学位論文要旨



No 127012
著者(漢字) 井原,涼子
著者(英字)
著者(カナ) イハラ,リョウコ
標題(和) トランスジェニックショウジョウバエを用いたTDP-43プロテイノパチーの神経変性機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 127012
報告番号 甲27012
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3622号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山岨,達也
 東京大学 特任准教授 河崎,洋志
 東京大学 准教授 郭,伸
 東京大学 准教授 金井,克光
 東京大学 教授 饗場,篤
内容要旨 要旨を表示する

TAR-DNA binding protein of 43 kDa(TDP-43)は,2006年に筋萎縮性側索硬化症(ALS)及びユビキチン陽性封入体を伴う前頭葉側頭葉変性症(FTLD-U)に共通する細胞質内のユビキチン陽性封入体の主要構成成分として同定されたタンパク質である.2008年,常染色体優性遺伝性家族性ALSにおいてTDP-43をコードするTARDBPの変異が見出され,ALSの病因遺伝子の一つと位置付けられた.これらの知見に基づき,TDP-43はFTLD-U,ALSという二つの神経変性疾患を結びつけるタンパク質と理解されるようになり,TDP-43陽性封入体を伴う神経変性疾患をTDP-43プロテイノパチーと総称する新たな疾患概念が生まれた.TDP-43は正常では主に核内に存在するheterogeneous nuclear ribonucleoprotein(hnRNP)であり,RNA結合能を有し,pre-mRNAのスプライシングやmRNAの安定化に関わることが知られており,いくつかの標的RNAも同定されている.構造的には二つのRNA recognition motif(RRM)とC末端寄りにGly rich domainを持つのが特徴的である.家族性ALSで認められる変異はC末端領域に集中する.またALS・FTLD-Uの変性ニューロンではTDP-43は核から消失し,C末端断片を含む,不溶化しリン酸化・ユビキチン化された細胞質内凝集体を形成する.これまでに培養細胞を用いた研究ではTDP-43の毒性は再現されておらず,変異が集中するC末端領域の役割もわかっていない.またトランスジェニック動物も複数の動物種で作られており,いずれも野生型TDP-43の過剰発現で異常を認めるが,TDP-43の毒性発揮機序における役割は明らかでなく,家族性ALSの変異効果についてもいまだ不明である.本研究では,野生型,及び機能ドメイン欠失型変異型,家族性ALS変異型TDP-43トランスジェニックショウジョウバエを用い,TDP-43の神経変性機序における作用,家族性ALS変異の変異効果の原因を検討した.

最初に野生型TDP-43を複眼特異的に発現するトランスジェニックショウジョウバエ(TDP-43 tg fly)を作出した.複眼は神経細胞に類似した性質を持っており,外部形態から変性を検出しやすいことから,これまでに複眼特異的に病因タンパク質を過剰発現するポリグルタミン病のモデルショウジョウバエなどが作出されている.TDP-43 tg flyは外部形態では,ごく微細な複眼の剛毛の配向性の乱れを認めるのみであったが,パラフィン包埋切片(矢状断)では光受容細胞の配列の乱れを認め,網膜の空胞化を認めた.anti-TDP-43抗体による免疫組織化学では,TDP-43は主に核内に発現しており,核内及び細胞質内ともに異常な凝集体の形成を認めなかった.またTDP-43はユビキチン化,リン酸化を伴わなかった.この変化はTDP-43の発現量に依存的であった.

続いて家族性ALS変異であるA315T,Q343R,G298S,M337V変異型TDP-43 tg flyを作出した.いずれの変異でも野生型TDP-43 tg flyと比して網膜空胞化の程度は高度であった.また変異型TDP-43は野生型と同様に主に核内に発現していた.

