学位論文要旨



No 127032
著者(漢字) 常,金海
著者(英字) Chang,Jinhai
著者(カナ) ジョウ,キンカイ
標題(和) C型肝炎ウイルス増殖抑制における二重鎖RNA依存的プロテインキナーゼPKRの役割
標題(洋) Double-stranded RNA-activated protein kinase inhibits hepatitis C virus replication but may be not essential in interferon treatment
報告番号 127032
報告番号 甲27032
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3642号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 池上,恒雄
 東京大学 特任准教授 垣見,和宏
内容要旨 要旨を表示する

C型肝炎ウイルスは現在、世界で約1億7000万人が慢性的に感染しており、慢性肝炎・肝硬変・肝臓癌の主要な病原因子であると考えられている。とりわけ、日本では、毎年3万人以上が命を失う肝細胞癌患者の約80%がC型肝炎ウイルスによるものである。現在、臨床ではその治療法として、主にインターフェロンが用いられているが、最も有効とされる「インターフェロン+リバビリン併用療法」にても、その効果は必ずしも満足できるものではない。そのため、インターフェロンによるC型肝炎ウイルス抑制機序は分子肝炎ウイルス病学の重要な課題である。

インターフェロンにより誘導される遺伝子、すなわちインターフェロン作動系の主要な抗ウイルス分子としては、PKR、OAS、MxAなどが知られており、ウイルス増幅を抑制する重要な役割があると考えられている。しかし、各分子が実際に抗C型肝炎ウイルス効果を有するか否かについては不明である。

C型肝炎ウイルスの研究分野において、C型肝炎ウイルスの培養細胞系での研究は長らく試みられてきたが、効率よく安定的なC型肝炎ウイルスが増殖する系の開発は難しく、この人類にとって重要な病原体の研究の進行を遅らせる原因であった。しかし、近年の分子細胞生物学の進歩により、1999年にC型肝炎ウイルスサブゲノムレプリコンシステムがHuh7細胞株を用いて樹立され、さらに2005年にはC型肝炎ウイルスJFH-1株の完全長cDNAを用いてHuh7細胞でウイルス遺伝子の複製増殖と感染性ウイルス粒子の作成が可能になった。また、ある特定分子をknockdownする方法としてRNA干渉(RNA interference: RNAi)が注目されており、迅速、簡便、かつ特異的に標的分子をknockdownすることが可能となっている。

このような背景を受け、私はまず、PKRの抗C型肝炎ウイルス効果における重要性を明らかにすることを目的とし、研究を開始した。

手順としては、まず、PKRに対するshort interference RNA(siRNA)発現ベクターをデザインし、Huh7細胞に導入した後、ピューロマイシンにて「PKR stable knock down (PKR SKD)細胞株」を作成した。また、同時にparent vectorのみを導入した「control細胞株」も作成した。PKRがknockdownされた効果はWestern blottingにて確認した。次に、作成されたPKR stable knockdown細胞株とcontrol細胞株に対し、ElectroporationによりFeoレプリコン(複製をルシフェラーゼ活性で測定できるサブゲノムレプリコン)を導入し、ネオマイシンにてセレクションを行い、「レプリコンのstable colony」を作成した。その後、PKR stable knockdown細胞株とcontrol細胞株におけるbaselineのレプリコンの増殖程度を、経時的にルシフェラーゼ活性を測定することにより、比較検討した。またインターフェロンに対する反応性を評価するために、インターフェロン添加後のレプリコンの増殖程度についても比較検討した。さらにJFH-1もPKR stable knockdown細胞株およびcontrol細胞株に導入し、その上清中のCore抗原を定量することによって、JFH-1増殖程度を比較検討した。

Western blottingを行ったところ、control細胞株ではインターフェロン刺激によりPKRおよびリン酸化PKRの発現が強く認められるが、stable knockdown細胞株では減弱していることより、PKRがほぼ完全にknockdownされていることを確認した(Fig. 1)。

PKR stable knockdown細胞株とcontrol細胞株でレプリコン増殖を比較したところ、PKR stable knockdown細胞株において、ルシフェラーゼ活性がcontrol細胞株の約3-4倍に上昇しており、base lineにおけるレプリコン増殖に著明な差が認められた(Fig. 2)。

