No | 127027 | |
著者(漢字) | 荒木,夕宇子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アラキ,ユウコ | |
標題(和) | がん患者の在宅緩和医療に関する研究 : 在宅移行および在宅療養期間の関連要因 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127027 | |
報告番号 | 甲27027 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3637号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 社会医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序文】 1.背景 がんは日本人の死因の第1位であり、高齢化の進行に伴って、がんによる死亡者数は増加傾向にある。終末期医療・在宅緩和医療に対する国民の意識の高まりも受け、わが国では在宅緩和医療を推進する制度の整備が進みつつある。一方、医療・介護の現場においては、在宅緩和医療が必ずしも理念通りには実施されていない現状もある。具体的には、制度自身やその運用の問題、あるいは国民が在宅医療の実現を困難であると考えている点などが挙げられる。 2.先行研究 先行研究は、在宅緩和医療に対する人々の意識が、家族構成および家族の介護負担への懸念に影響されること、家族介護力の不足が在宅移行の主要な阻害因子であること、および症状の増悪とそれに伴うADL低下が在宅療養期間の短さ(在宅療養継続の困難さ)につながる可能性等を指摘している。 一方、現行の地域医療連携体制や医療機関の特性と、在宅移行・在宅療養期間との関連についての分析は見出されなかった。また、国内の研究で、交絡要因を調整した上で、家族介護力や患者の身体的状況と、在宅移行・在宅療養期間との関連を論じたものは少数であった。海外の先行研究では、施設・在宅各々における療養期間が一括して論じられているため、在宅療養期間に限定した研究を見いだすことができなかった。 【目的】 本研究の目的は、がん患者の在宅移行・在宅療養期間に関与する因子を明らかにすることである。まず、わが国の地域医療連携の実情と、終末期がん患者の在宅移行・在宅療養期間との関連を分析する。次いで、家族介護力等の要因とがん患者の在宅移行との関連について、交絡要因を調整した分析をおこなう。最後に、がん患者の身体的状況等の要因と在宅療養期間との関連について分析をおこなう。 【方法】 都内一医療施設に緩和医療目的で紹介されたがん患者について、患者の基本属性、介護・社会経済的属性、疾患属性を調査し、在宅移行・在宅療養期間に関与する因子を分析する。 1.対象 対象施設を都内の一医療施設(以下、「当該施設」と称する)とし、対象者を、他の医療機関からの紹介で当該施設を受診したがん患者のうち、2008年4月1日から2009年3月31日までの1年間に当該施設から死亡診断書を交付された者(原死因が悪性新生物である者)とした。 2.方法 対象患者の診療記録および診療報酬請求に伴う資料・記録を用いて後方視的調査をおこない、調査項目を、基本属性、症例の介護・社会経済的属性、症例の疾患属性の3つに設定した。 データの分析は3段階でおこなった。第1段階の分析は全症例を対象とし、当該施設の紹介理由ごとに記述統計をおこなった。第2段階の分析は、対象をBest Supportive Care (BSC)目的で紹介された症例に限定した。統計解析にはロジスティック回帰分析を用い、従属変数を「在宅移行の有無」として各独立変数のオッズ比とその95%信頼区間を算出した。第3段階の分析は、対象をBSC目的で紹介され、かつ在宅移行した症例に限定した。統計解析には、第2段階同様、ロジスティック回帰分析を用いた。「在宅療養期間(日)」を中央値で二分し、「中央値より短い群」と「中央値より長い群」とし、これを2値の従属変数である「在宅療養期間」に設定した。 【結果】 在宅移行については、「紹介元ががん診療連携拠点病院であること」「同居家族の有無」「介護保険認定(申請)の有無」「日常生活自立度」が関与していた。