学位論文要旨



No 127055
著者(漢字) 清水,祐一郎
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ユウイチロウ
標題(和) 線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor)23蛋白の生体内での存在様式とその作用
標題(洋)
報告番号 127055
報告番号 甲27055
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3665号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 講師 中岡,隆志
 東京大学 講師 原,一雄
 東京大学 講師 花房,規男
内容要旨 要旨を表示する

A. 背景

1. FGF23の機能

線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor : FGF)23は、血清リン、ビタミンD代謝を担う液性因子である。FGF23は常染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症(ADHR)の原因遺伝子として同定され、ほぼ同時期に腫瘍性くる病/骨軟化症(TIO)の低リン血症惹起液性因子であることも報告された。FGF23の主な標的器官は腎臓で、近位尿細管での2a、2c型ナトリウム-リン共輸送体の発現抑制と、25-水酸化ビタミンD-1α-水酸化酵素の発現低下を介し、血中リン濃度を低下させる。FGF23は、腎臓で発現しているKlothoと1型FGF受容体の複合体に結合することによって特異的に作用し細胞内へ情報を伝達する。また、FGF23蛋白はスブチリシン様プロテアーゼ認識配列(RXXR)を有し、in vitroの発現実験では、一部のFGF23蛋白が179番目のアルギニンと180番目のセリンの間でプロセッシングを受け、リン利尿採用を有さないフラグメントに分解される。FGF23は三つのムチン型O型糖鎖を有し、これらの糖鎖はFGF23蛋白の171、178、200番目のスレオニンに付加されるが、一つあるいは二つの糖鎖を有するFGF23蛋白はこのプロセッシングを受けるのに対し、三つの糖鎖を有するものはプロセッシングに抵抗性である。

2. リン代謝異常症とFGF23

ADHRやTIOに加え、PHEX遺伝子異常によるX染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症 (XLH)や、DMP-1、ENPP1遺伝子異常による常染色体劣性低リン血症性くる病/骨軟化症(ARHR1, 2)も過剰なFGF23活性により惹起されることが報告されている。一方、FGF23作用障害では、家族性高リン血症性腫瘍状石灰沈着症 (FHTC)が生じる。FHTCの原因遺伝子としてFGF23遺伝子、ppGalNAc-T3をコードするGALNT3遺伝子、およびKlotho遺伝子が報告されている。このうちppGalNAc-T3蛋白は、O型糖鎖付加を媒介する酵素であり、GALNT3遺伝子異常による糖鎖付加異常がFGF23蛋白のプロセッシングを亢進させる。また、FGF23遺伝子異常によるFHTCでも体内にFGF23フラグメントが著増していることから、蛋白構造異常によりプロセッシングが亢進しているものと考えられている。現在広く使用されている、血中FGF23の測定法には、活性を有する全長FGF23のみを測定する全長アッセイと、全長FGF23と共にC端フラグメントを測定するC端アッセイの二種類が存在する。GALNT3、FGF23遺伝子異常によるFHTCでは、体内でのフラグメント増加を反映して、C端アッセイ測定値が高値を示すのに対し、全長アッセイ測定値は低~基準値を示し解離する。しかしながら、過去に報告された両遺伝子異常によるFHTC症例の血中FGF23、リン値を見ると、半数以上の症例は基準値内の全長FGF23測定値を示すにも関わらず、著明な高リン血症を呈している。

3. 慢性腎臓病とFGF23

FGF23は、主に腎臓に作用し血中リン濃度を調節しているが、腎からのリン排泄が障害される慢性腎臓病、特に透析患者においては、FGF23が高値となることが知られている。この原因として、体内へのリン貯留、高リン血症によるFGF23産生亢進が考えられている。同様に慢性腎臓病患者で高値となる副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone: PTH)では、体内で分解されたC端側フラグメントが腎排泄性であるため、体内に蓄積していることが知られている。

B. 目的

健常人またはFHTC以外のFGF23が高値となる疾患、また、腎機能が低下した状態における、体内でのFGF23蛋白存在様式は不明であることから、(1)体内でのFGF23蛋白の存在様式、(2)FGF23フラグメントの生体内での存在意義を明らかにすることを目的とし、以下の検討を行なった。

C. 方法

1. 体内でのFGF23存在様式の検討

FGF23が高値となる血液透析(HD)施行中の末期腎不全(ESRD)、TIO患者血漿を、全長アッセイとC端アッセイの両者で血中FGF23濃度を測定し、比較検討した。さらに腹膜透析(PD)患者、健常人を加え血漿中のFGF23蛋白を、免疫沈降-ウェスタンブロット法により検討した。各検体で得られた全長FGF23とフラグメントのバンドを、画像解析ソフトを用いて定量化した。

