学位論文要旨



No 127041
著者(漢字) 代田,翠
著者(英字)
著者(カナ) シロタ,ミドリ
標題(和) 遺伝子改変動物を用いた脂肪蓄積関連遺伝子(SLC22A18)の機能解析
標題(洋)
報告番号 127041
報告番号 甲27041
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3651号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 特任准教授 眞鍋,一郎
 東京大学 特任准教授 矢作,直也
 東京大学 講師 土肥,眞
内容要旨 要旨を表示する

【序文】近年、内臓脂肪蓄積を基盤として心血管リスクが重積する病態がメタボリックシンドロームとして問題となっている。メタボリックシンドロームの遺伝因子を探る目的で様々な研究が行われているが、その多くは疫学的研究であり、遺伝学的研究に関してはインスリン抵抗性に関する遺伝子の研究が主であった。アディポサイトカインの概念が確立した現在、内臓脂肪蓄積の面から遺伝子にアプローチする研究の重要が増している。

当研究室では高血圧自然発症ラット(SHR)の系統間にみられる内臓脂肪量やインスリン分泌能、腎重量の差異の原因となる遺伝子を明らかにする目的で、SHR/IzmとSHR/NCrjとの交配に由来する F2群における連鎖解析を行い、脂肪重量に連鎖する遺伝子座位(QTL)を1番染色体長腕に同定した。QTL領域内遺伝子のマイクロアレイ解析を含む網羅的スクリーニングの結果、領域内のsolute carrier family 22 member 18(SLC22A18)に関して、内臓脂肪量の少ないSHR/NCrjにはみられるが、内臓脂肪量の多いSHR/Izmにはみられないsplicing点突然変異を同定した。

SLC22A18遺伝子はヒトでは11番染色体の短腕(11p15.5)に存在し、424アミノ酸残基からなる約40kDの10回膜貫通型の蛋白、SLCファミリーに属するトランスポーターをコードする遺伝子である。SLCファミリーは、内因性物質、外因性物質の輸送を通じて、栄養供給や代謝物の排出、外来異物や代謝物の排泄に寄与している。SLC22A18のmRNAは肝臓、腎臓に高発現し、心臓、小腸、胎盤、膵臓、前立腺、脂肪組織などでも発現がみられる。その生理的機能はまだほとんど解明されていない。

変異のあるSHR(SHR/NCrj)では、体重に比して局所の脂肪重量(とくに内臓脂肪重量)に大きな変化が見られ、SLC22A18遺伝子が脂肪細胞で発現していることとあわせて、SLC22A18が脂肪細胞の分化・増殖や機能の調節に直接的に関わる可能性が考えられる。一方、トランスポーターとしての機能は合成化合物などの外因性基質によって調節可能であり、SLC22A18は内臓脂肪蓄積やメタボリックシンドロームの新規の治療標的となりうるかも知れない。

以上のような背景のもと、私は脂肪蓄積にかかわるメカニズムの解明という観点から、SLC22A18の生理機能に注目し、本研究ではSLC22A18を過剰発現するトランスジェニックマウスと欠損するノックアウトマウスの表現型を解析し、またメタボローム解析を通じてSLC22A18の内因性基質候補物質の探索を行った。

【方法と結果】まず、全身発現型のCAG-トランスジェニックマウス、脂肪細胞特異的発現型のaP2トランスジェニックマウスの体重を経時的に測定し、C57BL/6Jの標準的な成長曲線と比較した結果、両トランスジェニックマウスには著明な肥満を認めた。トランスジェニックマウスでは週齢が進むにつれて肥満が高度になることが明らかになった。

次に、3T3-L1細胞を用いた実験を行った。まず、SLC22A18遺伝子mRNAは脂肪細胞においても豊富に発現していることから、線維芽細胞様の3T3-L1細胞が分化誘導に伴い成熟脂肪細胞へ分化する際の遺伝子発現をreal time PCRにより検討した。その結果、3T3-L1細胞の成熟脂肪細胞への分化に伴い、SLC22A18のmRNA発現量が著明に増加することが確認された。そこで、次に、SLC22A18遺伝子発現が3T3-L1細胞の成熟脂肪細胞への分化や脂肪蓄積に与える影響を評価する目的で、アデノウイルスベクターによりマウスSLC22A18遺伝子のshRNAを過剰発現するノックダウン実験を行った。3T3-L1細胞におけるSLC22A18 mRNAの発現をほぼ完全にノックダウンした結果、3T3-L1細胞の成熟脂肪細胞への分化と脂肪蓄積が著明に抑制されることを見い出した。

