No | 127004 | |
著者(漢字) | 西尾,禎治 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシオ,テイジ | |
標題(和) | 標的原子核破砕反応による線量照射誘導陽子線治療の研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127004 | |
報告番号 | 甲27004 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3614号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生体物理医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに 近年、多岐に渡る技術進歩の恩恵を受け、がんの放射線治療は急速に高精度化へ向かっている。X線治療による定位放射線治療や強度変調放射線治療(IMRT)、更に、陽子線や炭素線による粒子線治療によって、高い線量集中性が得られるようなってきた。また、放射線診断画像の高画質化も進み、透視やCT画像を利用することで放射線診断と治療が融合させた、患者の腫瘍位置精度を向上させる画像誘導放射線治療(IGRT)が最先端治療として、世界中で盛んに研究がされている。しかし、これらの高精度放射線治療を患者へ提供するには、腫瘍へ処方された線量が実際に正確に照射されたかどうかを確認する必要がある。そこで、腫瘍へ照射された放射線を可視化する手法として、治療用放射線と患者体内を構成する元素との標的原子核破砕反応に注目した。この手法により照射誘導陽子線治療の実現を目指す。 陽子線治療 陽子核をビームとする陽子線は、厚みのあるターゲットに照射したとき、エネルギー阻止能の関係でビームが停止する寸前の場所で大きなエネルギーを損失する。その結果、その部分にブラッグピークと呼ばれる高い線量領域が形成される。腫瘍部分にそのピーク位置が集中するようにビーム照射位置及び入射エネルギーを調整することで、陽子線治療を実現させている。図1は陽子線治療と一般的な放射線がん治療(X線利用)における深部方向の線量分布特性である。陽子線治療は腫瘍に線量を集中させ、腫瘍部以外の線量投与を極力抑えることが可能である。また、同じく電荷を持つ電子線と比較すると、約2000倍の質量を持っているため、患者体内中でのビームの直進性に優れている。 陽子線治療において、患者体内で30cm深の腫瘍まで治療照射を出来るようにするには、水素核を220MeV程度の運動エネルギーまで加速する必要がある。そのため、加速器、照射システムなど、全てにおいてX線治療装置より大掛かりな装置が必要となる。その例として、図2に国立がん研究センター東病院の陽子線治療施設を示す。X線治療の場合と異なり、3次元(照射野方向及び深部方向)的な均一線量分布の形成が必要であり、そのため照射ノズルに数多くの照射野形成装置が設置されている。3次元的な均一線量分布形状を持つ陽子線を更に患者別・照射門別で製作した患者ボーラス・コリメータを利用することによって、腫瘍の形状・大きさ・位置に適した陽子線の線量分布を患者個別に整形して治療照射を実施する(図3参照)。 陽子線照射における照射領域可視化の原理 陽子線治療では、光速の6割程度に加速させた陽子核(水素核)をビームとして利用する。また、患者体内の様々な組織は、水素核、炭素核、窒素核、酸素核、カルシウム核を主な構成要素としている(ICRU Report 46、表1参照)。陽子線治療において、腫瘍に陽子線を照射すると、入射陽子核と患者体内にある標的原子核が原子核破砕反応を引き起し、その反応により生成される原子核の中に、ポジトロンを放出する原子核(ポジトロン放出核)が含まれる(図4及び表2参照)。この生成されたポジトロン放出核をPET(陽電子放出断層撮影:Positron Emission Tomography)の原理で可視化することで照射領域を観測する。図5は、陽子線エネルギーに対する、炭素核及び酸素核における原子核破砕反応によるポジトロン放出核の生成断面積を示す。患者体内中で生成されたポジトロン放出核の位置・強度を情報因子とし、その観測結果を可視化することで、腫瘍へ的確に陽子線が照射されたかを判断できる。 ビームオフラインPETシステム 陽子線の照射領域可視化のために、照射対象物及び患者へ陽子線を照射した後、コマーシャルベースのPET装置またはPET-CT装置のある部屋へ照射対象物及び患者を移動させて、PET撮影を実施した。これをビームオフラインPETシステムと言うことが出来る。 