学位論文要旨



No 127060
著者(漢字) 竹内,牧
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,マキ
標題(和) マウス副腎アルドステロン(ALD)分泌におけるAT1bRの役割およびその発現調節におけるアンジオテンシンIIとALDの拮抗作用、ならびに食塩による臓器障害惹起へのALDの関与
標題(洋)
報告番号 127060
報告番号 甲27060
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3670号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 准教授 井田,孔明
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 講師 下澤,達雄
 東京大学 講師 西松,寛明
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的:

本研究ではangiotensin II (AII)刺激によるマウス副腎からのaldosterone (ALD)産生促進機序の解明、ならびにAII亢進と過剰な食塩摂取により惹起される腎障害の病態メカニズムの解明を目的とし解析を行った。

心腎血管系障害の進行には、renin-angiotensin-aldosterone system (RAAS)が大きな役割を果たしている。これまでAIIが慢性心不全や高血圧、腎障害などに大きく関与していると言われてきた一方で、近年RAASの最終産物であるALDにも注目が集まっている。ALDの古典的作用である電解質、血圧調節作用のみならず、単独で直接的に臓器障害惹起作用を持つということが示されてきた。

ALDは副腎球状層から分泌されるホルモンであり様々な因子により産生が調節されているが、中でもAIIは主要なALD産生促進因子である。AIIによるALD産生調節には主に副腎のホルモン合成酵素系と、副腎のAII receptorが関与する。

副腎のホルモン合成酵素系の中でも特にCYP11B2 (ALD synthase)はALD産生に最も重要な酵素であり、その発現は副腎球状層に限局している。

もう一つの調節因子であるAII receptorについては、主にAT1RとAT2Rという二つのsubtypeが存在する。AIIの古典的作用といわれる主な作用は殆どAT1Rを介しているということが示されおり、AIIによる副腎からのALD産生刺激作用もまたAT1Rを介する。ヒトとは異なり齧歯類のAT1Rには二つのsubtype (AT1aR, AT1bR)が存在する。マウスのAT1aRとAT1bRをコードする遺伝子のアミノ酸シークエンスは95%の相同性を持ち両者のリガンド結合や活性化特性は類似しているが、その組織局在には大きな違いがあり全身のほぼすべての臓器においてはAT1aRが優位に発現しており、一方で副腎と下垂体前葉でのみAT1bRが主に発現している。この二つのsubtypeの個別の機能に関しては未解明であることが多く、AIIによる副腎ALD産生刺激に関しても主にAT1aRを介しているという報告や、AT1aR/AT1bRいずれも必要であるとの報告もありその詳細メカニズムは未解明である。マウスのAT1aRとAT1bRは高い遺伝子ホモロジーを持ちながらもその局在や発現量の相違が、AIIの標的組織への機能において異なる作用を行っている可能性が考えられる。この視点から、AIIによるALD産生におけるAII receptorの役割を解析する目的で実験を行った。

もう一点、臨床的視点からALDの機能や役割というものに着目し、その臓器障害への寄与を考える。通常生体内ではNa摂取とRAAS活性化(ALD産生上昇)は、非常に精巧なバランスでNaや血圧の恒常性を維持しているが血中ALD濃度がたとえ正常範囲内であったとしてもその時の体内の食塩の摂取状況に対して不適切に高値である場合にALDによる臓器障害作用が引き起こされるということが示されてきている。

ALDの臓器障害作用と食塩摂取という視点から背景メカニズムを探ることを目的として実験を行った。

方法、結果ならびに考察:

まずAIIによるALD産生に関与する各因子の変化を確認するために、C57へのAII投与実験を行ったところ、ALD産生は増加し副腎3βHSD6、CYP11B2発現上昇とともにAII receptorの中でもAT1bRのみの発現上昇が認められた。この時AT1aR、AT2R発現には変化がなかった。AIIによるALD産生にAT1bRが何らかの寄与をしている可能性があるという仮説のもとに、このAII投与によるAT1bR発現上昇の意義やその調節メカニズムをさらに検討することとした。AT1bR発現上昇を引き起こす要因としては、1)AIIによるAII receptorを介した直接作用、2)AIIにより産生増加したALDによる直接作用、3)既報にあるglucocorticoidによる直接作用、等が考えられたため、各々投与実験を行いAT1bR発現変化の解析を行った。AIIによるALD産生はAT1R antagonistにより完全に抑制され、AII刺激によるCYP11B2とAT1bRの発現上昇も抑制され、AT2R antagonistには影響を受けなかったことから、AT1Rを介していることが示された。また、ALDがMRを介してAT1bR発現を直接増加させる可能性に関しては、ALD投与によるAT1bR発現が抑制されたことならびにeplerenoneによるMR阻害によってAT1bR発現がさらに上昇したことから否定的と考えられた。逆にMR (mineralocorticoid receptor)阻害によりAT1bR発現が上昇したこと、及びALD投与により発現抑制が認められたことから、ALDに直接的なAT1bR発現抑制作用がある可能性が考えられた。これは、AT1R antagonist投与時に抑制されたAT1bR発現がそれに追加でALD外因性投与を行ったことでさらなる抑制を認めたことからALDそのものに直接的なAT1bR発現抑制作用があるということが示された。一方、dexamethasone投与およびGR (glucocorticoid receptor)阻害によってもALD産生は抑制されずAT1bR発現変化も認められなかったことからglucocorticoidによるAT1bR調節の可能性は否定的である。以上より、AIIによるALD産生促進作用にはCYP11B2発現上昇とともに、AIIによるAT1Rを介したAT1bR発現上昇が寄与していること、ならびにALDが直接的なAT1bR発現抑制作用を持つという新しい知見が得られた。

次にAII亢進と食塩負荷によって惹起される腎障害へのALDの関与について、恒常的AII亢進マウスに対して食塩負荷を行う系にて解析を行った。Tsukuba hypertensive mice (THM)という、ヒトのreninとangiotensinogenのダブルトランスジェニックにより恒常的にAII、ALDが亢進しており正常食塩食下においても心腎血管系障害を引き起こすモデルを用いた。THMは正常食塩食飼育下にてもコントロールに比して血圧上昇ならびに尿中アルブミン排泄増加を生じ、これに食塩負荷を行うことで腎障害の著明な増悪を認めた。THMに対する高食塩負荷により尿中アルブミン量の著明な増加、糸球体・尿細管間質障害が認められ、腎臓の炎症性、線維性マーカーの遺伝子発現上昇が認められた。これらはeplerenone加療により改善した。THMへの食塩負荷では血中ALD濃度が正常食塩群よりも低下していたがeplerenoneが著明な腎障害改善効果をもたらしたことから、ALDが病態形成に寄与しているということが示唆された。

THMでは血中ALD濃度が食塩負荷により抑制されているにもかかわらず、腎障害が惹起される原因は何であろうか。

通常生体内ではRAAS活性とNaは精巧なバランスを保ち電解質・血圧の恒常性を維持している。しかしTHMではRAS活性は常に亢進しており、たとえ食塩過剰状態となっても抑制されないため、食塩の状況に対して不適切なRAAS活性化が認められる。これによりTHMへの食塩負荷により高血圧ならびに腎障害の増悪が認められると考えられる。

THM HS群ではNS群に比して血中ALD濃度は低下しているが、HS群へOlmesartanを投与するとさらに血中ALD濃度は抑制され検出感度未満となる。これより、THMのHS群では食塩状況に対しては不適切なALD分泌が生じているものと考えられる。このメカニズム解明のためTHMの副腎解析を行った。THMに食塩を負荷すると、C57に食塩を負荷したときと同様に副腎AT1bR、CYP11B2発現が抑制される。しかしながら、C57のHS群に比べてTHMでは恒常的にAIIが高値である状態の影響でCYP11B2とAT1bR発現の食塩による抑制が不十分であり、これが不適切なALD分泌を引き起こしている可能性が考えられた。また、3βHSD6発現がTHMではC57に比して増加している。食塩負荷によっても3βHSD6発現は抑制されず高いままであり、このことも不適切なALD分泌に寄与しているということが示唆された。

結論:

本研究から、マウス副腎におけるAII誘因性のALD分泌促進作用の背景にはCYP11B2発現上昇ならびにAT1bR発現上昇が寄与しているということが示唆された。AT1bR発現上昇は、AIIによるAT1Rを介したメカニズムが想定されたが、今回同時にALDによって直接的にAT1bRの発現抑制が認められるという新しい知見が得られた。

また、AII恒常的高値状態への食塩負荷によって著明な臓器障害が引き起こされることが示されたが、その背景には不適切なALD分泌がその一因として寄与していると考えられた。不適切なALD分泌を引き起こしているのは、副腎でのAT1bR、CYP11B2発現の食塩による抑制が不十分であること、ならびに3βHSD6発現上昇が抑制されないことが寄与している可能性があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究ではangiotensin II (AII)刺激によるマウス副腎からのaldosterone (ALD)産生促進機序の解明、ならびにAII亢進と過剰な食塩摂取により惹起される腎障害の病態メカニズムの解明を目的とし解析を行い、下記の結果を得ている。

1.まずAIIによるALD産生に関与する各因子の変化を確認するために、C57へのAII投与を行い、ALD産生は増加し副腎CYP11B2発現上昇とともにAII receptorの中でもAT1bRのみの発現上昇が認められた。

2.このAII投与によるAT1bR発現上昇の意義やその調節メカニズムをさらに検討するため、副腎AT1bR発現に対する1)AIIによるAII receptorを介した直接作用、2)AIIにより産生増加したALDによる直接作用、3)既報にあるglucocorticoidによる直接作用、等を念頭に、各々投与実験を行いAT1bR発現変化の解析を行った。

(1)AIIによるALD産生はAT1R antagonistにより完全に抑制され、AII刺激によるCYP11B2とAT1bRの発現上昇も抑制され、AT2R antagonistには影響を受けなかった。

(2)MR (mineralocorticoid receptor)阻害によりAT1bR発現が上昇したこと、及びALD投与により発現抑制が認められたことから、ALDに直接的なAT1bR発現抑制作用がある可能性が考えられた。これは、AT1R antagonist投与時に抑制されたAT1bR発現がそれに追加でALD外因性投与を行ったことでさらなる抑制を認めたことからALDそのものに直接的なAT1bR発現抑制作用があるということが示された。

(3)dexamethasone投与およびGR (glucocorticoid receptor)阻害によってもALD産生は抑制されずAT1bR発現変化も認められなかったことからglucocorticoidによるAT1bR調節の可能性は否定的であった。

以上より、AIIによるALD産生促進作用にはCYP11B2発現上昇とともに、AIIによるAT1Rを介したAT1bR発現上昇が寄与していること、ならびにALDが直接的なAT1bR発現抑制作用を持つという新しい知見が得られた。

3.次に、AII亢進と食塩負荷によって惹起される腎障害へのALDの関与について、ヒトのreninとangiotensinogenのダブルトランスジェニックマウス(恒常的AII亢進マウス= Tsukuba Hypertensive Mice: THM)に対して食塩負荷を行う系にて解析を行った。THMに対する高食塩負荷により尿中アルブミン量の著明な増加、糸球体・尿細管間質障害が認められ、腎臓の炎症性、線維性マーカーの遺伝子発現上昇が認められたが、これらはeplerenone加療により改善した。

4. THMでは血中ALD濃度が食塩負荷により抑制されているにもかかわらず、腎障害が惹起されMR阻害により改善を来した。この背景メカニズムのためにALD分泌の主座である副腎の解析を行った。THMに食塩を負荷すると、C57に食塩を負荷したときと同様に副腎AT1bR、CYP11B2発現が抑制される。しかしながら、C57のHS群に比べてTHMでは恒常的にAIIが高値である状態の影響でCYP11B2とAT1bR発現の食塩による抑制が不十分であり、これが不適切なALD分泌を引き起こしている可能性が考えられた。この食塩の状況に対し不適切なALD分泌が、腎障害惹起に寄与しているということが示唆された。

以上、本論文は、マウス副腎におけるAII誘因性のALD分泌促進作用の背景にはAT1bR発現上昇が寄与しているということが示唆された。AT1bR発現上昇は、AIIによるAT1Rを介したメカニズムが想定されたが、今回同時にALDによって直接的にAT1bRの発現抑制が認められるという新しい知見が得られた。

また、AII恒常的高値状態への食塩負荷によって著明な臓器障害が引き起こされることが示されたが、その背景には不適切なALD分泌がその一因として寄与していると考えられた。

以上の知見は、現代広く流布する心腎血管系障害において、ALDが重要な役割を担っていることおよび、そのALDの産生調節メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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