No | 127036 | |
著者(漢字) | 工藤,洋太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クドウ,ヨウタロウ | |
標題(和) | 脂肪肝から肝腫瘍を形成する肝特異的Pik3ca強制発現マウスの作成と解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127036 | |
報告番号 | 甲27036 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3646号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 非アルコール性脂肪肝(Non-alcoholic fatty liver disease, NAFLD)および脂肪性肝炎(Non-alcoholic steatohepatitis, NASH)は非ウイルス性の肝癌の発生母地となる。NAFLDは日常的な栄養状態にも起因し、発癌との関連は臨床上の課題といえる。NAFLDからNASHへの進行、発癌への影響因子についての検討が盛んに行われているが、まだ分子医学的な機序は不明な点が多い。一方、ホスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(PI3K)シグナルの異常が、ヒト悪性腫瘍に関与する知見は多く、とくにPIK3CA遺伝子で肝細胞癌での変異(N1068fs*4)も報告された。さらにはPI3Kシグナルを抑制するPhosphatase and tensin homolog deleted from chromosome 10 (PTEN)遺伝子の変異も肝がんで認められ、肝細胞特異的なPten欠損マウスが脂肪肝から肝炎、発癌を呈すると報告された。これらはPI3Kシグナル異常が脂肪肝から発癌に関与する可能性を示唆した。PI3Kシグナルの異常亢進が脂肪肝から発癌を引き起こすのに十分かどうか、またPTENのもつ多様な生物学的作用を鑑み、その低下による脂肪肝および発癌への病態がPI3Kシグナルの活性化のみで説明されうるかなどはいまだ不明である。よって本研究では肝細胞特異的Pik3ca強制発現マウスを作成、解析することにした。 マウスの肝組織所見、血清アラニンアミノトランスフェラーゼ値、肝組織中トリアシルグリセロール値、全脂質構成脂肪酸組成解析を、野生型とPik3ca強制発現マウスと、あるいはPik3ca強制発現マウスの肝腫瘍部と背景肝組織とで比較検討した。肝腫瘍部と背景肝組織の各種遺伝子の発現をイムノブロット法ないし定量的リアルタイムPCR法にて解析した。In vitroでの腫瘍形成能の評価法として軟寒天培地コロニー形成アッセイをおこなった。 Pik3ca強制発現マウスは単純性脂肪肝を呈するが、炎症細胞浸潤や線維化などのNASHの所見は生じなかった。マウス正常肝細胞株であるBNL-CL2細胞をもちいたin vitroの検討ではPik3ca遺伝子の安定発現株は腫瘍形成能を示さないが、Pik3ca強制発現マウスは肝腫瘍(肝細胞腺腫)を形成した。Pik3ca強制発現マウスの肝腫瘍部では背景肝組織にくらべて複数の癌抑制遺伝子(Pten, Xpo4 and Dlc1)の発現が低下していたが、BNL-CL2細胞ではPI3Kシグナルの活性化だけではこれらの遺伝子の発現は低下しなかった。Pik3ca強制発現マウスの肝腫瘍部には背景肝組織と比較して脂肪酸が多く含まれており、特にオレイン酸に代表される不飽和脂肪酸の比率が増加していた。興味深いことにBNL-CL2細胞における上記癌抑制遺伝子の発現はオレイン酸刺激により低下し、さらにオレイン酸刺激によりコロニー形成能が増加した。また、オレイン酸による癌抑制遺伝子の発現低下にはヒストン修飾を介している可能性を見出した。 このようにマウスの肝臓におけるPI3Kシグナルの恒常活性化は単純性脂肪肝と肝腫瘍形成には十分であるが、肝臓における炎症を惹起するには不十分であることがわかった。またマウスの肝臓に蓄積したオレイン酸に腫瘍形成を促進する働きがあることが示された。これらの結果は代謝異常と脂肪肝を背景とする発癌とを結びつける手がかりになると考えられる。 Pik3ca強制発現マウスは、炎症所見を認めず、肝腫瘍のうち発癌率は低率(10%)であるため、今後Pik3ca強制発現マウスに様々な"2nd hit"候補を付加することで、例えば酸化ストレス、間葉系細胞、免疫機構の変化と、単純性脂肪肝からNASHへの進展あるいは発癌との関わりを検討することに有用なモデルになると考える。 | |
