No | 127052 | |
著者(漢字) | 久保田,みどり | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クボタ,ミドリ | |
標題(和) | 脂肪細胞のインスリン抵抗性におけるp21WAF1/CIP1の関与の分子機構 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127052 | |
報告番号 | 甲27052 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3662号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、自然科学や工業技術の発達により、我々のライフスタイルは便利で豊かなものへと劇的に変化した。例えば、第2次世界大戦以降、高度経済成長により食生活の欧米化が進んだことにより、我々の摂取するエネルギーは増加し、過剰となりがちである。しかし、その一方で自動車やコンピューターの発達により、我々が消費するエネルギーは減少する一方である。この摂取エネルギーと消費エネルギーのアンバランスにより、現在、先進諸国では肥満が流行している。肥満は心血管疾患や糖尿病の主要な危険因子であり、肥満の発症機序の解明や、それに伴うインスリン抵抗性といった病態との関連の解明は現代医学にとって最重要課題のひとつである。 脂肪細胞は、近年の生活習慣の変化による肥満の増加や、肥満に起因するメタボリックシンドロームなどの生活習慣病の蔓延に伴って、その新たな内分泌器官としての機能が認識されるようになり、脂肪細胞の分化・増殖・肥大化などのメカニズムの解明が、生活習慣病の予防・治療に直接結びつくことが期待されるようになってきている。脂肪細胞の増殖は勿論のこと、その分化においても細胞周期調整が極めて重要な役割をはたしていることが近年あきらかになりつつある。 脂肪細胞の分化の過程は、マウス繊維芽細胞由来の前駆脂肪細胞の特性を持つCell lineである3T3-L1細胞や3T3F422A細胞を特定の条件下で培養することにより観察される1,2)。脂肪細胞への分化には前脂肪細胞の増殖の停止を含む一連の流れが必要とされ、Clonal Expansionと呼ばれるステップを経た後、脂肪細胞への分化の過程へと進み細胞内に脂肪の蓄積が生じる。それゆえ、細胞周期の制御に関わる因子は、脂肪細胞の分化の過程で重要な役割をもつことが推定できる。 哺乳類の細胞における細胞周期の進行は、Cyclin familyやCDKs (Cyclin-dependent kinase)と呼ばれるkinase、そしてCDKsの作用を阻害するCKIs (Cyclin-dependent kinase inhobitors) などの様々なタンパク質により調節されている。 p21WAF1/CIP1とp27KIP1は主要なCKIであり細胞周期をG1で停止させる。p21とp27は様々な分野に関連付けられた研究がなされており、脂肪細胞への分化の過程においてはp21とp27の発現が変化することが報告されている。また、p21はFoxo1と呼ばれる転写因子により発現が誘導され、脂肪細胞への分化に向かう為のClonal expansionに関与していることが報告されている。一方、p27は脂肪細胞が肥大化するのに重要であることが報告されている。 p21は細胞に対するストレスに応答する転写因子であるp53のターゲット遺伝子であり、G1 arrestを引き起こすのみならずアポトーシスから細胞を守る働きがあることがよく知られているが、最近、我々の研究室においてp21が脂質代謝や脂肪細胞形成に関わる転写因子であるSREBPs (Sterol Regulatory Element-Binding Proteins)の直接的な遺伝子ターゲットであることを発見した。さらに我々は、p53ならびにp21の発現が肥大化した脂肪組織と肥満モデルマウスの肝臓において上昇していることを報告した。 肥満は栄養過多および運動量の減少によって引き起こされるが、脂肪細胞の過形成と細胞の増大によって説明されうる脂肪組織の脂質の過剰な蓄積により特徴づけられる。肥満はしばしば、インスリン抵抗性に先行し、2型糖尿病や心血管イベントの原因となる。脂肪細胞の分化が欠如することはインスリン抵抗性に関係すると考えられている。CKIsが細胞周期の進行とアポトーシスにおいて重要な役割を担っていることを考えると、CKIsが脂肪細胞の分化と脂肪組織の成長を通して、肥満とインスリン抵抗性に関係しているという見解をもつことが可能と思われる。 そこで我々は脂肪細胞分化および肥大化におけるp21の役割、ひいては肥満とインスリン抵抗性におけるp21の重要性を検討することとなった。 培養細胞を用いたin vitroの系においては、p21は脂肪細胞への分化に重要な役割を担っていることが分かり、また肥満モデルマウスを用いたin vivoの両方の系においては、p21が肥大化した脂肪細胞が維持された状態、すなわち肥満からくるインスリン抵抗性に対し決定的な因子であることが示された。脂肪細胞に分化する前の3T3L1繊維芽細胞のp21をRNAiによりノックダウンさせると、脂肪細胞への分化が著しく阻害された。 