学位論文要旨



No 126999
著者(漢字) 時,偉
著者(英字) Shi,Wei
著者(カナ) ジ,イ
標題(和) 体内埋込型定常流補助人工心臓用流入圧センサーの自動校正
標題(洋)
報告番号 126999
報告番号 甲26999
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3609号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦野,泰照
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 講師 増谷,佳孝
 東京大学 教授 小野,稔
 東京大学 講師 和田,郁雄
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

近年、重症心不全の治療において、心臓移植へのブリッジ(橋渡し)として小型の体内埋込型定常流補助人工心臓が数多く開発され、臨床応用されている。しかし、いずれのデバイスも適切なセンサーを有しておらず、流入カニューレ先端が心室壁を吸着するサッキングという現象の検知や心臓の拍動に合わせた駆動条件の自動制御は実現していない。センサーとしては、圧力センサーをポンプ入口に設置し、流入圧をモニターすることでサッキングの検知や駆動条件の自動制御が容易となるのみならず、左心室の機能も推定可能となる。体内に埋め込んで使用可能な圧力センサーとしては絶対圧センサーがあるが、経時的なドリフトが存在するため、体内埋込型圧センサーを実用化するためには、圧センサーを体内において校正する方法を開発しなければならない。体内での圧センサーの校正を実現することは、埋込型圧センサーを開発している研究者にとって大きな解決課題であるが、現在まで自動校正法は実現されていない。そこで、大気圧の代わりに体内において最も大気圧に近い胸腔内圧を参照圧として利用することを考えた。また、胸腔内圧の推定に、サッキング現象を利用することを考えた。すなわち、定常流ポンプを用いた補助人工心臓においては、生体条件の変動に伴いサッキングが発生することを完全には避けられない。この不可抗力的に発生するサッキング現象を利用して胸腔内圧を推定することで、体内埋込型圧センサーの自動校正を可能にしようと考えた。

本研究は、体内埋込型定常流補助人工心臓用流入圧センサーの自動校正方法を提案し、校正圧の検出アルゴリズムを模擬循環回路を用いて検証し、さらに動物実験により提案する自動校正法の検証を行うことを目的とした。

【自動校正ロジックおよび校正圧検出アルゴリズム】

体内埋込型定常流補助人工心臓用流入圧センサーは、血液ポンプの流入カニューレに設置されており、本センサーが計測できる対象は流入カニューレ内の血圧(絶対圧)のみである。そこで、自動校正のために、サッキング現象を利用して流入カニューレに設置された絶対圧センサーで胸腔内圧を推定する。

サッキングは、心収縮期末期に左心室への血液の流入量よりも人工心臓の血液吸引量が高くなったときに発生しやすく、サッキングが発生している状態では、流入カニューレ内は一瞬ではあるが過度の陰圧となり、左心室は陰圧でつぶれた状態となるため、左心室圧は胸腔内圧よりも低くなる。次に、拡張期初期の心筋の弛緩時において、サッキングが解除される瞬間は、サッキングによって吸引されていた左心室に血液が入ってくる瞬間であり、つぶれていた左心室が受動的にふくらみ始める瞬間でもある。このとき、左心室圧は、胸腔内圧よりも低い圧から胸腔内圧よりも高い圧へと変わる移行期であり、瞬時には胸腔内圧近傍にある。また、このとき、流入カニューレと左心室は連続するため、流入カニューレ内圧は左心室圧とほぼ同じとなる。したがって、サッキングが解除された瞬間の流入カニューレ内圧を計測すれば、間接的に胸腔内圧が推定できるはずである。

サッキングは、収縮期末期に発生し、圧センサーの出力波形ではマイナス方向への短時間の大きな変動(アンダーシュート)として検出できる。サッキングが解除されると、このアンダーシュートはプラス方向へと回復し、拡張期の波形に連続する。したがって、この収縮期末期におけるアンダーシュートでサッキングを検出し、このアンダーシュートの回復過程から拡張期へとつながる連続点を検出すれば、胸腔内圧が推定可能となるはずである。本研究では、この方法によって推定した胸腔内圧を、校正圧と定義した。

