学位論文要旨



No 127008
著者(漢字) 織壁,里名
著者(英字)
著者(カナ) オリカベ,リナ
標題(和) 覚せい剤精神病患者の海馬・扁桃体における体積減少
標題(洋) Reduced amygdala and hippocampal volumes in patients with methamphetamine psychosis
報告番号 127008
報告番号 甲27008
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3618号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,延人
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 國松,聡
内容要旨 要旨を表示する

<はじめに>

覚せい剤乱用に関連した幻覚妄想などの精神病状態は、統合失調症と比較されることが多く、古くからその異同が論じられてきた。また、病因が未確定な統合失調症に対し、明らかに発症に覚せい剤が関与した、ヒトにおける貴重な精神病モデルとしても、覚せい剤精神病は注目されてきた。一方、近年の検査機器の性能や画像解析技術の向上により、本来は脳器質基盤を持たないはずの統合失調症などの機能性精神疾患でも中側頭葉構造における微細な脳形態異常が明らかになっている。しかし覚せい剤精神病の脳形態画像研究は少なく、覚せい剤乱用患者の海馬体積減少や、精神刺激剤として共通するコカイン乱用患者の扁桃体体積減少といった、欧米の先行研究がある程度である。本研究は、覚せい剤精神病患者の海馬及び扁桃体体積を測定し、健常対照群と比較検討することを目的とした。

<対象及び方法>

東京都立松沢病院に通院、入院中の覚せい剤乱用患者及び、年齢、両親のSES(Socio-economic state)、被験者自身のIQなどをマッチさせた健常対照者のうち、書面で研究参加の意思が確認できた者、各20名を対象にした。Philipsの1.5テスラMRI機器で撮像した1mm等方性ボクセルの3次元T1強調画像を、画像解析ソフト3D-slicerを用いて解析。用手的解析で、海馬及び扁桃体を定義し、灰白質体積を測定した。統計解析の際には、個々の頭蓋内容積による体積の相対化を行った。患者群では、SANS(Scale for the Assessment of Negative Symptoms)、SAPS(SA-Positive Symptoms)、BPRS(Brief Psychiatric Rating Scale)などによる精神症状及び依存度の評価、詳細な病歴と乱用歴の聴取を行った。

<結果>

健常者群に比較して、覚せい剤精神病患者群の両側海馬、扁桃体で灰白質の体積減少が有意に見られた。また、体積減少は海馬よりも扁桃体において顕著に見られた。健常者群に比べ、患者群の総灰白質、総白質、及び頭蓋内体積は標準脳よりも有意に小さかったが、頭蓋内体積補正後も、患者群の内側側頭構造における灰白質は健常群に比べ、統計学的に有意に体積減少が見られた。

<考察>

海馬における体積減少は、外因性精神病である覚せい剤精神病と内因性精神病である統合失調症に共通するが、扁桃体における体積減少は覚せい剤精神病に特異的であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、統合失調症のヒトモデルとして研究されてきた背景がある覚せい剤精神病を、覚せい剤精神病患者と健常者のMRI脳画像の関心領域の体積を比較することにより、疾患の病態特異性を解明しようと試みたものである。内因性の精神疾患である統合失調症に対し、覚せい剤精神病は、明らかに発症に覚せい剤使用が関係している外因性精神疾患である。脳形態異常が確認できれば、それらと薬物の使用期間、使用方法、精神症状、その症状の発現から消失までの期間など、臨床評価との相関が、明確にかつ客観的に示されると考えた。また、これまでの先行研究で、覚せい剤精神病患者を対象とする報告はない。関心領域は、先行研究も多く、精神病発症にいたる脆弱性との関連性が示唆される海馬と薬物依存の危険性を高める脆弱性マーカーとして報告されている扁桃体を選択した。本研究により、以下の結果を得ている。

1. 患者は、健常者に比べ、総灰白質体積、全脳体積(灰白質体積と白質体積の和)が有意に小さかった。

2.患者の海馬、扁桃体で体積減少が確認された。そして体積減少の程度は、海馬においてよりも扁桃体においての方が強いことが示された。

3. 服薬量、薬物使用開始年齢、発症年齢、罹病期間、摂取方法、臨床症状重症度といった臨床評価尺度と測定された各体積間で有意な相関は見られなかった。

以上、本論文は、リクルートが困難な覚せい剤精神病患者を対象とした脳形態異常の研究であり、覚せい剤精神病患者の扁桃体の灰白質体積減少を初めて報告するものである。臨床評価尺度との相関は結果的にはみられなかったが、本研究は、日々、解明が進む精神病発症の病態機序に新たな貢献をなすと考えられ、これは、学位の授与に値するものと考えられる。

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