学位論文要旨



No 127002
著者(漢字) 井上,雄介
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ユウスケ
標題(和) 組織工学材料における血管新生の生体内連続観察
標題(洋)
報告番号 127002
報告番号 甲27002
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3612号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦野,泰照
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 講師 山本,希美子
 東京大学 准教授 鎮西,美栄子
 東京大学 講師 鈴木,隆文
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

組織工学技術においては、血管新生が非常に重要な要素であるにもかかわらず、組織工学材料であるScaffoldにおいて血管新生を直接観察する研究は今まで行われていない。また、生体の血管の観察に関しても、観察時には実験動物を拘束し、光学顕微鏡を用いて観察する必要があるため、短時間の観察は可能であるが、長期間の連続観察は非常に困難であるという問題があった。組織工学材料における血管新生の連続観察を可能とするには、長期間視野を安定に確保する必要がある。そこで、小型イメージ素子を用いて体内に埋め込める血管観察装置を開発し、その観察装置に血管を誘導するScaffoldを組み込むことを考えた。

本研究は、Scaffoldを組み込んだ血管新生観察装置を開発し、装置を体内に埋め込み、Scaffoldに血管や組織を誘導することで組織工学材料における血管新生の連続観察を可能とし、血管や組織の新生状況を検討するとともに、開発した観察装置の有効性を検証し、さらに観察装置を用いた応用として、Scaffoldへの細胞播種の有無が血管新生に与える影響を検討することを目的とした。

【Scaffoldの選択】

最初にScaffoldの選択を行った。Scaffoldとしては、フェルト状シート構造のポリグリコール酸(PGA)を用いることとした。適正な厚さを決定するために、Scaffold厚選択用試験装置を作製し、厚みの異なる3種類(0.3、0.4、0.5mm)のScaffoldを同装置に入れてヤギの皮下に埋込み、一定期間後に摘出し、Scaffoldに新生した血管の様子を評価した。その結果、本研究におけるScaffoldに求められる条件を満たすScaffoldの厚さは0.3mmであることがわかった。今後、本研究では全て0.3mmのPGA Scaffoldを用いた。

【体内埋込型超小型観察装置の開発】

本研究では、3種類(Type I、Type IIおよびType III)の血管新生観察装置を開発した。図1と表1にこれまでに作製した3種類の血管新生観察装置を示す。

プローブ型血管新生観察装置(Type I)は、CCDユニット、Scaffold、光源ユニットから構成した。動物実験の結果、Scaffold中に血管や組織が新生する様子を観察することができたが、画像は不鮮明で、血管新生を観察するにあたって満足できる画質ではなかった。また、血管新生が誘導されるまでに要する時間が長かったという問題点もあった。

チャンバー型血管新生観察装置(Type II)は、Type Iをもとにして、CMOS素子を用いて作製した。Type IIでは、Scaffoldチャンバーを設け、Scaffoldを生体組織と水平になるように配置したことにより、血管新生が誘導されるまでに要する時間が長いという問題点を解決した。しかし、撮影画像の画質については、組織の新生によりScaffoldが加水分解され始めると焦点深度が変化するため、コントラストが不十分であった。また、光源の問題も発生し、さらなる改善が必要であった。

長期動物実験用チャンバー型血管新生観察装置(Type III)は、基本的なコンセプトはType IIを踏襲し、主に画質に関する問題の改善を図った。高解像度のCMOS素子を使用し、オートフォーカス機能を実装したことで、これまでよりも鮮明な画像が得られた。また光源の問題も改善された。その結果、より詳細な血管新生の経時的な変化を観察することが可能となった。デバイスサイズも37.4×42.3×19.7mmと、これまで作製した血管新生観察装置の中で最も小型になり、生体へ与える影響を小さくできた。外部コンピュータと接続することによって最大1280×1024画素(SVGA)の解像度が得られた。観察可能な視野範囲は11.9×9.6mmで、これは1画素あたり9.3μmの大きさを表しており、視野の広さと解像度の両者を改善できた。

