学位論文要旨



No 127034
著者(漢字) 小野,敏嗣
著者(英字)
著者(カナ) オノ,サトシ
標題(和) 抗血栓薬服用者に対する消化管内視鏡検査時の適正使用に関する検討
標題(洋)
報告番号 127034
報告番号 甲27034
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3644号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 准教授 清水,伸幸
内容要旨 要旨を表示する

消化管内視鏡検査における抗血栓薬の扱い方については国内外の様々な学会からガイドラインが発表されている。しかし、具体的な休薬期間や生検前の休薬の要否などについては各ガイドラインに相違があり、また日本消化器内視鏡学会のガイドライン(以下JGESガイドライン)に記載されている具体的な休薬期間(アスピリン3日間、チクロピジン5日間、両剤併用7日間)も一本の論文のデータに基づいたものであり、ガイドラインとしてエビデンスに乏しいことも、臨床現場での混乱を招く要因となっている。一方で休薬期間中の血栓塞栓症のリスクを軽減するために内服を継続したまま組織生検を行う施設もあるが、その妥当性についての十分なデータは国内にはないという現状がある。以上の問題点の詳細を明らかにするために、単施設での後向き調査、単施設での前向き調査、多施設での前向き調査を行った。

単施設での後向き調査(遡及的診療録調査)では2008年1月から12月まで東京大学消化器内科にて内視鏡検査を施行された8921名のうち抗血栓薬を内服していた1383名(15.5%)を対象として行われた。うち324名(23.4%)は抗凝固薬としてワルファリンを内服しており、最も多かった抗血小板薬はアスピリンで884名(63.9%)に内服されていた。ワルファリン内服者またはアスピリン・チクロピジン併用内服者は内服を継続したまま内視鏡を施行され、アスピリン単剤内服者とチクロピジン単剤内服者は6‐7日休薬して内視鏡を施行される傾向にあり、JGESガイドラインへの遵守率が低いことが示された。内服を継続したまま内視鏡を施行された556名のうち41名が侵襲的内視鏡手技を施行されたが、その中では術後出血は認めなかった。

単施設での前向き調査では2009年6月から11月まで東京大学光学医療診療部にて外来内視鏡検査を施行された内服者253名のうち有効回答の得られた208名を対象として行われた。うち40名(28.8%)はワルファリンを内服しており、アスピリンは136名(65.4%)で内服されていた。98名(47.1%)では予防的潰瘍薬が投与されていた。内服者の背景疾患として最も多いのが虚血性心疾患(31.2%)であり、そのうち61.3%が冠状動脈へのステント留置後であった。術前休薬期間については、多剤内服者は内服を継続したまま内視鏡を施行され、単剤内服者は6-7日休薬して内視鏡を施行される傾向があった。また、休薬期間を設定されて内視鏡を施行された症例の64.3%(27/42)は翌日までに内服を再開される傾向にあった。術前休薬期間の設定医は循環器科(57.7%)が最多であり、術後休薬期間の設定医は消化器科(36.5%)が最多であった。単施設調査では、明らかな偶発症の症例は認めなかった。

多施設での前向き調査では2010年2月から7月まで参加12施設で2カ月間に外来内視鏡検査を施行された内服者1132名のうち有効回答の得られた970名を対象として行われた。うち191名(19.7%)はワルファリンを内服しており、アスピリンは563名(58.0%)で内服されていた。479名(49.4%)では予防的潰瘍薬が投与されていた。内服者の背景疾患として最も多いのが虚血性心疾患(27.9%)であり、そのうち52.1%が冠状動脈へのステント留置後であった。術前休薬期間は50.5%の症例で内視鏡医を含めた消化器科以外の診療科により決定されており、逆に術後休薬期間は77.8%の症例で消化器科により決定されていた。やはり多くの症例で術前休薬期間は消化器科以外の診療科により決定されており、そのため内服を継続したまま(25%)、または6-7日休薬(33%)して内視鏡を施行される傾向があり、JGESガイドラインの遵守率が多施設において低いことが示された。また、術後は3日以内に内服を再開される傾向(79%)があった。970名の中で2名の重篤な偶発症が認められ(偶発症率0.21%、95%信頼区間0-0.7%)、うち一例は輸血を要さない程度の術後出血症例であり、うち一例は心血管イベントが強く疑われた突然死症例であった。内服を継続したまま侵襲的内視鏡手技を施行された症例42名については明らかな偶発症を認めなかった(偶発症率0%、95%信頼区間0-8.4%)。

以上の検討により、JGESガイドラインを含めた各学会のガイドラインの遵守率が低いという状況が国内の普遍的な問題として存在していること、その一因として処方医が主に休薬期間を設定している可能性があることが示唆された。また、内服者の偶発症率は過去に報告されている内視鏡検査全体の偶発症と比較して有意に高くはないことが示され、さらに内服継続症例の偶発症率および心血管イベントにより突然死した症例の存在を考慮すると、内服継続下での侵襲的内視鏡処置、特に低侵襲とされる組織生検については国内でも許容されうる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、抗血栓薬服用者に対する消化管内視鏡検査時の適正使用に関する問題点を明らかにするために、単施設および多施設で現状調査を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.消化管内視鏡検査被検者の約15%が抗血栓薬を服用していること、その約1/4がワルファリンを、その約2/3がアスピリンを服用中であることを明らかにした。また、服用者の背景疾患としては虚血性心疾患が最多であり、その他不整脈や脳血管障害などの血栓塞栓症のリスクが高い状態であることを明らかにした。

2.内視鏡検査前の抗血栓薬休薬期間としてはほとんどの服用者が全く休薬をしないか、または一律7日間の休薬の上で内視鏡を施行されるという二極化傾向にあり、日本消化器内視鏡学会ガイドラインに示された休薬期間の遵守率が低いことを明らかにした。

3.内視鏡検査前の休薬期間の指示は、日本消化器内視鏡学会ガイドラインを熟知した消化器科医からではなく、循環器科医や神経科医などの処方医からの指示が半数以上を占め、逆に内視鏡検査後の再開時期の指示は消化器科医からの指示がほとんどであることを明らかにした。

4.抗血栓薬内服者の消化管内視鏡検査時の偶発症率は先行論文で報告されている消化管内視鏡検査時の偶発症率と比較して有意に高いとは言えず、また抗血栓薬内服者において内服を継続したまま組織生検や粘膜切除を施行された症例では重篤な出血性イベントを認めず、血栓塞栓症のイベントに比較して致死的な経過を辿ることが稀であることを明らかにした。

以上、本論文は本邦における抗血栓薬内服者に対する消化管内視鏡時の問題点を明確に示した。本研究はこれまで十分なデータのなかった抗血栓薬服用者に対する消化管内視鏡検査時の適正使用に関して新たな知見を加え、今後のガイドラインの確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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