図6は、ポリエチレンブロックに陽子線を照射した際、コマーシャルベースのPET装置によって測定し画像化された結果である。ポリエチレンの組成は水素と炭素であるため、陽子線を照射することで生成されるポジトロン放出核は、炭素核の破砕反応によるものである。その際、陽子線の照射領域の可視化に関係する、生成されたポジトロン放出核は、11C及び10Cである。陽子線の照射領域が可視化されていることが判る。179MeVのMONO、191MeVのSOBP50mm及びSOBP50mmビームでレンジにギャップを設け陽子線を照射した。PET装置による測定は、照射室にてポリエチレンブロックに陽子線を照射後、PET測定室に移して実施したため、陽子線照射後からPET装置での測定開始まで、約5分の時間が必要であった。その結果、図6の画像は半減期が20秒と短い10Cはポリエチレンブロック中から消滅しており、半減期が20分の11Cのみの分布になっている。 陽子線治療を実施した、仙骨、頭頸部、肝臓、肺及び前立腺の症例に関して、陽子線照射後、コマーシャルベースのPET-CT装置によってポジトロン放出核の実測を行った。陽子線照射後、患者をPET-CT室まで約7分間の移動後、5分間の計測を行った。図7は、仙骨の腫瘍へ陽子線を2.5GyE照射した症例について、陽子線治療計画装置による線量分布の計算結果及びPET-CT装置によって照射領域を可視化した画像を、CT画像上にフュージョンさせたものである。得られた可視化画像から、皮下脂肪と骨の部分では、生成されたポジトロン放出核からの消滅γ線の強度が高いことが判る。この結果は、陽子線照射後、PET撮影開始まで約7分間の時間が経過しているため、皮下脂肪では11C、骨では38Kといった比較的半減期が長いポジトロン放出核のみ、撮影時には体内に残留していなかったためである。 ビームオンラインPETシステム 陽子線を人体へ照射した際、照射領域の可視化において、生成量が多く、最も重要なポジトロン放出核は、16O(p,pn)15O反応より生成される、半減期が約2分の15Oである。ビームオフラインPETシステムでは、陽子線照射直後、直ぐにその場でPET撮影を実施出来ないため、この15Oを可視化の情報として利用することが出来ない。 その一方で、陽子線照射室内のビームライン上に、高い空間位置分解能を有すBeam ON LINE型PET装置を開発し設置すれば、陽子線治療を行いながら、患者体内の何処に陽子線が照射されているかをリアルタイムで確認出来る。そのため、当センターでは、空間分解能が2mmのプラナータイプの検出器ヘッドを持つbeam on-line PET system(Beam on-line PET system mounted on a rotating gantry port:BOLPs-RGp)を開発した(図8参照)。ガントリーの回転に伴い、対向する検出器はICを中心に一緒に回転し、検出器面は常に陽子線照射軸を含んでおり、陽子線のレンジ方向を観測できるようになっている。 BOLPs-RGpの実臨床利用 陽子線治療を行った、頭頸部、前立腺、肝臓、肺及び脳の約150症例について実施した。各部位に対し、陽子線照射中から照射後200秒までの間、BOLPs-RGpで消滅ガンマ線を実測した。日々の陽子線治療において、BOLPs-RGpより得られた照射野可視化画像は3000枚以上となった(図9参照)。 初回の治療で得られた可視化画像をリファレンスとして、それ以降の日々の陽子線治療で得られる可視化画像との時系列変化を観測した。頭頸部(副鼻腔腫瘍)の陽子線治療においては、48症例中3症例で治療途中での腫瘍の変化による脳幹への陽子線の誤照射を観測された照射領域の可視化画像の変化から同定し、速やかに再計画へフィードバックをすることが出来た。壊死した肝臓腫瘍の場合においては、腫瘍内で生成されたポジトロン放出核のwashout効果が優位的に遅いことが観測された。この結果は患者ごとの線量感受性から個別の処方線量を決定できる可能性もある。 まとめ 研究開発されたBOLPs-RGpを利用した標的原子核破砕反応による線量照射誘導陽子線治療が実現し、治療期間中の腫瘍の線量集中と重要臓器の線量低減の担保、また、線量感受性を判断出来る可能性を秘めていることを示唆できた。 図1:陽子線治療とX線治療における深部方向の線量分布特性。 図2:国立がん研究センター東病院の陽子線治療装置の鳥瞰図。 図3:照射野形成法の概念図。 表1:組織ごとの人体構成要素の例。 図4:入射陽子核と標的原子核における原子核破砕反応と生成されたポジトロン放出核の位置導出の概念図。 表2 : 陽子線の照射領域の可視化において、考慮すべき原子核破砕反応A(p,X)Bと生成されるポジトロン放出核種。 