No | 127033 | |
著者(漢字) | 榎奥,健一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | エノオク,ケンイチロウ | |
標題(和) | 慢性非B非C肝障害の発癌危険因子の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127033 | |
報告番号 | 甲27033 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3643号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】我が国の非B非C肝癌患者数は増加しており、背景に肥満やそれに関連する脂肪肝、糖尿病の増加が推定されている。しかし、非B非C肝癌のうちで脂肪肝経過観察中に診断される例は少なく、発癌時にはいわゆるburned-outの状態で肝脂肪が減少しており、病歴が不明な場合はcryptogenic cirrhosisと診断される事も多い。cryptogenic cirrhosisとNAFLD・NASHとの関わりは1990年前後から議論されており、病理検体や臨床データの解析からcryptogenic cirrhosisの一部もしくは大部分がNAFLD由来であると結論づけた報告が近年多数なされている。しかしNAFLDの患者を追跡調査しcryptogenic cirrhosisに至ることを示したまとまった報告は数少ない。NAFLDからNASH・肝硬変に至るには数十年の経過が必要と考えられており、それだけの長い期間にわたる前向きな経過観察は容易ではないためである。 【目的】慢性非B非C肝障害での肝発癌の危険因子を解析する。特に、(1)アルコール、(2)NAFLD・NASHの存在、そして (3)糖尿病・肥満といったメタボリックシンドロームの因子 がそれぞれどのように発癌に関与しているのかを調べる。 【方法】1991年1月から2006年12月までに東京大学医学部付属病院消化器内科外来を初診し1年間以上の経過観察が行われた患者のうち、以下の基準を満たすものを解析対象とし、レトロスペクティブに解析を行った。 (1) 初診時から継続して6ヶ月間以上ASTもしくはALTが施設基準以上の持続高値を示し、その原因となりうる肝臓以外の疾患が存在しない。 (2) B型肝炎、C型肝炎、原発性胆汁性肝硬変、自己免疫性肝炎、原発性硬化性胆管炎、薬剤性肝障害、Budd-Chiari症候群、Wilson病、ヘモジデローシス、住血吸虫症のいずれでもない。 (3) 初診時の腹部超音波検査にて悪性肝腫瘍を指摘されていない。 (4) 肝移植後ではない。 肝発癌をイベントとし、累積発癌率はKaplan-Meier法で、年齢、性、アルコール摂取量、糖尿病の有無、BMI、脂肪肝の有無、血清アルブミン値、GPT値、GGTP値、血小板数、が発癌に与える影響をCox比例ハザードモデルで解析した。 探索的検討の結果、脂肪肝が無いことが発癌の危険因子となったため、まず超音波検査にて脂肪肝の有無を論じることの妥当性を検証した。経過観察中に肝細胞癌を発癌した症例について、治療の際に採取した背景肝の病理組織像と超音波像の比較を行った。 次に、初診時の超音波検査にて脂肪肝があった群と無かった群で年齢、性別、BMI、糖尿病の有無、血小板数、AST、ALT、GGTを比較した。さらに、初診時に脂肪肝があり、脂肪肝が消失してから発癌した症例を抽出し、初診時と発癌時での採血データおよび超音波所見を比較検討した。 脂肪肝が消失することが発癌に与える影響を解析するため、脂肪肝の有無を時間依存性共変量としてCox比例ハザードモデルを用いて解析を行い、年齢・血清アルブミン値・血小板数・BMI・糖尿病の有無で補正を行った。 【結果】平均年齢は54.1±13.7歳、男性191人(67.5%)、女性92人(32.5%)であった。糖尿病が90人(35.4%)、BMI25kg/m2以上の肥満が131人(46.2%)、脂肪肝は178人(62.9%)に認められた。平均観察期間5.7年(範囲1.0-16.9)中、39人に発癌を認めた。多変量Cox回帰の結果、年齢(ハザード比[HR]:1.09/年, P<0.001)、BMI25以上の肥満(HR:2.65,P=0.006)、糖尿病(HR:2.91,P=0.005)、アルコール摂取量 50g/日以上(HR:2.42,P=0.025)、さらに、脂肪肝が無いこと(HR:2.33, P= 0.048)が発癌の危険因子であった。個別の症例を検討すると、初診時に脂肪肝を指摘され経過観察中に発癌した13例中、10例で発癌前に超音波検査にて脂肪肝が消失していた。 発癌症例(39症例)について超音波所見と背景肝の病理所見を比較したところ、肝腎コントラストが陽性の症例のすべてでsteatosisが33%以上であり、一方、肝腎コントラストが陰性の症例のすべてでsteatosisが33%未満という結果になった。 