学位論文要旨



No 127000
著者(漢字) 諸岡,都
著者(英字)
著者(カナ) モロオカ,ミヤコ
標題(和) 急性心筋梗塞の11C-メチオニン PET
標題(洋)
報告番号 127000
報告番号 甲27000
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3610号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 特任准教授 宇野,漢成
 東京大学 特任准教授 吉岡,直紀
 東京大学 講師 鈴木,崇彦
 東京大学 講師 本村,昇
内容要旨 要旨を表示する

<背景>経皮的経血管的冠動脈形成術の登場により、早期に再還流すれば壊死に陥る心筋を可能な限り減少させることができるようになった。また、画像診断の進歩も著しく、CTによる冠動脈や造影MRIによる急性期心筋梗塞の壁障害も詳細に描出されるようになってきた。結果、心臓核医学に求められるようになったのは、従来の血流・代謝による心機能の評価に加え、来るオーダーメイド治療における、分子レベルでの詳細な治療効果判定と考える。エコー、CT、MRIではまだ評価できない、分子レベルでの心血管領域の評価である。

現在、分子レベルでは、MMPをターゲットとした111In-RP782、αVβ3インテグリンをターゲットとしたRGDをはじめさまざまな薬剤を使用したPETが提案されている。これらの薬剤は分子メカニズムが明らかであるが、動物実験を終了し、人体に異常がないと承認され実際に臨床的に使用されるまでは時間がかかる。それゆえ、分子を反映する薬剤は長期戦略である。我々は、短期戦略として、現在臨床で使用可能な薬剤で上記に似た働きをすると期待されるものはないかを考え、11C-Methionineをピックアップした。約25年前であるが、Barrrioらが再還流モデル犬を使用し、アミノ酸が梗塞領域に集積することを報告しているからである。

11C-Methionienはアミノ酸代謝およびタンパク合成をモニタリングする。我々は、11C-Methionineが再還流に成功した急性期心筋梗塞の梗塞領域に集積するかどうかを調べた。

<方法>対象は、左前下降枝領域における急性心筋梗塞で、発症24時間以内に再還流に成功した男性9人(平均年齢57.1+/- 15.1歳)。2週間以内に、201Tl-SPECT(111MBq, 平均3.9日), 糖負荷18F-FDG PET/CT(370MBq,平均7.2日), 11C-MethioninePET/CT(370MBq, 平均6.6日)を施行した。梗塞領域である前壁中隔および健常側壁にROIを設定し、SPECTではpixel数を、PETではaverage standardized uptake value;average SUV値を測定した。

また、健常ボランティア3人の11C-Mehionineの心ダイナミックスタディーを施行し、心の撮像は注射後20分後程度で問題ないことを確認した。集積は比較的均一であり、うち2人で前壁中隔領域と側壁領域にROIを設定しaverage SUV値を測定したところ、前壁基部では2.0と1.96、中部側壁では1.71と1.78であった。よって、前壁基部/中部側壁の値は1.17と 1.10と算出された。

<結果>201Tl, 18F-FDGでは再還流後の梗塞領域の集積が低下ないし欠損していたのに対し、11C-Methionineは集積が増大していた。11C-Mechionineでは梗塞領域/健常側壁の値は、1.207+/-0.095であり、健常ボランティアと同様かそれ以上の集積であった。18F-FDGでは0.39+/-0.128であった。11C-Methionineの集積増加は、急性心筋梗塞3カ月後にも見られたが、6カ月後では集積増加が見られなくなった。

<結論>我々は、11C-Methionineが再還流後の梗塞領域に集積することを(我々が知る限り)世界で初めて報告した。201Tl, 18F-FDGでは集積が低下ないし欠損した領域である。現在使用可能な薬剤で、急性心筋梗塞領域に集積する薬剤として99mTc-PYPが知られているが、集積が見られるのは4-5日間と短い。11C-Methionineは3カ月間集積が見られ、6カ月後ではほとんど見られなくなっている。現在までに脳腫瘍、脳梗塞でMethionineと血管新生の関係が報告されていること、Higuchiらが示しているangiogenesisのマーカーRGDの梗塞後領域の集積時期と我々の提示した11C-Methionineの集積時期が一致していること、これらを考え併せると、Methionineの集積は心筋梗塞後の障害心筋のリペアを反映している可能性がある。現在、共同研究にてラットを使用した動物実験にてそのメカニズムの詳細を調べている。また、臨床的には引き続き、臨床情報と合わせ、経過観察・撮像中である。分子イメージングは動物による基礎実験がその基軸であることは間違いないが、現在すぐに臨床上使用可能で、データも豊富なMethionineが治療効果判定に役立つ可能性があることを我々は示した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は急性心筋梗塞後の修復過程を非侵襲的にモニタリングするPET 製剤として11C-メチオニンが役立つ可能性を臨床的に検証したものであり、下記の結果を得ている。

1.11C-メチオニンは20年来使用されている薬剤であるが、腫瘍核医学分野での使用が主である。そのため、心筋へのメチオニン集積の動態は確認されておらず、正常ボランティア3名の協力を得て、メチオニンを注射後、60分間の動態撮像を行った。その結果、心内腔血液プールへの集積が減弱し、メチオニンの心筋を描出するのには、注射して20分後からの撮像が適当であることが示された。

2.正常心筋へのメチオニンの集積は、比較的均一であったが、基部よりで若干集積が高めであった。

3.急性心筋梗塞発症後24時間以内に経皮的経冠動脈形成術(PCI)を施行された9名の患者に、発症後2週間以内に、心筋血流を反映する201タリウム、viabilityを反映する糖負荷18F-FDGとともに、11C-メチオニンを投与し、おのおの撮像を行った。結果、すべての症例において、タリウム、FDGでは集積が低下していた急性心筋梗塞の梗塞巣に、メチオニンの集積が見られた。メチオニンの集積は3か月後、6か月後にフォローアップで撮像すると減弱していった。時間経過をあわせると梗塞発症後の一過性の集積増大であることがわかる。メチオニンが修復過程をモニタリングしている可能性が示唆された。

4.フォローアップでは、心エコーでの心筋梗塞後の左室径の拡大や左室駆出率の時間経過とメチオニンの集積の考察を追加した。数名での結果ではあるが、メチオニンの集積の程度と左室径の拡大との間に多少なりとも関連性が示唆された。

5.フォローアップ撮像に加え、糖負荷FDG PET、ヘパリン負荷FDG PETの撮像を今後加えることで、viability、リモデリングとの関連性についてさらにメチオニン集積の意義を追及する予定である。

以上、本論文は、急性心筋梗塞後の梗塞巣に一過性にメチオニンが集積することを明らかにした。心臓核医学分野においては、従来より血流や脂肪酸代謝、糖代謝などを反映する薬剤により心筋梗塞後の障害の範囲やviabilityが考察されてきた。メチオニンは、梗塞後の障害領域で起こっている修復過程をモニタリングする新しい指標となる可能性を秘めており、今後、遺伝子治療や薬剤治療の治療効果判定のモニタリングに役立つ可能性があると推察される。臨床上、安全性の確立された薬剤を使用して新しい見地をひらいた本研究は、今後心臓核医学分野で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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