また、普通食を食べさせたp21KOマウスは肪組組織重量や脂肪細胞のサイズ、血中のグルコース、インスリン、脂質、レプチンの濃度はWild typeと変わらなかったが、高脂肪食負荷をかけたp21KOマウスにおいては、脂肪組織重量や脂肪細胞のサイズが減少しており、Wild typeに比べ明らかにインスリン感受性が改善していた。高脂肪食負荷をかけたp21KOマウスの肥大した精巣上体脂肪組織と、十分に分化した3T3-L1脂肪細胞においてp53による多大なアポトーシスが認められることから、p21は脂肪細胞の分化と、肥大した脂肪細胞から保護するという両方の作用に関わっていることが示された。 これらの結果により、p21は高脂肪食負荷のマウスにおいて脂肪細胞の肥大をきたし、そしてそれは病態学的にいわゆるインスリン抵抗性のような下流の一連の流れへと繋げる役割を担っていることが考えられる。 我々は以上の結果から、脂肪細胞におけるp21の過剰発現がインスリン抵抗性を惹起するのではないかと仮定しさらに研究を進めていくこととした。 そこで、脂肪組織特異的p21過剰発現マウスの樹立を試みた。脂肪組織に目的の遺伝子を過剰発現させる際に広く用いられているaP2プロモーターの下流にマウスのp21遺伝子を繋げたコンストラクトを作成し、そのコンストラクトを用いてaP2-p21トランスジェニックマウスのFounderマウスを計2匹得ることが出来たが、両マウスともに脂肪細胞でのp21の高発現は見られなかった。 次に、脂肪細胞におけるp21のインスリン抵抗性に及ぼす影響を調べるため、ラットの白色脂肪組織より単離されたprimary mature adipocyteおよび3T3-L1細胞において、インスリン刺激での[3H]- 2-Deoxy-D-glucose(2-DG)の取り込みに与えるp21の影響を検討した。アデノウィルスによりp21を過剰発現させた結果、インスリン刺激による2-DGの取り込みを有意に減少させた。また、この作用はTet-onシステムを用いた3T3-L1細胞での急速な発現誘導においても確認された。 また、p21-shRNA発現アデノウィルスにより3T3-L1細胞のp21をノックダウンすると2-DGの取り込みは有意に増加した。 このメカニズムに関し、p21のインスリンシグナル伝達に対する影響を見たところ、p21の過剰発現ではインスリン刺激によるAktのリン酸化には影響が見られなかったことから、p21のインスリンシグナルに対する作用はAktより下流にターゲットがあることが示唆された。 また、p21の直接の標的分子候補として、低分子化合物のcdk inhibitorであるRoscovicineとPurvalanol Aによってもインスリン刺激による2-DGの取り込みは有意に減少したことから、cdkのインスリン抵抗性への関与も示唆された。 以上の結論として、脂肪細胞においてp21はインスリン作用に阻害的な効果をもつということが示された。またそれ故に、p21は肥満とインスリン抵抗性のmechanic linkであると言える。 | |
審査要旨 | 本研究は主要なcyclin-dependent kinase(cdk)inhibitorであり、細胞周期をG1で止める調節因子であるp21WAF1/CIP1と、インスリン抵抗性の関連を明らかにするため、p21(WAF1/CIP1)を脂肪細胞で過剰発現させる系の解析を行うと同時に、そのメカニズムについても検討したものであり、下記の結果を得ている。 1. ラットprimary mature adipocyteおよび3T3-L1脂肪細胞において、p21を過剰発現させることにより、インスリンによる糖取り込みを有意に減少させることが示された。これは、p21アデノウイルスを感染させる系(ラットmature adipocyte、3T3-L1脂肪細胞)と、p21が過剰発現するようなstableなcell line(3T3-L1脂肪細胞)のどちらにおいても確認された。これにより、p21がインスリン抵抗性を引き起こしうることが示された。 2. また、反対に3T3-L1脂肪細胞において、p21をknockdownさせることにより、糖取り込みが有意に増加することがわかった。 3. ラットprimary mature adipocyteにp21アデノウイルスを感染させ、インスリンシグナルの下流のAkt, Erkのリン酸化をWestern blotで確認すること、およびGLUT1、GLUT4の発現をreal time PCRで確認することにより、p21のインスリン抵抗性の増加させる作用は、インスリンシグナルの下流のAkt、Erkのリン酸化ならびにGLUT1、GLUT4の転写調節を介さないことが示された。 4. p21がインスリン抵抗性を引き起こすメカニズムを検討したが、低分子化合物のcdk inhibitorによってもインスリン刺激による糖取り込みは有意に減少したことから、cdkのインスリン抵抗性への関与も示唆された。 以上、本論文は脂肪細胞におけるp21(WAF1/CIP1)の過剰発現がインスリン抵抗性を引き起こすことを明らかにし、またそのメカニズムとしてCDKsが重要であることを示唆した。本研究はこれまで未知に等しかったインスリン抵抗性が引き起こされるメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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