No | 127029 | |
著者(漢字) | 兼任,千恵 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カネトウ,チエ | |
標題(和) | 成人後の体重変化と糖尿病発症の関連 : 労働者の追跡研究 | |
標題(洋) | Association between weight change in adulthood and incident diabetes mellitus : a follow-up study of Japanese workers | |
報告番号 | 127029 | |
報告番号 | 甲27029 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3639号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 社会医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.背景 近年、糖尿病の有病率は世界中で急激に増加している。わが国においても、生活習慣の変化や高齢化などに伴う糖尿病の増加が大きな問題となっている。糖尿病は心血管疾患の重要な危険因子であり、糖尿病の主な合併症である糖尿病網膜症、糖尿病性腎症、糖尿病性神経障害なども患者のQOLを著しく低下させる。また、一般人口の平均寿命と比較して糖尿病患者の寿命が短いことも報告されている。糖尿病の予防が今後ますます重要な公衆衛生上の課題となることが予想されるなか、糖尿病の発症に関わる危険因子を適切に評価し、その結果を今後の予防活動に役立てていくことが求められる。 肥満が糖尿病の主要な危険因子であることはよく知られている。その一方で、ある一時点における体重の「状態」とは別に、一定期間内の体重の「変化」が糖尿病発症に関与するとの報告がある。しかし、体重変化が糖尿病発症に与える影響を検討したこれまでの追跡研究の多くは、体重変化前の体重の状態(initial weight status)で調整した統計モデルを使用しており、体重変化の影響と体重変化後の体重の状態(attained weight status)の影響とを切りわけて検討できていない。体重の「変化」そのものがattained weight statusとは独立に糖尿病発症に影響を与えているかどうかを検討するためには、attained weight statusを考慮に入れた分析を行う必要がある。 また、過去の追跡研究において検討されているのは、糖尿病発症の追跡開始時までの体重変化とその後の糖尿病発症の関連であり、追跡期間中の体重変化については考慮されていない。しかし、追跡期間中にも体重は変化しており、特に追跡期間が長い場合などはこの期間中の体重変化の影響が無視できない可能性も考えられる。体重変化を時間に依存した変数として扱うことにより、追跡期間中の体重変化を考慮した分析を行うことが可能である。 2.目的 本研究では、労働者を対象とした質問票調査および定期健康診断のデータを用い、成人後の体重変化がattained weight statusの影響とは独立に糖尿病発症と関連するかどうかを検討することを目的とした。また、糖尿病追跡期間中の体重変化の影響を考慮に入れた分析を行うため、体重変化を時間に依存した変数として扱うこととした。 3.方法 本研究では、金融保険系企業の健康管理事業の一環として現在も進行中であるMYヘルスアップ研究から、2004年に実施した質問票調査および2004~2009年の定期健康診断のデータを用いて分析を行った。本研究の対象者は、ベースラインとなる2004年の質問票調査に回答し、かつ同年の定期健康診断を受診した職員(34,302人)とした。 糖尿病の発症は、定期健康診断のデータを用いて追跡した。(1)糖尿病の自己申告、(2)空腹時血糖値126mg/dl以上のいずれかもしくはその両方を満たした者を「糖尿病あり」、それ以外の者を「糖尿病なし」と定義し、追跡開始時(2004年)に「糖尿病なし」と判断された者がその後の追跡期間中(~2009年)に初めて「糖尿病あり」に分類された時点を糖尿病の発症とみなした。 成人後の体重変化は、(1)体重変化(連続)、(2)体重変化(カテゴリ)、(3)BMI変化(連続)、(4)BMI変化(カテゴリ)の4種類の指標を用いて検討した。体重変化(kg)は、質問票調査における20歳時の体重の自己申告値と、2004~2009年の健康診断における体重の実測値をもとに、20歳から2004~2009年の各年までの体重変化を計算し、それぞれ5つのカテゴリ(5.0 kg以上の減少、5.0 kg未満の変化、5.0 kg以上10.0 kg未満の増加、10.0 kg以上15.0 kg未満の増加、15.0 kg以上の増加)に分類した。