在宅療養期間については、「下腿浮腫」「食思不振」「オピオイドの内服」「維持輸液の有無」が関与していた。 1.第1段階の結果 研究対象となった200例のうち、187例(93.5%)がBSC目的の紹介であり、13例(6.5%)が、がんの積極的治療目的の紹介であった。(以下、前者をBSC群、後者を治療群と称する。)BSC群は治療群に比して、総療養期間・在宅療養期間が短い、独居者の占める割合が高い、日常生活自立度が低い、オピオイドや補液等の治療を受ける者の割合が高い等の傾向があった。 2.第2段階の結果 第1段階の解析対象200例のうち、187例(BSC群)が第2段階の解析対象となった。187例中、90例が在宅移行(在宅療養の実現)をし、97例は在宅移行をしなかった。単変量解析の結果、13の独立変数(基本属性の1変数、介護・社会経済的属性の6変数、疾患属性の6変数)が統計学的有意水準(p<0.05)を満たした。独立変数間の相関の強さを考慮し、最終的に13変数中の10変数を用いてロジスティック回帰分析をおこなった。その結果、4つの変数、すなわち「紹介元ががん診療連携拠点病院である(オッズ比と95%信頼区間:2.39、1.02-5.59)」「同居家族がいる(4.20、1.44-12.20)」「介護保険認定(または申請)あり(9.60、3.52-26.22)」「日常生活自立度が低い(0.29、0.12-0.73)」と在宅移行との間に関連があることが示唆された。 3.第3段階の結果 第2段階の解析対象187例のうち、在宅移行をした90例が第3段階の解析対象となった。在宅療養期間の中央値(25,75%値)は44日(18日-82日)であった。単変量解析の結果、6つの独立変数(いずれも疾患属性)が統計学的有意水準(p<0.05)を満たした。独立変数間の相関の強さを考慮し、最終的に6変数中の5変数を用いてロジスティック回帰分析をおこなった。その結果、4つの変数、すなわち「下腿浮腫あり(0.14、0.04-0.53)」「食思不振あり(0.31、0.11-0.90)」「オピオイドの内服あり(0.33、0.11-0.94)」「維持輸液(24時間持続)(0.08、0.01-0.80)」が、在宅療養期間の短いことと関連していた。 【考察】 本研究の結果は、「紹介元ががん診療連携拠点病院であること」と、介護・社会経済的属性のうち「同居家族がいる(独居でない)」「介護保険認定(または申請)あり」「日常生活自立度が低いこと」が、BSC目的で紹介された終末期がん患者の在宅移行に関与していること、および転院早期の疾患属性(症状・治療)のうち「下腿浮腫あり」「食思不振あり」「オピオイドの内服あり」「維持輸液(24時間持続)あり」が、在宅療養期間の短さに関与していることを示唆した。 1.第1段階の分析 BSC群は治療群と比較して高齢で、かつ介護・社会経済的リソースに乏しく、また転院早期の身体・精神症状がより重篤である、という傾向がみられた。 2.第2段階の分析 1)紹介元ががん診療連携拠点病院であった症例は、そうでない症例にくらべて在宅移行の割合が高かった。このことから、がん診療連携拠点病院が地域連携による在宅移行を促進する役割を担っていることが示唆された。 2)同居家族のいる症例は、独居の症例と比べて在宅移行の割合が高かった。これは、同居家族の存在(家族介護力があること)が在宅移行に有利にはたらくことを示唆しており、先行研究の結果と一致するものであった。 3)介護保険認定(申請)のある症例は、認定(申請)のない症例と比べて在宅移行の割合が高かった。介護保険による居宅サービスや、適切な情報提供・療養課題の把握や分析が、在宅移行の促進につながりうると考えた。 4)日常生活自立度(ねたきり度)が低い症例は、自立度の高い症例と比べて在宅移行の割合が低かった。転院の時点ですでに患者の日常生活自立度が低い(ねたきり度がB,Cである)場合は、在宅における介護、特に介助や体位交換などの身体介護の困難が予想されるために、転院当初から入院療養が選択されたものと考える。 3.第3段階の分析 1)下腿浮腫のある症例は、そうでない症例に比べて在宅療養期間が短い傾向にあった。浮腫は,終末期がん患者の悪液質を反映する症状とされており、先行研究では患者の予後(療養期間)の短さに関連する因子の一つとして用いられている。本研究の結果は、先行研究と相反しないものであった。 