学位論文要旨



No 127046
著者(漢字) 大関,敦子
著者(英字)
著者(カナ) オオゼキ,アツコ
標題(和) Mrf-2/ARID5BのPPARγ2活性化における役割
標題(洋) Role of Mrf-2/ARID5B in PPARγ2 activation
報告番号 127046
報告番号 甲27046
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3656号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 小野,稔
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 特任准教授 窪田,直人
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

動脈硬化は、内皮障害・白血球の浸潤・泡沫細胞の形成・平滑筋細胞の遊走など、多くのステップを経て進行すると考えられている。血管平滑筋細胞は分化した状態では収縮蛋白に富んだ収縮型を示すが、動脈硬化病変では脱分化し、蛋白合成の亢進・遊走性を示すようになる。この分化の遷移は形質変換と呼ばれ、動脈硬化のキーポイントの一つである。私たちは、動脈硬化に重要な転写因子を検索するために、平滑筋の分化に関与する転写因子としてARID5B (AT rich interaction domain 5B; 別称 Mrf-2, DESRT)を同定した。

ARID5B 遺伝子は、ARID (AT rich interaction domain)と呼ばれるDNA結合ドメインを共有するARID family転写因子のメンバーである。ARID5Bは核蛋白で、α (2.8kb)、β (3.6kb)という二つのアイソフォームを持ち、βはN端側が700bpほど長い構造となっている。ARIDはα・βの共通部分に含まれるが、他にβ特異的構造に、Acetylated Lysinに結合するといわれる、ブロモ・ドメインを持っている。また、ARID familyのいくつかの転写因子は、Histone demethylase 活性を持つJumonji domainを含んでおり、ARID5Bもヒストン・クロマチンの修飾に関与している可能性があると考えられている。ARID5Bのnull miceは、3系統が報告されており、いずれもwild type より小型である。Whitson らは、ARID5B null miceは、脂肪組織に乏しく、high fat dietで飼育しても脂肪細胞は大きくならず、肥満に抵抗性であると報告している。また、石森らは、動脈硬化感受性の異なる2系統のマウスに、Quantitative Trait Loci 解析と、SNP解析を組み合わせることで、動脈硬化巣進展に関与する遺伝子としてARID5Bを同定したことを報告している。

私たちは、ヒトで、ARID5Bと動脈硬化の関係を明らかにするために冠動脈疾患患者の遺伝子多型を解析した。冠動脈疾患群とコントロール群で、ARID5BのSNPを検討したところ、ひとつのハプロタイプ・ブロックに含まれるSNP群が、虚血性心疾患の発生抑制に関与していることを認めた。コントロール群で各冠動脈疾患の危険因子とARID5BのSNPの関連を調べると、糖尿病の発症と関連している可能性が示された。そこで、あらたに糖尿病群とコントロール群を用意し、ARID5BのSNPを検討したところ、同じハプロタイプ・ブロックに含まれるSNPが糖尿病の発生抑制にも関与していた。さらにコントロール群では、アディポネクチン血中濃度と、このSNP群が関連していた。

このハプロタイプ・ブロックに含まれるExonは Exon3のみで、Exon3にSNPは存在しなかったことから、冠動脈疾患や糖尿病発症抑制に関与しているSNPsはintron SNPsで、ARID5Bの発現を制御している可能性が高いと考えた。アディポネクチンは脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインのひとつで糖尿病や動脈硬化を抑制する働きをもつことが知られている。そこで、本論文では、ARID5Bがアディポネクチン発現制御に寄与しているという仮説をたて、そのメカニズムを解析した。

メカニズムの解析のために、3T3-L1細胞を解析に使用する妥当性を検討した。3T3-L1細胞の脂肪細胞への分化の過程において、ARID5Bα・βアイソフォームとも未分化の段階から発現しており、ARID5Bαのみ分化day4をピークに発現が上昇した。これはアディポネクチンの発現上昇に先立つものであり、ARID5Bαがアディポネクチン発現調節に寄与している可能性があると考えられた。またレトロウイルスを用いて3T3-L1細胞でARID5Bαを過剰発現させたところ、コントロールと比較しアディポネクチンの発現が数倍に上昇した。以上よりARID5Bαがアディポネクチンの発現調節に寄与する可能性があり、3T3-L1細胞の系は解析に良いモデルと考えられた。