BMI変化(kg/m2)は、2004~2009年の各年のBMI(体重と身長の実測値より計算)と20歳時のBMI(20歳時の体重の自己申告値と2004年の身長の実測値より計算)の差を求め、それぞれ7つのカテゴリ(1.0 kg/m2以上の減少、1.0 kg/m2未満の変化、1.0 kg/m2以上2.0 kg/m2未満の増加、2.0 kg/m2以上3.0 kg/m2未満の増加、3.0 kg/m2以上4.0 kg/m2未満の増加、4.0 kg/m2以上5.0 kg/m2未満の増加、5.0 kg/m2以上の増加)に分類した。 糖尿病の発症を従属変数、体重変化の指標を時間に依存した独立変数とし、Cox回帰分析により、その関連を男女別に検討した。分析には、20歳時のBMI(initial weight status)で調整したモデルと、追跡期間中のBMI(attained weight status)で調整したモデルの2種類を用いた。交絡変数として、年齢、職種、糖尿病の家族歴、高血圧、運動習慣、睡眠時間、喫煙、飲酒、コーヒー摂取、食事時間の規則性、仕事のストレスをそれぞれのモデルに投入した。これらは時間に依存しない変数として扱った。 研究対象者のうち、36歳未満の者、56歳以上の者、妊娠中の女性、営業職の男性、20歳時の体重の自己申告値が20.0 kg以下の者、分析項目に欠損値のある者、2004年に「糖尿病あり」と判断された者、追跡期間が0年の者は分析から除いた。 4.結果 本研究の分析対象者は、男性2,962人、女性10,738人であった。このうち、5年間の追跡期間中に糖尿病を発症した者は男性137人、女性274人であり、1,000人年あたりの罹患率は男性9.9、女性6.1であった。 1)20歳時のBMIで調整したモデル 男女ともに、体重増加(連続)およびBMI増加(連続)と糖尿病の発症リスクとの間に有意な関連がみられた。体重変化5.0 kg未満の群と比較した場合は、男女とも5.0 kg以上増加した群において糖尿病の発症リスクが有意に高かった。BMI変化1.0 kg/m2未満の群と比較した場合は、男性で3.0 kg/m2以上、女性で2.0 kg/m2以上増加した群において発症リスクが有意に高かった。一方、男女とも体重減少(5.0 kg以上)およびBMI減少(1.0 kg/m2以上)と糖尿病発症との間には有意な関連はみられなかった。 2)追跡期間中のBMIで調整したモデル 男女ともに、体重変化(連続)およびBMI変化(連続)と糖尿病発症との間には有意な関連がみられなかった。体重増加1.0 kgあたりのハザード比は、男性1.01(95% CI:0.99-1.04)、女性1.02(95% CI:1.00-1.04)であり、BMI増加1.0 kg/m2あたりのハザード比は、男性1.03(95% CI:0.96-1.12)、女性1.04(95% CI:0.99-1.10)であった。 一方、体重変化5.0 kg未満の群と比較した場合は、男性で15.0kg以上、女性で5.0kg以上増加した群において糖尿病の発症リスクが有意に高かった。男性において、15.0 kg以上増加した場合のハザード比は2.49(95% CI:1.29-4.81)であった。女性では、5.0~10.0 kgの増加で1.70(95% CI:1.08-2.66)、10.0~15.0 kgの増加で2.54(95% CI:1.63-3.97)、15.0 kg以上の増加で2.80(95% CI:1.72-4.55)であった。体重減少(5.0 kg以上)と糖尿病発症との間には有意な関連はみられなかった BMI変化1.0 kg/m2未満の群と比較した場合は、男性で5.0 kg/m2以上、女性で3.0 kg/m2以上増加した群において発症リスクが有意に高かった。男性において、5.0 kg/m2以上増加した場合のハザード比は2.40(95% CI:1.07-5.40)であった。女性では、3.0~4.0 kg /m2の増加で2.73(95% CI:1.33-5.61)、4.0~5.0 kg /m2の増加で3.61(95% CI:1.79-7.28)、5.0 kg /m2以上の増加で4.55(95% CI:2.34-8.83)であった。BMI減少(1.0 kg/m2以上)と糖尿病発症との間には有意な関連はみられなかった 5.考察 20歳時のBMIで調整した分析の結果から、成人後の体重増加およびBMI増加は20歳時のBMIに関わらず糖尿病の発症リスクを高めることが示された。体重変化が糖尿病発症に与える影響をinitial weight statusで調整した統計モデルで検討した過去の追跡研究において、比較的長期間(約10年以上)の体重増加は糖尿病のリスクと有意に関連することが報告されているが、比較的短期間(約5年以内)の体重増加と糖尿病発症の間には有意な関連がみられていない。その理由として、短期間では糖尿病の発症に影響を与えるほどには体重が増加しなかった可能性や、体重増加の影響が一定の期間をおいて発現する可能性などが考えられる。 追跡期間中のBMIで調整した分析からは、体重変化5.0 kg未満の者と比較して、男性で15.0kg以上、女性で5.0kg以上増加した者は追跡期間中のBMIに関わらず糖尿病に罹患するリスクが高いという結果が得られた。BMI変化でみた場合は、男性で5.0 kg/m2以上、女性で3.0 kg/m2以上増加した者は1.0 kg/m2未満の変化の者に比べて糖尿病の発症リスクが有意に高かった。これまでに、体重変化と糖尿病発症の関連をattained weight statusで調整した統計モデルで検討した追跡研究は3つある。そのうちの1つは、体重増加が追跡開始時のBMIで調整後も糖尿病発症のリスクとなることを報告しているが、残りの2つにおいては、体重増加と糖尿病発症の間に有意な関連がみられていない。後者2つの研究では、分析対象者の人数が少なかったことや体重変化の期間が短かったことなどが結果に影響している可能性も考えられる。 本研究において、体重減少およびBMI減少と糖尿病発症の間には有意な関連がみられなかった。成人後、身長はほとんど変化しないが、体重は一般に増加することが知られている。本研究においても、体重の減少した分析対象者が少なかったことから、関連を検出できなかった可能性が考えられる。肥満者のみを対象とした追跡研究や、減量の介入効果を検討した研究においては、体重減少により糖尿病のリスクが減少することが報告されている。 6.結論 本研究の結果から、成人後の体重増加がattained weight statusの影響とは独立に糖尿病発症と関連する可能性が示唆された。BMIの値にかかわらず全ての者にとって、大幅な体重増加を避けることが糖尿病の予防につながると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、成人後の体重変化が体重変化後の体重の状態(attained weight status)の影響とは独立に糖尿病発症と関連するかどうかを検証したものであり、以下の結果を得ている。 1.労働者を対象とした質問票調査および定期健康診断のデータを用い、ベースラインで糖尿病を持たない36~55歳の男女13,700人(男性2,962人、女性10,738人)を5年間追跡したところ、男性137人、女性274人が追跡期間中に糖尿病を発症した。1,000人年あたりの罹患率は男性9.9、女性6.1であった。 2.糖尿病の発症を従属変数、20歳時から追跡期間中の各年までの体重変化またはBMI変化を時間に依存した独立変数とし、体重変化前の体重の状態(initial weight status)の指標である20歳時のBMIで調整した多変量Cox回帰分析を男女別に行った。その結果、男女ともに、成人後の体重増加およびBMI増加は20歳時のBMIに関わらず糖尿病の発症リスクを高めることが示された。 3.20歳時のBMIの代わりに、attained weight statusの指標である追跡期間中のBMI(時間に依存した変数)で調整したモデルを用いて同様の分析を行ったところ、連続変数としての体重変化およびBMI変化と糖尿病発症との間には有意な関連がみられなかった。一方、体重変化5.0 kg未満の群と比較した場合は、男性で15.0kg以上、女性で5.0kg以上増加した群において糖尿病の発症リスクが有意に高かった。BMI変化1.0 kg/m2未満の群と比較した場合は、男性で5.0 kg/m2以上、女性で3.0 kg/m2以上増加した群において発症リスクが有意に高かった。 4.20歳時のBMIで調整したモデルと追跡期間中のBMIで調整したモデルのいずれにおいても、体重減少およびBMI減少と糖尿病発症の間には有意な関連がみられなかった。 以上、本研究の結果から、成人後の体重増加がattained weight statusの影響とは独立に糖尿病発症と関連する可能性が示唆された。体重変化が糖尿病発症に与える影響を検討したこれまでの追跡研究の多くは、initial weight statusで調整した統計モデルのみを使用しており、体重変化の影響とattained weight statusの影響とを切りわけて検討できていないことが指摘されていた。本研究は、attained weight statusを考慮に入れて分析を行った数少ない研究のひとつである。また、過去の研究において考慮されていなかった追跡期間中の体重変化にも注目し、体重変化を時間に依存した変数として用いている。 糖尿病の増加が世界的な問題となるなかで、本研究から得られた知見は、糖尿病発症に関与する因子の解明ならびに糖尿病の予防活動に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものである。 | |
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