よりヒトALSに近いモデルを作出するため,複眼発現系に加えて,運動ニューロン特異的にTDP-43を発現するトランスジェニックショウジョウバエを作出し,検討を行った.運動ニューロン発現系において,野生型TDP-43 tg flyは対照のlacZ tg flyに比して著明に寿命が短縮し,家族性ALS変異では野生型TDP-43 tg flyよりもさらに寿命が短縮した.また,日齢依存的な運動機能障害を認めた.しかしながら組織学的にはlacZ tg flyと差異を認めず,本Tg flyに認められた機能障害は,組織学的に明らかな神経細胞死を伴わないと考えられた.

次に,Tg flyで認められたTDP-43の毒性がどのドメインに由来するかを検証するため,ドメイン欠失型,及びRNA結合能低下型変異を持つTDP-43 tg flyを作出した.C末端領域を欠いたDC,Gly rich domainを欠いたDGly,N末端領域を欠いたDN,RRM1と2を欠いたDRRM,RRM1を欠いたDRRM1,RNA結合能が低下することが示されているW113A/R151A変異を用いた.その結果,DRRM,DRRM1変異型TDP-43は核内に発現・局在するものの,野生型TDP-43 tg flyで認められた複眼網膜の変性を全く生じなかった.W113A/R151Aでは変性の程度は軽度であった.一方,DCとDGlyでは網膜の空胞化が増悪し,外部形態からも個眼の融合や剛毛の脱落が認められた.DNは核移行シグナル(nuclear localizing signal, NLS)を欠いており,核~細胞質にびまん性に局在し,網膜変性の程度は野生型TDP-43 tg flyと比して高度であった.この結果から,TDP-43 tg flyで認められる毒性発揮機序にはTDP-43が本来有するRNA結合能を介していると考えられ,家族性ALS変異が集中するC末端領域の欠失ではRNA結合能が上昇するため,毒性がさらに増強するのではないかという仮説を立てた.

さらに,TDP-43は核内,細胞質内のいずれで毒性を発揮するかを検討するために,核局在シグナル(nuclear localizing signal, NLS)を欠くNLS変異型(NLS mt)TDP-43 tg flyを作出した.NLS mtは細胞質に局在し,野生型TDP-43と同等もしくはより顕著な網膜変性を生じた.NLSを欠失し,同時にDRRM1もしくはW113A/R151A変異のいずれかを持った二重変異型TDP-43 tg flyを作出したところ,網膜変性は全く消失した.このことは,TDP-43は核,細胞質のいずれにおいてもRNA結合を介して毒性を発揮することを示唆する.TDP-43はNLSとnuclear export signal(NES)双方を持つタンパク質であることから,核と細胞質の双方に特異的な標的RNAを持つ可能性がある.また,NLS mtに家族性ALS変異を加えた二重変異では,NLS mtに比して複眼の変性は著明に増悪した.この結果は,家族性ALS変異では細胞質局在が増えるため毒性が強くなるという仮説に反論を与えるものである.

各種の神経変性疾患脳では,不溶化した病因タンパク質の蓄積が観察され,これらが毒性を発揮すると考えられている.Tg flyにおけるTDP-43の不溶化を検討するために,野生型,DC,DGly,DN,NLS mt,Q343R,G298S,M337V変異型TDP-43 tg flyの頭部を界面活性剤や変性剤を用いて段階的に抽出し,可溶性について生化学的に検討した.DC,DGlyでは可溶性画分の回収比率が高かったが,その他については一定の傾向はなく,TDP-43 tg flyで認められた変性の強度と組織内に蓄積したTDP-43の不溶性に相関は見られなかった.

