学位論文要旨



No 127039
著者(漢字) 新美,
著者(英字)
著者(カナ) ニイミ,ケイコ
標題(和) 大腸上皮性腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術の短期および長期成績とそのラーニングカーブに関する遡及的検討
標題(洋)
報告番号 127039
報告番号 甲27039
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3649号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 菅原,寧彦
 東京大学 准教授 清水,伸幸
内容要旨 要旨を表示する

[背景・目的]

内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection:ESD)は、1990年代後半に早期胃癌に対する局所切除法として開発され、リンパ節転移のないと考えられる早期胃癌に対し標準的治療として普及した。大腸腫瘍に対する内視鏡治療法として、ポリペクトミー、内視鏡的粘膜切除術(Endoscopic mucosal resection:EMR)が行われているが、ポリペクトミーやEMRでは切除の大きさに限界があること、線維化や生検瘢痕などが存在する場合は切除が難しいことなどの欠点が挙げられる。ESDは、高い一括完全摘除と正確な病理組織学的診断により高い根治性を得ることができ、臨床的有用性が高いと考えられる。大腸上皮性腫瘍に対しては2000年より施行されているが、現時点では長期予後を含めた有効性と安全性は十分に実証されていない。そこで、一括切除率、偶発症率を中心とした短期治療成績および長期予後を遡及的に解析することを目的として本研究を立案した。また、大腸ESDは解剖学的相違、組織学的相違により胃ESDよりもさらに技術的に難しいとされ、技術的難易度や偶発症率の高さから未だその習得法については定まっていない。臨床的に有効な大腸ESDを安全に行うために、当院で大腸ESDを開始した2人の内視鏡医におけるラーニングカーブを解析し、その導入基準を検討した。

[方法]

短期成績に関しては、2000年7月から2008年12月までにESDを施行した大腸上皮性腫瘍(カルチノイドは除く)310病変(腺腫146病変、癌164病変)を対象とし、一括切除率、一括完全切除率、偶発症率(穿孔率および出血率)を解析した。また、腫瘍肉眼型別の特徴(腫瘍径、局在部位、組織学的深達度)を比較検討した。

長期成績に関しては、大腸上皮性腫瘍290症例のうち、ESD後1回以上大腸内視鏡検査を施行した202名を対象に局所再発率を、また過去に進行大腸癌に対し手術歴のある症例、1年以上経過が追うことができなかった症例を除外し、経過を追うことができた224名を対象に全生存率および疾患特異的生存率を解析した。

ラーニングカーブの検討に関しては、当院のトレーニングシステムに従い、当院にて手技がある程度確立した2007年3月以降に大腸ESDを開始した2人の内視鏡医(A:卒後8年、B:卒後6年)を対象とし、大腸ESD開始前の上下部内視鏡経験数および胃ESD成績と開始から2010年3月までの大腸ESD成績を遡及的に解析した。

[結果]

短期成績に関しては、一括切除率90.3%、一括完全切除率74.5%であった。穿孔は15例15病変(4.8%)であり、うち術中穿孔14例はすべて内視鏡処置にて保存的に軽快したが、術後穿孔1例は緊急手術となった。出血は、術中出血1例(0.3%)に輸血を要したが、後出血4例(1.3%)は輸血をせず内視鏡処置にて保存的に軽快した。リンパ節転移高リスク群と考えられた18例のうち、8例に対し追加外科切除を施行し、術後病理評価では腫瘍局所残存は2例、リンパ節転移2例に認めた。残り10症例は手術高リスクや手術拒否のため追加外科切除は行わなかったが、観察期間中央値22ヶ月(4~48ヶ月)では、再発は認めなかった。

長期成績に関しては、観察期間中央値30.6ヶ月 (0.6-97.1ヶ月)における局所遺残再発率は2.0%(4例)であり、すべて分割切除例であった。術前に粘膜下層浸潤癌と診断された1例は追加外科切除を行い、残り3例は追加内視鏡治療を行ったが、以後それぞれ71ヶ月、22ヶ月、22ヶ月では再発は認めなかった。一括切除例と分割切除例では、分割切除例において統計学的に有意差に局所再発率が高かった(0.0%[0/182]および20.0%[4/20]、P=0.01)。また、観察期間中央値38.7ヶ月 (12.8-104.2ヶ月)において、3年/5年全生存率97.1%/95.3%、3年/5年疾患特異的生存率100%/100%であり、原病死は認めなかった。

