学位論文要旨



No 127037
著者(漢字) 小島,敏弥
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,トシヤ
標題(和) 転写因子KLF5と摂食調節
標題(洋) Kruppel-like transcription factor KLF5 in the regulation of food intake
報告番号 127037
報告番号 甲27037
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3647号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 特任准教授 矢作,直也
 東京大学 特任准教授 宇野,漢成
内容要旨 要旨を表示する

Kruppel-like factor 5 (KLF5)は、KLFファミリーに属する転写因子であり、我々のグループはKLF5を胎児型ミオシン重鎖SMemb遺伝子の転写を調節するZn finger型転写因子として同定し、血管病態形成に関与していること、心肥大と線維化に関与していること、脂肪分化や脂肪酸燃焼に関与していることを報告してきた。

Klf5(+/-)は体重が増加しにくいにもかかわらず、摂食量はむしろ増加していた。摂食量は末梢からの情報に応じて中枢で精密にコントロールされており、Klf5(+/-)が過食を示す理由として、末梢でのエネルギー消費の亢進に加えて中枢での摂食コントロールも寄与している可能性を示唆する。

視床下部は体内の恒常性維持に重要な中枢である。その中でも弓状核は視床下部において摂食調節に関わる要所とされている。弓状核には摂食調節に関わる2つの主要な神経細胞が存在している。1つは摂食促進に働き、neuropeptide Y (NPY)とagouti-related protein (AgRP)を発現するするAgRP/NPYニューロンである。他方は摂食抑制に働き、cocaine- and amphetamine-related transcript (CART)とpro-opiomelanocortin (POMC)を発現するCART/POMCニューロンである。これら2種のニューロンから室傍核、背内側核、外側野といった他の視床下部領域に放射がある。視床下部が摂食調節で中心的な役割を果たすことから、私はKLF5が視床下部において機能を持つと仮説を立てて検討した。

摂食中枢として視床下部に注目し、抗KLF5特異抗体 (KM1784)、Tyramide Signal Amplification (TSA) 法を用いてKLF5に対する免疫組織化学を施行した。視床下部弓状核において多数のKLF5陽性細胞を認めた。一方で室傍核、腹内側核、背内側核、新皮質においてKLF5陽性細胞は殆ど認めなかった。さらに興味深いことに、KLF5陽性細胞は再摂食時と比較して絶食時に有意に多く認めた。続いて抗KLF5抗体と抗POMC抗体を用いて免疫二重染色を施行したところ、KLF5陽性細胞とPOMC陽性細胞が一致しないことを確認した。抗KLF5抗体と抗AgRP抗体を用いた免疫二重染色では一部の同一細胞においてKLF5とAgRPが陽性を呈し、KLF5とAgRPの共在が示唆された。以上より、少なくとも一部のKLF5陽性ニューロンがAgRPを発現すること、また、AgRP陽性細胞が増加する絶食時にKLF5陽性細胞も増加することから、KLF5とAgRPに関連があることが示唆された。

Klf5(+/-)マウスは野生型と比較し、有意に摂餌量が増大する。そこで、KLF5には摂食促進機構において抑制的な役割がある可能性を考えた。AgRPは摂食促進作用を持つことから、KLF5がAgRP発現を阻害する可能性を考え、これらの発現の時間的変化を検討した。C57BL/6 マウスに12時間の絶食負荷をかけ、続いて9時間の再摂食負荷を行った。3時間毎に視床下部を含む脳組織を採取し、KLF5とAgRPに対する免疫二重染色を行ったところ、KLF5陽性細胞は絶食負荷から3~6時間と早期に多く認められ、AgRP陽性細胞はその後増加していた。

野生型マウスの視床下部においてKlf5 mRNAの発現レベルをRT-PCRにより評価した。再摂食時と比較し、絶食時に有意に増加を認めた。尚、絶食時にはAgrp mRNAが、再摂食時にはPomc mRNAがそれぞれ増加しており、免疫組織化学とも一致する結果であった。野生型マウスとKlf5(+/-)マウスの視床下部におけるKlf5、Agrp、Pomc mRNA発現レベルについて比較を行った。Agrp mRNAは自由食事下よりも絶食時に発現レベルが増加する。一方でPomc mRNAは絶食時よりも自由食事下で発現レベルが高いが、野生型とKlf5+/-マウスの間で発現レベルに有意差を認めなかった。

視床下部におけるKLF5機能をさらに検討するために、AgRPを発現する視床下部細胞株であるmHypoE-38を用いた。グルコース濃度の変化よる影響を検討した。mHypoE-38細胞においては、培地中グルコース濃度の低下でKlf5及びAgrpの発現が増加し、グルコース濃度の上昇により、発現が低下した。

末梢からのエネルギー調節におけるKlf5の反応を検討した。インスリン、レプチンはAgRP神経細胞を抑制し、Agrpの発現を抑制することが知られている。インスリン、レプチンの投与によりAgrpが抑制され、Klf5発現についても抑制がみられた。

Klf5発現をsiRNAでノックダウンし、インスリン及びレプチンの作用を検討した。Klf5をノックダウンした状態でインスリン、レプチンを加えたところ、Agrpの発現低下がみられず、むしろ増加していた。これはKLF5が末梢からのシグナルに応じたAgrpの発現の制御に寄与していることを示唆する。

