学位論文要旨



No 127042
著者(漢字) 三松,貴子
著者(英字)
著者(カナ) ミツマツ,タカコ
標題(和) 糖転移ヘスペリジンの抗肥満・抗糖尿病作用のメカニズムの検討
標題(洋)
報告番号 127042
報告番号 甲27042
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3652号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 四柳,宏
 東京大学 准教授 吉内,一浩
 東京大学 教授 笠井,澄登
内容要旨 要旨を表示する

<背景>

エネルギー収支バランスの崩れによる肥満及び内臓脂肪蓄積を基盤として発症する2型糖尿病は、増加の一途をたどっており大きな社会問題となっている。肥満した状態では、代謝に重要な各組織におけるアディポネクチン/アディポネクチン受容体(AdipoR)の作用低下、及び炎症性サイトカインの産生増加が認められる。

このエネルギー収支バランスの崩れは、社会全般のオートメーション化、自動車普及などによる身体活動量の低下(運動不足)と食生活の欧米化(動物性高脂肪・高タンパク食)に加え、それに伴った野菜摂取不足が関与している可能性も考えられている。当研究室では、野菜や果実に含まれるオスモチンがAdipoRを介して代謝の改善に有用な作用をもつAMPキナーゼを活性化しうることを報告してきた。

近年、野菜や果物などの植物性食品に含まれるフラボノイドの一種であるヘスペリジンが注目されてきている。ヘスペリジンは1936年にビタミンPとして発見された機能性食品であり、抗糖尿病作用、抗アレルギー作用、血清脂質低下作用、降圧作用、抗がん作用、骨粗鬆症改善作用などの効用が報告されている。しかし、溶解度の低さからその用途は限られており、メカニズムに関しても未だ不明な点が多い。このヘスペリジンにグルコースを付加し吸収性を改善した糖転移ヘスペリジンを用いて抗糖尿病作用・抗肥満作用メカニズムの検討を行った。

<方法>

使用した化合物は糖転移ヘスペリジン(MONOGLUCOSYL HESPERIDIN、以下G-Hes)。動物は6週齢、雄のC57BL/6Jマウスを用いた。G-Hesを高脂肪食に混ぜ摂取させることで、その作用機序の解析を行った。

<結果>

まず、高脂肪食群と高脂肪食にG-Hesを混餌した群(以下G-Hes群)にて検討をおこなった。G-Hes群において、高脂肪食群と比べ有意に体重増加が抑制された。糞中カロリー/摂取カロリー、糞中脂肪量/摂取脂肪量は高脂肪食群とG-Hes群では有意な差が無かった。空腹時血糖値は、G-Hes群において有意に低下した。経口糖負荷試験では食後血糖値の改善が認められた。糖負荷時のインスリン値、及びインスリン感受性試験での血糖値は有意に低下しており、インスリン抵抗性が改善していることが示唆された。剖検時、G-Hes群では白色脂肪組織が有意に減少しており、遺伝子発現の解析ではアディポネクチンmRNAの発現量が有意に上昇、Monocyte Chemotactic Protein-1(MCP-1)mRNAの発現量が有意に低下していた。

しかしながら、G-Hes群において、高脂肪食群と比べ摂餌量が低下した。その影響を除外するため、次に高脂肪食群とG-Hes群の摂餌量を同量にし(Pair-fed、以下Pair-fed群)、試験を行った。

G-Hes群は、Pair-fed群と比較しても体重が有意に抑制された。G-Hes群の空腹時血糖値及びインスリン値はPair-fed群と比べ有意に低下した。経口糖負荷試験ではG-Hes群はPair-fed群と比較し、食後のインスリン値の上昇が抑制されており、またインスリン感受性試験において血糖値が有意に低下していることから、インスリン抵抗性が改善していることが示唆された。G-Hes群の白色脂肪組織は減少しており、MCP-1mRNAの発現量及び、F4/80の発現量は低下していた。G-Hes群の肝臓の重量は高脂肪食群に比べ減少しており、その中性脂質含量は著明に低下していた。G-Hes群の糖新生に関与するphosphoenolpyruvate carboxykinase (PEPCK)及びglucose 6 phosphatase(G6Pase)のmRNAの発現量は有意に減少していた。そのため、G-Hes群の空腹時血糖値の改善は、一部、糖新生の抑制が関与していることが示唆された。また、脂肪酸合成に関わるstearoyl-CoA desaturase (SREBP)-1、fatty acid synthase (FAS)ならびにstearoyl-CoA desaturase (SCD)-1のmRNAの発現量はいずれもG-Hes群で有意に低下していた。アディポネクチンの受容体であるAdipoR1の発現量を検討したところ、AdipoR1の発現量は増加していた。