図5:陽子線エネルギーに対する、炭素核及び酸素核における原子核破砕反応によるポジトロン放出核の生成断面積。 図6:左からMONO、SOBP50mm及びSOBP50mmビームでレンジにギャップを設けた場合のポリエチレンブロックへの陽子線照射によって生成されたポジトロン放出核(11C)のPET装置による実測プロファイル。 図7:仙骨の腫瘍へ2.5GyEの陽子線を照射した際の線量分布計算結果(左)及びPET/CT装置による照射領域可視化の結果(右)。 図8:陽子線回転ガントリーに設置されたビームオンラインPETシステム。 図9:部位毎に実測されたactivity分布及び治療計画により計算された線量分布結果。 | |
審査要旨 | 本研究は、がんの陽子線治療において、患者への陽子線照射によって入射陽子核と患者体内にある標的原子核で起こる原子核破砕反応(標的原子核破砕反応)を利用して陽子線照射領域を可視化し、その可視化情報から腫瘍に対する照射線量を誘導する高精度陽子線治療法に関するものであり、下記の結果を得ている。 1.患者への陽子線照射によって、体内で起こる標的原子核破砕反応の反応メカニズムを原子核反応のシミュレーションにより、照射領域の可視化の情報因子となる主なポジトロン放出核は主な人体構成要素である、炭素核、酸素核及びカルシウム核を標的核として生成される11C、10C、15O、14O及び38Kであることを示した。特に、反応断面積が大きく半減期の短い15O(約2分の半減期)が陽子線治療における照射領域の可視化において、最も重要なポジトロン放出核であることを推測した。 2.ポリエチレンブロックや水などのターゲット、そして陽子線治療を行った患者に対するコマーシャルベースのPET及びPET/CT装置を用いて、陽子線照射によってターゲット中及び患者体内中で生成されたポジトロン放出核を計測し、照射領域を可視化した。陽子線治療を実施した患者では、世界で初めて照射領域の可視化を実現した。得られた照射領域可視化画像のactivity分布を解析し、シミュレーションで予想したポジトロン核種がターゲット内や患者体内で生成されていることを裏付けた。コマーシャルベースのPET及びPET/CT装置を用いるBeam OFF-LINE PET systemにおいては、陽子線照射終了からPET撮影開始まで10分程の時間を要するため、短半減期が約2分である15Oの情報は十分収集できないことを示した。 3.短半減期のポジトロン放出核の情報を照射領域可視化に十分利用するために、陽子線照射室内のビームライン上に、高空間分解能を有する検出器ヘッドを持つプロトタイプのBeam ON-LINE PET systemを構築した。構築したこのシステムを用いて、実際の陽子線治療を模擬した動物実験を実施し、Beam ON-LINE PET systemの有用性を示した。Beam ON-LINE PET systemを用いた動物実験の結果から、陽子線照射によって生成された15Oを主成分とする多種のポジトロン放出核をマージした仮想的なポジトロン放出核を想定すると、約2分と約15分の2成分の半減期を持つ仮想ポジトロン放出核として扱えることが判った。 4.プロトタイプのBeam ON-LINE PET systemの実験成果から、臨床用Beam ON-LINE PET systemとして、国立がん研究センター東病院の陽子線治療装置の回転ガントリー照射室内に、Beam ON-LINE PET system mounted on a rotating gantry port (BOLPs-RGp)を開発し設置した。陽子線治療を実施した、頭頸部、肝臓、肺、前立腺、脳腫瘍の患者の照射領域可視化画像を取得することを世界で初めて実現した。 5.特に、頭頸部腫瘍の陽子線治療においては、腫瘍の縮小や患者の体型変化に伴う腫瘍に対する陽子線照射精度の悪化を、BOLPs-RGpを用いた照射領域のリアルタイム確認によって防ぐことができ、高精度の陽子線治療を患者へ提供することを実現した。 6.陽子線の照射線量と照射領域可視化画像のactivity分布の変化に相関があることを発見し、今後の陽子線治療の進歩に貢献する成果を見出した。 以上、本論文は標的原子核破砕反応による照射領域の可視化を実現させ、高精度陽子線治療である線量照射誘導陽子線治療を患者へ提供することを可能にしたものである。本研究は先駆的にBOLPs-RGpを研究開発し、世界で初めて照射領域可視化を実臨床で活用した高精度陽子線治療を実現し、その新規性は極めて高く、国民の生活向上に重要な貢献をなしていると言える。 よって、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |