学位論文要旨



No 127007
著者(漢字) 伊藤,明博
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,アキヒロ
標題(和) 血栓、止血におけるシステイニルロイコトリエンの役割
標題(洋) ROLE OF CYSTEINYL LEUKOTRIENES AND THEIR RECEPTORS : HEMOSTASIS & THROMBOSIS
報告番号 127007
報告番号 甲27007
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3617号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 郭,伸
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 講師 清水,潤
 東京大学 講師 張,京浩
内容要旨 要旨を表示する

日本において、脳卒中が原因とされる死亡者数は年間約121,000人にのぼり、死亡原因の第3位となっている(厚生労働省 平成21年人口動態統計の年間推計)。また、心臓血管疾患を含めれば、血管障害による死亡または後遺障害は、さらに大きな割合を占めると考えられる。

近年、遺伝学的解析により、心筋梗塞、脳梗塞の関連遺伝子が同定され、5-リポオキシゲナーゼ/ロイコトリエン経路が血管障害に重要であるとの報告がなされてきているが、ロイコトリエンの閉塞性血管障害における役割は、未だ解明されていないのが現状である。ロイコトリエンは炎症反応に関与する脂質メディエーターの一つであり、アラキドン酸から5-リポキシゲナーゼ経路を介して合成され、ディハイドロロイコトリエン (LTB4)、システイニルロイコトリエン(LTC4, LTD4, LTE4)に分類される。また、その受容体はG蛋白質共役型受容体であり、LTB4をリガンドとする受容体としては LTB4 receptor type1 (BLT1)とLTB4 receptor type2 (BLT2)、システイニルロイコトリエンに対する受容体としてはcysteinyl leukotriene receptor type 1 (CysLT1)とcysteinyl leukotriene receptor type 2 (CysLT2) が知られている。

本研究では、ロイコトリエンと閉塞性血管障害との関係を明らかにするために、まず、新しいマウス血栓形成モデルを作成し、ロイコトリエン類をマウスの血管(中大脳動脈)に塗布、浸透させることにより、その血栓形成能を評価した。その結果、LTC4に高い血栓形成能があることが示された。また、マウスにおける血小板凝集能を評価したところ、LTC4の単独投与により強い血小板凝集が誘発されることが示された。マウス血小板ではCysLT2が高く発現しており、CysLT1の発現は認められなかった。Cyslt2ノックアウトマウスから採取した血小板ではLTC4による血小板凝集は誘発されず、CysLT1/CysLT2 拮抗薬であるpranlukastにて、LTC4による血小板凝集が濃度依存的に抑制されることより、LTC4による血小板凝集はCysLT2を介した細胞内シグナル伝達により誘発されることが示唆された。さらに、CysLT2受容体以下のシグナルについては、環状AMPの低下により血小板凝集作用を引き起こす可能性が示された。また、マウスtail bleedingモデルにて生体内における血栓形成、止血機能を評価したところ、Cyslt2ノックアウトマウスでは、出血時間が亢進する傾向にあり、マウス生体内において、LTC4-CysLT2 経路が血栓形成、止血過程に関与することが示唆された。

また、動脈硬化が脳梗塞、心血管疾患のリスクファクターであることはよく知られており、ロイコトリエン合成経路に関わる酵素や受容体が、動脈硬化巣に発現していることも知られている。CysLT2が動脈硬化の進行に及ぼす影響を評価するため、我々はApoe/Cyslt2ダブルノックアウトマウスを用いた動脈硬化モデルを作成し、その影響を評価したが、動脈硬化とCysLT2との関与を示唆する結果は得られなかった。

以上の研究知見により、システイニルロイコトリエンの血小板凝集を介した血栓、止血における役割が病態生理学的に示され、また、本研究が脳梗塞、心血管障害に対する新しい治療法に貢献する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、脳梗塞/心血管障害への寄与が示唆されている5-リポキシゲナーゼ代謝産物(ロイコトリエン)において、血栓形成過程に関与する代謝産物の同定、機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. マウスにて新しい血栓形成動物モデルを作成し、ロイコトリエン類をマウス中大脳動脈に塗布、浸透させることにより、その血栓形成能を評価した。その結果、ロイコトリエンC4 (LTC4)に高い血栓形成能があるという新しい知見が示された。また、ノックアウトマウスを使用した実験により、LTC4による血栓形成には、システイニルロイコトリエン第2受容体 (CysLT2)が関与することが明らかにされた。

2. マウス洗浄血小板または血小板濃縮血漿を用いた実験により、マウス血小板にはCysLT2のみが高く発現すること、またLTC4は、マウス血小板に対する強い凝集作用を有するという新知見が示された。さらに、Cyslt2ノックアウトマウスやmCysLT1/mCysLT2 アンタゴニストであるpranlukastを用いた実験により、LTC4による血小板凝集はCysLT2を介して起こることが明らかにされた。

3. マウス血小板凝集におけるCysLT2受容体以下のシグナルについて、環状AMPの低下により血小板凝集作用を促す可能性がElisaを用いた実験により示唆された。また、血小板凝集中のATP放出を検出する実験系により、LTC4がdense-granuleの放出反応を引き起こすことも示された。

4. マウスtail bleedingモデルにて、Cyslt2ノックアウトマウスにおいては、出血時間が亢進する傾向にあることが示され、マウス生体内にてLTC4-CysLT2 経路が血栓形成、止血過程に関与することが示された。

5.ApoE/Cyslt2ダブルノックアウトマウスを使用した動脈硬化モデルにて、CysLT2の動脈硬化の発症や進行に及ぼす影響を評価したが、CysLT2の関与を示唆する結果は得られなかった。

以上、本論文は、新しいマウス血栓形成モデルの作成、マウス血小板凝集などの解析により、LTC4の血小板凝集における役割を明らかにしている。現在まで知られていなかったロイコトリエンの血栓、止血における役割が病態生理学的に示され、また、本研究が脳卒中、心血管疾患の新しい創薬、治療法に貢献する可能性についても示唆されており、学位の授与に値するものと考えられる。

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