アディポネクチンプロモーター転写調節のシスエレメントを解析するために、ルシフェラーゼ活性を指標としたレポーターアッセイを行った。3T3-L1細胞で、ARID5Bα単独では2.0kbのアディポネクチンプロモーター活性は上昇しなかった。しかし、PPARγ2 (peroxisome proliferator-activated receptor γ2)、RXRα (retinoid X receptor α)と共発現し、PPARγ2リガンドのロシグリタゾンを添加した条件で、さらにARID5Bαを添加するとプロモーター活性の上昇を認めた。次に、プロモーターのdeletion assayとmutation assayを行い、PPRE (peroxisome proliferator responsive element)がARID5Bαがアディポネクチンの発現制御をする上で、重要であることが示された。

ARID5Bによるアディポネクチンの発現制御メカニズムを検討するために、ARID5Bと相互作用する蛋白の探索を行った。第一に、抗ARID5B抗体によりCo-IP(coimmunoprecipitation)を行い、相互作用する蛋白を抽出し、mass spectrometryによりその蛋白を同定しようと考えた。そのために、ARID5Bに対する抗体を作成したが、exogenousに発現した蛋白は認識したが、endogenousARID5Bを特異的に認識する抗体は作成できなかった。第二に、ARID5BがPPREを介してアディポネクチンの発現制御を行っていることから、PPREの制御に関する転写因子群との結合をmammalian two-hybrid assayで検討した。PPREでは、PPARγ2/ RXRαがヘテロダイマーを形成し転写調節をしている。通常は、SMRTやN-CoRなどの抑制因子がPPARγ2/ RXRαヘテロダイマーに結合し、転写を抑制しているが、PPARγ2リガンドが結合すると抑制因子ははずれ、CBP・PGC1α・SRCなどの活性化因子がPPARγ2/ RXRαヘテロダイマーに結合し転写が活性化される。これらの蛋白とARID5Bαの相互作用をmammalian two-hybrid assayで評価したところ、three-hybrid assayでARID5BαはSMRTを介してPPARγ2と結合していることを示唆する結果が得られ、ARID5Bαはリガンド非存在下では抑制因子群のひとつに含まれると考えられた。

抑制因子群N-CoR/SMRT corepressor complexは、ユビキチン・プロテアソーム系により制御されていることが知られている。Complex 中に含まれるTBL1/TBLR1はubiquitin conjugating/19S proteasome complexをリクルートするアダプター蛋白で、抑制因子を活性化因子に転換する。76アミノ酸からなるユビキチンは、E1・E2・E3から構成された複合酵素系によって標的タンパク質に共有結合する。標的タンパク質は、連続的にユビキチンが結合したポリユビキチン鎖によって機能が制御され、プロテアソームにより分解される。ユビキチン修飾はリガンド依存的な核内受容体でも機能しており、リガンドが結合することによりTBL1/TBLR1の働きでubiquitin conjugating/19S proteasome complexがリクルートされ、抑制因子が分解された後、活性化因子が結合し転写が活性化される。

このTBL1/TBLR1とARID5Bαの相互作用をmammalian two-hybrid assayで検討したところ、TBL1とARID5Bαの結合が示された。さらにこの結合を証明するために、ビオチン‐ストレプタビジン系のタンパク複合体精製法を利用したCo-IP assayを行った。まずARID5BαのN端側に、ビオチンリガーゼによって特異的にビオチン化されるリジンを含む23アミノ酸のペプチドタグを付加したコンストラクトを作製した。ビオチン化されたタグと強固に結合するストレプタビジンビーズを用いてARID5Bαを含むタンパク複合体を精製したところTBL1の存在を認め、両者の相互作用が示された。