JFH-1導入後、上清に分泌されたCore抗原の定量でも、PKR stable knockdown細胞株ではcontrol細胞株の約3-4倍に上昇していた(Fig. 3)。

また、インターフェロン添加により、レプリコンの増殖は抑制された。PKR stable knockdown細胞では、インターフェロンの抗レプリコン活性がcontrol細胞株に比し、有意に減弱していた。しかし、臨床的なヒトでの治療濃度(10 U/ml)でPKR stable knockdown細胞においてもレプリコンの増殖はほとんど抑制された(>98%)(Fig. 4)。

以上より、インターフェロンにより誘導されるPKRは、生理的にC型肝炎ウイルス増殖抑制において重要な役割を担うことが示唆されたが、インターフェロン治療には必須ではない可能性があると考えられた。

インターフェロンにより誘導される遺伝子は数多く存在するが、それぞれの分子が実際に抗C型肝炎ウイルスに働くかどうかについては不明であることがほとんどである。本研究では、代表的なインターフェロン誘導遺伝子であるPKRが生理的に抗C型肝炎ウイルス効果を有するが、インターフェロン治療においては必須ではないことを明らかにした。

インターフェロンは臨床上、C型慢性肝炎の治療において有効な治療法であるが、その治療効果は未だ十分満足できるものとはいえず、インターフェロンの抗C型肝炎ウイルス効果が乏しい症例もしばしば見受けられる。インターフェロンの治療効果を予測する因子として、ウイルス側ではGenotypeやウイルス量、宿主側では年齢、性別、肝線維化の程度、IL-28Bの遺伝子型などが知られている。本研究の結果をふまえると、インターフェロン作動系の抗ウイルス分子の量的あるいは質的違いにより、インターフェロン治療効果が異なる可能性がある。そのためには、まずインターフェロン治療時に効率的に機能している抗C型肝炎ウイルス分子の同定が必要である。インターフェロン治療時に必須のインターフェロン誘導遺伝子を同定することができれば、インターフェロンの治療効果の予測因子となりうる可能性があり、また、より効率的なインターフェロン治療法の開発につながることが期待される。

Fig.1

Fig.2

Fig.3

Fig.4

審査要旨 要旨を表示する

本研究はインターフェロンにより誘導される遺伝子、すなわちインターフェロン作動系の主要な抗ウイルス分子としての二重鎖RNA依存的プロテインキナーゼPKRのウイルス増幅を抑制する効果は抗C型肝炎ウイルス効果を有するか否かについては明らかにするために、「PKR stable knock down (PKR SKD)細胞株」と「control細胞株」を作成した。その後、PKR stable knockdown細胞株とcontrol細胞株におけるbaselineのHCVサブゲノムレプリコンとHCV Full-length ゲノムJFH-1の増殖程度を、比較検討した。またインターフェロンに対する反応性を評価するために、インターフェロン添加後のレプリコンの増殖程度についても比較検討した。下記の結果を得ている。

1、Western blottingを行ったところ、control細胞株ではインターフェロン刺激によりPKRおよびリン酸化PKRの発現が強く認められるが、stable knockdown細胞株では減弱していることより、PKRがほぼ完全にknockdownされていることを確認した。

2、PKR stable knockdown細胞株とcontrol細胞株でレプリコン増殖を比較したところ、PKR stable knockdown細胞株において、ルシフェラーゼ活性がcontrol細胞株の約3-4倍に上昇しており、base lineにおけるレプリコン増殖に著明な差が認められた。

3、JFH-1導入後、上清に分泌されたCore抗原の定量でも、PKR stable knockdown細胞株ではcontrol細胞株の約3-4倍に上昇していた。base lineにおけるJFH-1増殖に著明な差が認められた。

4、インターフェロン添加により、レプリコンの増殖は抑制された。PKR stable knockdown細胞では、インターフェロンの抗レプリコン活性がcontrol細胞株に比し、有意に減弱していた。しかし、臨床的なヒトでの治療濃度(10 U/ml)でPKR stable knockdown細胞においてもレプリコンの増殖はほとんど抑制された(>98%)。PKRは、インターフェロン治療には重要ではないことが認められた。

本研究の結果をふまえると、インターフェロン作動系の抗ウイルス分子の量的あるいは質的違いにより、インターフェロン治療効果が異なる可能性がある。本研究はインターフェロンの治療効果の予測因子の解明とより効率的なインターフェロン治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられるる。

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