学位論文要旨



No 127059
著者(漢字) 西,真貴子
著者(英字)
著者(カナ) ニシ,マキコ
標題(和) 脂肪組織におけるアデノウィルスを用いたin vivoプロモーター(in vivo Ad-luc)解析手法の確立
標題(洋)
報告番号 127059
報告番号 甲27059
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3669号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 宮崎,徹
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 准教授 吉内,一浩
内容要旨 要旨を表示する

脂肪酸合成系酵素は25の酵素からなっており、活性は転写レベルで調整されていることが知られている。脂肪酸合成系酵素は肝臓・脂肪で発現が高く、摂食時に著明にmRNAが誘導される(=摂食応答)。肝臓においてこれらの酵素はbasic helix-loop-helix leucine zipper familyに属する転写因子sterol regulatory element-binding protein (SREBP, gene symbol srebf)-1が転写調節していることが知られていた。SREBPにはSREBP-1a、SREBP-1c、SREBP-2の3つのアイソフォームが存在する。SREBP-1に関しては肝臓と脂肪においてはSREBP-1cが1aよりもはるかに多く存在し、肝臓における中性脂肪合成は主にSREBP-1cが関与する。トランスジェニックマウスおよび遺伝子欠損マウスの解析により、肝臓においてSREBP-1は脂肪酸合成酵素群のmRNA転写を調節しており、摂食時のSREBP-1の発現上昇に伴い脂肪酸合成酵素群の発現が上昇することがわかっていた。しかし、SREBP-1欠損マウスでの脂肪組織における脂肪酸合成酵素の摂食時の発現誘導は野生型マウスと同様であり、脂肪組織において脂肪酸合成系遺伝子発現調節はSREBP-1には依存しないと考えられた。また、LXRアゴニストであるT0901317の投与でSREBP-1の発現を誘導した際に、肝臓において脂肪酸合成酵素群の発現はこれに伴って上昇したのに対し、初代培養脂肪細胞では発現に変化はなかった。

Streptozotocin(STZ)投与でインスリンを枯渇させたマウスのモデルを用いた研究で、脂肪酸合成酵素群の摂食応答は肝臓においてインスリンには非依存的であることが示されていたが、脂肪組織ではインスリン依存的であった。

以上のように、脂肪酸合成系酵素の摂食時の転写活性上昇に関して、肝臓ではSREBP-1依存的・インスリン非依存的であるのに対し、脂肪組織ではSREBP-1非依存的・インスリン依存的であり、肝臓と脂肪組織における脂肪酸合成系酵素の発現調節機構には明確な相違がある。今回の研究で脂肪組織に特異的な脂肪酸合成系酵素の転写調節機構解明を試みた。

以前、初代培養脂肪細胞を用いた実験により解明を試みたが、培養液中のインスリン、Glucoseの濃度を変化させても脂肪酸合成系酵素の発現は変化せず、in vitroの実験系では摂食応答という生命現象の観察はできなかった。そこで脂肪組織における摂食応答をin vivoの臓器で解析する手法を今回確立した。脂肪酸合成系酵素の中でもMalonyl CoAから炭素数16の飽和脂肪酸を生成する律速酵素で脂肪酸合成において重要な位置を占めているfatty acid synthase(FAS, gene symbol Fasn)に着目し、プロモーター解析の対象とした。

当研究室では肝臓における転写因子SREBP-1cの制御機構解明等を通じて、レポーター遺伝子(ルシフェラーゼ)を含むアデノウィルスを用いたin vivoプロモーター解析の方法論(in vivo Ad-luc解析法)を独自に開発し、in vivoの系においてSREBP-1cプロモーターによるレポーター遺伝子の摂食応答を観察してきた。この方法に改良を加えることで、脂肪組織におけるin vivo Ad-luc解析法を確立した。

FASの転写開始点から約780bpが哺乳類間で種を超えて保存されているDNA領域がFASのプロモーターとして働いている可能性が高いと考えられるため、哺乳類間でよく保存されている、転写開始点より771塩基上流から転写開始点までをプロモーター候補配列とし、FAS遺伝子プロモーター候補のDNA配列によって、その下流に配置したLuciferaseレポーター遺伝子を発現させるアデノウィルスを作成した。また、脂肪組織内のアデノDNA量の補正にSV40プロモーターにRenilla (ウミシイタケ)geneを結合させたアデノウィルス(Ad-SV40-Renilla)を用いた。

