No | 127017 | |
著者(漢字) | 久保田,暁 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クボタ,アカツキ | |
標題(和) | 封入体筋炎における筋再生に関する転写因子の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127017 | |
報告番号 | 甲27017 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3627号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 封入体筋炎(inclusion body myositiIBM)は炎症と変性の二つの病態をあわせもつ病理像を呈する慢性進行性の筋疾患である.中高年以降に発症し,前腕屈筋群・大腿四頭筋に強い筋力低下を来す.他の炎症性筋疾患(Idiopathic inflammatory myopathy, IIM)とは異なり,あらゆる免疫抑制療法に抵抗性である. IBMで見られる炎症は,MHC(major histocompatibility complex) class Iを異所性発現した筋線維にCD8陽性T細胞が浸潤する細胞障害性機序が主体であり,多発筋炎と類似している.またIBMでは封入体・縁取り空胞を有する変性線維が出現する.封入体にはAβ・リン酸化tauなど,様々なタンパクが異常蓄積していることが知られており, ubiquitin-proteasome systemの障害・小胞体ストレスといった病態が生じていると考えられている.縁取り空胞は自己貪食性空胞であり,macroautophagyの異常によって生じると考えられている.炎症と変性の関係については未だ明らかでない. IBMでは筋再生も障害されていると考えられている.IBMは慢性経過を取るが,筋再生による臨床的改善は見られない.また病理学的にも再生所見に比較的乏しい.しかしIBMの筋再生についての検討は少なく,筋再生障害の原因は不明である. 筋組織の高い再生能力は,主に筋細胞膜と基底膜の間に存在する筋衛星細胞によって司られている.平時には筋衛星細胞は休眠状態にあり,筋に障害が生じると活性化されて増殖・分化し,障害された筋線維への融合または新たな筋線維の形成を行う.分化の過程では後述する転写因子が大きな役割を果たしている. 休眠状態にある筋衛星細胞の大半は転写因子Pax7を発現している.Pax7は筋衛星細胞の維持や自己複製に重要である.筋衛星細胞が筋線維へ分化する際には,分化段階により複数の転写因子が発現し,重要な役割を果たしている.特に転写因子のmyf-5・MyoD1・myogenin・MRF-4はmyogenic regulatory factorsと総称され,筋再生の制御に中心的な役割を果たしているとされている.Myf-5は休眠状態から分化初期の筋衛星細胞に発現し,分化の調節を行っている.MyoD1は分化初期の筋衛星細胞に発現し,休眠状態の筋衛星細胞を分化へ誘導する.Myogeninは分化後期の筋衛星細胞に発現し,分化誘導された筋衛星細胞が筋線維へ融合・成熟するために必要な転写因子である.MRF-4は分化した筋衛星細胞が筋線維へ融合する前後に発現しており,機能は未だ明らかでない.これらの転写因子のうち,Pax7(休眠期)・MyoD1(分化早期)・myogenin(分化後期)は筋衛星細胞の分化状態のマーカーとして有用である. 【目的】 IBM生検筋における,再生線維の頻度と筋衛星細胞の転写因子の解析を行い,IBMにおける筋再生障害の原因を明らかにする. 【方法】 生検筋検体(IBM 13例,IIM 32例,コントロール 4例)における,再生線維の頻度をHE染色で解析した.また転写因子Pax7(休眠状態)・MyoD1(分化初期)・myogenin(分化後期)の状態を,免疫染色・Western blot・real-time reverse transcription PCR (real-time RT-PCR)で解析した.IBM群とIIM群の比較にはStudent's t testを用いて解析を行った.コントロール群は症例数が少なく,臨床的特徴が疾患群と大きく異なっていたため統計解析は行わなかった. 【結果】 HE染色による観察では,再生線維は間質増生の強い症例に多く見られ,コントロール群には再生線維は見られなかった.