学位論文要旨



No 127003
著者(漢字) 村上,瑞穂
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ミズホ
標題(和) 統合失調症の脳形態と拡散の総合的解析
標題(洋)
報告番号 127003
報告番号 甲27003
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3613号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 准教授 桐生,茂
 東京大学 講師 高澤,豊
 東京大学 教授 山岨,達也
内容要旨 要旨を表示する

背景:

精神疾患は、複数の遺伝子と環境要因が相加的、相乗的に作用して発症する複雑な疾患であり、多因子疾患に属する。中でも統合失調症は、全世界で約1%の有病率をもつ比較的よくみられる精神疾患のひとつである。一方、他の身体疾患と異なり、適当な生物学的マーカーがないことなど客観性の乏しさから、病態解明や診断、治療の開発は必ずしも十分には進んでいないと考えられている。MRIなどによる非侵襲的な画像診断の出現により、統合失調症における脳形態、容積の評価を行った研究は数多く行われるようになり、生物的マーカーの一つとして注目されている。脳形態解析は主に3D-T1強調像を用いた脳容積計測や、拡散テンソル画像による白質の拡散異方性の評価などがある。これまで、全脳容積の減少や、皮質ないし深部灰白質の微小構造の変化はいくつか報告されているが、よりマクロな容積減少については結果が一定しない傾向にある。統合失調症で報告されている脳形態異常の診断的特異性のある結果は乏しい。

統合失調症では、性別、発症年齢、投薬などが皮質厚や深部灰白質容積の変化に関与すると報告されている。

構造を評価するMRI画像と比較して、拡散強調像 diffusion tensor imaging (DTI)は、白質組織の微小構造や組成に関してよりわずかな変化を提示することができる。DTIで白質の異方性を測定すると、通常のMRI画像で異常がないようにみえる部位においてもわずかな白質の変化を非侵襲的に検出できることがある。統合失調症では、正常コントロールと比較して前頭葉や側頭葉での白質の異方性が低下することが報告されているが、白質の変化の分布はいまだ確かではなく、また白質と皮質、および皮質下構造の変化を比較した研究は多くない。

本研究では、統合失調症患者の皮質厚と深部灰白質容積、白質の異方性、拡散能について、年齢、性別、両親のSESをマッチングさせた正常コントロールと比較、解析した。統合失調症患者の灰白質と白質の診断による差を同時に評価した研究は数少なく、我々の調べによると、同一対象に対して皮質厚と深部灰白質容積および白質の拡散能、異方性を同時に解析した研究は初めてのものである。神経回路の途絶、破綻は統合失調症の病理的メカニズムのひとつと仮定されており、灰白質にも白質にも影響があると考えられているため、両者を同一対象について同時に評価することは重要である。

対象と手法:

対象:

対象は、東京大学医学部附属病院精神神経科に通院中の右利きの統合失調症患者21名 (男性15名、女性6名;平均年齢32.65±6.54歳)と、同様に右利きの年齢、性別、両親のSESをマッチングさせた正常コントロール21名(男性15名、女性6名)である。統合失調症患者はすべて、Structured Clinical Interview for Diagnostic and Statistical Manual (DSM)-IVを元に経験ある精神科医により Axis I Disorder (SCID-I) Clinical Versionと確定診断された。倫理委員会による承諾を得た研究であり、全対象に対し書面でのインフォームドコンセントを得た。

MRIデータ取得方法:MRI画像データは、3.0Tのscanner (Signa HDx; GE Medical Systems, Milwaukee, WI)で撮像された。T1強調像は皮質厚と深部灰白質の評価のために用いられ、3D fast spoiled-gradient recalled acquisition in the steady state (3D-FSPGR)で176枚のスライスを撮像した。拡散強調像は白質の異方性と拡散の評価のために用いられ、single-shot spin-echo echo-planarで67枚のスライスを撮像した。

皮質厚の解析:

大脳皮質厚はFreeSurfer ver4.5 (http://surfer.nmr.mgh.harvard.edu/fswiki)を用いて解析した。まず、すべての3D-FSPGR画像においてgradient non-linearityに起因する空間的ゆがみをgrad_unwarpで補正した。脳表面の再構築と皮質灰白質境界を算出し、それぞれのポイントにおいてこれらの間の距離を測定することで皮質厚が算出される。