ラーニングカーブに関しては、2人の内視鏡医A/Bの大腸ESD開始前までの内視鏡経験数(上部内視鏡/下部内視鏡/ERCP/胃ESD)は、(5100/1620/10/32例)/(3350/720/55/30例)であった。胃ESD成績は、一括切除率96.9/96.6%、一括完全切除率96.9/96.6%、偶発症は出血率3.1/0%で、穿孔はいずれも認めなかった。2010年3月までの大腸ESD(62/13例)において、一括切除率90.3/92.3%であり、Aに出血1.6%、術中穿孔3.2%、遅発穿孔1.6%を認めたが、Bではいずれも認めなかった。Aの大腸ESDを前期31例、後期31例に分けたところ、後期では施行時間は短縮傾向にあった。またAの初期13例とBの成績では統計学的有意差は認めなかった。

[結論]

短期成績、予後ともに良好な結果であり、リンパ節転移の可能性のない大腸上皮性腫瘍に対するESDは根治的手療法として外科手術に匹敵する有効な治療法と考えられた。また、技術的難易度が高いとされる大腸ESDを開始するにあたり、上部内視鏡3000例、下部内視鏡700例、胃ESD30例の経験の必要性と直腸病変から開始の妥当性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、大腸上皮性腫瘍に対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の有効性と安全性を検討するために、当院で施行した大腸上皮性腫瘍に対するESD290症例310病変の短期治療成績および長期予後を遡及的に解析した。また、技術的に難易度の高いとされる大腸ESDを安全に行うために、当院で開始した2人の内視鏡医におけるラーニングカーブを分析し導入基準を検討し、下記の結果を得ている。

1.短期成績としては、一括切除率90.3%、一括完全切除率74.5%と高い根治性が得られた。偶発症は、出血率1.6%、術中穿通・穿孔率4.5%、遅発穿孔率1.0%であった。術中出血1例に輸血を要したが、それ以外の後出血4例はすべてクリップによる内視鏡的止血術にて保存的に軽快した。術中穿孔は14例に認め、1例は待機的手術となったが、残り13例は内視鏡的クリップ閉鎖と保存的治療で緊急手術は回避できた。1例に遅発性穿孔を認め、緊急手術を施行した。

2.リンパ節転移高リスク群と考えられた18症例のうち、8症例に対し追加外科切除を施行した。術後病理評価では、腫瘍局所残存は2症例、リンパ節転移は2症例に認められた。残り10症例は追加外科切除を行わなかったが、観察期間中央値22ヶ月では再発は認めなかった。

3.局所遺残再発に関する検討では、観察期間中央値30.6ヶ月において、202名中4名(2.0%)に遺残再発が見られたが、すべて分割切除例であった。1例のみ追加外科手術を行ったが、残り3例は追加内視鏡治療を行い、以後それぞれ71ヶ月、22ヶ月、22ヶ月では再発は認めなかった。分割切除例において、統計学的に有意差に局所再発率が高かった。

4.長期予後に関する検討では、観察期間中央値38.7ヶ月においては、全生存率は3年97.1%、5年95.3%、疾患特異的生存率は3年5年ともに100%であり、原病死は認めなかった。

5.ラーニングカーブの検討では、大腸ESDを開始するにあたり、上部内視鏡3000例、下部内視鏡700例、胃ESD30例の経験の必要性と直腸病変から開始の妥当性が示唆された。

以上、本論文は大腸上皮性腫瘍に対するESDの有効性と安全性を明らかにし、また、安全なトレーニングシステムの導入基準の可能性を示した。本研究は、これまで明らかではなかった長期予後を含めた治療成績を明らかにし、外科手術と匹敵する有効な治療法として大腸ESDを位置づけ、今後の治療法、技術習得法の向上に貢献すると考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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