学位論文要旨



No 127047
著者(漢字) 岡田,随象
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,ユキノリ
標題(和) ゲノムワイド関連解析およびHLA領域内ハプロタイプ解析を用いた関節リウマチ感受性遺伝子の探索
標題(洋)
報告番号 127047
報告番号 甲27047
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3657号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 特任准教授 小川,誠司
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
内容要旨 要旨を表示する

<序文>

関節リウマチ(rheumatoid arthritis; RA)は、多発性関節炎を特徴とし関節および骨破壊をきたす自己免疫性疾患である。疫学的研究により、RAは環境因子と遺伝因子の集積によって生じる多因子疾患であると考えられている。RAの遺伝因子の中で中心的な役割を果たしているのが、ヒトゲノムの6番染色体短腕上(6p21)のHLA (human leukocyte antigen)領域であり、なかでも、HLA-DRB1遺伝子とRA発症・重症化リスクとの関連が報告されている。HLA-DRB1遺伝子とRA発症機序との関連を説明する因子として、抗シトルリン化ペプチド(CCP)抗体(anti-cyclic citrullinated peptide antibody)が指摘されている。抗CCP抗体はRA患者において高い感度・特異度を有し、RAの病態形成に直接的に関与する自己抗体と考えられている。HLA-DRB1遺伝子におけるRA感受性は、特定のHLA-DRB1アレルが抗CCP抗体の産生を促進して抗CCP抗体陽性RAの発症を誘発し、産生された抗CCP抗体が関節破壊を引き起こすモデルが考えられている。

HLA-DRB1以外のHLA領域内遺伝子が、独立してRA感受性および抗CCP抗体陽転化リスクへ寄与することが示唆されているものの、確定的なコンセンサスは得られていない。その原因として、HLA領域における連鎖不平衡(linkage disequilibrium; LD)構造が他の領域と比較して複雑であり、それに付随する統計学的解析手法の難しさが挙げられている。

本研究においては、日本人RA患者集団における抗CCP抗体陽転化リスクに関する検討を行った。HLA領域内にHLA-DRB1アレルとは独立したハプロタイプリスクが存在することを、EM(expectation-maximization)アルゴリズムに基づく最尤法により、遺伝統計学の観点より厳密に検討した。

HLA領域以外の遺伝子領域に関しても、2000年代に開始されたゲノムワイド関連解析(genome-wide association study; GWAS)を中心にRA感受性遺伝子の探索が行われている。特に2007年に英国のWTCCC(Wellcome Trust Case Control Consortium)が数千人規模のサンプルを用いた大規模なゲノムワイド関連解析を実施して以来、欧米人集団における非HLA領域RA感受性遺伝子が多数同定されている。日本人集団においては、これまでにPADI4(peptidyl arginine deiminase 4)、FCRL3(Fc receptor-like 3)、SLC22A4(solute carrier family 22, member 4)、CD244(cluster of differentiation 244)が非HLA領域RA感受性遺伝子として同定されているものの、数千人規模のゲノムワイド関連解析は未だ行われていなかった。本研究においては、日本人RA患者2,303人、コントロール検体3,380人を用いたゲノムワイド関連解析により、日本人集団における非HLA領域RA感受性遺伝子の探索を行った。

<方法>

対象

日本人RA患者7,071名(第1群 1,389名、第2群 914名、第3群3,662名、第4群1,106名)、コントロール検体20,739名(第1群 3,380名、第2群15,873名、第3群 1,486名)を対象とした。

抗CCP抗体価測定およびジェノタイピング

第1群RA患者を対象にMESACUP(R) CCPテスト(医学生物学研究所)を用いた抗CCP抗体価の測定、WAKFlow(R) HLAタイピング試薬(湧永製薬株式会社)を用いたHLA-DRB1アレルの高解像度ジェノタイピング(4-digit)、Perlegen Science社(Mountain View, CA, USA)およびAffymetrix社(Santa Clara, CA, USA)が提供する高密度SNPアレイを用いたHLA領域内における一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)のジェノタイピングを行った。