2)食思不振のある症例は、そうでない症例に比べて在宅療養期間が短い傾向にあった。食思不振は浮腫と同様、悪液質を反映する症状の一つであり、患者の予後の短さに関連するとされている。本研究の結果も、先行研究に一致するものであった。 3)オピオイドを内服している症例は、そうでない症例に比べて在宅療養期間が短い傾向にあった。本研究の結果より、「中等度またはそれ以上の癌性疼痛を有する」状態が、がん患者の在宅での生活の障壁となり、在宅療養期間の短縮をもたらしたと推測する。 4)24時間持続の維持輸液をしている症例は、そうでない症例に比べて在宅療養期間が短い傾向にあった。24時間持続の維持輸液を要する患者の病状として、経口摂取困難、ADL低下、オピオイドの持続的経静脈投与等が考えられ、患者の全身状態の増悪、ひいては短い在宅療養期間と呼応するものと考えられた。 【結論】 本研究の結果は、がん患者の在宅移行に地域医療連携体制と介護・社会経済的属性が関与していること、および在宅療養期間に疾患属性が関与していることを示唆した。今後わが国で在宅緩和医療を普及させるためには、高齢化社会等に伴う家族介護者の減少を念頭においた対応が重要と考える。また、在宅療養を希望する患者・家族が満足のいく療養生活をおくるためには、遅滞なく在宅移行をおこなうことが欠かせない。そのためには、医療者と患者・家族間、あるいは地域の医療者間における良好なコミュニケーションの構築が望まれる。 | |
審査要旨 | 本論文は、がん患者の在宅移行・在宅療養期間に関連する要因を明らかにすることを目的とする。都内一医療施設を他の医療機関からの紹介で受診し、2008年4月から2009年3月までの1年間に同施設より死亡診断書を交付された終末期がん患者について、患者の基本属性、介護・社会経済的属性、疾患属性を後方視的に調査し、下記の結果を得ている。 1.全症例(200例)を対象とした記述統計:全症例のうち、187例の紹介理由は「Best Supportive Care (BSC)目的」であり、13例の紹介理由は「がんの積極的治療またはそのサポート」であった。前者(BSC群)には、後者(治療群)に比して、高齢である、総療養期間・在宅療養期間が短い、独居者の占める割合が高い、日常生活自立度が低い、転院早期(転院から1週間以内)にオピオイドや補液等の治療を受ける者の割合が高いなどの傾向がみられた。これより、BSC群には治療群と比較して高齢かつ介護・社会経済的リソースに乏しく、また転院早期の身体・精神症状がより重篤である、という傾向があることがわかった。 2.BSC群(187例)を対象とした分析:統計解析にはロジスティック回帰分析を用い、従属変数を「在宅移行の有無」として、各独立変数のオッズ比を算出した。その結果、以下の4つの変数、すなわち「紹介元ががん診療連携拠点病院であること」「同居家族がいる(独居でない)」「介護保険認定(または申請)あり」「日常生活自立度が低いこと」と在宅移行との間に関連がみられた。これより、BSC目的で紹介されたがん患者の在宅移行に、地域医療連携体制と介護・社会経済的属性が関与していることが示唆された。 3. BSC目的で紹介され、かつ在宅移行し得た症例(90例)を対象とした分析:統計解析にはロジスティック回帰分析を用いた。「在宅療養期間(日)」を中央値で二分して、「中央値より短い群」と「中央値より長い群」とし、これを2値の従属変数に設定した。その結果、以下の変数、すなわち「下腿浮腫あり」「食思不振あり」「オピオイドの内服あり」「維持輸液(24時間持続)あり」と在宅療養期間が短いこととの間に関連がみられた。これより、在宅療養期間の短さには、疾患属性(患者の全身状態の増悪と呼応する因子)が関与していることが示唆された。 以上、本論文は、がん患者の在宅移行に地域医療連携体制と介護・社会経済的属性が関与していること、および在宅療養期間に疾患属性が関与していることを明らかにした。本研究は、現行の地域医療連携体制や医療機関の特性と、在宅移行・在宅療養期間との関連を示したという点において独創的であり、わが国における在宅緩和医療の普及およびこれを希望する患者・家族の療養生活の改善において、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51484 |