具体的な校正圧検出アルゴリズムを、図1に示す。まず、収縮期末期に体内埋込型圧センサーの出力波形がアンダーシュートしている部分を検出する。次に、アンダーシュートからプラス方向へと回復する点を検出し、プラス方向へと回復している波形部分を直線で近似する(図1の緑の線)。その波形に続いて、心拡張期に該当する部分の波形を直線で近似する(図1の青の線)。この2つの近似直線の交点を求めて、校正圧を算出した。このアルゴリズムは、コンピュータにプログラムして自動的に実時間で実行された。

【模擬循環回路での校正圧検出アルゴリズムの検証】

自動校正ロジックは胸腔内圧を参照し自動校正する原理であるため、まず、呼吸性変動による影響を除去するために、模擬循環回路を用いて、校正圧検出アルゴリズムの検証を実施した。

模擬循環回路においては、左心室用にサッキングを再現することができる特別なポンプ(サッキングポンプ)を作製した。さらに模擬循環回路に特有の人工弁による水撃作用を低減するためにジェリーフィッシュ弁を作製した。その結果、模擬循環回路でサッキングを再現することに成功した。模擬循環回路でのサッキング波形は、動物実験でのサッキング波形と多少異なってはいたものの、校正圧検出アルゴリズムの検証が可能であった。校正圧検出結果の標準偏差の平均値は0.175kPa (1.31mmHg)であり、本校正圧検出アルゴリズムを用いれば、かなり誤差の少ない計算が可能となることがわかった。図2は、校正圧測定結果のヒストグラムの例である。また、サッキングポンプの駆動陰圧が動物実験での胸腔内圧に対応することを利用して、サッキングが発生する範囲内で駆動陰圧を変えた場合に、駆動陰圧に相関して校正圧が変動することも確認した。さらに、3分間の平均をとることにより、校正圧と大気圧の関係が傾き1で正比例することから、本研究で提案する自動校正ロジックが上手く動作する可能性が示された。また、本計算アルゴリズムの精度が確保されるのは、心臓の拍動数が130bpm程度までであることもわかった。

【動物実験での自動校正法の検証】

模擬循環回路で校正圧検出アルゴリズムを検証できたので、次に動物実験による自動校正法の検証を行った。

生体の胸腔内で校正を行う場合には、胸腔内圧は呼吸性に変動する。そこで、胸腔内圧を検出するために、胸腔内圧検出センサーをチャンバー形式で作製した。体内埋込型圧センサーを内蔵した流入カニューレを用いて、ヤギに波動型補助人工心臓を埋め込み、校正圧、左心房圧、胸腔内圧および大気圧を計測し、校正圧と左心房圧、校正圧と胸腔内圧および校正圧と大気圧との関係を求めた。胸腔内圧検出センサーは、膜部分を肺に接触させるように胸腔内に設置することにより、長期的に胸腔内圧を計測することができた。ヤギの胸腔内圧は呼吸性に変動し、-2~-4mmHg(-2.56±0.80mmHg)であった。

動物実験では、胸腔内圧が呼吸性に変動するために、ばらつきは模擬循環回路での計測よりも大きくなる。校正圧検出結果の標準偏差の平均値は0.29kPa (2.18mmHg)であったことより、呼吸性変動を考慮しても、かなり小さな範囲に収まっていた。図3は、動物実験での校正圧測定結果のヒストグラムの例である。胸腔内圧の影響に関しては、瞬時値では胸腔内圧と校正圧に高い相関はみられないものの、5分間の平均値でみると胸腔内圧は大気圧と平行して変動しており、校正圧とも平行して変動していた。その結果、校正圧は大気圧と傾き0.998で正比例し、相関係数も0.87と高い相関が得られた(図4)。また、このときの標準偏差は0.326kPa(2.45mmHg)であった。この結果は、高精度の校正はできないものの、校正圧の平均値を大気圧の代わりに参照可能であることを示している。校正圧は若干陰圧側にオフセットしているが、体内埋込型定常流ポンプの制御やサッキングの検出には十分使用できると思われる。