第1群および第2群のRA患者、第1群のコントロール検体を対象に、Illumina HumanHap610-QuadおよびIllumina HumanHap550v3 Genotyping BeadChip(Illumina, CA, USA)を用いたゲノムワイドのSNPジェノタイピングを行った。新規にRAの疾患感受性が認められたSNP:rs3093024に対して追認試験(replication study)を施行する目的で、第3群、第4群のRA患者および第2群、第3群のコントロール検体におけるジェノタイピングを実施した。第3群のコントロール検体におけるジェノタイピングにはIllumina HumanHap610-Quad Genotyping BeadChipを、それ以外のサンプルにおけるジェノタイピングにはTaqMan法を採用した。

統計学的解析

(1):HLA領域内における抗CCP抗体陽転化リスクの評価

各SNPにおける抗CCP抗体陽転化リスクを、Cochran-Armitage's trend検定を用いて評価した。抗CCP抗体陽転化リスクを代表するHLA領域内SNPの組み合わせを、Forward型ステップワイズロジスティック回帰を用いて選択した。選択されたSNPにより構成されるハプロタイプ(SNPハプロタイプ)に対する頻度推定を行った。SNPハプロタイプおよびHLA-DRB1アレルにおける抗CCP抗体陽転化リスクを、アレル型2×2分割表に対するX2検定を用いて評価した。SNPハプロタイプにおけるHLA-DRB1アレルと独立した抗CCP抗体陽転化リスクを、パラメーターとして個々のHLA-DRB1アレルのリスクを用いたEMアルゴリズムに基づく最尤法により評価した。

(2):ゲノムワイド関連解析

ゲノムワイドのSNPジェノタイピングが実施されたRA患者およびコントロール検体について、IBD (identity by descent)に基づく第一および第二親等近親者の除外、主成分分析に基づく集団構造化の評価を行った。これらのサンプル単位のQuality Controlを施行後、SNP単位のQuality Controlを施行した(コントロール検体内Hardy-Weinberg平衡P値< 10-6のSNP、マイナーアレル頻度< 0.05のSNP、不適切なクラスタリングが行われていたSNPを除外した)。各SNPにおけるRA感受性リスクをCochran-Armitage's trend検定を用いて評価した。ゲノムワイド関連解析における有意水準である、P < 5.0×10-8を満たしたSNPを、有意な関連を示したSNPと判定した。関連解析結果における統計量分布の帰無仮説下からの乖離の程度(inflation)を、Genomic Control法を用いて評価した。Replication studyにおけるrs3093024のRA感受性を、Cochran-Armitage's trend検定を用いて評価した。ゲノムワイド関連解析結果および2セットのreplication study結果に対するメタアナリシスを、アレル型2×2分割表に対するMantel-Haenzsel検定を用いて評価した。

<結果>

(1):HLA領域内における抗CCP抗体陽転化リスクの評価

1,389名のRA患者群のうち、1,117名(80.4%)が抗CCP抗体陽性、272名(19.6%)が陰性であった。34のHLA-DRB1アレルが観測され、DRB1*0405におけるsusceptibleな抗CCP抗体陽転化リスクが有意に認められた(OR=2.24, 95% confidence interval (95%CI) 1.74-2.88, P=2.0×10-10)。HLA-DRB1アレル群において、抗CCP抗体陽転化リスクの有意なheterogeneityが認められた(Shared epitope; SEアレル群:P=0.0095、非SEアレル群:P=9.8×10-9)。HLAクラスI、クラスIII、クラスIIの各領域において、有意な抗CCP抗体陽転化リスクを示すSNPが認められた(P < 0.001)。

