学位論文要旨



No 126997
著者(漢字) 森川,真大
著者(英字)
著者(カナ) モリカワ,マサト
標題(和) 血管内皮細胞におけるSmad1/5結合領域の網羅的解析
標題(洋) Genome-wide analysis of Smad1/5 binding sites in endothelial cells
報告番号 126997
報告番号 甲26997
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3607号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 特任教授 間野,博行
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 准教授 中村,元直
内容要旨 要旨を表示する

骨形成因子(bone morphogenetic protein,BMP)はTGF-βファミリーの一員であり,発生・分化などで多彩な機能を有し様々な疾患の病態に関与していることが報告されている.TGF-βファミリーのシグナル構成因子が関与するヒト遺伝病として遺伝性出血性毛細血管拡張症(Osler-Weber-Rendu病,HHT)があり,血管内皮細胞(EC)特異的I型受容体ALK-1,共受容体Endoglinそして細胞内シグナル伝達分子Smad4の変異が病因であることが知られている.ALK-1はBMP系の特異型Smad(BR-Smad:Smad1/5/8)を介して細胞内にシグナルを伝達する.近年BMP-9とBMP-10がALK-1の生理的なリガンドとして同定されたこととあわせ,HHTはBMP関連疾患だと認識されるようになった.

これまでの遺伝子改変動物の解析から,ALK-1を介したシグナルは血管の動脈化と血管平滑筋(vSMC)被覆による成熟化を促進することが知られていた.血清中にはBMP-9がシグナル伝達に十分な量(1-12ng/ml)存在しており,BMP-9/ALK-1シグナルがECの静止期維持に関係していると考えられている.一方,BMP-2,4,6,7といった他のBMPリガンドは,ECを活性化し細胞増殖・運動能を亢進する.このように同じBR-Smadを介してシグナル伝達するにも関わらず,リガンドの種類で細胞応答が異なる場合や,同じリガンドでもコンテクストに応じて異なった応答を認める場合があり,ECにおけるBMPシグナルには未解明な点が多い.また,HHTの病態に関係するALK-1シグナルの直接の標的遺伝子は明らかになっていない.

本研究では,クロマチン免疫沈降-シークエンシング法(ChIP-seq法)を用い,ECにおけるBR-Smad結合領域に関する網羅的解析を行った.この際,以下にあげる3点に注目して解析を行った.(1)分化した細胞であるヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVECs)で,BR-Smad結合領域や標的遺伝子転写調節の特徴を網羅的に解析する,(2)BR-Smadが直接結合する結合モチーフを同定する,(3)HHTの病態に関係する標的遺伝子を同定する.また,BMP-9とそれ以外のBMPリガンドとの異同を明らかにすることも目標とした.解析に用いた細胞はHUVECsで,1ng/mlのBMP-9もしくは50ng/mlのBMP-6で刺激した.BMPリガンドの用量は,Smad1/5/8のリン酸化レベル,BMPシグナルの既知の標的遺伝子であるID1 mRNAの誘導,ChIP-qPCRによるSmad1/5結合が同程度になるよう決定した.用いた抗体はChIP可能なもので,Smad1とSmad5を特異的に認識するがSmad8には結合しなかった.ただしHUVECsではSmad8の発現が低かったため,Smad1とSmad5の結合部位の解析を行うことで十分だと考えた.

上記の条件でChIP-seqを施行し,Smad1/5の結合領域のデータを得た.BMP-9刺激時にはゲノム上の3,750ヶ所に結合するのに対し,BMP-6刺激時には880ヶ所だった.Smad1/5の30%程度はイントロンに結合しており,これまで標的遺伝子で解析されたプロモータ領域よりも頻度が高かった.また,結合領域の配列は種間で保存されていた.遺伝子発現マイクロアレイとあわせて解析することで,Smad1/5の結合が転写活性亢進と関係していることが示唆された.公開済みのヒストン修飾マーカーのデータを利用し,Smad1/5結合領域の85.3%がH3K4me1,H3K27acで特徴付けられるエンハンサー領域と一致することを示した.以上より,Smad1/5は種間で保存されたエンハンサー領域に結合し,標的遺伝子の転写を亢進する傾向があった.

