自の生理学的機序に関してはいまだ多くが未解明である。

これまでに我々は、FRS2βが神経細胞内において小胞状に発現し、一部がリソソームと共局在すること(FEBS Lett., 583: 807-814, 2009)、またFRS2βはEGF受容体ファミリーと結合性を持ち、EGFシグナルに対して抑制的な作用を持つこと(Oncogene, 29: 3087-3099, 2010)などについて報告している。

本研究ではFRS2βのさらなる機能解析のため、FRS2βに特異的な結合分子をLC-MS/MS Proteomics解析により同定し、新規に得られた結合候補分子の中からE3ユビキチンリガーゼであるCBLと結合性を持ち、細胞内輸送に関与することで知られているCIN85/CD2APファミリー分子に着目し、FRS2βとの相互作用と、EGFシグナル抑制効果との関連について検討を行った。

CIN85/CD2APとの結合モチーフ検索の結果、FRS2β内には2箇所の結合モチーフ"Px(P/A)xxR"配列が確認され、モチーフ内で結合核となる最後尾のアルギニン(R)をアラニン(A)置換した変異型FRS2β(R251A、R392A、R251/392A)を用いた免疫沈降とウェスタンブロットの結果から、FRS2βはCIN85/CD2APとPxPxxRモチーフを介して結合していることを明らかとした。またFRS2βを細胞内で強制発現させると、CIN85、CD2APならびにEGF受容体ファミリーの1つであるErbB2のタンパク量が減少することを見出した。免疫沈降とウェスタンブロットの結果から、一連の実験においてFRS2β-CIN85/CD2AP複合体にはErbB2の他、CBLも含まれていることを確認した。そこで、FRS2β発現によるErbB2タンパク量の減少がCIN85、CD2APまたはCBLと関連したものであるか、SiRNA法によりCIN85とCD2AP、もしくはCBLをノックダウンした条件で検討を行った。その結果、CIN85とCD2APの両分子、もしくはCBLのノックダウンにより、FRS2β発現によるErbB2タンパク量の減少が起こらなくなることが明らかとなった。またこのタンパク量の減少が細胞内分解に起因するものであるかについて、細胞内分解阻害剤を用いて検討を行ったところ、リソソーム系細胞内分解阻害剤処理により、FRS2βを発現させてもCIN85、CD2APならびにErbB2タンパク量の減少が起こらなくなることが明らかとなった。またFRS2βと同様に正常神経組織において発現しているCIN85をレンチウィルス系により細胞内で発現させると、細胞内で小胞状の共局在を呈し、またその共局在した小胞の一部がさらにリソソームと共局在することを確認した。以上の結果から、FRS2βはCIN85/CD2AP-CBLと複合体を形成し、リソソームでの細胞内分解を介してErbB2タンパクを減少させることでシグナルの抑制的制御に寄与していることが示唆された。また内在性にErbB2、CIN85、FRS2βを同時に発現する細胞として胎生14日目胎仔マウス終脳からの初代培養神経細胞を用い、SiRNA法によりFRS2βをノックダウンしたところ、CIN85のタンパク量の増加と、培養経過日数とともに減少するはずのErbB2のタンパク量がコントロールと比較して維持されることが確認された。以上より、FRS2βは正常神経では神経幹・前駆細胞から未分化な神経細胞へと分化する途中段階にある細胞で発現し、ErbB2タンパク量を減少させることで、シグナルを抑制的に制御している可能性が示唆された。さらに野生型FRS2βを導入したヒト神経膠芽種細胞株T98G細胞では、無刺激およびEGF刺激によって誘導される軟寒天内での直径100μm以上のコロニー形成が抑制され、一方、CIN85と非結合性の変異型FRS2β(RwA)を導入した細胞株ではこの抑制効果の一部が解除されることが確認された。以上より、従来報告して来たFRS2βの持つEGFシグナル抑制機能の一部に、ErbB2タンパク量の減少によるシグナルの抑制的制御が含まれることが考えられた。

本研究よりFRS2β-CIN85/CD2AP-CBL複合体はリソソームでのErbB2タンパクの分解を促進することでErbBシグナルを抑制的に制御することが明らかとなった。またFRS2βがErbB2のタンパク量を減少させる機能は、生理的には神経発生と関連し、神経細胞の分化成熟に支持的に寄与している可能性が示唆された。

FRS2βがCIN85/CD2APファミリーと複合体を形成してErbB2のタンパク量を減少させるその作用機序の解明は、将来的には癌に対する創薬の可能性や種々の神経・精神疾患における新規知見にもつながる可能性を秘めた、意義のあるものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は神経系組織において発現しているFRS2βの分子機能を明らかにするため、特異抗体の作成とLC-MS/MSを用いた結合分子の同定より内在性FRS2βの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.FRS2β機能解析のため、バキュロウィルス系を用いたモノクローナル抗体の作成を行い、各種神経系細胞の分化マーカー抗体と合わせ、定量的RT-PCR、免疫組織・細胞化学を行い、内在性FRS2βが成体マウスおよび胎仔マウスの神経組織に顕著に発現していることを明らかにした。また、LysoTracker試薬と免疫細胞化学による検討から、初代培養神経細胞内でFRS2βがリソソーム周囲に局在することが明らかとなり、FRS2βが神経組織、特に分化した神経系の細胞においてリソソームと関連した機能を持ちうることが示された。

