No | 127053 | |
著者(漢字) | 蔵野,信 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クラノ,マコト | |
標題(和) | 肝臓におけるNiemann-Pick C1 Like 1 Protein (NPC1L1)のリポ蛋白・糖代謝における役割についての検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127053 | |
報告番号 | 甲27053 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3663号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 近年、脂質異常症治療薬エゼチミブの標的蛋白としてNiemann-pick C1 like 1 Protein (NPC1L1)が発見された。エゼチミブはLDLコレステロール低下効果のほか、中性脂肪低下効果、また、動物モデルからは、耐糖能改善効果がある可能性が考えられている。NPC1L1は、ヒトでは、肝臓でも小腸と同程度の発現を認めるが、げっ歯類では肝臓ではほとんど発現が認められない。肝臓でのNPC1L1の働きは胆汁中からコレステロールを再吸収することと考えられているが、再吸収されたコレステロールが脂質代謝・糖代謝に与える影響は不明である。肝細胞は毛細胆管側、類洞側と極性のある細胞であり、胆汁から吸収されたコレステロールと血中から吸収されたコレステロールが、肝細胞の代謝へ影響において、等価でない可能性がある。そこで私は肝臓でのNPC1L1の脂質・糖代謝に対する役割を明らかにするため、マウス肝臓にアデノウイルスベクターを用いてNPC1L1を発現させ、脂質・糖代謝について解析した。 【方法および結果】 C57BL6マウスに3週間エゼチミブあるいはvehicleを投与し、9週齢にてNPC1L1(L1群)あるいはコントロールアデノウイルス(Null群)を感染させ、その5日後、解析を行った。アデノウイルスを用いて発現させたNPC1L1は肝臓内にて毛細胆管に局在し、胆汁中のコレステロール濃度を減らすというヒト肝臓で想定されている作用を示した。次に、脂質代謝、糖代謝に関する解析を行ったところ、肝臓のNPC1L1は、次の3つの主要な代謝系への影響があることが判明した。(1)コレステロール代謝に関しては、L1群では血中総コレステロールの上昇(Null群96mg/dL vs L1群155mg/dL, P<0.01)、血中apoEの増加(1.7倍, P<0.01)がみられ、特にFPLC上、LDLとHDLの中間の大きさに、Null群では認められないリポ蛋白が出現していた。このリポ蛋白はエゼチミブ投与群では約50%抑制されていたことより、肝臓NPC1L1の作用により出現したと考えられた。このリポ蛋白は、apoE, 遊離コレステロールに富み、apoE rich lipoproteinと考えられた。また、アガロースゲル電気泳動では、HDLと同様にα-mobilityを示したことからHDLと似た性質を持つと考えられた。apoE rich lipoproteinの出現機序の検討では、ABCA1蛋白量、apoE産生量、LDL受容体蛋白量といったリポ蛋白代謝関連蛋白質には変化が認められず、血中のコレステロールが増加しているのに関わらず、肝臓含有コレステロール量に変化が見られないことより、胆汁中から吸収されたコレステロールが肝細胞内でエステル化されて蓄積することなく、血中にapoE rich lipoproteinとして放出されているのではないか、と考えられた。(2)中性脂肪代謝に関しては、L1群では空腹時中性脂肪の有意な低下(Null群146mg/dL vs L1群87mg/dL, P<0.01)がみられ、L1群では、Tyloxapolを用いたVLDL産生率を測定する実験においても、VLDL産生率は有意に低下(-42%, P<0.01)していた。その機序として、L1群では中性脂肪をapoBに付与する役割をしているMisrosome TG Transfer Protein (MTP)mRNAが低下していた(-67%, P<0.01)ことが考えられた。(3)糖代謝に関しては、L1群にて空腹時血糖低下(Null群127mg/dL vs L1群 87mg/dL, P<0.01)、またインスリン負荷テストにおいてインスリン感受性の上昇が観察された。その機序として、L1群では、糖新生の重要酵素であるGlucose 6-Phosphatase(G6Pase)mRNAが有意に低下(-59%, P<0.01)していることが判明した。次に、MTP, G6Paseの発現量低下の機序を検討したところ、細胞内FoxO1蛋白量が抑制されていたことから、MTP, G6Pase発現量低下は、FoxO1蛋白量が抑制されていることによる、ということが考えられた。また、FoxO1のリン酸化が増加していないことや、インスリンシグナルであるAktのリン酸化も増加していないことより、このFoxO1蛋白量の低下は、インスリンに依存する既知の経路によるものではなく、未知の経路による可能性が考えられた。 また、これらの肝臓でのNPC1L1発現による胆汁中からのコレステロール吸収により引き起こされる代謝変化が、肝臓で合成されるコレステロールが増加することによっても引き起こされるか、ということについて次の2通りの実験にて検証した。(1)アデノウイルスベクターにより肝臓にてラノステロールシンターゼを過剰発現させてコレステロール合成系を亢進させたマウスでは、apoE rich lipoproteinの出現、中性脂肪値の低下、FoxO1蛋白量の低下、などといったNPC1L1を過剰発現させた場合にみられた変化は認められなかった。(2)肝細胞系細胞株であるHepG2細胞を用いたin vitroの実験において、NPC1L1によるミセル化したコレステロールの取り込みはFoxO1蛋白量を抑制したが、pitavastatinによって内因性コレステロール合成を抑制したHepG2細胞とpitavastatinにメバロン酸を投与して内因性コレステロール合成を抑制しないHepG2細胞を比較するとFoxO1蛋白量には変化がみられなかった。以上より、apoE rich lipoproteinの発現、FoxO1の蛋白量低下は、NPC1L1により胆汁中から吸収されたコレステロールによって生じる特異的な影響と考えられた。 【結論】 肝臓でのNPC1L1発現により、血中におけるapoE rich lipoproteinの出現, FoxO1蛋白量抑制によるMTP、G6Pase発現低下による中性脂肪、空腹時血糖の低下をきたすことが判明した。また、これらの代謝変化はNPC1L1を介した胆汁中から吸収されたコレステロールに特異的なものであるということが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、小腸・肝臓においてコレステロールを吸収する役割があると考えられているNiemann-Pick C 1 Like 1 Protein (NPC1L1)の肝臓における、脂質代謝、糖代謝に対する役割について、アデノウイルスを用いて肝臓にNPC1L1を発現させることにより解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. 肝臓でのNPC1L1の発現は、毛細胆管への局在がみられ、また、胆汁中のコレステロール濃度を減少させることが確認され、今回のモデルにおいて従来提唱されているヒト肝臓NPC1L1の胆汁中よりコレステロールを再吸収するという作用が再現できていると考えられた。 2. コレステロール代謝に対する検討では、肝臓におけるNPC1L1の発現は、血中コレステロール、特にLDLとHDLの間の大きさのリポ蛋白を出現させることがわかった。このリポ蛋白は、アポ蛋白E、遊離コレステロールに富んでおり、ApoE rich lipoproteinと想定された。また、エゼチミブ(NPC1L1の阻害薬)の投与により、その量が抑制された。またこのApoE rich lipoproteinは、アガロース電気泳動においてα-mobilityを示し、この点においてHDLに近いものである、ということがわかった。 3. 中性脂肪代謝に対する検討では、肝臓でのNPC1L1発現により、血中中性脂肪値、VLDL中性脂肪の低下が認められた。Tyloxapolを用いたVLDL production assayからは、VLDL中性脂肪の肝臓からの分泌低下が示された。また、この機序としては、肝臓におけるMicrosomal Triglyceride transfer Protein (MTP)の発現が低下していることが認められた。 4. 糖代謝に対する検討では、肝臓でのNPC1L1発現により、空腹時血糖の低下、インスリン負荷後の血糖回復遅延が認められた。また、この機序としては、肝臓におけるGlucose 6 Phosphatase (G6pase)の発現が低下していることが示された。 5. 肝臓でのNPC1L1発現により、MTP, G6Paseの発現が低下する機序として、肝臓でのFoxO1蛋白量が低下していることが考えられた。 6. 肝臓でのコレステロールを増加させる他の経路として肝臓でのコレステロール合成を増加させるモデルにおいても、NPC1L1によるコレステロール吸収増加と同様な現象が見られるかどうか、in vivoではコレステロール合成系の酵素であるlanosterol synthase (LSS)を発現亢進させたモデル、in vitroではHepG2細胞にHMG-CoA reductase inhibitorを加えてコレステロール合成を抑制させた場合と、メバロン酸を同時に加えてコレステロール合成を行わせた場合を比較するモデルにて検討したが、両モデルともNPC1L1発現により認められたような変化は認められなかった。 以上、本論文は、肝臓でのNPC1L1発現により、コレステロール代謝においてはapoE rich Lipoproteinの出現、中性脂肪代謝においてはVLDL中性脂肪の低下、糖代謝においては糖新生の抑制という、コレステロール合成系などの他の肝臓でのコレステロール増加経路では認められない代謝変化をきたすことを明らかにした。本研究は、肝臓におけるNPC1L1の新しい役割の発見とともに、肝臓におけるコレステロール増加経路の非等価性の可能性を提唱することより、肝臓におけるコレステロールハンドリングの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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