次に,BR-Smadの結合モチーフを解析した.de novoモチーフ予測ソフトを用い,Smad1/5結合領域の配列に特徴的に存在するモチーフを5種類同定した.この5種類のモチーフの妥当性を,(1)Smad1/5結合領域に濃縮して存在する,(2)多数のSmad1/5結合領域に存在する,(3)Smad1/5が存在すると考えられるピーク頂点の近傍に存在する,という3点を検討した結果,C(T/C)G(G/C)(A/C)GCC配列が妥当だと結論した.このモチーフは,既に報告されているGC-rich配列,GC-richモチーフに極めて類似しており,GC-SBE(Smad binding element)と名付けた.

Smad1/5結合領域内のピーク頂点近傍に存在するGC-SBEの配列の頻度を確認すると,既に多くの検討が報告されているGCCG,GGCGCCという配列の他にGGAGCCという配列が多く含まれていた.そこで,GGAGCC配列に関して更なる検討を行う方針とした.Luciferase assayにより,このGGAGCC配列を含むSmad1/5結合領域がエンハンサーとして機能することを明らかにした.GGAGCCの"A"に注目したところ,血管内皮細胞であるHMEC-1細胞ではGGAGCC,GGCGCCそしてGGTGCCが同等に応答し,GGGGCCのみがBMP-9に対する応答を認めなかった.興味深いことに,肝癌由来細胞であるHepG2細胞では,GGCGCCのみがBMP-6に対して強く応答し,GGAGCC,GGTGCCのBMP応答性は減弱していた.

Drosophilaでは,転写抑制因子BrinkerがBR-Smad結合配列を認識して拮抗的に作用することが知られており,GGAGCC配列を認識する転写因子が拮抗的に機能する可能性を考えた.過去に,転写因子OAZ/ZNF423がTGGAGC配列に結合しBMPシグナルに影響を与えることが報告されていたため,OAZ/ZNF423を発現しないとされるC2C12筋芽細胞,ヒト肺動脈平滑筋細胞(PASMC)でも同様のLuciferase assayを施行した.この場合でもGGCGCCに比較してGGAGCCではBMP応答性が低下しており,OAZ/ZNF423の関与は否定的であった.しかし,未知の転写因子が関与している可能性は否定できなかった.

更に,Smad1のDNA結合部位であるSmad1-MH1の精製蛋白を用いてゲルシフトアッセイ(EMSA)を行い,Smad1が直接GGAGCC配列を認識していることを示した.また,GGCGCC>GGAGCC≧GGTGCC>GGGGCCの順に結合能が弱くなることも示した.ヘモジデローシス患者では,hepcidinプロモータに存在するGGCGCC配列がGGTGCCに変異することで,BR-Smadの結合能が低下しヘモジデローシスが増悪することが報告されている.これらの結果から,GC-SBEの中でもSmad1/5への結合能に差があり,結合能の低いものでは,他の転写因子の有無などで規定される細胞のコンテクストに依存して影響されやすくなることが示唆された.

近年,HHTの治療法としてthalidomideの有効性が報告されている.作用機序は解明途中だが,HHTで認められる脆弱な血管でthalidomideがEC由来のPDGF-Bの発現を亢進しvSMC被覆を改善することが重要だと報告されている.このことから,内皮-壁細胞(EC-MC)相互関係の破綻が病態の一部を担っていると考えられている.また,HHT患者では動静脈奇形(AVM)が頻発するが,Notchシグナルの破綻でも同様にAVMを認め,Notchシグナルとの関係が指摘されてきた.

今回同定した標的候補遺伝子の中からEC-MC相互関係に関わる遺伝子を検索し,Notchリガンドの一つであるJagged1に着目した.BMP-9がJagged1を誘導することを,mRNAレベル,蛋白レベルで確認した.更に,BMP-9により内皮で誘導されたJagged1が機能を有し,隣接する細胞のNotchシグナルを活性化することも確認した.今回,我々の手では生体内におけるALK-1とJagged1との関係を証明することはできなかったが,タモキシフェン誘導性EC特異的Alk1欠損マウスの網膜動脈のECで,Jagged1の発現が低下することが示されている.Jagged1の血管内皮特異的欠損マウスでは動脈周囲のvSMC被覆が低下することとあわせ,BMP-9/ALK-1-BR-Smad-Jagged1-Notch3経路によりvSMCの分化・被覆化ならびに血管成熟化が促進されることが示唆された.また,この経路に介入することが,HHTの血管病変の新たな治療法となりうると考えられた.