KLF5がAgrpの発現を制御している可能性があることから、Agrpプロモーターへの作用を検討した。Forkhead box-containing protein of the O subfamily (FoxO)-1はAgrpプロモーター活性を正に調整する。一方、レプチンはStat3を活性化するが、Stat3はFoxO1のAgrpプロモーターへの結合を阻害することによって、Agrp発現を抑制する。pGL3-AgRPと、恒常活性型FoxO1-CAを共トランスフェクションしたところ、予想通りAgRPはルシフェラーゼ値の上昇がみられた。KLF5の発現により、FoxO1-CA非存在下においては、Agrpプロモーターの軽度活性化が見られたが、KLF5はFoxO1-CAによって活性化されたプロモーターを著明に抑制した。

本研究の結果は、摂食調節を介する恒常性維持において視床下部におけるKLF5機能が重要であることを強く示唆する。全体として、KLF5は摂食を抑制するように働くと示唆される。

KLF5は摂食を抑制する機能を持ちながら、絶食によって発現誘導されるという興味深い発現パターンを示す。視床下部ではAgRP発現に先行して、発現が上昇することから、絶食早期におけるAgRP発現を抑制している可能性が高い。絶食早期におけるKLF5活性化の生理学的意義に関しては、さらに今後の研究が必要である。

mHypoE-38細胞において、KLF5は低グルコース、インスリン、レプチン刺激によって発現が誘導された。KLF5発現誘導へ至るシグナル経路の同定が次の課題である。転写因子ではFoxO1がインスリンによって抑制され、Stat3がレプチンによって活性化されることが知られている。KLF5発現へとつながるシグナル経路の同定は、これらのシグナル経路とのクロストークを明確にすると期待される。KLF5はFoxO1によるAgrpプロモーター活性化を抑制した。FoxO1はインスリン刺激により、核外へと移行する。KLF5がAgrpプロモーターを抑制する機構については今後の検討が必要である。KLF5は多くの遺伝子に対して転写を正に調整することが知られているが、我々は、骨格筋においてKLF5がSUMO化を受けることによって転写抑制作用を示すことを明らかとしている。従って、SUMO化の寄与を検討することが重要であろう。

現在、私はAgRPニューロン特異的ノックアウトマウス(Klf5fl/fl;AgRP-Cre)を作成中である。このマウスの表現型を解析することにより、個体の摂食調節におけるKLF5とAgRPの関連について、さらに明確に出来ると考えている。

現在、中枢に作用して摂食を調節する薬剤の開発が盛んに行われている。しかし、これらの薬剤が標的としているシグナルは食欲調節以外にも多彩な機能を持つため、副作用が危惧されている。また、視床下部における摂食調節は複雑であり、脳内の一つの経路にとどまらず、脳幹や報酬回路を介した末梢シグナルにも依存するため、一つの特定の回路のみを標的として長期的、臨床的に有効な体重減少をもたらすことは困難であろうと推測される。今後、さらにKLF5の摂食調節における機能を、特に末梢からのシグナルによる制御と、摂食を調節する転写ネットワークの観点から明らかにすることにより、摂食調節へ介入するための有効な治療標的が同定できると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、発生・分化やiPS細胞の誘導、幹細胞の維持に加えて、生活習慣病や癌においても重要な役割を果たしていることが明らかとなっている転写因子Kruppel-like factor 5 (KLF5)が、生活習慣病の基盤として摂食調節においても重要な機能を果たしていることを示したものであり、下記の結果を得ている。

1.Klf5(+/-)マウスと野生型マウスに対して高脂肪食負荷を行い、Klf5(+/-)マウスにおいて体重増加が有意に抑制されたが、一方で摂餌量は有意に増加していた。

2.マウス視床下部における免疫組織化学法を確立し、KLF5陽性細胞が視床下部に多数みられること、さらに絶食時には再摂食時と比較し明らかに陽性細胞が多いことを確認した。摂食促進物質であるagouti-related protein (AgRP)は視床下部弓状核に局在していることが知られている。KLF5とAgRPの免疫二重染色を施行し、一部の細胞においてKLF5とAgRPが共在していた。またAgRP陽性細胞が増加する絶食時にKLF5陽性細胞も増加することを確認した。以上より、KLF5とAgRPに関連があることが示唆された。

3.KLF5には摂食促進機構において抑制的な役割がある可能性を疑い、AgRPは摂食促進作用を持つことから、KLF5がAgRP発現を阻害する可能性を考えた。免疫組織化学を用いてこれらの時間的変化を検討したところ、KLF5陽性細胞は絶食早期に多く認められ、AgRP陽性細胞はその後増加していた。

4.Klf5(+/-)マウス視床下部では野生型と比較し、Agrp mRNA発現量が有意に多く、更に時系列において絶食早期にKlf5 mRNA発現増加、その後低下がみられた。一方で絶食12時間後にAgrp mRNA発現は最大となり、再摂食により低下した。

5.視床下部細胞株であるmHypoE-38を用い、絶食及び摂食の刺激モデルとして、グルコース濃度変化、インスリン、レプチンを用いた解析を行った。これらの刺激に対して、Klf5とAgrp mRNA発現は同様の変化を示し、視床下部での発現変化と類似していた。Klf5ノックダウンはインスリン及びレプチン刺激によるAgrpの発現低下を阻害し、むしろ増加させる結果となった。

6.KLF5は恒常活性型FoxO1によるAgrpニューロンの活性化を著明に抑制した。以上より、KLF5は、末梢からの刺激に応じて誘導され、AgRPの発現を抑制することが考えられた。

以上、本論文はマウス視床下部において、免疫組織化学、RNA解析、reporter assayなどの解析から、転写因子KLF5が絶食早期において摂食促進物質であるAgRPに抑制的に作用することを明らかにした。本研究はメタボリックシンドロームの基盤として、インスリン抵抗性、レプチン抵抗性にも寄与すると考えられる、転写因子のネットワーク網の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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