学位論文要旨



No 127016
著者(漢字) 金,太一
著者(英字) Kin,Taichi
著者(カナ) キン,タイチ
標題(和) 融合化画像を用いた3次元コンピュータグラフィックス構築手法の工夫と脳神経外科手術シミュレーションへの応用
標題(洋)
報告番号 127016
報告番号 甲27016
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3626号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山岨,達也
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 玉置,泰裕
 東京大学 准教授 朝蔭,孝宏
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

医用画像検査における撮影装置や撮像技術の性能向上によって、脳神経外科領域の画像検査は様々なモダリティーやシーケンスが存在し、臨床現場では3次元画像も広く一般的に利用されている。これらは有用な画像情報をもたらす一方で、情報量は膨大なものとなりつつあり、1症例当たりの2次元画像が数千枚となることも少なくない。また、既存の3次元画像はそれぞれのモダリティーやシーケンス毎に再構築されていることが多く、術前検討ではこれらの3次元画像や2次元画像を個別に読影し、頭の中で再度空間情報を組み立てて3次元化しなければならない。これらの問題に対して昨今異なるモダリティーを融合させた3次元画像の報告が相次いでいるが、画像処理ソフトウェアや3次元画像再構築手法の制限によって、多数の元画像を融合させた3次元画像による臨床的有用性の報告は少ない。脳神経外科領域における既存報告での3次元画像の課題を下記に挙げる。

1) 画像処理ソフトウェアもしくは画像処理法の制限によって3次元画像においてレジストレーションできる元画像の種類が限られている。

2) 膨大な融合化画像情報を適切に3次元表示する視覚化処理(レンダリング)が未成熟である。

3) 主にセグメンテーション処理の問題により、(融合)3次元画像は一般に2次元画像よりも空間分解能が低い。

【目的】

上記の課題に対して本研究では、下記の2つを目的とする。

1) 異なる種類の医用画像を用いた3次元再構成画像構築手法の提案。

2) 上記1を用いた融合3次元画像の脳神経外科領域における臨床的有効性の検証。対象は、微小血管減圧術症例、経側脳室的神経内視鏡手術症例、脳幹海綿状血管腫手術症例とする。

【方法】

1) 3次元画像構築手法の提案

独自の前処理法を用いた正規化相互情報量法による複数のモダリティー/ シーケンスの融合方法や、3次元画像構築過程において、複数のモダリティーから複数の閾値を設定するmultimodal individualizing tissue threshold (MITT) 法やサーフェスレンダリングとボリュームレンダリングとを組み合わせたハイブリッドモデルなど独自の工夫を用いた融合3次元画像構築方法を提案する。

2) 提案手法による3次元画像を用いた脳神経外科手術検討における臨床的有効性について検証する。対象は以下の疾患群を用いる。

a. 17例の微小血管減圧術における責任血管の術前診断率を融合3次元画像と2次元画像とで比較する。

b. 10例の経側脳室的神経内視鏡手術検討において必要な解剖情報を充分に3次元構築できているかどうかをスコア化(visibility score) する。提案手法による融合3次元画像(multi-fusion model)と非融合3次元画像(non fusion model)とを比較し評価する。

c. 提案手法による融合3次元画像が、2次元画像を中心とした従来の医用画像では診断できない所見を構築しているかどうかを検証する。10例の脳幹海綿状血管腫に合併するdevelopmental venous anomaly(DVA)の診断率を評価する。

【結果】

1) 3次元画像構築方法の提案

2) 提案手法による融合3次元画像は、適切な前処理法を用いることによって精密なレジストレーションが可能となり、術前検討に必要な全ての画像を融合することができた。独自に工夫した3次元画像処理法によって2次元画像に劣らない空間分解能を有する3次元画像が構築できた。手術シミュレーションでは肉眼的視野から顕微鏡的視野までを連続的に描写しており仮想術野の角度や倍率の自由度が大きく、仮想脳圧排の効果もあって、実際の術野とほぼ同様の所見が得られた。

微小血管手術症例では、責任血管の同定は病変周囲だけでなくその全走行やその分枝が3次元的に確認できたので、責任血管をどの方向にどの程度移動すべきか容易にシミュレーションできた。2次元画像で予測された責任血管と術中所見でのそれとの一致率は17例中10例(59%)であった。同様に融合3次元画像では17例中16例(94%)の一致率であり、有意差を認めた(p=0.015)経側脳室的神経内視鏡手術症例では、融合3次元画像を用いた手術シミュレーションによって脳表や脳表の血管を考慮した穿頭部位、シースの挿入方向が3次元的に確認でき、手術を安全に遂行する上で極めて有用であった。脳室内の手術シミュレーションでは融合3次元画像によるわずかな解剖情報によってオリエンテーションをつけることができた。融合3次元画像と実際の手術所見とを比較して臨床的に有意となる誤差や各組織を誤診断した例はなかった。multi-fusion modelにおけるvisibility scoreは97.5±1.68% (mean±SE、95.6~100)であり、non fusion modelにおけるそれは 52.5±9.47% (35.9~64.1)であり、解剖構造の描出はmulti-fusion modelの方が有意に優れていた(p< 0.0015)。海綿状血管腫手術症例では、融合3次元画像によって顔面神経丘や正中溝などの脳幹解剖構造、脳神経と病変との位置関係、脳幹海綿状血管腫が脳幹に最も表層に位置する部位とその周囲の血管など、3次元的位置関係の把握が容易であり、同一症例において様々な手術アプローチによる仮想術野が観察でき、開頭や脳幹のエントリーポイントの決定に極めて有効であった。MRIおよび脳血管撮影の2次元画像では脳幹海綿状血管腫に合併するDVAの描出率は平均45%で、融合3次元画像でのそれは平均80%であり、後者の方が統計的に有意に描出率に優れていた(P=0.02)。

【考察】

提案手法による融合3次元画像は、MITT法やハイブリッドモデル、正規化相互情報量法の前処理法など独自の手法を駆使して作成し、術前検討に必要な画像データの全ての融合3次元視覚化が可能であった。その結果既存報告の融合3次元画像や2次元画像と比較して、より詳細な解剖情報を有したものとなり、術前シミュレーションとして極めて有用であった。3次元画像構築時間、画像作成者の主観の介入などに改良の余地があり、融合3次元画像読影医師毎の評価も今後必要であると考えられた。

【結論】

提案手法による融合3次元画像は詳細な解剖情報と空間情報とを兼ね備えており、脳神経外科領域における術前シミュレーションに有用であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は脳神経外科手術シミュレーションにおいて、異なる複数の画像データをコンピュータ上で融合させ、高精細な3次元画像構築手法を提案し、更に提案手法による融合3次元画像を用いた手術シミュレーションの臨床的有効性を目的としたものであり、下記の結果を得ている。

1. レジストレーションの対象となる複数の元画像データから、画像コントラストが近く、且つ輝度範囲が同程度の2種類の元画像を順次選択し、更に2つの元画像のデータ範囲を同程度にする前処理法によって、正規化相互情報量による自動レジストレーションの制限を克服させた。

2. サーフェスレンダリング法とボリュームレンダリング法を混在させたハイブリッドモデルによる3次元視覚化法を考案し、膨大な情報量の融合化画像データを、視覚性に優れたひとつのコンピュータグラフィックスとして描出させることに成功した。

3. 同一組織の3次元再構築において複数の異なる画像データを用い、且つサーフェスレンダリング法にて複数の閾値を設定する(multimodal individualizing tissue threshold法)を独自に考案した。本法によって2次元画像に劣らない空間分解能を有する3次元画像の構築を可能とさせた。

4. 微小血管減圧術への応用では、提案手法による融合3次元画像は2次元画像よりも責任血管の診断率に優れていた。また、融合3次元画像は責任血管の詳細な走行やその分枝を3次元的に把握することができ、手術シミュレーションにも有用であった。

5. 経側脳室的神経内視鏡手術への応用では、提案手法による融合3次元画像は単一元画像より構築した3次元画像よりも解剖構造の描出率に優れていた。また、融合3次元画像は病変周囲の解剖所見に加えて、脳表や脳表の血管などの局在を考慮した穿頭部位やシースの挿入方向などを3次元的にシミュレーションすることが可能であり、手術の安全性に寄与した。

6. 脳幹海綿状血管腫手術への応用では、提案手法による融合3次元画像は2次元画像よりも静脈奇形の診断率に優れていた。また、同一症例において様々な手術アプローチによる仮想術野を観察することによって、開頭範囲や脳幹切開部位の決定に有効であった。

以上、本論文はこれまで主に画像処理ソフトウェアや画像処理法などの要因によって制限されていた融合3次元画像構築手法を工夫・改善することによって、高精細な3次元モデルを構築することに成功し、脳神経外科領域における臨床的有効性を示した。提案手法による融合3次元画像は、今後益々膨大化することが予想される医用画像情報をひとつのコンピュータグラフィックスとして表示できる可能性を示し、更なる応用や発展が期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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