2.FLAGタグを付加したFRS2βとFRS2αをそれぞれHEK293T細胞内で一過性に過剰発現させ、LC-MS/MSを用いて結合分子の同定を行い、FRS2βの新規結合分子であるCIN85/CD2APファミリーを同定した。また、FRS2β内に2箇所のCIN85/CD2APの結合モチーフを同定し、この結合モチーフの変異体FRS2βのプラスミドベクターを3種作成し、免疫沈降とウェスタンブロットを行い、FRS2βがPxPxxRモチーフを介してCIN85/CD2APと結合することを明らかにした。また同時にFRS2βの強制発現により、ErbB2、CIN85、CD2APのタンパク量が減少することを見出した。

3.FRS2βの強制発現によりErbB2のタンパク量が減少することに関し、CIN85、CD2AP、CBLについてSiRNA法によるノックダウンの実験を行ったところ、CIN85とCD2APの両分子を同時に、もしくはCBLを単独でノックダウンするとErbB2タンパク量が減少しなくなることを明らかにした。また抗FRS2β抗体による免疫沈降サンプルに、CIN85のほか、ErbB2、CBLも含まれていることをウェスタンブロットにより明らかとした。以上のことからFRS2βがCIN85、CBL、ErbB2と複合体を形成することでErbB2のタンパク量の減少に寄与していることが示された。

4.FRS2β発現によりErbB2のタンパク量が減少することに関し、プロテアソームもしくはリソソーム系細胞内分解阻害剤を用いたウェスタンブロットによる検討から、FRS2βはリソソーム分解系でErbB2のタンパク量を減少させていることが明らかとなった。それぞれ異なる蛍光タンパクを融合させたFRS2βとCIN85をレンチウィルスベクターにより神経膠芽腫細胞株T98G細胞内で発現させると、FRS2βとCIN85が共局在し、さらにその一部がリソソームマーカーであるLAMP2が陽性の小胞と共局在することが共焦点顕微鏡観察により明らかとなった。一方で、CIN85/CD2APと結合しない変異体FRS2β(RwA)は細胞内に散在し、CIN85との共局在性が消失することを明らかとした。以上の結果から、FRS2βは細胞内でCIN85と結合することで粒状に局在し、FRS2βとCIN85が共局在する小胞の一部がリソソームに移行していることが示された。

5.FRS2βもしくは変異体RwAをレンチウィルスで導入したT98G細胞を用い、軟寒天培養を行い、FRS2βにより半分程度抑制される足場非依存性の増殖が、RwAでは一部解除されることを明らかとした。このことから、FRS2βが持つ細胞増殖抑制作用の少なくとも一部には、CIN85/CD2AP複合体形成と関連したErbB2タンパク量の減少が関与していることが示唆された。

6.胎生14日目胎仔マウス終脳半球から神経幹・前駆細胞と、神経細胞をそれぞれ培養し、培養4日後に各分子のタンパク量について検討を行った結果、神経幹・前駆細胞ではErbB2タンパク量が多く、FRS2βおよびCIN85タンパク量は少なイことが明らかとなった。一方、神経細胞ではFRS2β、CIN85のタンパク量が多く、ErbB2タンパク量が減少していた。神経細胞培養4日目には、タンパク量と同様にErbB2のmRNA量が幹細胞培養と比較して低下し、CIN85およびFRS2βのmRNA量は神経細胞で顕著に上昇した。胎生14日目胎仔マウスからの神経細胞初代培養において、それぞれ培養2日後、4日後、6日後におけるFRS2βタンパク量について確認したところ、FRS2βは培養2日後から発現し、培養4日目には発現が最大となることを確認した。以上のことから、神経細胞の分化とともに発現するFRS2βが同一細胞内で共に発現するErbB2のタンパク量を減少しうる可能性を考慮し、初代培養神経細胞で内在性FRS2βをSiRNA法でノックダウンし、2日後に各分子の発現について確認を行った。その結果、FRS2βノックダウンにより、CIN85、ErbB2のタンパク量がコントロールと比較して増加することが明らかとなった。また、同条件下でのErbB2およびCIN85のmRNA量は、コントロールと比較して有意な差が認められなかった。以上のことから、FRS2βは正常神経では神経幹・前駆細胞から未分化な神経細胞へと分化する途中段階にある細胞で発現し、ErbB2タンパク量を減少させることで、シグナルを抑制的に制御している可能性が示唆された。

以上、本論文はFRS2β特異抗体の作製、内在性FRS2βの細胞内局在とLC-MS/MSによる結合分子の同定によりFRS2βの機能解析を行い、FRS2βがCIN85/CD2AP-CBLと複合体を形成し、ErbB2タンパクをリソソーム系で分解することで、ErbBシグナルを抑制的に制御することを明らかにした。またFRS2βのErbB2の抑制制御は、生理的には神経発生期の分化途中にある細胞で機能し、神経細胞の成熟に寄与している可能性が示唆された。本研究はこれまで未知であった、内在性FRS2βの機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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