審査要旨 | 本研究は代謝や悪性腫瘍において重要な役割を演じていると考えられるホスファチジルイノシトール-3-キナーゼ(PI3K)シグナルの異常が肝脂肪化および肝腫瘍発生に及ぼす影響を明らかにするために、ヒト肝がんでも報告のあるPik3ca(N1068fs*4)変異遺伝子をアルブミンプロモータを用いて肝細胞特異的に強制発現する遺伝子改変マウスの作成、解析を試みたものである。In vitroの解析も加え、下記の結果を得ている。 1. 肝細胞特異的にPik3ca(N1068fs*4)を強制発現させると、肝組織におけるPI3K/Akt経路の活性化がimmunoblot法により示された。 2. 293T細胞に一過性に発現させる系をもちいて、Pik3ca(wild type sequence, N1068fs*4, H1067R)のAktリン酸化能をimmunoblot法により評価比較した。Pik3ca(N1068fs*4)変異はhot spot mutantとして知られるH1047R変異にくらべてリン酸化能が弱く、wild type sequenceと同等であった。 3. Pik3ca強制発現マウスは肝重量の増加をしめした。肝組織中トリアシルグリセロール料の増加、血清ALT値の増加、そして病理組織学的所見からPik3ca強制発現マウスが脂肪肝を呈することを確認した。脂肪肝組織の脂肪酸代謝関連遺伝子の発現を定量的リアルタイムPCR法にて評価したところ、Srebp1、Fasの発現増加は見られず、Ppargとその標的であるaP2遺伝子の発現増加を認めたことから、Pik3ca (N1068fs*4)の強制発現における肝脂質蓄積はPPARγの活性化を介している可能性が強く示唆された。 4. Pik3ca強制発現マウスはヒトのNASHでみられるような脂肪肝を背景とした炎症細胞浸潤や、肝線維化を認めないが、肝細胞腺腫を高率に形成した。腫瘍部では背景肝組織と比較してPtenを含む複数の癌抑制遺伝子の発現が低下しており腫瘍発生に寄与している可能性が考えられた。In vitroでマウス正常肝細胞株(BNL-CL2)にPten shRNA発現レンチウイルスをもちいてノックダウンすると軟寒天培地におけるコロニー形成能が増加を確認した。 5. マウス正常肝細胞株のPik3ca (N1068fs*4)安定発現株を複数樹立した。Pik3ca(N1068fs*4)の強制発現のみでは腫瘍形成能が得られないことを軟寒天培地におけるコロニー形成能アッセイで確認した。 6. ガスクロマトグラフィー法をもちいた組織含有全脂質構成脂肪酸の組成解析により腫瘍部は背景肝組織よりも脂肪酸の増加が著明であり、特にオレイン酸とパルミチン酸が多いことがわかった。 9. マウス正常幹細胞株をもちいた実験では、オレイン酸はPtenを含む上記複数の癌抑制遺伝子の発現を低下させ、in vitroの腫瘍形成能を増加させた。 以上、本論文はPik3ca強制発現マウスが脂肪肝を背景に肝腫瘍を発生させることを見出し、Pik3ca遺伝子強制発現による直接的な結果としてではなく、2次的に生じた脂肪酸の組成変化を介した肝腫瘍形成の機序を明らかにした。 本研究は、世界的に増加している非アルコール性脂肪性肝疾患を背景とした肝発がんにおける代謝異常、脂肪肝と肝発がんとを結びつける機序解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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