学位論文要旨



No 127044
著者(漢字) 伊藤,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ユキコ
標題(和) 切除不能悪性胆道閉塞に対する胆道ドレナージ : 緩和医療の観点からみた有用性と適応
標題(洋)
報告番号 127044
報告番号 甲27044
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3654号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 准教授 吉内,一浩
 東京大学 准教授 赤羽,正章
内容要旨 要旨を表示する

【目的】悪性胆道閉塞は膵・胆道癌では高率に発症するが、他臓器悪性腫瘍からの直接胆管浸潤、リンパ節転移、肝転移からの胆管浸潤などでも起きる。胆道閉塞では黄疸それ自体も食欲不振・倦怠感・掻痒感等の原因となり患者のQuality of life (QOL)を低下させるが、胆管炎・胆嚢炎・肝膿瘍等の胆道感染を伴うことが多く、敗血症・播種性血管内凝固症候群(DIC)に移行すると致死的な場合も少なくない。また、腸管循環が失われるために脂肪吸収障害がおこることや、黄疸の遷延により腎不全になることなども人体にとって望ましくないことである。膵・胆道癌の治療においては、胆道ドレナージは重要な位置を占めており、根治は望めないがQOLを高め、抗腫瘍療法の施行を可能にする集学的治療の一環を担っている。

膵・胆道癌、他臓器癌いずれの場合も、胆道閉塞は切除不能な進行した状態で発症することが多く、全身状態も不良であることが多い。そのため、理想的な胆道ドレナージとは、(1)低侵襲な手技 (2)早期および長期偶発症が低頻度 (3)短期間の入院で施行可能、の3つの条件が求められる。従来はバイパス手術が主に行われていたが、手術に変わる方法として、1980年代終わりから経皮的ドレナージや内視鏡的ドレナージが施行されるようになった。各種デバイスの改良や手技の発展による治療成績の向上により、現在では内視鏡治療が第1選択となっている。ステント留置術は、術前胆道ドレナージでは一時的であるが、非切除例では死亡時まで必要であり、長期の開存が重要である。そのため、使用するステントはPlastic stent (PS)からMetallic stent (MS)へ、さらにUncovered MSからCovered MSへと発展した。これらの非切除症例に対する胆道ドレナージの報告は多数存在しているが、ほとんどが手技の成功率、開存期間、生存期間に焦点を当てており、緩和医療の観点から患者のQOLに焦点を当て、QOL非改善例や減黄不良例について詳細な検討をした報告はほとんどない。胆道ドレナージによって減黄、QOL改善が得られない症例は胆道ドレナージの非適応症例であるが、具体的にどのような症例で減黄、QOL改善が期待できないかを示した報告はない。そこで本研究では"胆道ドレナージの適応"を示すべく、胆道ドレナージによる減黄及びQOL改善に関わる因子を解析し、胆道ドレナージの適応を示すことを第1の目的とした。

一方、Prat等は1990年代後半に、使用するステントの種類をCost面から検討し、予後3ヶ月以内症例にはPSを、それ以上の予後が見込める症例にはMSを推奨すると報告した。しかしその後の報告も含めて、どのような症例で3ヶ月以上の予後が見込まれるか、という検討はなされていないにも拘わらず、MSの適応基準として3か月以上の予後が見込まれる症例と記載されている論文が散見される。本研究では、予後3ヶ月と判断する基準を、我々の症例検討から導き出し、今後のStent選択の指標になるよう明らかにすることを第2の目的とした。

【対象と方法】2005年1月から2009年12月までの間に東京大学医学部付属病院および日本赤十字社医療センターで、非切除悪性胆道狭窄に対し胆道ドレナージを施行した335例。胆道閉塞の原因は膵胆道癌287例、他臓器癌48例。膵胆道癌では膵癌163、肝内胆管癌28、肝外胆管癌46(中下部胆管癌18、肝門部胆管癌28)、胆嚢癌46、乳頭部癌4。他臓器癌としては胃癌18、大腸癌15、肝細胞癌5、食道癌3、乳癌6、子宮癌1。年齢は30~96歳で平均69.4歳、男性196、女性139。

初回のドレナージ術については内視鏡的アプローチを第1選択としたが、術後例や癌浸潤による十二指腸狭窄でアプローチ困難な症例は経皮ドレナージとした。全例内瘻化を目指し、Stentの長期開存が期待できるMetallic stentを可能な限り留置した。最終的にはEMS 292 (CMS 184, UMS 108)、PS 21、PTBD(外瘻) 22例であった。

QOLの評価はEdmonton Symptom Assessment System(ESAS)を用いた。本研究はRetrospective studyであり、カルテを詳細に参照し10項目の評価項目1つ1つについて点数化し評価した。

【結果】胆道ドレナージによりQOL改善は335例中276例(82.4%)、黄疸改善は301例(89.9%)で得られた。検討したQOLの項目の中では掻痒感・疼痛・食欲不振・吐気・倦怠感・不安が有意に改善していた。またその安全性については、重篤な偶発症や死亡は1例も認めず、全身状態が不良な症例についても安全な治療と考える。

QOL改善予測因子を単変量、多変量解析にて検討したところ、Performance states (PS)≧3、多発肝転移、胸腹水が有意な非改善因子であった。

一方、減黄についても同様の検討を行ったところ、非改善因子はPS ≧3、多発肝転移、T.Bil値 ≧10mg/dlおよび肝門部閉塞症例であった。肝硬変等肝臓の基礎疾患を有することは減黄不良の因子にはなっていなかった。

平均生存期間は249日(1-1397日)であり、平均在宅期間は180日、平均在宅率は55.0%であった。ドレナージ後にQOL改善、減黄により199例(59.4%)で抗腫瘍療法が施行可能であった。背景の異なる集団ではあるが、抗腫瘍療法施行群と未施行群の生存期間の比較では、有意に施行群が長かった。また生存期間が3ヶ月未満の症例は335例中99例(29.5%)であったが、それに関連する要因の検討ではPS ≧3 (P < .0001)、多発肝転移 (P=.0001)、胸腹水貯留 (P < .0001)の3因子が有意であり、QOL非改善と同様であった。この3因子と平均生存期間、QOL改善率、黄疸改善率の関係を検討したところ、因子数0(203例:332日、94%、99%)、1(71例:168日、79%、90%)、2(35例:63日、54%、80%)、3(26例:33日、46%、39%)であった。Kaplan-Meier法による生存分析では、因子数により有意差を認めた。

【考察】内視鏡や経皮的ドレナージが始まった当初は、手技に伴う死亡率が10-14%、合併症も30%近い高率で認めていたが、今回の検討では手技に伴う重篤な合併症や死亡は1例も認めず、安全性については満足のいく結果であった。これはデバイスの開発とドレナージ技術の向上によるものと考える。

膵胆道系悪性腫瘍の緩和医療については、その病態から、他の悪性腫瘍とは異なることが強調されている。すなわち胆道閉塞が原因で惹起される倦怠感・食欲不振・気分不快等が高率に出現し患者のQOLを低下させる。よって胆道ドレナージにより改善が期待できる病態であり本研究においてQOLは82.4%、黄疸は89.9%の症例で改善が得られ、全身状態の改善に寄与したと考えられる。一方、QOL改善や減黄が期待できない症例も存在する。

本研究では、(1)PS ≧3、(2)多発肝転移、(3)胸腹水貯留の3因子は、QOL改善不良のみならず生命予後にも関係しており、胸腹水以外の2因子も減黄不良に関連があった。これらの因子の存在は、病期が高度に進行した状態と言い換えることができる。(1)PS ≧3についてはPS不良の原因が、黄疸やそれに伴う症状のみに起因するものではなく、腫瘍の進行に伴う全身状態不良にも起因しているため、QOLが改善しないと考える。また黄疸の原因が胆道閉塞のみではなく、広範な腫瘍進展により門脈塞栓(腫瘍栓・血栓)や門脈圧排で血流障害を引き起こし肝機能低下も加わり、減黄を妨げていると推測される。(2)多発肝転移については、病状の進行した症例で、なおかつ正常肝組織が減少した状態と考えられる。転移腫瘍による末梢胆管閉塞も影響を与えていると考えている。(3)胸腹水貯留の原因としては2つ考えられる。1つは癌性胸腹膜炎、もう1つは低Alb血症や電解質バランスの崩壊、門脈血流の障害である。いずれの病態でも腫瘍が広範に広がり、全身状態が低下している状況である。胆道ドレナージでは胸腹水が改善することもなく、よってQOL改善は期待できず、また生命予後は厳しくなる。本研究でQOL評価toolとしてESASを用いたが、ESASは1991年Brueraらが開発した進行癌患者のQOLを評価するToolで、カナダから始まり世界的に広く使われている。その妥当性については多数の論文で評価され、医師・看護師による代理評価の妥当性についても評価されているため、Retrospective解析でも使用可能と判断し使用した。

既報では高度黄疸例(T.Bil >13mg/dl)では減黄、QOLともに改善不良であったと報告されており、今回の我々の検討でも T.Bil ≧10mg/dlは減黄不良因子であった。高度黄疸症例は正常に復するまでに時間がかかるのは当然であるが、黄疸発症からドレナージまでの時間が長いケースが多く、細胆管レベルまで胆汁鬱滞性に肝機能が障害された可能性がある。また肝門部閉塞も減黄不良因子であったが、特に高度分断症例では、肝内に非ドレナージ領域が残存することが要因と推察される。今回の検討でもBismuthI~IIIの減黄率89-96%に対しBismuthIVでは74%と不良であり、複数本のステント留置を要した症例が61%と多かった。最近の報告でも肝臓のドレナージ領域が正常肝の50%以下の場合は減黄不良とされている。

【結語】切除不能悪性胆道閉塞に対する胆道ドレナージは安全でQOL改善・減黄に有効である。しかしPS ≧3、多発肝転移、胸腹水貯留例では、効果が期待できない可能性が示唆された。これら3因子は予後3ヶ月未満となる因子でもありステント選択の際の指標になると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は切除不能悪性胆道閉塞における胆道ドレナージによるQOL改善効果および、非改善因子を明らかにするため、335症例を検討したものであり、下記の結果を得ている。また胆道ドレナージに使用するステント選択の際の指標となる、生命予後が3ヶ月以上見込めるか否かについて、生命予後規定因子を検討し、下記の結果を得ている。

1.QOL改善は335例中276例(82.4%)で得られた。QOL評価項目のうち、ドレナージ前に頻度多くみられた自覚症状は食欲低下・疼痛・倦怠感であった。ドレナージ後有意に改善を認めた症状は掻痒感(P < .0001)・疼痛(P < .0001)・食欲不振(P < .0001)・吐気(P=.0001)、倦怠感(P=.0003)・不安(P=.0449)の6項目であることが示された。

2.QOLの改善不良要因の解析では、単変量解析でも多変量解析でも、術前のperformance status (PS)≧3(P=.0008)・多発肝転移(P=.0262)・胸腹水貯留(P=.0109)の3項目が有意な要因であることが示された。ドレナージ前の血清ビリルビン(T.Bil)値はQOL改善に影響を与えていないことが示された。

3.減黄が得られたのは335例中301例(89.9%)であった。減黄不良に関与する要因として、単変量解析では、男性・術前のPS≧3・T.Bil値≧10mg/dl・多発肝転移・胸腹水貯留・肝門部閉塞・胆膵疾患の7項目が有意であったが、多変量解析ではPS≧3 (P=.0016)、T.Bil値≧10mg/dl (P=.0161)、多発肝転移 (P < .0001)、肝門部閉塞 (P=.0219) が有意であることが示された。

4.安全性については、早期偶発症は全体で52例 (15.5%)に認めたが、重篤な偶発症、および死亡は1例も認めず安全な治療であることが示された。早期偶発症の内訳は、軽症膵炎4例、胆管炎35例、胆嚢炎9例、逸脱5例、Biloma 1例であった。

5.Kaplan-Meierによる累積生存率は3.6.12か月で71.7%, 51.8%, 30.3%であった。平均生存期間は249日、中央値181日(1-1397日)であり、平均在宅期間は180日、平均在宅率は55.0%であることが示された。ドレナージ後にQOLや黄疸の改善により199例(59.4%)で抗腫瘍療法が施行できた。抗腫瘍療法施行群と無施行群では有意に生存期間に差を認めることが示された。(329.6日 vs 121.0日, P < .0001)

6.生存期間が3ヶ月未満の症例は335例中99例(29.5%)であった。それに関与する要因として単変量解析では、PS ≧3、多発肝転移、胸腹水貯留、男性、肝門部閉塞、胆膵疾患の6因子が有意であったが、多変量解析ではPS ≧3 (P < .0001)、多発肝転移 (P=.0001)、胸腹水貯留 (P < .0001)の3因子が有意であることが示された。

7.この3因子の保有数と平均生存期間、QOL改善率、黄疸改善率の関係を検討したところ、因子数0(203例:332日、94%、99%)、1(71例:168日、79%、90%)、2(35例:63日、54%、80%)、3(26例:33日、46%、39%)であった。Log-rank検定を用いたKaplan-Meier法による4群間の累積生存期間の比較では、因子数ごとに有意差を認めることが示された。

8.上記6.7.の結果から、胆道ドレナージに使用するステント選択の際には、3因子(PS ≧3、多発肝転移、胸腹水貯留)のうち2因子以上を有する症例ではメタリックステントではなくプラスチックステントを考慮する必要があると考えられた。

以上、本論文は切除不能悪性胆道閉塞における胆道ドレナージにおいて、QOL改善効果および減黄効果、その非改善因子を明らかにした。

また、これまで検討されていなかった生命予後3ヶ月未満となる因子を明らかにし、さらにこれらの因子が重複した際の予後を解析したことで、胆道ドレナージの適応ならびに使用するステント選択の際の指標となると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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