学位論文要旨



No 127054
著者(漢字) 佐々木,欧
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,オウ
標題(和) アレルギ―性気道炎症に対するアレンドロン酸の効果に関する実験的検討
標題(洋)
報告番号 127054
報告番号 甲27054
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3664号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 准教授 中島,淳
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 講師 幸山,正
 東京大学 講師 飯島,勝矢
内容要旨 要旨を表示する

気管支喘息(Bronchial asthma ; BA)は、気道過敏性の亢進と、可逆性の気流制限を特徴とする慢性気道炎症疾患であるが、炎症を反復する過程で、気道障害とそれに引き続く気管支平滑筋や気道上皮の肥厚 (気道リモデリング)を惹起し、気流制限が非可逆性となり、重症化、難治化する。

老人における喘息患者は増加しており、喘息関連死の大部分は65歳以上でみられる。老人における喘息は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や慢性心不全の合併がしばしばみられる。症状も、典型的な喘鳴よりも慢性咳嗽や労作時の息切れなど、非特異的なものが目立つ。気道リモデリングやCOPDの合併などにより可逆性が失われているなど、診断自体も困難であり、標準治療への反応の悪さもしばしばみうけられる。

ビスフォスフォネートは、骨粗鬆症の予防と治療に広く用いられており、メバロン酸/コレステロール生合成経路上のファルネシル2リン酸(FPP)シンターゼを阻害することにより薬効を発揮する。その作用機序は、スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害剤)と類似している。スタチンは、近年免疫修飾作用について様々な報告がなされており、アレルギー性気道炎症についても抑制的な効果について報告がある。一方でビスフォスフォネートの免疫修飾作用については、十分検証されていない。

ビスフォスフォネートは経口投与後、主に骨に分布がみられる。気管支や肺への分布についてはほとんど報告されていない。アレンドロネート(ALD)については、経口投与後、24時間にわたって気管への分布が見られることが報告されている。

以上の知見をもとに、本論文では「アレンドロネートはアレルギー性気道炎症を抑制する」との仮説を立て、マウスアレルギー性気道炎症モデルを用いて検証した。

(I) BALB/cマウスに対して卵白アルブミンで2回感作後、3回吸入チャレンジを行い、好酸球性気道炎症モデルを作成した。卵白アルブミン吸入のそれぞれ60分前に、経口胃管を用いてアレンドロネートを投与し、効果期におけるアレンドロネートの効果を検証した。

アレンドロネートはBALF中の総細胞数、好酸球数を抑制したが(図1A)、血清総IgE濃度には影響を与えなかった(図1B)。肺組織所見では、気道周囲の炎症細胞浸潤は、アレンドロネート群で抑制傾向を示した(図2)。

次に、肺抽出液を作製してサイトカイン産生を計測したところ、アレンドロネート群において、IL-4(図3A)、IL-5(図3B)、IL-13(図3C)といったTh2系サイトカインの抑制と、好酸球遊走作用をもつケモカインであるEotaxin-2(図3E)の抑制がみられた。一方、Th1系サイトカインであるIFN-γ(図3D)は有為な変化を認めなかった。また、IL-17についてもアレンドロネート群において抑制傾向がみられた(図3F)。

さらに、胸腔内リンパ節細胞をOVA再刺激し、上清中のサイトカイン濃度を計測し、アレンドロネートの免疫修飾作用について検証したところ、肺抽出液と同様の結果がみられた。即ち、アレンドロネート群において、IL-4(図4A)、IL-5(図4B)、IL-13(図4C)、といったTh2系サイトカインの抑制がみられた。IFN-γ(図4D)は有為な変化を認めなかった。IL-17についても、アレンドロネート群において抑制がみられた(図4E)。

以上の通り、抗原吸入期のアレンドロネート経口投与により、アレルギー性気道炎症と、肺および胸腔リンパ節でのTh2系免疫応答を抑制することが確認された。アレンドロネートはさらに、肺中のEotaxin-2濃度、胸腔リンパ節でのIL-17濃度を減少させ、肺中のIL-17濃度に減少傾向を示した。

(II) アレンドロネートの免疫修飾作用の機序解明のため、肺局所における抗原提示細胞の中で、CD11c+細胞(主に樹状細胞と考えられる)に対する効果を検討した。In vivoでのアレンドロネート投与は肺のCD11c+細胞の抗原提示能を変化させなかった(図5)。

次に、アレンドロネートの全身性炎症に対する効果を、脾細胞を用いて検証した。BALB/cマウスをOVAで感作後にアレンドロネートを経口投与し、脾細胞を取り出してOVAで再刺激するex vivoの系で、上清中サイトカイン濃度を計測した。IL-4、IL-5、IFN-γ、IL-17いずれもアレンドロネート群とコントロール群とで差異がみられなかった。

さらに、BALB/cマウスをOVAで感作後に脾細胞を取り出し、OVAで再刺激すると共にアレンドロネート0-10μmol/l加えて培養したin vitroの系で、上清中サイトカイン濃度を計測した。IL-4、IL-5、IFN-γ、IL-17いずれもアレンドロネート群とコントロール群とで差異がみられなかった。

以上の通り、ex vivoおよびin vitroで脾細胞を用いた系では、アレンドロネートのTh2系免疫応答抑制作用はみられなかった。アレンドロネートのTh2系免疫応答抑制作用は、in vivoでの肺での効果に限局されると考えられたが、CD11c+細胞の抗原提示能に影響をおよぼさなかった。

