学位論文要旨



No 127056
著者(漢字) 鈴木,信也
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,シンヤ
標題(和) 日本の一都市病院におけるデータを通してみる日本の心房細動患者の疫学の現状 : Shinken Databaseのデータ解析より
標題(洋) The Epidemiology of Japanese Atrial Fibrillation Patients Perspected Through the Data of a Cardiovascular Hospital in an Urban City of Japan : from the Analysis of Shinken Database
報告番号 127056
報告番号 甲27056
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3666号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 特任准教授 眞鍋,一郎
 東京大学 特任准教授 宇野,漢成
 東京大学 准教授 東,尚弘
内容要旨 要旨を表示する

背景: 心房細動は先進国においてもっとも多くみられる不整脈であり、心血管リスク因子で補正しても独立した死亡リスクである。心房細動の長期予後を明らかにしたFramingham研究の報告は、心房細動の生命予後が極めて不良であることを示したが、同研究の開始時から数十年を経た現在では、心房細動そのものに対する薬剤およびデバイス治療の向上はもちろんのこと、心不全、急性冠動脈症候群、脳梗塞といった心房細動の生命予後リスクにとって重要な心血管疾患に対する治療も目覚ましく向上してきた。実際のところ、欧米の複数の病院型コホートで、心房細動患者の生命予後の改善が指摘されている。一方で、日本では心房細動患者の長期生命予後に関する報告は、現時点のところ一般人口型コホートのNIPPON DATA 80と、病院型コホートのHokkaido 研究の報告のみである。

方法: 2004~2009年度に心臓血管研究所付属病院へ初診患者として外来へ来院または入院した患者を対象として、初診時のデータを取得後、予後(入院イベントおよび死亡イベントの発生有無)を追跡調査した(通院症例は院内データ、通院中止および他院紹介症例は封書による)。6年分のデータから、心房細動患者の死亡率の現状とリスク因子を解析するとともに、患者背景別の予後、治療薬剤有無別の予後(患者背景と投与薬剤はいずれも初診時のデータによって層別)、6年間の予後の変遷、について総括し、日本の一つの循環器専門病院を受診する心房細動患者の予後の現状の一報告として提示する。

結果: 2004~2009年度の心臓血管研究所付属病院の初診患者の中で、初診時に心房細動と診断された患者は1,942名であった(平均年齢は66±13歳、男性73%)。平均2.1年の観察期間中に、総死亡、脳卒中死亡、心血管死亡はそれぞれ45、4、30件発生した。カプラン・マイヤー法による累積死亡率(初診時から1年/2年/5年経過時)は、総死亡、脳卒中死亡、心血管死亡についてそれぞれ、1.6/2.1/5.3%、0.1/0.1/1.1%、1.2/1.4/3.5%であった。また、患者背景因子の中で総死亡および心血管死亡と相関する因子をコックス回帰分析で解析したところ、独立危険因子と同定されたのは、前者が心不全、虚血性心疾患、糖尿病(以上、正相関)、脂質異常症(これのみ逆相関)であり、後者は心不全、虚血性心疾患(いずれも正相関)、脂質異常症(これのみ逆相関)であった。脳卒中死亡は、発生件数が少ないため、コックス回帰分析は行わなかった。また、薬剤(ワーファリン、アスピリン、洞調律維持のための薬剤、心拍数調整のための薬剤、レニン・アンジオテンシン系阻害薬、スタチンの6つのカテゴリ)と死亡との相関をコックス回帰分析およびプロペンシティ・スコア・マッチングによって解析したところ、総死亡、脳卒中死亡、心血管死亡のいずれとも、他因子で補正後に独立した相関を認める薬剤はなかった。2004~2009年度の6年間を、2004-2005/2006-2007/2008-2009年度の3期間に分けて初診時から1年以内の死亡率の変遷を調べたところ、総死亡、心血管死亡についてそれぞれ、2.0/1.0/0.9%、1.7/0.6/0.8%と約半分に低下していた。脳卒中死亡は、0.0/0.1/0.0%ときわめて低く、1年以内の死亡イベント自体が6年間で1件しか発生しなかった。