<考察>

今回の解析結果より、糖転移ヘスペリジンが個体レベルにおいて、耐糖能障害、インスリン抵抗性改善作用を有することが明らかになった。

その作用メカニズムの一つとしては、糖転移ヘスペリジンを投与したマウスの肝臓においてAdipoR1の発現量が増加していたことより、肝臓におけるアディポネクチン/AdipoR1シグナルが増強した可能性が示唆される。

当研究室ではこれまでに、アディポネクチン遺伝子多型や環境因子の相互作用により、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチン量が低下すると、インスリン抵抗性、メタボリックシンドローム、2型糖尿病、動脈硬化が発症増悪することを明らかにしてきた。更に、アディポネクチンの受容体として、AdopoR1とAdipoR2を同定し、遺伝子改変動物等の解析結果より、アディポネクチンは肝臓においてAdipoR1を介し、AMPキナーゼを活性化し、糖新生関連遺伝子の発現を抑制し、個体レベルでの肝臓を中心とした糖新生を抑制することを明らかにした。興味深いことに、糖転移ヘスペリジンを投与した高脂肪食マウスにおいては、AdipoR1の発現量は上昇し、糖新生に関与するPEPCKやG6Paseの発現量は低下し、実際に空腹時の血糖値は有意に低下していた。このことより、糖転移ヘスペリジンの空腹時血糖値の改善メカニズムの一部には、アディポネクチン/AdipoR1シグナルが関与している可能性が示唆された。

また当研究室では、肝臓におけるアディポネクチン/AdipoR1シグナルは、AMPキナーゼを活性化し脂肪酸合成の抑制や脂肪酸燃焼を促進することにより肝臓における中性脂質含量を低下させ、インスリン抵抗性を改善することを明らかにした。糖転移ヘスペリジンを投与したマウスにおいては、脂肪酸合成に関与するSREBP-1の発現は低下し、更にその下流で制御されるFASやSCD-1の発現は低下し、最終的に肝臓における中性脂質含量は低下していた。肝臓における中性脂質はI kappaB kinase beta (IκKβ)、c-Jun N-terminal kinase(JNK)を活性化し、肝臓におけるインスリン抵抗性の原因の一つとして報告されているが、今後、糖転移ヘスペリジンを投与したマウスの肝臓におけるIκKβ、JNKのリン酸化及びインスリンシグナルの検証が必要と考えられた。

今回の試験において、糖転移ヘスペリジンを投与したマウスは、自由摂取群及び、Pair-fed群のどちらの比較においても、有意に白色脂肪組織におけるMCP-1mRNAは低下しており、糖転移ヘスペリジンのインスリン抵抗性改善作用の少なくとも一部は抗炎症作用を介する可能性が示唆された。

抗肥満効果の作用メカニズムに関しては、吸収効率に差の無かったことから脂質の燃焼亢進作用の可能性が考えられた。そのメカニズムに関しては、今後、脂肪や骨格筋、褐色脂肪組織の遺伝子レベルの解析を行い、その作用メカニズムを明らかにしていく。

フラボノイドは、ポリフェノール類に属するが、ポリフェノールのひとつであるResveratrolがAMPキナーゼも活性化するという事が近年報告されている。同じフラボノイドであり、グレープフルーツに含まれるナリンゲニンもAMPキナーゼの活性化や抗糖尿病作用が報告されている。従って、糖転移ヘスペリジンが肝臓におけるアディポネクチン/AdipoR1シグナル非依存的にAMPキナーゼを活性化している可能性も示唆され、今後、AdipoR1欠損マウスを用いて、糖転移ヘスペリジンのアディポネクチン/AdipoR1シグナル非依存的な作用についても検討することが重要であると考えられた。