このLuciferase活性は絶食時と比較して摂食時に2倍程度の上昇していた。短縮型のコンストラクトを作成したところ摂食時におけるLuciferase活性上昇は-118のプロモーターより長いコンストラクトにはみられるも、-81のプロモーターにはなかった。-118から-81の間に摂食応答時のFASの転写活性上昇に関与するcis-elementが少なくとも一部は存在することが示唆された。肝臓において-150の領域のSREと-65の領域のE-Boxが摂食時のFASの転写活性上昇に必要であり、-150のSREへのSREBP-1の結合と-65のE-Boxへの転写因子Upstream regulatory factor(USF)結合が重要であることが知られていた。-150のSREと-65のE-Boxに変異を入れたプロモーターを作成することでこれらの領域の重要性を検討したところ、摂食応答は-150のSRE変異のプロモーターでは残存したが、-65のE-Box/SREに変異を入れたプロモーターについては摂食応答は消失しており、-150SREは摂食応答に必要ではなく、-65のE-Boxは必要であることが示された。-118~-81には転写因子Sp1結合領域として知られる領域が-92にあり、肝臓におけるFASの転写調節への関与が報告されていたが、今回の研究で脂肪組織における摂食時のFASの転写活性上昇に-92のSp1結合領域は関与しないことが示された。以上より、脂肪組織における摂食によるFASの転写活性上昇には-65のE-Box/SREもFASの摂食応答には必要であるが、それだけでは不十分であり、-118~-81の領域の一部と協調して働く可能性が考えられた。

今後はFASの摂食-絶食応答に必要な領域のさらなる絞り込み、および、当研究室で開発したゲノムワイド転写因子発現ライブラリを活用する発現クローニング法により、その部位に結合する転写因子の同定を試みる予定としている。

同時に、今回は脂肪組織における肥満に伴うレプチンの転写の増加のメカニズムについても解析を試みた。in vitroでのレプチン遺伝子のプロモーター解析は1998年に行われており、転写開始点より50塩基上流に結合するC/EBPαがレプチンの転写を正に制御することが報告されていた。しかし、C/EBPαは肥満によって発現が上昇しないことよりレプチンの肥満に伴う発現上昇はC/EBPαのみでは説明困難である。培養細胞を用いたin vitroの系で脂肪細胞の肥大モデルを構築することは難しく、「脂肪量を感知する」仕組みには迫ることはできず、in vitroの系の実験ではその報告以上の探索は困難と考えられた。脂肪のサイズがダイナミックに変化する肥満モデルマウス作成においてそのin vivoプロモーター解析の手法を適用することにより、培養細胞系において解決しえなかった「脂肪細胞のサイズとレプチンの転写はいかにして相関するか」という問題を解決できると考えられたため、今回実験することとした。哺乳類間で種を超えて保存されているDNA領域がレプチンのプロモーターおよびエンハンサーとして働いている可能性が高いと考えられるため、哺乳類間でよく保存されている、転写開始点より700塩基上流から転写開始点までをプロモーター候補配列とし、また、転写開始点より上流30000塩基~下流40000塩基において500塩基程度にわたり哺乳類間で保存されている領域をエンハンサー候補配列とした。レプチン遺伝子プロモーターおよびエンハンサー候補のDNA配列によって、その下流に配置したLucifefaseレポーター遺伝子を発現させるアデノウィルスを作成し、高脂肪食および遺伝的な肥満モデルマウスの脂肪組織に打ちこむ実験系により探索を行った。

計8種類エンハンサー候補配列にSV40-lucを結合させたアデノウィルスを投与したが、肥満モデルにおいて活性が上昇するものはなく、エンハンサー同定には至らなかった。

ゲノム上においてCTCF (insulator-binding protein)に挟まれた領域内にエンハンサーが存在することが知られていたことから、転写開始点より上流30000塩基~下流40000塩基において500塩基程度にわたり哺乳類間で保存されている領域をエンハンサー候補配列としたが、哺乳類間で保存されていることがエンハンサーとして働くために必要条件ではなく、この時点で適切にエンハンサー候補配列が選出出来ていなかった可能性は考えられる。そうであればエンハンサー選出には、より特異度の高い選出方法が必要なのかもしれない。H3K4me1(ヒストン3-リジン4のモノメチル化)がエンハンサー領域に一致することが知られており、脂肪組織の核抽出産物に対するH3K4me1によるChIPシークエンスによる解析など、エンハンサー選出方法も検討の余地がある。また、別の可能性として、今回はエンハンサー候補とした領域をSV40-lucに結合するコンストラクトを作成したが、エンハンサー領域とプロモーター領域との間で協調的に働く必要性がある可能性も考えられ、エンハンサーとして選んだ領域が正しかったとしてもプロモーターがSV40ではなく、Leptinプロモーターでないと機能しなかった可能性も否定できない。その他の可能性としては、Leptinプロモーターのルシフェラーゼ活性値が小さかったためエンハンサーが存在する可能性が高いと考えたものの、そもそもエンハンサー自体が存在しなかったということも十分ありえる。

また、700塩基のプロモーター上に肥満でプロモーター活性上昇に関与する塩基配列があるか探索するべく、80kbまで短縮させた5'欠損の短縮型プロモーターを作成およびC/EBP結合部位に変異を入れたが、ルシフェラーゼ活性は肥満モデルにおいて同様に上昇しており、プロモーター上にLeptinの肥満における転写上昇に関与する部位が存在するかおよびC/EBP結合部位は肥満でのLeptin転写上昇に関与するか否かの判断ができなかった。-80より転写開始点近くでC/EBPでない部位に肥満におけるLeptin転写上昇に関与する部位がある可能性、肥満モデルにおいてどのようなプロモーターであったとしても非特異的にルシフェラーゼ活性が上昇しており、探索した範囲内にはLeptinの肥満での上昇に関与する部位はないか範囲内にあったとしてもこの系では検出できていない可能性が考えられた。前者であれば、-80よりさらに短いプロモーターで解析する必要がある。肥満モデルの脂肪組織においてルシフェラーゼが非特異的に上昇している可能性があることに関してはレポーター遺伝子のLuc2などへの変更により改善を試みる予定である。

補正に用いるAd-SV40-RenillaによるRenilla活性自体が高脂肪食負荷肥満モデル、ob/obの両肥満モデルマウスにおいて2倍程度上昇していた。コントロールのアデノウィルスのレポーター活性上昇がプロモーター領域同定に難渋した原因である可能性も考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

脂肪酸合成系酵素の摂食時の転写活性上昇に関して、肝臓ではSREBP-1依存的・インスリン非依存的であるのに対し、脂肪組織ではSREBP-1非依存的・インスリン依存的であり、肝臓と脂肪組織における脂肪酸合成系酵素の発現調節機構には明確な相違があることがわかっており、今回の研究で脂肪組織に特異的な脂肪酸合成系酵素の転写調節機構解明を試みた。

初代培養脂肪細胞を用いたin vitroの実験系では摂食応答という生命現象の観察はできなかったため、本研究において脂肪組織における摂食応答をin vivoの臓器で解析する手法を確立した。

本研究において以下のような結果を得ている。

1. 肝臓においてすでに確立されていた、レポーター遺伝子(ルシフェラーゼ)を含むアデノウィルスを用いたin vivoプロモーター解析の手法を応用し、脂肪組織において摂食応答など遺伝子発現の栄養状態に応じた変化を観察することに成功した。

2. 脂肪酸合成系酵素の一つであるFASプロモーターの解析をこの手法により行った。-65のE-Box/SREと-118~-81の領域が協調して脂肪組織の摂食応答に関与することが明らかになった。-118~-81に存在する-92のSp1結合部位は摂食応答に必要ではないことが示された。既報で肝臓においてFASの摂食応答に必要とされていた-150のSREへのSREBP-1cの結合は脂肪組織においては必要でなかった。

3. SREBP-1欠損マウスを用いてもFASプロモーターの摂食応答に変化がなかったことからも、FASの摂食応答にSREBP-1は必要ではないことが明らかになった。

以上、本論文は脂肪酸合成系酵素の脂肪組織における転写調節のメカニズムの解析を可能にしたものである。本研究は脂肪組織において摂食応答など遺伝子発現変化をin vivoで観察することにより、栄養状態に応じた遺伝子変化を観察した初の報告である。脂肪組織における転写因子のネットワーク網の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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