【血管新生の生体内連続観察実験】

血管新生観察装置Type IIIをヤギに埋め込み、PGA Scaffold中における血管や組織の新生状況を観察した。埋め込み直後から画像の記録を開始し、3週目から血管が観察されはじめ、6週目までScaffoldに血管が新生する様子が観察され、9週間目に実験を終了した。実験終了後に、組織を光学顕微鏡で観察したところ、Scaffoldに血管や組織が新生したことが確かめられ、最長で355日間画像を安定して取得することができた。

【血管新生における細胞播種の影響の検討】

開発した血管新生観察装置の応用研究として、細胞播種の有無が血管新生速度に与える影響を検討した。2組の血管新生観察装置Type IIIを用意し、Aの実験群ではScaffoldのみの埋め込みを用い、Bの群ではScaffoldに培養細胞を播種してから埋め込みを行った。画面内の新生面積率から血管新生速度を算出し、細胞の有無が血管新生に与える影響を比較した。図2に比較実験の結果を示す。どちらも3週目から血管が観察され始めたが、9週目まで観察すると細胞を播種した系ではより早く血管が新生する様子が観察された。この実験を4例行い、新生速度の比較を行った結果を図3に示す。その結果、Scaffoldに細胞を播種した系では、Scaffoldのみの系に比べ、早く血管が新生するという結果を得た。

【総合考察】

Scaffoldに新生する血管を長期間安定に観察するためには、血管新生観察装置の開発が重要な課題であった。本研究では、まず、血管新生観察装置に内蔵するScaffoldの適切な厚さを検討したのち、合計3種類(Type I、Type IIおよびType III)の血管新生観察装置を開発した。Type Iでは、観察装置のScaffold中に血管が新生し、その様子を観察することができたが、観察画像は不鮮明であったことと、血管新生速度が低下したことが課題となった。Type IIはType Iの改良型であり、血管新生速度は満足する結果が得られたが、画質が不十分であった。Type IIIはType IIの改良型であり、問題点はほぼ改善されたため、これを用いて血管新生の長期連続観察を実現することが出来た。

血管新生の長期連続観察実験では、新生組織の先端部は毛細血管が多く見られ、血管や組織の新生が終了した部位では、毛細血管は減少し、Scaffoldが消失し、太い血管だけが残る様子を観察することができた。血管新生観察装置の耐久性としては、最長で355日間画像を安定して取得することができ、ほぼ1年は使用できる可能性を得た。これらの結果より、開発した血管新生観察装置を用いれば、麻酔や沈静薬剤を必要とせず、かつ厳しい拘束をすることなく長期間安定して、Scaffoldにおける血管新生を連続観察できることを実証できた。

本研究では、開発した血管新生観察装置を用いた応用研究として、細胞播種がScaffoldにおける血管新生に与える影響について検討した。その結果、Scaffoldに細胞を播種した系では、Scaffoldのみの系に比べ、早く血管が新生するという結果を得た。今後、細胞の何が血管新生を促進させるのかという研究や、異なるScaffoldを用いた研究が必要である。

【結論】

開発した血管新生観察装置を用いれば、麻酔や沈静薬剤を必要とせず、かつ厳しい拘束をすることなく長期間安定して、組織工学材料(Scaffold)における血管新生を連続観察できることを実証した。血管新生観察装置の耐久性としては、最長で355日間画像を安定して取得することができた。開発した血管新生観察装置の応用研究として、細胞播種がScaffoldにおける血管新生に与える影響について検討した。その結果、細胞を播種した方が細胞を播種しない場合よりもScaffoldにおける血管新生の速度が早いことを明らかにした。本研究で開発した血管新生観察装置は、様々な研究に応用可能であり、その有用性が期待できると考えられる。

図1 開発した血管新生観察装置

表1 血管新生観察装置の仕様一覧

図2 細胞播種比較の結果(9週間)