HLA領域内の抗CCP抗体陽転化リスクを代表するSNPの組み合わせを、Forward型ステップワイズロジスティック回帰を用いて選択した結果、HLAクラスI領域もしくはクラスII領域に含まれる、4個のSNPが選択された(rs9262638、rs7775228、rs4713580、rs9277359)。これら4 SNPから構成される16通りのSNPハプロタイプのうち、2ハプロタイプにおいて有意にsusceptibleなリスクが、4ハプロタイプにおいて有意にprotectiveなリスクが認められた(P < 0.0031)。SNPハプロタイプにおけるHLA-DRB1アレルと独立した抗CCP抗体陽転化リスクを評価した結果、CTTCハプロタイプにおいて有意なsusceptibleなリスクが認められた。(OR=2.00, 95%CI 1.44-2.79, P=2.6×10-5)。

(2):ゲノムワイド関連解析

得られたジェノタイプデータに対してQuality Controlを適用した結果、RA患者2,303名、コントロール検体3,380名における、393,217 SNPのジェノタイプデータが得られた。

ゲノムワイド水準(P < 5.0×10-8)を満たす関連のピークを、6番染色体短腕上のHLA領域(6p21)および6番染色体長腕上(6q27)に認めた。前者における最小P値はHLAクラスII領域内のSNPにおいて(rs13192471; OR=1.97, 95%CI 1.82-2.14, P=1.9×10-58)、後者における最小P値はCCR6 (C-C chemokine receptor type 6)遺伝子のコーディング領域内に位置するSNPにおいて認められた(rs3093024; OR=1.27, 95%CI 1.18-1.37, P=4.9×10-10)。RA患者4,768名、コントロール検体17,359名で構成される2群のRAケースコントロールコホートにおいてreplication studyを行った結果、rs3093024における有意な関連が認められた(replication study 1:OR=1.16, 95%CI 1.11-1.22, P=6.3×10-9、replication study 2:OR=1.18, 95%CI 1.06-1.32, P=0.0031)。ゲノムワイド関連解析およびreplication studyをメタアナリシスにて統合した結果は、OR=1.19, 95%CI 1.15-1.24, P=7.7×10-19であった。

<考察>

本研究においては、関連解析を通じて、RAの疾患感受性および病態形成に関与する遺伝因子の探索を行った。HLA領域におけるハプロタイプ解析においては、特定のSNPハプロタイプがHLA-DRB1アレルと独立した抗CCP抗体陽転化リスクを有することを示した。ゲノムワイド関連解析においては、6番染色体長腕上(6q27)のCCR6遺伝子のSNPがRA感受性に寄与することを示した。

HLA領域におけるハプロタイプ解析においては、二点の新しい知見が得られた。第一点目は、HLA領域のクラスI、III、II領域に渡って存在するSNPハプロタイプが、抗CCP抗体陽転化リスクを有する点である。これまで抗CCP抗体陽転化リスクに対するHLA-DRB1アレルや単SNPの関連は知られていたが、ハプロタイプに基づく関連は指摘されていなかった。第二点目は、HLA-DRB1アレルとは独立した抗CCP抗体陽転化リスクを有するSNPハプロタイプが存在することを、個々のHLA-DRB1アレルのリスクを考慮したモデルの導入により、遺伝統計学の観点より厳密に検討し、確認した点である。これまでにもHLA-DRB1アレルと独立したリスクの存在の評価を試みた先行研究が複数報告されているが、それらの研究は複数のHLA-DRB1アレルを一群にまとめた上で行うものであり、HLA-DRB1アレルリスクのheterogeneityを考慮できていない点が不十分であった。本研究においては、個々のHLA-DRB1アレルのリスクをパラメーターとして与えた上でEMアルゴリズムに基づく最尤法を導入することにより、上記の問題を解決した。推定されたHLA-DRB1アレルと独立した抗CCP抗体陽転化リスクは2.00であり、SEアレル群がもつ抗CCP抗体陽転化リスク(= 2.25)に匹敵するものと考えられた。