深部灰白質容積の解析:

3D-FSPGR画像において、まずは上述と同様にgrad_unwarpで補正した。FreeSurferを用い、自動セグメンテーションの手法でそれぞれのボクセルに自動で神経解剖的ラベリングを行い、海馬、扁桃体、尾状核、被殻、淡蒼球、視床前部の各容積を算出した。

白質の解析:

白質の解析は、FSL (FMRIB Software Library 4.1, http://www.fmrib.ox.ac.uk/fsl)の一部であるTBSSを用いて行った。まず元データのeddy current distortionや頭部の動きを補正し、gradient non-linearityに起因する空間的ゆがみをgrad_unwarpで補正した。Brain Extraction Tool (BET) 2.1を用いた脳抽出に続き、FDTを用いて拡散データにテンソルモデルを一致させることでfractional anisotropy (FA)マップ、axial diffusivity (AD)マップ、radial diffusivity (RD)マップを作成した。すべての対象のFAデータは、Montreal Neurological Institute (MNI)の152のスペースに位置合わせした。続いて平均FA画像を作り、グループ内で共通するすべてのトラクトの中心を表わす平均FAスケルトンに薄層化した。空間正規化された各FAデータは、このスケルトンに投影される。AD、RDデータもまた、MNIの152のスペースに位置合わせされ、平均FAスケルトンの上に投影された。

TBSSでは完璧な脳の整合や補正が不要である代わりに、比較する前にFAスケルトンに脳を投影する。これにより対象間のFAはよりガウス分布に近づき、ばらつきが少なくなり、解析は強固で感度が高くなる。TBSSは、VBAとtracography-based analysisの強みを合わせもった手法で、最も信頼できるVBAの手法の1つである。

統計解析:

皮質厚:

General linear models (GLM)を用いて診断、年齢、性別を共変量として両側の大脳半球のそれぞれの脳表面において行った。Vertex-wise analysisの統計的有意水準はP=0.05とし、false discovery rate (FDR)補正を用いた。

深部灰白質容積:

Repeated-measures analysis of covariance (ANCOVA)を用いて年齢、性別、頭蓋内容積を個体間要因として、左右を個体内因子として解析した。Bonferroni補正で多重解析補正を行った。統計的有意水準は P=0.05/6=0.0083とした。

白質:

Permutation-based、voxel-wise non-parametric testingを用いて行った。年齢、性別を共変量とした。T検定(one-tailed)の有意水準はP=0.25とし、FDR補正(voxel-level inference)を用いて多変量解析を行った。T検定では、2つのtコントラスト(positive, negative)を計算した。繰り返しの回数は5000とした。

結果:

皮質厚:

皮質厚解析では、すべての大脳皮質領域において群間差のみられる部位は認められなかった。

深部灰白質容積:

統合失調症において海馬容積のみに有意な容積減少がみられ、統合失調症では9.75±0.94 mL、正常コントロールでは10.32±0.77 mLであった (P=0.006)。左右と診断の交差は見られなかった (P=0.83)。その他の領域では群間差は認められなかった。

白質の異方性と拡散:

統合失調症と正常コントロールの間に有意差のみられる領域はなかった。AD、RDともに有意差のみられる領域は認められなかった。

海馬容積と罹患期間についてのpost-hoc analysis:

統合失調症患者における病期と海馬容積との関係を調べるため、ステップワイズ解析を行った。独立因子を年齢、性別、病期、頭蓋内容積、および向精神薬量(クロルプロマジン換算)とし、非独立因子を海馬容積とした。ステップワイズのエントリーと除外のP値はそれぞれ P=0.25、P=0.10とした。罹患期間が長いほど海馬容積が小さく(P=0.046)、また女性は男性より海馬容積が小さかった(P=0.014)。更に独立因子にPANSSスコアを加えた解析では、generalスコアと海馬容積との間に正の相関が認められた(P=0.025)。

考察:

主な結果は2つで、統合失調症患者の海馬容積は正常コントロールと比較して小さいこと、および海馬容積と統合失調症患者の罹患期間に正の相関が認められたことである。これは、海馬容積が統合失調症患者において小さいこと、また、病初期で海馬容積の差が大きく、慢性期では差が軽減する可能性があることを意味している。統合失調症における海馬の容積減少を報告する研究は複数あり、また海馬は統合失調症で重要な役割を有していると考えられている前頭葉や側頭葉を含む他の脳構造との連携があることから、特に注目される構造である。