【結論】

波動型補助人工心臓および体内埋込型圧センサーを用いて、体内埋込型定常流補助人工心臓用流入圧センサーの自動校正方法に関する基礎研究を行った。参照圧として大気圧の代わりに胸腔内圧を利用し、流入カニューレによる心室のサッキング現象を利用して胸腔内圧を推定する自動校正ロジックを提案した。模擬循環回路による校正圧検出アルゴリズムの検証実験および動物実験による自動校正法の検証実験により、本自動校正法を用いることにより流入圧センサーの自動校正が可能であることが示された。今後、症例数を増やして校正精度の検討を進めなければならない。また、サッキングがどの程度許容可能なのかという問題や、本自動校正法の完全人工心臓への適用可能性に関しても、今後の課題である。

図1 校正圧検出アルゴリズム

図2 校正圧を3分間連続計算した結果のヒストグラムの例

図3 動物実験で校正圧を5分間連続計算した結果のヒストグラムの例

図4 校正圧と大気圧の関係

審査要旨 要旨を表示する

本研究は体内埋込型絶対圧センサーの実用化を目指して、体内埋込型定常流補助人工心臓用流入圧センサーの自動校正法に関する基礎研究を行った。自動校正ロジックとしては、大気圧の代わりに胸腔内圧を利用し、かつ流入カニューレによる心室のサッキング現象を利用して、サッキングが解除された瞬間に流入圧が胸腔内圧を反映するため、この圧をゼロ点補正のための校正圧とした。流入圧波形から校正圧を検出するアルゴリズムを、模擬循環回路も用いて検証した。また、動物実験で、自動校正法を用いて、体内埋込型圧センサーの自動校正の可能性を検討した。下記の結果を得ている。

【自動校正ロジックおよび校正圧検出アルゴリズム】

1. 作製した模擬循環回路を用いて、生体と類似したサッキングを再現することに成功した。模擬循環回路でのサッキング波形は、動物実験でのサッキング波形と多少異なっていたものの、校正圧検出アルゴリズムの検証が可能であった。

2. 校正圧検出結果の標準偏差の平均値は0.175kPa(1.31mmHg)であり、本校正アルゴリズムを用いれば、誤差のかなり少ない計算が可能となることが分かった。

3. 3分間の平均をとることで、校正圧と大気圧の関係が傾き1で正比例することから、本研究で提案する自動校正ロジックが上手く動作する可能性が示された。

【動物実験での自動校正法の検証】

1. 生体の胸腔内圧と校正圧の関係を調べるため、胸腔内圧検出センサーをチャンバー形式で作製した。このセンサーを用いて、長期的にヤギの胸腔圧を計測することができた。ヤギの胸腔内圧は、呼吸性に-2から-4mmHg変動して、その平均は-2.56± 0.80mmHgであった。

2. 動物実験では、校正圧のばらつきは模擬循環回路での計測よりも大きくなった。校正圧検出結果の標準偏差の平均値は0.425kPa(3.19mmHg)であったことから、呼吸性変動を考慮しても、かなり小さな範囲に収まっていた。

3. 動物実験で、校正圧の5分間の平均値を計算し、実際の大気圧と比較したところ、校正圧(平均値)と大気圧とは傾き1の正比例関係にあり、相関係数は0.87と高い相関が得られた。

以上、本論文は、提案した手法を用いれば、体内埋込型定常流補助人工心臓用流入圧センサーの自動校正が可能であることを示している。校正圧には胸腔内圧と大気圧との相違分の陰圧が数mmHg乗っているため、校正圧をそのままゼロ点に使用すると、若干陰圧側にシフトすることになるが、定常流ポンプの制御やサッキングの検出程度には使用できると思われる。本方法により、体内埋込型圧センサーの実用化の可能性が見出されたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51481