2. FGF23フラグメントの全長FGF23作用に対する影響の検討

スブチシリン様プロテアーゼ認識配列内の変異によりプロセッシング抵抗性を獲得した変異FGF23ベクター(RQ)と、同様に糖鎖付加障害によりプロセッシングを受けやすい変異FGF23ベクター(T178A)を作成した。それぞれの変異遺伝子を細胞に発現させ、培養上清を採取することによって、全長FGF23のみ、またはフラグメントのみを含む溶液を得た。各溶液による細胞内への情報伝達を、Egr-1遺伝子レポーター活性により評価した。

3. 全長FGF23、フラグメントのFGF23 mRNA発現への影響

ラット骨肉腫細胞由来のUMR-106細胞を1, 25(OH)2D3で刺激するとFGF23 mRNA発現が誘導される。これを用いて、1, 25(OH)2D3に、全長FGF23またはFGF23フラグメントを添加し、mRNA発現に両者が及ぼす影響を検討した。

D. 結果

1. 体内でのFGF23存在様式の検討

全長アッセイ・C端アッセイ測定値はESRD、TIOいずれの群でも高値であった。両測定法による測定値は良好な相関を示し、その分布にESRD群、TIO群で相違は認めなかった。免疫沈降-ウェスタンブロッティングでは、各群で約32kDaの全長FGF23のバンドと、約12kDaのFGF23C端フラグメントのバンドが検出された。バンドの定量化により、比率を算出したところ、体内で約30%のFGF23はフラグメントとして存在しており、各群間で有意差は認めなかった。

2. FGF23フラグメントの全長FGF23作用に対する影響の検討

Klotho発現細胞において、RQ蛋白は、Egr-1プロモーター活性を用量依存性に増加させたが、T178A蛋白単独ではEgr-1プロモーター活性を促進しなかった。次いで、T178A蛋白のRQ蛋白による細胞内情報伝達系に与える影響を検討すると、過剰なフラグメントの存在下ではRQの活性を低下させることが明らかとなった。

3. 全長FGF23、フラグメントのFGF23 mRNA発現への影響

通常の状態では、UMR-106細胞はFGF23 mRNAを発現していないのに対し、1, 25(OH)2D3による48時間の刺激によってFGF23 mRNA発現は顕著に誘導された。しかし、R176Q蛋白、T178A蛋白が1, 25(OH)2D3と共に細胞外に存在しても、FGF23 mRNA発現量に変化は見られなかった。

E. 考察

FGF23は血清リン、ビタミンD代謝だけでなく、慢性腎臓病患者における血管の石灰化や骨折リスクと相関するなど、様々な点で注目を浴びている。PTHはESRDにおいてC端フラグメントが体内に貯留することが知られているが、今回の我々の検討で、FHTCの様な特殊な病態でなくても、ヒト血漿中にプロセッシングを受けたFGF23フラグメントが存在していることがわかった。その比率は、健常人、HDまたはPD施行中のESRD症例、TIO症例間で差を認めなかったことから、ESRDにおいても体内にC端フラグメントが著増していることは無い、と考えられる。In vitroでのFGF23-N/C端フラグメント作用の検討では、FGF23-N/C端フラグメント単独ではEgr-1プロモーター活性を促進しなかったのに対し、過剰に存在する場合には全長FGF23によるEgr-1プロモーター活性を阻害した。フラグメントの作用に関しては議論が分かれているが、過剰なFGF23フラグメントが全長FGF23活性を抑制したことはFHTCの所見と合致する。従って、この機構の解明はFGF23作用過剰疾患の治療法などにつながるものと思われる。

E. 結語

今回の検討により、FGF23は、in vivoでもプロセッシングを受け、その約3割はフラグメントとして存在していることがわかった。また、PTHのC端フラグメントとは異なり、ESRD患者血中でFGF23のC端フラグメントが蓄積することは無いことが明らかとなった。FGF23蛋白プロセッシングが亢進するFHTCでは、過剰なFGF23フラグメントによる全長FGF23作用の阻害が、高リン血症などの発症に関与している可能性があることがわかった。今後は、FGF23が関与する低リン血症性疾患の治療法の開発のためにも、FGF23産生調節機構、フラグメントの意義のさらなる解明が必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor : FGF)23は、生体内で血清リン、ビタミンD代謝を担う液性因子である。FGF23は腎臓に作用し、尿細管でのリン再吸収を抑制しリン利尿を促すことによって血清リンを低下させると共に、血中1,25(OH)2D3濃度も低下させ、腸管リン吸収の抑制という観点からも血清リンを低下させる。In vitroの発現実験では、一部のFGF23蛋白はプロセッシングを受け、リン利尿作用を有さないN端、C端フラグメントに分解することが知られている。FGF23蛋白分解が亢進し、高リン血症、異所性石灰化を特徴とする家族性高リン血症性腫瘍状石灰沈着症(FHTC)の一部では、体内にFGF23フラグメントが著増していることが知られている。しかし、健常人やFHTC以外のFGF23が高値となる疾患、または、腎機能が低下した状態において、体内でのFGF23蛋白存在様式は不明である。さらに、過去の報告から、FHTCにおいては体内に蓄積したフラグメントが、全長FGF23作用を阻害している可能性が示唆されている。そこで、本研究では生体内でのFGF23蛋白の存在様式、またFGF23フラグメントの存在意義を明らかにすることを目的とし、以下の検討を行った。