本研究において実施されたゲノムワイド関連解析は、本邦において2010年10月現在までに実施・公表されたゲノムワイド関連解析としては、対象疾患を問わず過去最大規模のものであり、新規のRA感受性遺伝子CCR6の同定を通じて、日本人集団の疾患感受性遺伝子探索におけるゲノムワイド関連解析の有用性を示すものと考えられた。

CCR6は、ケモカインレセプターファミリーに属する遺伝子であり、ヘルパーT細胞の一種であるTh17細胞の表面マーカーである。Th17細胞はサイトカインの一種であるインターロイキン-17(IL-17)の産生を介して自己免疫疾患の発症に関与することが知られており、本研究の成果はTh17細胞のRAの病態への関与を含めた今後の研究に貢献するものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、関節リウマチ(rheumatoid arthritis; RA)の疾患感受性および病態形成に関与する遺伝因子を明らかにするため、遺伝統計解析を通じて遺伝因子の探索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.RAの遺伝因子の中で中心的な役割を果たしている、ヒトゲノムの6番染色体短腕上(6p21)のHLA (human leukocyte antigen)領域を対象に、RAに高い特異性を有する自己抗体である、抗シトルリン化ペプチド(CCP)抗体(anti-cyclic citrullinated peptide antibody)の陽転化リスク因子の探索を行った。1,389名のRA患者群を対象とした関連解析を通じて、特定のHLA-DRB1アレルおよびHLA領域内一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)が、抗CCP抗体陽転化リスクを有することを示した。

2.HLA領域内における抗CCP抗体陽転化リスクを代表するSNPの組み合わせをステップワイズロジスティック回帰を用いて選択し、EM(expectation-maximization)アルゴリズムに基づく尤度比検定を用いたハプロタイプ解析を行った。選択されたSNPで構成されるHLA領域内SNPハプロタイプが、HLA-DRB1アレルとは独立して抗CCP抗体陽転化リスクを有することを示した。同定されたSNPハプロタイプがHLA遺伝子アレルとの連鎖不平衡関係を有さないことから、HLA遺伝子以外のHLA領域内遺伝子が抗CCP抗体陽転化リスクに独立して寄与していることが示唆された。

3.HLA領域以外の遺伝子領域におけるRA感受性遺伝子の探索を目的として、RA患者2,303名とコントロール検体3,380名を対象としたゲノムワイド関連解析(genome-wide association study; GWAS)を行った。Quality Controlの適用後得られた、393,217 SNPのジェノタイプデータを対象にケースコントロール関連解析を行った結果、ゲノムワイド水準(P < 5.0×10-8)を満たす関連を、6番染色体短腕上のHLA領域(6p21)および6番染色体長腕上(6q27)に認めた。6q27におけるRA感受性の同定は新規の報告であった。

4.6q27おける最小P値はCCR6 (C-C chemokine receptor type 6)遺伝子領域内に位置するSNP:rs3093024において認められた(odds ratio; OR=1.27, 95% confidence interval; 95%CI 1.18-1.37, P=4.9×10-10)。Rs3093024における関連は、RA患者4,768名、コントロール検体17,359名で構成される2群のRAケースコントロールコホートにおいても追認された(OR=1.16, 95%CI 1.11-1.22, P=6.3×10-9およびOR=1.18, 95%CI 1.06-1.32, P=0.0031)。ゲノムワイド関連解析および追認解析を統合した結果は、OR=1.19, 95%CI 1.15-1.24, P=7.7×10-19であった。

以上、本論文はHLA領域におけるハプロタイプ解析により、特定のSNPハプロタイプがHLA-DRB1アレルと独立した抗CCP抗体陽転化リスクを有することを示した。また、ゲノムワイド関連解析により、CCR6遺伝子上のSNPがRA感受性に寄与することを示した。本研究はRAの疾患感受性および病態形成に関与する遺伝因子の解明に重要な貢献をなすとともに、遺伝因子の探索における遺伝統計解析の重要性を示すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク