No | 127045 | |
著者(漢字) | 稲島,司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イナジマ,ツカサ | |
標題(和) | スルフォラファンの血管保護作用に関する研究 | |
標題(洋) | The beneficial effects of sulforaphane on the vascular functions | |
報告番号 | 127045 | |
報告番号 | 甲27045 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3655号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.背景 心血管疾患の多くは動脈硬化に起因し、日本をはじめとする先進諸国において死亡原因の高い割合を占める。動脈硬化を進展させる因子のひとつとして酸化ストレスが知られることから、動脈硬化・心血管疾患の予防および治療戦略として抗酸化物質に期待が寄せられ、事実、さまざまな抗酸化物質の効能が検討されている。抗酸化物質としては、薬剤だけではなく、既に日常摂取されている野菜や果物に含まれる成分への期待も強い。野菜や果物の摂取による心血管疾患予防効果が報告され各種ガイドラインでも積極的摂取が薦められてはいるものの、どの成分が有効か、どのくらいの量を摂取するのがよいのか、等わかっていない部分も多い。 心血管疾患と並んで、罹患率・死亡率の高い疾患として癌があるが、野菜や果物を積極的に摂取することでそのリスクが低下することが疫学調査で示されてきた。特にブロッコリーなどアブラナ科野菜の摂取と癌発症率は逆相関し、さらに癌病巣の拡大をも抑制するという報告がみられる。ブロッコリー発芽早期のスプラウトから抽出されたスルフォラファン(sulforaphane, 1-isothiocyanato-4-methylsulfinylbutane)は強力な抗酸化作用を有することが知られ、特に基礎実験において様々な組織での癌の退縮が示されている。スルフォラファンはふつう植物細胞内にグルコラファニンという前駆体として存在するが、調理や咀嚼などを契機に、同じく植物細胞内に含まれる酵素ミロシナーゼによる加水分解を受けて活性体へと化学変化する(本文Fig 1)。活性体になり細胞内に取り込まれたスルフォラファンは転写因子Nrf2の核内移行を促進、核内に移行したNrf2はheme oxygenase-1 (HO-1)など抗酸化酵素遺伝子のプロモーター領域に結合し、抗酸化酵素を誘導、その結果、細胞や組織に保護的に働くと考えられている (本文Fig 2)。このようにおもに癌細胞で詳細な検討が加えられてきたスルフォラファンではあるが、心血管系に関する保護作用に関してはデータが乏しい。 2.目的 本研究の目的は、スルフォラファンが血管機能を改善させうるか、血管傷害後の反応性にいかなる影響を与えるか、動脈硬化を抑えることが出来るのかなど、血管組織に対する保護作用についてin vivoで検証することである。さらに培養血管内皮細胞を用いてスルフォラファンの抗酸化作用、抗炎症作用を確認する。 3.方法 1) ApoE遺伝子欠損マウス(動脈硬化モデル)でスルフォラファン経口投与が大動脈壁在プラーク形成を改善するかを検討した。 2) ラット頚動脈のバルーン傷害モデル(ラット総頚動脈内腔を2Frフォガティーバルーンカテーテルで擦過し、2週間後に同部位を採取し新生内膜増生の程度を評価する実験系)でみられる反応性新生内膜形成がスルフォラファン投与により抑制されるかを検討した。 3) Ang II持続負荷高血圧ラットモデルを用いた実験でスルフォラファン投与がAng II負荷で惹起される血管壁ROS産生亢進を改善するか、血管内皮機能障害を回復させるかを検討した。 4) 培養ヒト大動脈血管内皮細胞(HAEC)を用いて、スルフォラファン添加による抗酸化酵素HO-1遺伝子の発現誘導を確認した。さらにTNFα添加によるMCP-1, VCAM1, ICAM1など炎症メディエーター・細胞接着因子の発現誘導がスルフォラファン添加により抑制されるかを、濃度依存性反応を含め検討した。 4.結果 1) ApoE遺伝子欠損マウス(動脈硬化モデル) ApoE-/-マウス(オス)に2ヶ月間高用量のコレステロールとバターを食餌負荷することで、大動脈壁にプラークが形成され、大動脈基部にもプラーク沈着が認められた。この負荷食に0.002%スルフォラファンを追加配合した群では、体重や血中総コレステロールおよび中性脂肪値に有意な変化は認められないものの、大動脈壁、大動脈基部におけるプラーク形成はいずれも有意に減少し(本文Fig 10, 11)、スルフォラファン経口摂取による抗動脈硬化作用が示された。 2) ラット頚動脈バルーン傷害モデル 普通飼育ラットに総頚動脈バルーン傷害を施すと2週間後に新生内膜増生が認められる。バルーン傷害直後からスルフォラファン 5mg/kg/dayを3日に1回(2週間の期間中計5回)腹腔内に投与したところ、新生内膜増生は有意に抑制され、血管内腔は有意に広く保たれた(本文Fig. 14)。 3) Ang II持続負荷高血圧ラットモデル Ang IIを皮下植え込み型浸透圧ポンプにより1週間持続負荷し高血圧(収縮期血圧 約200mmHg)を惹起したラットでは、血管壁全層のROS産生が亢進し、内皮依存性血管拡張反応が低下した。スルフォラファンの腹腔内投与により、血圧は高いままであったが、Ang II持続負荷による血管壁ROS産生亢進、内皮依存性血管拡張障害は有意に回復することが示された (本文Fig 16)(本文Fig 17)。スルフォラファンによる血管内皮機能の改善効果が示され、これは抗酸化作用を介することが示唆された。 