1. 体内でのFGF23存在様式の検討

FGF23が高値となる血液透析(HD)施行中の末期腎不全(ESRD)、腫瘍性骨軟化症(TIO)患者血漿を、全長FGF23蛋白のみを測定する全長アッセイと、全長FGF23蛋白と共に、分解されたC端フラグメントも測定するC端アッセイの両者で測定し、比較検討した。さらに腹膜透析(PD)患者、健常人の血漿検体を加えFGF23蛋白を免疫沈降-ウェスタンブロット法により検討した。各検体で得られた全長FGF23とフラグメントのバンドを、画像解析ソフトを用いて定量化した。両測定法による測定値は良好な相関を示し、その分布にESRD群、TIO群で相違は認めなかった。免疫沈降-ウェスタンブロッティングでは、各群で約32kDaの全長FGF23蛋白のバンドと、約12kDaのFGF23C端フラグメントのバンドが検出された。バンドの定量化により、比率を算出したところ、体内で約30%のFGF23蛋白はフラグメントとして存在しており、各疾患群間で有意差は認めなかった。これにより、FGF23蛋白は、in vivoでもプロセッシングを受け、その約3割はフラグメントとして存在していることがわかった。また、ESRD患者血中でFGF23のC端フラグメントが蓄積していないことが明らかとなった。

2. FGF23フラグメントの全長FGF23作用に対する影響の検討

スブチシリン様プロテアーゼ認識配列内の変異によりプロセッシング抵抗性を獲得した変異FGF23ベクター(RQ)と、同様に糖鎖付加障害によりプロセッシングを受けやすい変異FGF23ベクター(T178A)を作成した。それぞれの変異遺伝子を細胞に発現させ、培養上清を採取することによって、全長FGF23のみ、またはフラグメントのみを含む溶液を得た。各溶液による細胞内への情報伝達を、Egr-1遺伝子プロモーター活性により評価した。

Klotho発現細胞において、RQ蛋白は、Egr-1プロモーター活性を用量依存性に増加させたが、T178A蛋白単独ではEgr-1プロモーター活性を促進しなかった。次いで、T178A蛋白のRQ蛋白による細胞内情報伝達系に与える影響を検討すると、過剰なフラグメントの存在下ではRQ蛋白の活性を低下させることが明らかとなった。これにより、FHTCの高リン血症発症機序に、体内で著増しているフラグメントによる全長FGF23作用阻害が関与している可能性が示唆された。

3. 全長FGF23、フラグメントのFGF23 mRNA発現への影響

一部のFGF23作用過剰疾患においては、体内でのFGF23フラグメント減少がFGF23産生過剰に関与している可能性が示唆されている。ラット骨肉腫細胞由来のUMR-106細胞を1,25(OH)2D3で刺激するとFGF23 mRNA発現が誘導される。このFGF23 mRNA発現系に、全長FGF23またはFGF23フラグメントを添加し、mRNA発現に両者が及ぼす影響を検討した。通常の状態では、UMR-106細胞はFGF23 mRNAを発現していないのに対し、1,25(OH)2D3による48時間刺激によってFGF23 mRNA発現は顕著に誘導された。しかし、RQ蛋白、T178A蛋白が1,25(OH)2D3と共に存在しても、FGF23 mRNA発現量に変化は見られなかった。

以上、本論文は生体内でのFGF23蛋白の存在様式および、全長FGF23蛋白、C端フラグメントの比率に腎機能が影響しないことを明らかとした。さらにin vitroの検討により、過剰なFGF23フラグメントは、全長FGF23蛋白作用を阻害する可能性があることがわかった。本研究が明らかにした、生体内でのFGF23蛋白の存在様式およびC端フラグメントの作用は、FGF23作用過剰が関与する低リン血症性疾患の治療法の開発のためにも有用と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51488