今回の解析で我々は、群間差のみられた海馬容積についてステップワイズ解析を用いて個体間因子(年齢、性別、病期、頭蓋内容積、向精神薬)との関連を評価した。これまでの統合失調症の脳形態に関する多くの研究で、初発の統合失調症を含め、病初期において既に脳の形態的異常があることが報告されている。本研究では、統合失調症において発症してからの期間が短いほど海馬容積の減少が強いという結果が出ており、病初期で既に海馬の形態的異常があることを示唆している。向精神薬量との間に有意な相関は認められなかったが、臨床症状の指標となるPANSS Generalスコアとの間に正の相関がみられており、症状の軽いもので海馬容積が保たれている可能性の他、作業療法など向精神薬以外の治療を含めた治療による症状の改善がマクロな海馬容積の増加をもたらした可能性が考えられる。

これまでの報告で、統合失調症患者と正常コントロールの間には大脳皮質厚の有意差があると示されている。これに対し、我々の報告では2群間で皮質厚に有意差のみられる領域は認められなかった。

統合失調症における白質の変化においても結果は完全には一定していないが、前頭葉や側頭葉での白質の変化が最も多く報告されている。異常が報告されている領域は、脳梁やarcuate fasciculus、cingulum bundle、そして内包などである。だが、その機能的な意義は一部を除いて明らかにされていない。

本研究で皮質厚や白質の異方性、拡散能に群間差がみられなかった原因は、罹患期間や治療経過が様々な症例を対象としたことが主であると推測される。他、対象数が少ないことや統計閾値の違い、それによる統計的検出力の低下などの因子が寄与していると考えられた。

結論:

今回の研究では、正常コントロールと比較して統合失調症患者では海馬容積の減少が認められ、その他の深部灰白質容積や皮質厚、白質の異方性、拡散に関しては差が認められなかった。統合失調症患者では、海馬容積は罹患期間との間に正の相関を示した。また、臨床症状の評価項目のひとつであるPANSS generalスコアとの正の相関を示した。この結果は、統合失調症患者の海馬は正常者より小さいこと、また容積減少は病初期にもっと顕著である可能性、または症状の重いもので顕著である可能性を示している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、これまでに脳容積や大脳皮質厚、大脳白質の拡散能、異方性につき様々な変化が生じると報告されている統合失調症に関し、正常と比較することで総合的に解析し、相互の関連や臨床項目との相関を明らかにすることを試みたもので、下記の結果を得ている。

1.皮質厚解析において、すべての大脳皮質領域において群間差のみられる部位は認められなかった。

2.六部位の深部灰白質容積 (尾状核、被殻、淡蒼球、視床、海馬、扁桃体)の解析において、統合失調症では正常と比較して海馬のみに有意な容積減少が認められた (P=0.006)。左右と診断の交差は認められなかった。また、他の五部位に関して群間差は認められなかった。

白質の異方性と拡散の解析において、異方性、拡散能の指標となるFractional anisotropy、Axial diffusivity、Radial diffusivityいずれにおいても統合失調症と正常との間に有意差のみられる領域は認められなかった。

4.海馬容積と罹患期間についてのpost-hoc analysisでは、罹患期間が長いほど海馬容積が小さいという相関がみられた (P=0.046)。また、女性は男性より海馬容積がちいさかった (P=0.014)。更に統合失調症の臨床症状の指標のひとつであるPANSSスコアのうちgeneralスコアと海馬容積との間に正の相関が認められた (P=0.025)。

以上、本論文は統合失調症患者に対し白質、灰白質双方の解析を行い、深部灰白質構造の一つである海馬容積に減少が認められ、また罹患期間および臨床症状の評価項目の一つであるPANSS generalスコアと正の相関があることを明らかにした。本研究はこれまで同時に評価された研究のなかった皮質厚、深部灰白質容積、白質の異方性、拡散能を総合的に解析したものであり、統合失調症の海馬が正常者より小さいこと、またその容積減少が病初期にもっとも顕著である可能性、および症状の重いもので顕著である可能性を示したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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