上記のごとく,Tg flyを用いたin vivoの検討から,RNA結合能の低下により組織変性が軽減したが,C末端領域の欠失あるいは変異により変性が増強した.これらの結果から,本実験系においてTDP-43はRNA結合能を介して変性を惹起し,TDP-43のC末端領域はRNA結合能に抑制的に働き,その変異によりRNA結合能が上昇した可能性を考えた.この可能性をin vitroで検証するために,RNA結合能を測定する実験electromobility shift assay(EMSA)を行った.EMSA法では特定のリコンビナントタンパク質と特定の配列のオリゴヌクレオチドの2者間における結合能を評価することが可能である.今回はTDP-43との結合が示されている(UG)12オリゴヌクレオチドとリコンビナントTDP-43の結合を評価した.その結果,DCのRNA結合能は野生型TDP-43の2倍に上昇しており,Q343R,G298S,M337Vも野生型TDP-43の1.25倍程度の結合能を示した.これらの結果は,Tg flyで観察された変性の強度と,過剰発現したTDP-43のRNA結合能の関連を支持するものである.

以上のin vivo,in vitroの実験から,TDP-43はRNA結合能を介して毒性を発揮することを示し,C末端領域がRNA結合能の抑制機能を持ち,家族性ALS変異ではその抑制機能が低下するため毒性が増強する可能性を提唱した.

本研究遂行中の2009年に,家族性ALSの病因遺伝子としてTDP-43に加えて,同じくRNA結合タンパク質であるFUS/TLSが新たに同定されたことから,神経変性疾患の病態におけるRNA代謝・成熟の重要性はさらに注目されている.今後in vivoにおいてもRNA結合能の上昇が見られるかを検証するために,以下の実験を検討中である.TDP-43のRNA結合能が変化すれば,その標的RNAの代謝・成熟に変化が生じると考えられ,TDP-43の標的RNAとして知られる中で,ショウジョウバエでも保存されているHDAC6 mRNAあるいはタンパク質の量が変化すると考えられる.そのためTDP-43の過剰発現組織におけるHDAC6タンパク質の定量を試みているが,過剰発現組織のみの単離が困難であり,freeze-dry法による複眼の単離などを試みる方針である.

今回用いたヒトTDP-43を過剰発現したトランスジェニックショウジョウバエ系は,ヒト神経変性疾患のモデルとしては,(1) 異なる動物種への発現系であること,(2) 機能分子の過剰発現系であることなどの制約も想定される.なかでも,本実験系において観察された変性の表現系が,過剰発現されたTDP-43と複合体を形成して機能する補因子の不足に起因するなどの可能性も除外する必要がある.今後,in vivoのトランスジェニックショウジョウバエモデルにおいてTDP-43の標的RNAのプロセッシングにどのような変化が生じており,いかなる標的RNAが変性過程に原因的に関与するかを網羅的に探索したい.特にショウジョウバエモデルにおいては,他系統の過剰発現/ノックダウンハエとの交配により表現系に影響を与える遺伝学的因子の探索を行うことができるメリットを活かし,哺乳類細胞・モデル動物への展開も視野に入れつつ,今後の研究を発展させたい.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)およびユビキチン陽性封入体を伴う前頭葉側頭葉変性症(FTLD-U)のユビキチン陽性封入体の主要構成成分であり、家族性ALS(FALS)の病因遺伝子の一つでもあるTDP-43に着目し、ALS及びFTLD-Uを総称したTDP-43プロテイノパチーの病態機序を明らかにするため、野生型及びFALS変異型、機能ドメイン欠失型ヒトTDP-43を導入したトランスジェニックショウジョウバエ(tg fly)の組織学的解析、生化学的解析、行動解析を行い、その結果から得られた仮説に対してin vitroのRNA結合実験により検証を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 複眼特異的野生型TDP-43 tg flyは、独立した3ラインで同量のTDP-43タンパク質の発現と表現系を認め、走査電子顕微鏡による複眼外部形態の評価において、対照として用いたlacZ tg flyと比較して剛毛の極性の乱れと個眼の配列の乱れを認めた。TDP-43 tg flyの組織学的解析では、通常であれば規則正しく配列する光受容細胞の核の配列が乱れ、網膜の空胞変性を認めた。免疫組織化学によりTDP-43は主に光受容細胞の核内に発現していることを確認した。発現したTDP-43のリン酸化、ユビキチン化は認められなかった。また、TDP-43の発現量を増加させたTDP-43 (2x) tg flyにおいては、網膜の空胞変性がより増悪し、変性の程度は容量依存的であることがわかった。

2. A315T、Q343R、G298S、M337Vの4つのFALS変異型TDP-43 tg flyは、いずれも野生型TDP-43 tg flyと同等の発現量を認めた.いずれのFALS変異型TDP-43 tg flyも、野生型TDP-43 tg flyと比して、複眼の外部形態では個眼の融合や剛毛の極性の乱れが目立ち、組織学的にも網膜の空胞変性がより顕著であった。免疫組織化学により変異型TDP-43は核内に局在することが確認された。この実験より、FALS変異による毒性の増強が示された。

3. ALSモデルに近付けるため、運動ニューロン特異的に野生型及び家族性ALS変異型TDP-43を発現するtg flyの解析を行った。組織学的には運動ニューロン・筋とも顕著な変化を認めなかったが、TDP-43 tg flyはlacZ tg flyよりも寿命が著明に短縮し、FALS変異型TDP-43 tg flyは野生型TDP-43 tg flyよりもさらに寿命が短縮した。また、日齢依存的な運動機能障害も認められた。

4. TDP-43 tg flyの毒性発揮機序の解析のため、各種機能ドメイン欠失型TDP-43を複眼特異的に発現させたtg flyの作出・解析を行った。C末端領域、Gly rich domainを欠失した変異体は網膜の空胞変性が著明に増悪し、一方RNA recognition motif(RRM)1、RRM1+RRM2を欠失した変異、RNA結合能が低下することが知られているW113A/R151A変異体のtg flyは網膜の変性は消失あるいは軽減された。この結果から、毒性の発揮にはRRM1が必要であること、またC末端領域の欠失により毒性が増強することが示された。

5. TDP-43は正常では核内に存在し、ALS・FTLD-Uの病理では核から消失し細胞質に封入体を形成するため、核と細胞質のどちらで毒性を呈するかの検討のため、核移行シグナルに変異を入れたNLS mtを作成した。NLS mt tg flyにおいて変異型TDP-43は細胞質に局在し、発現量は野生型TDP-43 tg flyの1.5倍程度であった。外部形態では剛毛の脱落が顕著であり、網膜の空胞変性も高度であった。NLS mtにさらにRRM欠失、あるいはW113A/R151A変異を持つ二重変異体では毒性は全く消失した。また、NLS mtにFALS変異を加えるとFALS変異による毒性増強効果はさらに強調されることが示された。

6. 組織で認められた毒性の程度と、組織に発現した変異型TDP-43タンパク質の不溶性の程度の相関を調べるため、界面活性剤・変性剤を用いた段階抽出を行い、毒性と不溶性に一定の傾向はないことが示された。

7. 上記までの検討でRRMが毒性発揮に必要であることから、C末端領域の欠失あるいはFALS変異により毒性が増強することから、「毒性発揮にはRNA結合能が必要で、C末端領域の変異によりRNA結合能が上昇している」との仮説を立て、electromobility shift assayによってin vitroでRNA結合能を評価した。その結果、C末端領域の欠失ではRNA結合能が上昇し、C末端領域に位置するFALS変異体でもRNA結合能が上昇していることが示された。

以上、本論文はトランスジェニックショウジョウバエを用いてTDP-43の毒性発揮機序にはRRMが必要であり、FALS変異により毒性増強が見られることを示し、FALS変異の変異効果はRNA結合能の上昇に起因する可能性を示した。特にFALS変異による毒性増強は培養細胞を用いた研究からは示されておらず、FALS変異の変異効果が何に起因するかいまだに明らかになっていない点において、非常に価値のある研究である。本研究は、神経変性疾患において蓄積する物質が不溶性の獲得によって毒性を獲得するとのミスフォールデイング仮説ではなく、これまであまり注目されてこなかった正常機能の破綻による疾病発症の可能性に目を向けるものであり、神経変性疾患の病態研究においても重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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