アルコール摂取量を20g/日未満に限定して初診時での脂肪肝の有無にて患者を分けたところ、脂肪肝の有無により血小板、アルブミン、トランスアミナーゼ値が有意差を持って異なり、かつ年齢に10歳ほど差があったが、脂肪肝の有無で両者のメタボリックプロファイル(BMIおよび糖尿病)はほとんど変わらなかった。また、初診時の脂肪肝の有無と血小板のクロス表を作成したところ、血小板が10万未満の症例のほとんどは超音波所見にて脂肪肝を認めないことがわかった。 初診時に脂肪肝があり、経過観察中に脂肪肝を認めなくなり、その後に発癌した症例が10症例あり、これらについて血液生化学値・超音波所見の経過を追った。すると発癌時には血清アルブミンは有意に低下し、血小板についても有意には至らなかったが低下傾向が認められた。いずれの症例も初診時と発癌時の超音波検査所見を比較すると、発癌時の超音波所見では脂肪肝が消失しているだけでなく肝辺縁の鈍化、肝表面の凹凸の出現、脾腫の出現など慢性肝障害による肝の線維化進展を反映する所見が観察された。 初診時に脂肪肝を認めた178人に対して脂肪肝の有無を時間依存性共変量としてCox比例ハザードモデルを用い、多変量Cox回帰で有意であった項目(年齢、BMI、飲酒量、糖尿病)で補正を行った。肝脂肪の消失は発癌の危険因子として有意であった(HR:7.75, P=0.008)。 【結論】慢性非B非C肝障害からの発癌の背景にはアルコール、肥満、糖尿病等の生活習慣の関与が強く疑われる。また、肝脂肪の消失は発癌のリスクファクターである可能性がある。 | |
審査要旨 | 本研究は非B非C肝障害での肝発癌の危険因子のうち、特に、(1)アルコール、(2)NAFLD・NASHの存在、そして (3)糖尿病・肥満といったメタボリックシンドロームの因子 がそれぞれどのように発癌に関与しているのかを調べたものであり、下記の結果を得ている。 1. 東京大学消化器内科で非B非C肝障害として1年以上経過観察された283人の平均年齢は54.1±13.7歳、男性191人(67.5%)、女性92人(32.5%)であった。糖尿病が90人(35.4%)、BMI25kg/m2以上の肥満が131人(46.2%)、脂肪肝は178人(62.9%)に認められた。平均観察期間5.7年(範囲1.0-16.9)中、39人に発癌を認めた。多変量Cox回帰の結果、年齢(ハザード比[HR]:1.09/年, P<0.001)、BMI25以上の肥満(HR:2.65,P=0.006)、糖尿病(HR:2.91,P=0.005)、アルコール摂取量 50g/日以上(HR:2.42,P=0.025)、さらに、脂肪肝が無いこと(HR:2.33, P= 0.048)が発癌の危険因子であった。個別の症例を検討すると、初診時に脂肪肝を指摘され経過観察中に発癌した13例中、10例で発癌前に超音波検査にて脂肪肝が消失していた。 2. 発癌症例(39症例)について超音波所見と背景肝の病理所見を比較したところ、肝腎コントラストが陽性の症例のすべてでsteatosisが33%以上であり、一方、肝腎コントラストが陰性の症例のすべてでsteatosisが33%未満という結果になった。 3. アルコール摂取量を20g/日未満に限定して初診時での脂肪肝の有無にて患者を分けたところ、脂肪肝の有無により血小板、アルブミン、トランスアミナーゼ値が有意差を持って異なり、かつ年齢に10歳ほど差があったが、脂肪肝の有無で両者のメタボリックプロファイル(BMIおよび糖尿病)はほとんど変わらなかった。また、初診時の脂肪肝の有無と血小板のクロス表を作成したところ、血小板が10万未満の症例のほとんどは超音波所見にて脂肪肝を認めないことがわかった。 4. 初診時に脂肪肝があり、経過観察中に脂肪肝を認めなくなり、その後に発癌した症例が10症例あり、これらについて血液生化学値・超音波所見の経過を追ったところ発癌時には血清アルブミンは有意に低下し、血小板についても有意には至らなかったが低下傾向が認められた。いずれの症例も初診時と発癌時の超音波検査所見を比較すると、発癌時の超音波所見では脂肪肝が消失しているだけでなく肝辺縁の鈍化、肝表面の凹凸の出現、脾腫の出現など慢性肝障害による肝の線維化進展を反映する所見が観察された。 5. 初診時に脂肪肝を認めた178人に対して脂肪肝の有無を時間依存性共変量としてCox比例ハザードモデルを用い、多変量Cox回帰で有意であった項目(年齢、BMI、飲酒量、糖尿病)で補正を行った。肝脂肪の消失は発癌の危険因子として有意であった(HR:7.75, P=0.008)。 以上、本論文は慢性非B非C肝障害からの発癌の背景にはアルコール、肥満、糖尿病等の生活習慣の関与が強く疑われることを明らかにした。また、肝脂肪の消失は発癌のリスクファクターである可能性があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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