本研究では,BMP-9とBMP-6との異同を示すことはできなかった.BMP-9とBMP-6が同等の効果を持つように用量を設定したが,結果としてBMP-6の用量が不足している可能性が考えられた.更にBMP-6量を増加した実験を行うことが機序解明の助けとなると考えられる.一方で,BMP-6がECにとって最適のリガンドではない可能性がある.Drosophilaでは標的遺伝子によって応答の閾値が異なることが知られており,哺乳類でも同様の機序が存在する可能性が考えられる.BR-Smadに対する結合能が高くBMP刺激への感度が高い遺伝子群は低強度のシグナルでも誘導され,これらの遺伝子に内皮細胞の活性化・増殖亢進に関係するID蛋白が含まれる.これらの点から,閾値に応じた標的遺伝子誘導がBMP間の生理的な作用の違いと多彩な細胞応答の基盤になっている可能性が示唆された.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、血管内皮細胞における骨形成因子(bone morphogenetic protein、BMP)シグナルに関して、BMPシグナルの細胞内シグナル伝達因子Smad1、Smad5(Smad1/5)が結合するゲノム領域を網羅的に解析したものである。血管内皮細胞におけるBMPシグナルの破綻がヒト遺伝疾患である遺伝性出血性毛細血管拡張症(Osler-Weber-Rendu病、HHT)の病因として知られているが、これまでSmad1/5を介した転写調節のメカニズムやHHTの病態に関係する標的遺伝子は明らかにされていなかった。本研究ではヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVECs)を用いて、クロマチン免疫沈降-シークエンシング法(ChIP-seq法)により解析を行い、下記の結果を得ている。

1.ChIP-seq法によりSmad1/5が結合するゲノム領域を同定した。BMP-9刺激時にはゲノム上の3、750ヶ所、BMP-6刺激時には880ヶ所に結合していた。Smad1/5結合領域の30%程度は既知遺伝子のイントロンに存在し、これまで解析の対象とされてきた標的遺伝子のプロモータ領域よりも頻度が高かった。また、結合領域の配列は異なる種間で保存されていることを示した。

2.遺伝子発現マイクロアレイとあわせて解析することで、Smad1/5の結合が転写活性亢進と関係していることが示唆された。公開済みのヒストン修飾マーカーのデータを利用することで、Smad1/5結合領域の85%がH3K4me1、H3K27acで特徴付けられるエンハンサー領域と一致することを示した。以上より、Smad1/5は進化の段階で保存されたエンハンサーに結合する傾向があることを示した。

3.Smad1/5の結合モチーフを解析し、複数の候補の中から、C(T/C)G(G/C)(A/C)GCC配列が妥当であることを示した。このモチーフは、GC-rich配列として既に報告されていた「GCCG」や「GGCGCC」といった配列を含んでいたことから、GC-SBE(Smad binding element)と名付けた。

4.GC-SBEの中で出現頻度が高く、これまでGC-rich配列として報告されていない「GGAGCC」配列に関し、「GGCGCC」との比較を中心にて解析を行った。BMP 2型受容体(BMPR2)遺伝子の第3イントロンに存在するSmad1/5結合領域をクローニングしてluciferase assayを行い、このGGAGCC配列を含むSmad1/5結合領域がエンハンサーとして機能することを示した。また、1塩基置換による解析で、GGCGCC≧GGAGCC≧GGTGCC>GGGGCCの順にエンハンサーとしての活性が弱くなることも示した。

5.GGAGCC配列を含む25塩基対のプローブとSmad1のDNA結合ドメインであるSmad1 MH1の精製蛋白を用いてgel shift assayを行い、Smad1が直接GGAGCC配列と結合していることを示した。また、GGCGCC>GGAGCC≧GGTGCC>GGGGCCの順に結合能が弱くなることも示した。

6.BMPへの応答には、Smad1/5が結合するGC-SBEは必要だが十分ではなく、Smad4が結合すると報告されているCAGA配列も必要であることを示した。

7.今回同定した標的候補遺伝子の中から、Notchリガンドの一つであるJagged1に着目し解析を行った。BMP-9がJagged1を誘導することを、mRNAレベル、蛋白レベルで確認した。更に、BMP-9により内皮細胞で誘導されたJagged1が機能を有し、隣接する細胞のNotchシグナルを活性化することが示された。

以上のように、本論文は血管内皮細胞におけるSmad1/5の結合領域を詳細に解析することで、Smad1/5による標的遺伝子の転写調節メカニズムの一端を明らかにした。さらに、血管内皮細胞においてBMP-9/ALK-1-Smad1/5-Jagged1経路がHHTの血管病変の発生に関与することが示唆され、今後新たな治療法の開発に重要な貢献をなすものである。よって、本論文は学位授与に値するものと考えられる。

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