以上の動物実験の結果からスルフォラファンがin vivoで有意な血管保護作用を有すると考え、続いて培養ヒト大動脈血管内皮細胞(HAEC)を用いたin vitro実験でスルフォラファンの抗酸化作用、抗炎症作用を確認した。 4) 培養ヒト大動脈血管内皮細胞(HAEC)を用いた実験 培養細胞にスルフォラファンを添加することで抗酸化酵素HO-1が誘導されることが知られているが、ここではHAECにスルフォラファンを添加しHO-1のmRNA発現を時系列的に確認した。10μMのスルフォラファン添加後4時間でHO-1のmRNA発現はピークを迎え、8時間以降は低下傾向をみるものの添加後24時間の時点でも発現亢進は持続していた (Fig. 19)。これをふまえ、以後のin vitro実験はスルフォラファンを4時間前に添加してその効果を評価することとした。 培養血管内皮細胞にTNFαを添加することでVCAM1, ICAM1などの細胞接着因子やMCP-1などケモカインの産生が亢進することが報告されている。今回の実験でもHAECにTNFα添加を行ったところ、VCAM1, ICAM1, MCP-1のmRNA発現レベル亢進が確認された。スルフォラファンを4時間前に前添加することで、TNFα添加によるこれらの分子の発現亢進が有意に抑制された (Fig. 20)。スルフォラファンの血管保護作用にはその抗炎症作用が関与していることが示唆される。このスルフォラファンによる抑制効果は濃度依存性であることも確認された (Fig 21)。 以上まとめると、スルフォラファンは動脈硬化を抑制すること、血管傷害後の再狭窄反応を改善すること、Ang IIによる活性酸素発生を抑え血管機能障害をを改善させることをin vivoモデルで示した。さらに培養血管内皮細胞を用いてスルフォラファンの抗酸化作用、抗炎症作用を確認した。 5.考察 心血管疾患は酸化ストレスや炎症による血管内皮障害および動脈硬化性プラークの形成に起因する。本研究では、これまでおもに癌予防・治療の分野で抗酸化作用や抗炎症作用が明らかになっているスルフォラファンを用いて、その血管保護作用を検証した。その結果、スルフォラファンの経口摂取はマウス動脈硬化モデルのプラーク形成を抑制することが示された。また、スルフォラファン投与がラット頚動脈傷害後の新生内膜増生を抑制すること、Ang II持続負荷による高血圧ラットモデルでもスルフォラファン投与は内皮依存性血管拡張障害を改善することを明らかにできた。Ang IIによって惹起される活性酸素をスルフォラファンが抑制するというデータから、スルフォラファンの血管保護作用はその抗酸化作用を介している可能性が高い。培養ヒト血管内皮細胞ではスルフォラファン添加により抗酸化酵素HO-1発現が誘導され、一方、炎症性接着分子発現もスルフォラファン濃度依存的に抑制されることを示すことができた。このように血管細胞においてもスルフォラファンは抗酸化作用および抗炎症作用を有すると考えられる。スルフォラファンが細胞保護的に作用することはこれまでにも報告されているが、本研究はスルフォラファンが血管内皮機能改善や動脈硬化抑制を有することを明らかにした最初の研究である。また、本研究プロトコールで用いたマウスでのスルフォラファン経口投与量はヒトに換算すると体重60 kgあたり1日約200mgの経口摂取に相当し、臨床応用に決して無理のない量と言える。既に我々が摂取している植物由来の物質であるため安全性も高いことが予想され、実際に海外で行われた健常者を対象としたphase I試験ではプラセボと比較して有害事象の差は認められていない。心血管疾患の予防および治療に対してスルフォラファンが有効であることを示した研究として、本研究は極めて重要と考える。 | |
審査要旨 | 本研究は食物由来の抗酸化物質であるスルフォラファンの血管障害に対する効果を明らかにするため、主に実験動物の血管疾患モデルにおける解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. ApoE遺伝子欠損マウスに2ヶ月間に渡り高用量のコレステロールとバターを食餌負荷することで大動脈壁にプラークが形成されたが、0.002%スルフォラファンを追加配合した群ではプラーク形成は有意に減少された。 2. ラット頚動脈のバルーン傷害モデルでみられる反応性新生内膜形成がスルフォラファン腹腔内投与により有意に抑制され、血管内腔は広く保たれた。 3. アンギオテンシンII持続負荷高血圧ラットモデルでは血管壁全層の活性酸素産生が亢進し内皮依存性血管拡張反応が低下したが、スルフォラファン腹腔内投与によりいずれも有意に改善した。 4. 培養ヒト大動脈内皮細胞(HAECs)にスルフォラファンを添加することで抗酸化酵素heme oxigenase-1 (HO-1)のmRNA発現が亢進することを確認した。添加後4時間でHO-1のmRNA発現はピークに達し、8時間以降は低下傾向をみるものの添加後24時間の時点でも発現亢進は持続していた。 5. HAECにTNFα添加を行ったところ、炎症関連分子VCAM1, ICAM1, MCP-1のmRNA発現レベル亢進が確認された。スルフォラファンを4時間前に前添加することで、TNFα添加によるこれらの分子の発現亢進が有意に抑制された。 以上、本論文は主に動物実験におけるスルフォラファンの血管保護作用を示し、その機序として抗酸化作用に加え抗炎症作用が関わっていることを明らかにした。本研究での経口投与量はヒト換算でも臨床応用可能な量であり、血管疾患に対する新たな予防および治療に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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