一方、SLC22A18ノックアウトホモマウス(KOマウス)は正常に出産・発育し、外見上の大きな異常を示さない。また、通常食下においても、野生型マウス(WTマウス)に比べてやや体重が軽い傾向がみられるが、有意差は認められなかった。そこで、「24時間絶食後」、あるいは、「24時間絶食後に12時間再摂食を行った」条件下において比較したところ、再摂食条件下においては、KOマウスはWTマウスに比べて体重が有意に軽く、また、肝重量も有意に軽いことが確認された。また、摂餌量を比べたところ、普通食でも高ショ糖高脂肪食でも、KOマウスの方がWTマウスに比べて摂餌量が多い傾向が認められた。「24時間絶食群」と、「24時間絶食後に12時間再摂食を行った再摂食群」のマウスを屠殺して遺伝子発現の検討を行った結果、野生型マウスでは再摂食により、肝臓におけるSLC22A18遺伝子mRNAの発現が有意に増加していた。

KOマウスはWTマウスに比べて通常食下においても蛋白尿が多い傾向が認められるが、高ショ糖高脂肪食負荷下において、有意に多い蛋白尿を認めた。一方、腎組織所見に関しては、両群間に際立った差異は認められなかった。

次に、本研究では基質未同定のトランスポーターであるSLC22A18の生理的機能の解明を目指し、KOマウスとWTマウスで、血液、尿、肝臓のサンプルを用いてキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS)によるメタボローム解析を行った。マウスは10週齢オス、KOマウスとWTマウスの各群n=3を用いた。

尿に関して、KOマウスとWTマウスの間でのCE-TOFMSによる候補物質の相対面積値比(KO/WT比)の上位にはTetrahydrobiopterin KO/WT =1.7 (p=0.50)、Cysteine KO/WT=1.7 (p=0.29)が位置し、逆に下位には5-Methylcytosine KO/WT=0.4 (p=0.11)、Cytosine KO/WT=0.4 (p=0.06)が位置した。

同様に、マウス肝臓6検体についてCE-TOFMSによるメタボローム解析を行った結果、肝臓に関してKO/WT比が2.0以上となったのは、Taurocholic acid KO/WT=3.0 (p=0.17)、Butyric acid KO/WT=2.2 (p=0.41)、Glycocholic acid KO/WT=2.1 (p=0.22)の3物質であり、KO/WT比が0.5以下となったのはGlycerophosphocholine KO/WT=0.5 (p=0.096)、Opthalmic acid KO/WT=0.5 (p=0.024)、Stachydrine KO/WT=0.4 (p=0.15)の3物質であった。

同様に、マウス血清6検体についてCE-TOFMSによるメタボローム解析を行った結果、血清でKO/WT比が2.0以上となった物質はS-Sulfocysteine KO/WT=3.9 (p=0.10)のみで、1.5以上となった物質もTaurocholic acid KO/WT=1.6 (p=0.31)のみであった。逆に、血清でKO/WT比が0.5以下となったのは、2,6-Diaminopimelic acid KO/WT=0.5 (p=0.03)、Urocanic acid KO/WT=0.5 (p=0.24)、Ribulose 5-phosphate KO/WT=0.5 (p=0.07)、Ribose 5-phosphate KO/WT=0.4 (p=0.12)、Sedoheptulose 7-phosphate KO/WT=0.4 (p=0.26)、Serotonin KO/WT=0.4 (p=0.25)の6物質であった。

以上の結果をまとめて考えると、血清でTaurocholic acid KO/WT=1.6、肝臓でTaurocholic acid KO/WT=3.0、Glycocholic acid KO/WT=2.1と、胆汁酸がいずれもKOマウスでWTマウスに比して高値を示す結果が得られた。また、尿でCysteine KO/WT=1.7、血清でS-Sulfocysteine KO/WT=3.9とやはりKOマウスでWTマウスに比して高値であり、胆汁酸と抱合するTaurineの材料となるCysteine関連の物質に関しても両群間で差がある傾向が認められた。

【考察】トランスジェニックマウスでは週齢が進むにつれて肥満が高度になることが明らかになったが、その原因の一つとしてSLC22A18遺伝子の脂肪細胞の分化、増殖面での関わりも想定された。また、絶食と再摂食実験を行い、絶食時と再摂食時では肝臓におけるSLC22A18 mRNAの発現量が有意に異なり、SLC22A18 mRNA発現が摂食による影響を受けることが判明した。一方でSLC22A18 mRNA発現を欠くKOマウスでは再摂食時における体重、肝重量の増加がWTマウスに比べて少なかったが、KOマウスではWTマウスにみられる再摂食時のSLC22A18 mRNAの発現誘導がおこらないことが体重および肝重量の増加に抵抗性を示す一因となっている可能性が考えられた。

摂餌量は一貫してKOマウスの方がWTマウスに比べて多いにもかかわらず、通常食下では体重に有意差を認めず、再摂食条件下においてはむしろKOマウスの方が有意に体重が軽く、また、肝重量も軽いことから、KOマウスは肥満や脂肪肝をきたしにくい可能性が考えられた。通常食下で体重に差を認めない背景には、KOマウスでは摂餌量の増加により低体重という表現型がマスクされている可能性が考えられた。今後は、SLC22A18ノックアウトマウスにみられる肥満抵抗性のメカニズムを探ることで、肥満や内臓脂肪蓄積に対する新たな治療法の開発につながる可能性が考えられる。

ところで、SLC22ファミリーは一般に荷電をもったイオンを基質とすることから、イオン性物質の解析に適したCE-MS法によるメタボローム解析が望ましいものと考えられた。血液、尿、肝臓のメタボローム解析を行ったところ、胆汁酸関連物質がKOマウスとWTマウスの肝臓で差がもっとも大きく、基質の候補として注目された。

近年、胆汁酸は、MAPK pathway、TGR5/M-barなどGPCR(G protein-coupled receptor)を介する経路、胆汁酸をリガンドとする核内受容体FXRを介する経路等でシグナルにも関与していることが報告されており、この経路にSLC22A18が関与する可能性がある。また、高脂肪食投与により肥満、糖尿病を誘発したC57BL/6Jマウスや、KK-Ayマウスに胆汁酸を投与した結果、脂肪蓄積低下による体重増加抑制、糖尿病改善を認めたことが報告されている。一方で、マウスBAT培養細胞、ヒト骨格筋初代培養細胞では、飽食時の生理的血中濃度に相当する胆汁酸が細胞内cAMPを増加させ、D2遺伝子発現、D2活性を亢進させていることも知られている。以上より、胆汁酸は生体に過剰にエネルギーが存在するときのみD2を介してエネルギー代謝亢進作用があるものと考えられる。

今回のメタボローム解析では基質候補物質の一つとして胆汁酸があげられた。胆汁酸に関しては、上記のように高脂肪食モデルで脂肪蓄積を低下させるメカニズムがあり、また中性脂肪値低下との関連ももつことから、脂肪蓄積関連遺伝子として同定されたSLC22A18の基質候補としてふさわしいものと考えられた。これまでにSLC22A18と胆汁酸との直接の関係を示唆する報告はなされていないが、胆汁酸と共に胆汁の構成要素をなすビリルビンとの関連を示したいくつかの報告があり、SLC22A18には胆汁酸とビリルビンの輸送・代謝にかかわる機能が想定される。

本研究においてSLC22A18の生理機能の一端と内因性基質の候補の一つは明らかになったが、まだまだ不明な点は多い。今後は、遺伝子改変マウスの表現型の解析をさらにすすめ、背景にあると思われる脂肪細胞分化、増殖面での変化を含めて評価していきたい。また、基質の候補となった胆汁酸に関しても、in vivo、in vitroでの評価を行い、SLC22A18のトランスポーターとしての役割を明らかにしていきたい。脂肪蓄積に関してSLC22A18が果たす役割を果たしているか探ることで、メタボリックシンドロームの治療標的となりうる新たなメカニズムの解明に役立てたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、本研究は内臓脂肪蓄積関連遺伝子として同定したSLC22A18の生理機能の解明と内因性基質の同定を目的として、SLC22A18の遺伝子改変動物を作製し、その表現型を解析、また、メタボローム解析を通じてSLC22A18の内因性基質の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.全身発現型のCAG-トランスジェニックマウス、脂肪細胞特異的発現型のaP2トランスジェニックマウスで、特にCAG-トランスジェニックマウスでより顕著にadult-onsetで週齢が進むにつれて高度になる肥満を認めることが明らかになった。

2. 3T3-L1細胞の成熟脂肪細胞への分化に伴い、SLC22A18のmRNA発現量が著明に増加すること、3T3-L1細胞におけるSLC22A18 mRNAの発現をほぼ完全にノックダウンすると、3T3-L1細胞の成熟脂肪細胞への分化と脂肪蓄積が著明に抑制されることを見い出した。このことから、SLC22A18が脂肪細胞の分化と脂肪蓄積に関与することが明らかになった。

3. SLC22A18ノックアウトホモマウスでは、WTマウスに比べて摂餌量が多く、体重に有意差がないことから、肥満抵抗性があることを見出した。また、野生型マウスでは再摂食により、肝臓におけるSLC22A18遺伝子mRNAの発現が有意に増加することがわかった。

4. 10週齢オス、KOマウスとWTマウスの各群n=3を用い、血液、尿、肝臓のサンプルを用いてキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS)によるメタボローム解析を行った。マウスは血清でTaurocholic acid KO/WT=1.6、肝臓でTaurocholic acid KO/WT=3.0、Glycocholic acid KO/WT=2.1と、胆汁酸がいずれもKOマウスでWTマウスに比して高値を示す結果が得られた。また、尿でCysteine KO/WT=1.7、血清でS-Sulfocysteine KO/WT=3.9とやはりKOマウスでWTマウスに比して高値であり、胆汁酸と抱合するTaurineの材料となるCysteine関連の物質に関しても両群間で差がある傾向が認められた。このことから内因性基質候補物質の一つとして胆汁酸が挙げられた。

以上、本論文は内臓脂肪蓄積関連遺伝子として同定したSLC22A18の遺伝子改変動物の解析から、SLC22A18の過剰発現が肥満につながること、胆汁酸との関連があることを明らかにした。

本研究はこれまで知られていない肥満に関連する新しい遺伝子の機能解明につながり、メタボリックシンドロームの新規治療標的となりうる新たな機構の解明につながると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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