国内にとどまらず、世界的にも、野菜や果物を摂取することをすすめている指針やガイドラインが出されている。我々の研究室では、野菜や果実に含まれるオスモチンがAdipoRを介して代謝の改善に有用な作用をもつAMPキナーゼを活性化しうる事を報告したが、今回、野菜や果物などの植物性食品に含まれるフラボノイドの一種である糖転移ヘスペリジンが、少なくとも肝臓におけるアディポネクチン/AdipoR1シグナルを介して、耐糖能障害、インスリン抵抗性改善作用を有することを明らかにした。これまで、経口血糖降下剤であるPPARγ活性化剤(ピオグリタゾン)が高分子量アディポネクチンを、経口脂質降下剤であるPPARα活性化剤(フィブラート系薬剤)がAdipoRを増加させることが明らかとなっているが、このように食品に含まれる物質がAdipoR1の発現を増加させ、抗糖尿病作用を有することが明らかになったことは非常に興味深い結果と考える。

アディポネクチン/AdipoR1シグナルを増強させることによって代謝能の質を変化させることは、個体の代謝環境を是正するうえでも非常に貢献をもたらすことができる。今後、アディポネクチンやAdipoRの増加薬はメタボリックシンドローム・2型糖尿病・動脈硬化の根本的な治療法開発の道を切り開く可能性があり、そのことからも、糖転移ヘスペリジンの更なる作用メカニズムの解明が重要と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、社会問題となりつつある2型糖尿病の増加に対し、抗糖尿病の効果を持つ物質して注目されてきたヘスペリジンのメカニズムを明らかにするため、溶解度の向上した糖転移ヘスペリジンを、肥満モデルマウスである高脂肪食を負荷したBL/6Jマウスに用いて検討し、下記の結果を得ている。

1.糖転移ヘスペリジンがマウスの個体レベルにおいて、耐糖能障害、インスリン抵抗性改善作用を有することが明らかになった。その作用メカニズムの一つとしては、糖転移ヘスペリジンを投与したマウスの肝臓においてAdipoR1の発現量が増加していたことより、肝臓におけるアディポネクチン/AdipoR1シグナルが増強した可能性が示唆された。

2.糖転移ヘスペリジンを投与したマウスにおいては、脂肪酸合成に関与するSREBP-1の発現は低下し、更にその下流で制御されるFASやSCD-1の発現は低下し、最終的に肝臓における中性脂質含量は低下していることが示された。

3.今回の試験において、糖転移ヘスペリジンを投与したマウスは、自由摂取群及び、Pair-fed群のどちらの比較においても、有意に白色脂肪組織におけるMCP-1mRNAは低下していたことから、糖転移ヘスペリジンが白色脂肪組織において、抗炎症作用を持つ可能性が示唆された。糖転移ヘスペリジンのインスリン抵抗性改善作用の少なくとも一部は抗炎症作用を介する可能性が示唆された。

4.抗肥満効果の作用メカニズムに関しては、Pair-fedを行い、摂餌量を揃えたにもかかわらず、糖転移ヘスペリジン群に体重低下が認められた。糞中の脂質量、カロリー量にも有意な差を認められなかったことから、脂質の燃焼亢進作用の可能性が考えられた。そのメカニズムに関しては、今後、脂肪や骨格筋、褐色脂肪組織の遺伝子レベルの解析を行い、その作用メカニズムを明らかにしていく。

以上、本論文は野菜や果物などの植物性食品に含まれるフラボノイドの一種である糖転移ヘスペリジンが、少なくとも肝臓におけるアディポネクチン/AdipoR1シグナルを介して、耐糖能障害、インスリン抵抗性改善作用を有することを初めて明らかにした。メタボリックシンドロームや2型糖尿病などの病態においては、肝臓においてAdipoR1の発現量が低下していることから、今回の試験により糖転移ヘスペリジンはこれら病態を根本的に治療する効果を有する可能性が示唆された。このことは、増加の一途をたどる2型糖尿病の治療に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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