(III) アレンドロネートのアレルギー性気道炎症抑制効果の作用機序解明のため、以下のとおり様々な検証を行った。

アレンドロネート群で肺でのEotaxin-2産生が抑制されていた(図3E)ことから、気道上皮細胞からのEotaxin-2分泌が抑制されている可能性を考え、肺でのEotaxin-2に対する免疫組織化学標本を作製した。アレンドロネート群とコントロール群とに明らかな差異を認めなかった。肺でのEotaxin-2のmRNA転写についてRT-PCRを用いて評価したが、アレンドロネート群とコントロール群とに明らかな差異を認めなかった。

アレンドロネートをはじめとする、窒素含有ビスフォスフォネートはメバロン酸/コレステロール生合成経路上のファルネシル2リン酸(FPP)シンターゼを阻害し、RhoやRasといった低分子量G蛋白のプレニル化を阻害することで薬効を発揮するとされている。一方、低分子量G蛋白の阻害により、VCAM-1やICAM-1といった細胞接着因子の発現抑制をきたすとの報告もみられる。アレンドロネート投与により、気道上皮や血管内皮での細胞接着因子の発現が抑制されると仮定し、肺組織でのICAM-1やVCAM-1の免疫組織化学標本を作製したが、アレンドロネート群とコントロール群とに明らかな差異を認めなかった。肺でのICAM-1のmRNA転写についてRT-PCRを用いて評価したが、アレンドロネート群とコントロール群とに明らかな差異を認めなかった。

以上の通り、アレンドロネートの作用機序は本研究では明らかにされなかったため、機序解明に向けてさらなる研究が望まれる。

アレンドロネートの免疫修飾作用が肺局所に限局していることに対する重要な要素として、薬物動態の観点から気道への親和性がみられる点があげられる。アレンドロネートは経口投与後、24時間にわたって気管への分布することが報告されている。一方、肝臓、脾臓、腎臓やリンパ節への分布は低い。気道への組織親和性が、肺に特異的な効果に寄与していると考えられる。

本研究から、アレンドロネートは、肺において、吸入抗原によってひきおこされるTh2系免疫応答を抑制することが示された。本研究は、老人喘息の治療において、骨粗鬆症の標準治療薬であるビスフォスフォネートが、アレルギー性気道炎症の抑制作用を兼ね備えている可能性を示している。この点については、臨床研究も含め、さらに検証される必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アレルギー性炎症におけるアレンドロン酸の抑制効果を明らかにするため、マウスを卵白アルブミン(OVA)で感作して惹起されるアレルギー性気道炎症モデルを用いてアレンドロン酸の効果の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.抗原吸入期に、OVA吸入の60分前にコントロール(1%カルボキシメチルセルロース(CMC))またはアレンドロン酸(ALD)を経口投与した結果、ALD投与群ではコントロール群に比べて、気道の好酸球性炎症が抑制され、肺抽出液中のIL-4、IL-5、IL-13、IL-17、Eotaxin-2が抑制された。また、肺病理組織でも気道周囲の炎症細胞浸潤が抑制された。

2.アレルギー性気道炎症モデルマウスから胸腔リンパ節を取り出し、抗原で再刺激した時の、IL-4、IL-5、IL-13、IL-17の産生はALD投与群で抑制された。従って、リンパ節細胞における抗原特異的な免疫応答をALDが抑制することが示された。

3.アレルギー性気道炎症モデルの肺からCD11c+細胞(大部分は肺樹状細胞と考えられる)を取り出し、OVA特異的に反応するT細胞受容体を持つDO11.10マウスの脾臓由来のCD4+T細胞とともに培養した結果、ALD投与群とコントロール群とで、細胞の増殖反応に明らかな差異を認めなかった。従って、ALDは肺CD11c+細胞の抗原提示能に影響をおよぼさないことが示唆された。

4.抗原感作期にコントロール(CMC)またはALDを経口投与した後、脾臓を取り出し、脾細胞を抗原で再刺激した結果、ALD投与群とコントロール群とで、IL-4、IL-5、IFN-γ、IL-17の産生に差異を認めなかった。また、抗原感作後、脾臓を取り出し、脾細胞を抗原で再刺激するとともに、ALD濃度を変えて混合し培養した結果、ALDの濃度によらずIL-4、IL-5、IFN-γ、IL-17の産生に差異を認めなかった。従って、ALDの抗炎症作用は肺に限局した効果であり、肺に固有の細胞を介しての効果である可能性が示唆された。

5.ALDのアレルギー性気道炎症抑制作用の機序解明のため、アレルギー性気道炎症モデルの肺組織切片でEotaxin-2、ICAM-1、VCAM-1の免疫組織化学を作製したが、ALD投与群とコントロール群とで、いずれも明らかな差異を認めなかった。さらに、アレルギー性気道炎症モデルの肺で、Eotaxin-2、ICAM-1のmRNA転写につきRT-PCRで評価したが、ALD投与群とコントロール群とで、いずれも明らかな差異を認めなかった。

以上、本論文はアレルギー性気道炎症マウスモデルへの効果の検討から、アレンドロン酸を効果期に経口投与することで、アレルギー性気道炎症に対する抑制効果を発揮することを示した。アレンドロン酸の炎症抑制効果は肺に限局していたが、肺CD11c+細胞の抗原提示能には影響をおよぼさず、その機序の解明については、さらなる検証が必要であると考えられた。

本研究は、これまで知られてこなかった、アレルギー性疾患に対するビスフォスフォネート(アレンドロン酸)の抑制効果を初めて明らかにしており、同薬剤の免疫修飾作用を解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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