疾患間での比較では,IBM群 平均±SD 1.78±1.05(単位 本/筋線維100本),IIM群 3.02±2.96と差は無かった(p=0.15, Student's t test). 転写因子の免疫染色では,コントロール群ではいずれの転写因子においても陽性細胞はわずかであり,疾患群では増加していた.疾患群での比較では,IBM群(Pax7 平均±SD 19.6±8.9,MyoD1 5.1±4.1,myogenin 4.3±1.6(単位 個/筋線維100本)),IIM群(Pax7 13.7±10.5,MyoD1 4.3±5.0,myogenin 5.6±3.7)の間に差は認めなかった(Pax7 p=0.08, MyoD1 p=0.64, myogenin p=0.24, Student's t test). Western blotの定量的解析では,IBM群(Pax7 平均±SD 0.38±0.40,MyoD1 0.11±0.05,myogenin 0.051±0.031(actinで補正した相対量)),IIM群(Pax7 0.24±0.16,MyoD1 0.14±0.08,myogenin 0.084±0.048)でPax7およびMyoD1のタンパク発現量は同等だったが,myogeninのタンパク発現量はIBM群で有意に低かった(Pax7 p=0.08, MyoD1 p=0.19, myogenin p=0.028, Student's t test).コントロール群では免疫染色とは逆に疾患群よりもタンパク発現量が高かった. Real-time RT-PCRの定量的解析では,疾患群はコントロール群に比べてmRNA発現量が多かった.疾患群での比較では,IBM群(Pax7 平均±SD 0.0043±0.0032,MyoD1 0.062±0.033,myogenin 0.26±0.16(GAPDHに対する相対量)),IIM群(Pax7 0.0047±0.0042,MyoD1 0.110±0.097,myogenin 0.27±0.24)で差は無かった(Pax7 p=0.75, MyoD1 p=0.10, myogenin p=0.94, Student's t test). 以上定量的解析をまとめると,1)IBM群とIIM群の比較ではWestern blot解析によるmyogeninタンパク発現のみIBM群で有意に低かった,2)コントロール群の解析では免疫染色およびreal-time RT-PCRとWestern blotの結果が矛盾した. また,IBM生検筋の抗myogenin抗体免疫染色では,変性線維内部に核とは明らかに異なる形状の陽性所見を認め,封入体との関連が疑われた.抗myogenin抗体と抗Aβ42抗体の二重蛍光免疫染色では,変性線維内部でmyogeninとAβ42が共存していた.Pax7およびMyoD1は変性線維内部に陽性所見を認めず,IIM群では同様の所見は確認されなかった.以上より,IBMの変性線維内部のAβ42陽性封入体にmyogeninが異常沈着していることが示された. 【考察】 HE染色による再生線維の頻度の解析では,IBM群とIIM群に差は見られなかった.ただし再生線維は間質増生の強い症例に多く見られ,IBM群ではIIM群に比較して間質増生の強い症例が多かったことが影響を与えたと考えられる.またIBM群とIIM群の病理変化の差は筋再生に関係する転写因子の解析にも影響を与えた可能性も考えられる. 筋再生に関係する転写因子(Pax7, MyoD1, myogenin)の解析で,疾患群の間ではPax7およびMyoD1のタンパクおよびmRNA発現は同等と考えられた.またIBM群ではmyogeninのタンパク発現量が有意に低かったが,後述するようにIBMではmyogeninが封入体に沈着しており,不溶画分に含まれていた可能性も考えられる.免疫染色やreal-time RT-PCRでは差が無く,myogeninについてもIBM群とIIM群でタンパクおよびmRNA発現には差が有るとは言えなかった. また今回の検討ではmyogeninがAβ42陽性封入体に沈着していることが示された.Myogeninは成熟筋線維には発現せず,変性線維内部での発現は異所性発現と言える.意義は不明であるが,IBMの筋再生障害に関係している可能性を考えた. コントロール群では免疫染色およびreal-time RT-PCRとWestern blotの結果が矛盾した.この矛盾については原因は明らかでなかったが、コントロール群と疾患群とで組織を組成する細胞の違いなどが背景にあると考察した。 【結論】 IBM生検筋における筋再生に関係する転写因子(Pax7,MyoD1,myogenin)のタンパクおよびmRNA発現はIIMと同等であった.IBMのAβ42陽性封入体にmyogeninが沈着している事が明らかとなった.後者はIBMの筋再生障害に関係している可能性があると考えた. コントロール生検筋の解析ではWestern blotと免疫染色およびreal-time RT-PCRの結果に乖離があったが,原因は明らかで無かった. | |
審査要旨 | 本研究は封入体筋炎における筋再生障害の原因を明らかにするため、生検筋における再生線維の頻度および筋再生に関する転写因子(Pax7,MyoD1,myogenin)の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. HE染色による再生線維の頻度の解析では、再生線維は間質増生の強い症例で多く認められた。封入体筋炎13例と炎症性筋疾患32例の比較では、再生線維の頻度に差は認められなかった。ただし封入体筋炎群の方が炎症性筋疾患群に比較して間質増生が強い症例が多かったことが解析に影響を及ぼした可能性も考えられた。 2. 生検筋における筋再生に関する転写因子(Pax7,MyoD1,myogenin)のタンパクおよびmRNA発現を、免疫染色、Western blot、real-time reverse transcription PCR(real-time RT-PCR)によって解析を行った。封入体筋炎13例と炎症性筋疾患32例の比較では、Pax7およびMyoD1は3つの手法全てで差は認められなかった。Myogeninは、Western blotによる解析では封入体筋炎群でタンパク発現が統計的有意に低かったが、免疫染色およびreal-time RT-PCRでは差が無かった。後述するように封入体筋炎群ではmyogeninが不溶画分に含まれていた可能性もあり、myogeninのタンパク発現が低下していたとは結論できなかった。以上まとめると、封入体筋炎の生検筋における筋再生に関する転写因子(Pax7,MyoD1,myogenin)のタンパクおよびmRNA発現は炎症性筋疾患と同等であると考えられた。 3. 疾患群との比較のため、病理学的に異常を認めなかった症例4例をコントロールとして扱った。コントロールの臨床的特徴は疾患群とは大きく異なっており、また症例数が少なったため疾患群との統計的処理は行わなかった。HE染色の観察ではコントロール群には再生線維を認めず、筋再生に関する転写因子(Pax7,MyoD1,myogenin)の免疫染色ではほとんど陽性細胞を認めず、real-time RT-PCRではmRNA発現量は疾患群に比較して低かった。しかし逆にWestern blotではいずれの転写因子においても高いタンパク発現量を認めた。この矛盾については原因は明らかでなかったが、コントロール群と疾患群とで組織を組成する細胞の違いなどが背景にあると考察した。 4. 筋再生に関する転写因子(Pax7,MyoD1,myogenin)の免疫染色の観察では、Pax7およびMyoD1は筋線維外部の核のみに陽性所見を認め、筋線維内部に陽性所見を認めなかった。Myogeninは筋線維外部の核に加え、筋線維内部の核にも一部陽性所見を認めた。このことはmyogeninがPax7およびMyoD1より分化の過程で後期に発現し、筋衛星細胞が筋線維に融合する際に発現する転写因子であるという事実と合致した。更に、封入体筋炎の抗myogenin抗体免疫染色では変性線維内部に核とは異なる形状の陽性所見を認め、封入体との関連が疑われた。抗myogenin抗体と抗Aβ42抗体の二重蛍光免疫染色では、変性線維内部でmyogeninとAβ42がよく共存しており、myogeninがAβ42陽性封入体に沈着している事が明らかとなった。Pax7およびMyoD1の沈着は認められず、炎症性筋疾患では同様の所見は認められなかった。Aβ42陽性封入体へのmyogenin沈着の意義は明らかでないが、封入体筋炎の再生障害に関係している可能性を考えた。 以上、本論文は封入体筋炎では炎症性筋疾患と同等の筋再生に関する転写因子(Pax7,MyoD1,myogenin)のタンパクおよびmRNA発現が認められること、myogeninが封入体筋炎のAβ42陽性封入体に沈着していることを明らかにした。本研究は未だ原因の明らかでない封入体筋炎の筋再生障害に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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