図3 細胞播種における血管新生面積率の比較

審査要旨 要旨を表示する

本研究は再生医療と組織工学・組織工学材料において重要な、生体内において生体足場への血管新生を安定して、長期間観察するために、超小型の血管新生観察装置の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.血管新生観察装置を開発するにあたって、安定して観察することを目的としてScaffoldを観察装置に組み込むこととした。使用するScaffoldとして、フェルト状シート構造のポリグリコール酸(PGA)を用いることとしたが、最適なScaffoldの厚みが未解明であった。Scaffold厚選定用観察装置を作製し、厚みの異なる3種類(0.3、0.4、0.5mm)のScaffoldを同装置に入れてヤギの皮下に埋込み、一定期間後に摘出し、Scaffoldに新生した血管の様子を評価した結果、本研究におけるScaffoldに求められる条件を満たすScaffoldの厚さは0.3mmであることがわかった。

2.プローブ型血管新生観察装置(Type I)を、CCDユニット、Scaffold、光源ユニットから構成して作製した。動物実験を行って評価した結果、Scaffold中に血管や組織が新生する様子を観察することができた。しかし、画像は不鮮明で、血管新生を観察するにあたって満足できる画質ではなかった。また、血管新生が誘導されるまでに要する時間が長かったという改善点が示された。

3.プローブ型血管新生観察装置の改善点を改良し、チャンバー型血管新生観察装置(Type II)を、CMOS素子を用いて作製した。Type IIでは、Scaffoldチャンバーを設け、Scaffoldを生体組織と水平に配置したことにより、血管新生が誘導されるまでに要する時間が長いという問題点を解決した。撮影画像の画質については、組織の新生によりScaffoldが加水分解され始めると焦点深度が変化するため、画像の先鋭度と、コントラストが不十分であった。また、光源に起因する画像の不鮮明さも示され、さらなる改善が必要であることがわかった。

4.長期動物実験用チャンバー型血管新生観察装置(Type III)は、基本的なコンセプトはType IIを踏襲し、主に画質に関する問題の改善を図った。高解像度のCMOS素子を使用し、オートフォーカス機能を実装したことで、これまでよりも鮮明な画像が得られた。また光源の問題も改善した。その結果、より詳細な血管新生の経時的な変化を観察することが可能となった。デバイスサイズも37.4×42.3×19.7mmと、これまで作製した血管新生観察装置の中で最も小型になり、生体へ与える影響を小さくできた。外部コンピュータと接続することによって最大1280×1024画素(SVGA)の解像度が得られた。観察可能な視野範囲は11.9×9.6mmで、これは1画素あたり9.3μmの大きさを表しており、視野の広さと解像度の両者を改善できた。

5.血管新生観察装置Type IIIをヤギに埋め込み、PGA Scaffold中における血管や組織の新生を観察した。埋め込み直後から画像の記録を開始し、3週目から血管が観察されはじめ、6週目までScaffoldに血管が新生する様子が観察され、9週間目に実験を終了した。実験終了後に、組織を光学顕微鏡で観察したところ、Scaffoldに血管や組織が新生したことが確かめられ、最長で355日間画像を安定して取得することができた。

6.開発した観察装置を用いて、細胞播種の有無が血管新生速度に与える影響を検討した。2組の血管新生観察装置(Type III)を用意し、Aの実験群ではScaffoldのみの埋め込みを用い、Bの群ではScaffoldに培養細胞を播種してから埋め込みを行った。画面内の新生面積率から血管新生速度を算出し、細胞の有無が血管新生に与える影響を比較した。どちらの群でも3週目から血管が観察され始めたが、9週目まで観察すると細胞を播種した系ではより早く血管が新生する様子が観察された。この実験を4例行った。その結果、Scaffoldに細胞を播種した系では、Scaffoldのみの系に比べ、早く血管が新生するという結果を得た。

以上のように本研究では、麻酔や沈静薬剤を必要とせず、かつ厳しい拘束をすることなく長期間安定して、組織工学材料(Scaffold)における血管新生を連続観察できる血管新生観察装置を開発した。本研究で開発した血管新生観察装置は、これまでに生体内で長期間安定に観察することができなかった血管新生観察を可能にするデバイスであり、様々な研究に応用可能であり、その有用性が期待できると考えられるため、学位の授与に値するものであると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51477