考察: 日本の都心に位置する一つの循環器専門病院における心房細動の死亡率および、死亡に対するリスク因子と薬剤投与の影響、死亡率の6年間の変遷を明らかにした。本研究の心房細動患者における脳卒中死亡の低さは顕著であり、抗凝固療法導入率が近年急速に高まってきた臨床現場の実状を反映していると考えられた。一方で、本研究の心房細動患者において、この6年間に死亡率(総死亡および心血管死亡)の顕著な低下を認めたが、心房細動患者の若年化、心不全併発率の低下も影響していると思われた。ただし、こうした心房細動患者像は心房細動患者の全体像を反映したものとは言えず、全体像をより正確に把握するためには、今後、複数の病院型コホートが立ち上げられることが必要であり、かつ、一般人口型コホートの予後調査の発表が待たれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本の都心に位置する循環器専門病院受診者における心房細動患者1,942人を対象として、その生命予後(平均観察期間2.1年、最長6年)を明らかにするとともに、生命予後に対する独立危険因子、薬剤投与の影響、6年間の変遷について明らかにしようとしたもので、下記の結果を得ている。

1)日本の都心に位置する一つの病院型コホートであるShinken Databaseにおいて、心房細動患者の総死亡の累積死亡率は、初診から1年で1.6%、2年で2.1%、5年で5.3%であった。また、脳卒中死亡の累積死亡率は初診から1年で0.1%、2年で0.1%、5年で1.1%であり、心血管死亡の累積死亡率は初診から1年で1.2%、2年で1.4%、5年で3.5%であった。

2)日本国内の既存のデータとしては、病院型コホートのHokkaido 研究、一般人口型コホートのNIPPON DATA 80が心房細動患者の予後を報告しているが、死亡率の記載に統一性がないため、お互いを比較することが困難であった。人年法で統一して記載してみると、総死亡に関しては、Shinken Databaseは1,091 (100,000人年あたり)で、Hokkaido 研究 (100,000人年あたり1,742)の約2/3、NIPPON DATA 80(100,000人年あたり5,865)の約1/5であった。同様に、脳卒中死亡に関しては、Shinken Databaseは97 (100,000人年あたり)で、Hokkaido 研究 (100,000人年あたり529)の約1/5、NIPPON DATA 80(100,000人年あたり1,430)の約1/14であった。また、心血管死亡に関しては、Shinken Databaseは727 (100,000人年あたり)で、Hokkaido 研究 (100,000人年あたり1,124)の約2/3、NIPPON DATA 80(100,000人年あたり3,433)の約1/5であった。

3)死亡に対する独立危険因子としては、総死亡に対しては心不全、虚血性心疾患、糖尿病、心血管死亡に対しては心不全、虚血性心疾患が正相関し、既存の報告と矛盾なかった。一方で、総死亡に対しても心血管死亡に対しても脂質異常症が逆相関したが、その意義を明らかにすることはできなかった。

4)ワーファリン、アスピリン、洞調律維持のための薬剤、心拍数調整のための薬剤、レニン-アンジオテンシン系阻害薬、スタチンといった薬剤と死亡率との相関を明らかにすることはできなかった。とくにワーファリンに関しては、近年急速に塞栓症のリスク層別化に基づいた投与が厳格に実践されるようになった実情を反映するものと思われ、ワーファリンの有用性を明らかにした既存の報告と矛盾するものではないと考えられる。

5)2004年度から2009年度の6年間に、Shinken Databaseにおける心房細動患者の総死亡 および心血管死亡の発生率は約1/2に減少した。その理由の一部としては、平均年齢の低下や心不全併発率の低下など、患者背景の変化が挙げられる。

以上、本論文は、日本の都心に位置する循環器専門病院受診者における心房細動患者1,942人を対象として、その生命予後を明らかにするとともに、生命予後に対する独立危険因子、薬剤投与の影響、6年間の変遷を明らかにした。とりわけ、日本の心房細動患者において、とくに脳血管障害に関する予後が著明に改善していることを明らかにし、抗凝固療法導入への取り組みの重要性を再認識させるとともに、循環器専門病院へ通院する心房細動患者の生命予後が著明に改善している現状、およびその背景にある患者の平均年齢の低下、心不全併発率の低下、などの変化を指摘した。本研究は、日本の心房細動の疫学研究に対して重要な情報を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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