今回の解析により、アディポネクチン転写の過程において、リガンド非存在下ではARID5Bαは抑制因子複合体の1つとしてTBL1と結合していることが示された。リガンドがPPARγ2に結合すると、TBL1のubiquitin conjugating/19S proteasome complexリクルート作用をサポートしたり、ユビキチン化を促進したりなどして、抑制因子を排除し、活性化因子が転写活性を上昇させ、アディポネクチンの血中濃度を上昇させる可能性が示された。このようなメカニズムを介して、ARID5Bは動脈硬化・糖尿病発症抑制に重要な役割を果たしていると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は転写因子ARID5Bがアディポネクチンの発現制御に寄与しているという仮説をたて、3T3-L1細胞の系を用いてそのメカニズムの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.3T3-L1細胞の脂肪細胞への分化の過程において、ARID5Bアイソフォームα・βともに未分化の段階から発現しており、ARID5Bαのみ分化day4をピークに発現が上昇した。これはアディポネクチンの発現上昇に先立つものであった。また、レトロウイルスを用いて3T3-L1細胞でARID5Bαを過剰発現させると、コントロールと比較しアディポネクチンの発現が数倍に上昇した。これより、ARID5Bαがアディポネクチン発現調節に寄与する可能性が示された。

2.アディポネクチンプロモーター転写調節のシスエレメントを解析するため、ルシフェラーゼ活性を指標としたレポーターアッセイを行った。3T3-L1細胞でARID5Bα単独ではアディポネクチンプロモーター活性は上昇しなかったが、PPARγ2、RXRαを共発現させ、さらにPPARγ2リガンドのロシグリタゾンを添加した条件でさらにARID5Bαを発現させるとプロモーター活性の上昇を認めた。プロモーターのdeletion assay、mutation assayの結果よりPPRE(peroxisome proliferator responsive element)がARID5Bαがアディポネクチンの発現制御をする上で重要であることが示された。

3.ARID5Bと相互作用する蛋白の検索のため、IPが可能な抗ARID5B抗体を作製するとともに、mammalian two-hybrid assayで検討した。PPREではPPARγ2/RXRαヘテロダイマーに多数の抑制因子・活性化因子が働くことにより転写の調節が行われる。これらの因子とARID5Bαの相互作用を評価したところthree-hybrid assayでARID5Bαは抑制因子のひとつであるSMRTを介してPPARγ2と結合していることが示唆された。ARID5Bαはリガンド非存在下では抑制因子群のひとつに含まれると考えられた。

4.抑制因子群N-CoR/SMRT corepressor complexはユビキチン・プロテアソーム系により制御されることが知られており、ARID5Bαと相互作用する蛋白としてubiquitin conjugating/19S proteasome complexをリクルートするTBL1/TBLR1に着目した。Mammalian two-hybrid assayではTBL1とARID5Bαの結合が示され、さらにビオチン-ストレプタビジン系のタンパク複合体精製法を利用したCo-IP assayを行い結合を確認した。この解析によりアディポネクチンの転写の過程において、リガンド非存在下ではARID5Bαは抑制因子複合体の1つとしてTBL1と結合していることが示された。リガンドがPPARγ2に結合すると、ARID5BαはTBL1のubiquitin conjugating/19S proteasome complexリクルート作用をサポートしたり、ユビキチン化を促進したりなどして、抑制因子を排除し、活性化因子が転写活性を上昇させ、アディポネクチンの血中濃度を上昇させる可能性が示された。

5.In vivoについては、ARID5Bノックアウトマウスの表現型を確認した。これまでの報告どおりホモノックアウトマウスは胎生致死率が高く、産まれてきた場合でも発育の異常により体格が小さいことが確認できた。ヘテロノックアウトマウスは通常食下ではワイルドタイプと同様の体重であったが、高脂肪食下ではワイルドタイプは著明な体重増加を示すのに対し、ヘテロノックアウトマウスは体重増加が抑制された。また、ヘテロノックアウトマウスではワイルドタイプに比して脂肪細胞の径が小さく、高脂肪食下で惹起される脂肪細胞の肥大化が抑制されていると考えられた。この表現型はPPARγヘテロノックアウトマウスの表現型と非常に類似しており、ARID5BがPPARγ2の活性化を調節している可能性が示唆された。

以上、本論文は転写因子ARID5Bαがリガンド非存在下でPPARγ2/RXRαヘテロダイマー抑制因子複合体に含まれ、ubiquitin conjugating/19S proteasome complexをリクルートするTBL1と結合していることを明らかにした。この結果よりARID5Bαが抑制因子と活性化因子の交換やPPARγ2の活性化において重要な役割を果たし、アディポネクチン転写活性を上昇させ、血中濃度を上昇させる可能性が示された。本研究より、ARID5Bは動脈硬化・糖尿病発症抑制に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク