学位論文要旨



No 127061
著者(漢字) 西本,光宏
著者(英字)
著者(カナ) ニシモト,ミツヒロ
標題(和) ストア依存性カルシウム流入関連タンパクSTIM1の血管内皮機能調節における役割の解析
標題(洋)
報告番号 127061
報告番号 甲27061
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3671号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 特任准教授 菱川,慶一
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 講師 中岡,隆志
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

正常な血管内皮は血管トーヌス、血栓形成、血管透過性、血球接着、新生血管形成など血管全体の環境を制御している。血管内皮は種々の生理活性物質すなわち、一酸化窒素(NO)、prostacyclin(PGI2)、bradykinin(BK)などの血管拡張物質と、endothelin-1やangiotensinIIといった血管収縮物質をそれぞれ分泌し、そのバランスによって機能を保っている。血管内皮が障害を受けて一旦これらのバランスが崩れると血管透過性の亢進や血小板凝集、白血球接着、サイトカイン産生など一連の反応によって動脈硬化病変が進行すると考えられている。また臨床的には、血管内皮機能はアセチルコリン(ACh)による血管拡張反応として評価されおり、最近ではプレチスモグラフィや超音波検査装置によるFlow Mediated Dilatation(FMD)の計測によっても評価されている。これらの検査の結果、高血圧、糖尿病、脂質異常症など動脈硬化性疾患においては血管内の血栓などが存在しない時期でもすでに血管内皮機能の低下した患者が存在することが報告されている。しかもその後の高血圧の発症や冠動脈イベントの発症にこの血管内皮機能障害が相関することが分かっており、将来の心血管病の発症の重大な危険因子あるいは予知因子とされる。

上記のような血管内皮機能はNOに大きく依存しており、機能障害時には著明にNOの産生や活性が低下することが知られている。NOは強力な血管拡張物質であり、血管平滑筋細胞に作用して血圧を低下させるだけでなく、細胞接着因子の発現を阻害し、ケモカインの分泌、血小板凝集を抑制し、線溶傾向に働くなど抗炎症的に作用して動脈硬化に対して保護的に働くことが知られている。NOは血管内皮においては恒常的に発現する内皮型NO合成酵素(eNOS)によって産生される。eNOSは細胞内局在、リン酸化、タンパクータンパク相互作用など様々なレベルの修飾によって活性が調節されている。特にCa(2+)シグナルは直接にCa(2+)/calmodulin経路を活性化するとともにAktを活性化してeNOSをリン酸化し、活性化させる。その際にストアからのCa(2+)放出よりも細胞外からのCa(2+)流入がより強力に作用するとされている。血管内皮を含む非興奮性細胞では細胞外からのCa(2+)流入は"ストア依存性Ca(2+)流入(Store-operated Calcium Entry:SOCE)"と呼ばれる現象に依存している。ストア依存性Ca(2+)流入はBKやACh、thrombin、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などのアゴニスト、あるいはshear stressなど様々な刺激によって起こることが知られている。これらの刺激が細胞膜上の受容体に結合することによりストアからのCa(2+)放出を起こし、ストア内Ca(2+)濃度が低下すると細胞外からCa(2+)が流入することが以前から知られていたが、このストア内Ca(2+)濃度低下の情報が細胞膜上に伝達され、チャネルが開口する経路については長年にわたって不明であった。しかし2005年にストア内Ca(2+)のセンサーとしてSTIM1が同定され、ストア依存性Ca(2+)流入に主要な役割を果たしていることが様々な細胞で確認されてきた。STIM1は1回膜貫通型タンパクでN末端側にEF hand motifとsterile alpha motif(SAM)をもち、N末端側を内側として小胞体膜上に存在する。EF hand motifはCa(2+)を挟む形で結合する構造であり、STIM1はこの部分でCa(2+)を感知すると考えられている。ストア内Ca(2+)枯渇を感知したSTIM1はSAMによってオリゴマーを形成し、膜近傍あるいは膜上に移動してCa(2+)チャネルを活性化させる。さらにSTIM1の過剰発現は種々の細胞でストア依存性Ca(2+)流入を増加させることが報告されており、ストア内Ca(2+)枯渇の感知だけでなく、ストア依存性Ca(2+)流入の大きさにも寄与していることが分かっている。

上記のようにストア依存性Ca(2+)流入は血管内皮機能調節において重要であると考えられ、血管内皮細胞においてその分子メカニズムの解析は動脈硬化性疾患の最初期の病態生理の解明に有用であると考えられる。

しかし、ストア依存性Ca(2+)流入制御の分子的実体であると考えられるSTIM1が血管内皮細胞においても、他の細胞においてと同様にストア依存性Ca(2+)流入を調節しているのか、さらに直接に血管内皮機能に影響を与えるのかについては未だ明らかでなく、その解析によって血管内皮機能調節に対してより理解が深まることが期待された。

そこで本研究ではSTIM1の血管内皮細胞における動態、発現量変化によるeNOS活性化、NO産生に及ぼす影響を解析するとともに、血管内皮障害時の反応を検討するためTNFα障害刺激によるNFκB活性化に対する影響を検討した。

最初にウェスタンブロッティング法と免疫蛍光染色によって正常ウシ大動脈内皮細胞(BAEC)に内在性のSTIM1が存在することを確認した。つぎにストア内Ca(2+)枯渇刺激に対する細胞内動態を検討した。YFP融合STIM1をBAECに発現させて、共焦点顕微鏡によってリアルタイムモニターした。小胞体上のCa(2+)-ATPaseポンプ(SERCA)阻害薬であるthapsigargin投与によりストア枯渇刺激を行うとSTIM1は速やかにその細胞内分布を変化させ、clusteringによる点状構造(puncta)分布に変化した。したがって血管内皮細胞でもストア内Ca(2+)枯渇刺激に対しての局在変化が他の細胞におけるこれまでの報告と同様に起こることが確認された。発現量と機能の関係について解析するため、STIM1の発現量を変化させてストア内Ca(2+)枯渇刺激後のCa(2+)再流入に対する影響を検討した。STIM1-YFP、STIM1siRNAのトランスフェクションによりSTIM1の発現量が増加、減少することをウェスタンブロッティング法により確認した上で蛍光Ca(2+)指示薬Fura red、およびCa(2+)指示タンパクGCaMP3を用いてこれらの細胞でストア依存性Ca(2+)流入を観察した。thapsigargin/ATPによるストア内Ca(2+)枯渇刺激に続けて、Ca(2+)添加によって再流入刺激(以下SOCE刺激)を行って流入の大きさを検討したところ、過剰発現させた細胞はコントロールの細胞に比較してSOCEが約30%増加した。一方でノックダウンした細胞ではSOCEは95%以上の減少を認めた(ΔF/(Fmax-F0)=0.90±0.05 vs 0.03±0.02, p<0.005)。以上より血管内皮細胞においてもSTIM1の発現量によってSOCEの大きさが調節されることが確認された。

血管内皮細胞ではSOCEはeNOSを活性化し、NO産生を起こすことから、STIM1発現量がSOCE調節を介してNO産生を調節することが予想された。SOCE刺激により活性型eNOSであるSer1179リン酸化eNOSが有意に増加したが、この増加はSTIM1ノックダウン細胞ではコントロールに比較して約70%の抑制を認めた(pSer1179/total eNOSがcontrolの32±5%に減少, p <0.03)。さらに生理的にSOCE刺激を誘導すると考えられる100nM VEGF 15分間刺激によっても同様のeNOS活性化とSTIM1ノックダウンによるeNOS活性化の著明な抑制が認められた。この反応は細胞内Ca(2+)キレート剤BAPTA-AM、SOCE抑制剤2-APBによっても同様に抑制されたことからストア依存性Ca(2+)流入を介するものと考えられた。さらに実際のNO産生に及ぼす影響を検討するためSOCE刺激により誘導されるNO産生をDAF2DAにより評価した。その結果STIM1ノックダウン細胞ではNO産生がコントロール細胞の20%まで低下した(Fmax/F0=1.75±0.21 vs 1.15±0.04, p<0.03)。STIM1が強い血管保護作用をもつNOの産生に大きな影響を与えたことから、炎症性障害刺激に対する血管内皮の反応に影響する可能性が考えられた。障害刺激としてTNFα処置を行い、種々の炎症性障害の制御因子と考えられるNFκBへ及ぼす影響をルシフェラーゼアッセイを用いて検討した。その結果、TNFαにより増強したNFκB活性はSTIM1ノックダウン細胞では30%まで抑制された (TNF処置後fLuc/rLuc: 3.02±0.55 vs 0.99±0.23, p<0.004) 。Ca(2+)シグナルがNFκBの活性化に影響する事はこれまで様々な細胞で報告されており、特に急峻なCa(2+)濃度上昇の繰り返し(Ca(2+) oscillation)はNFκBを活性化し、且つその周期によってその活性が制御されることが報告されている。TNFαの直接刺激によるストア依存性Ca(2+)流入をはじめとするCa(2+)流入反応は観察されず、これまで非興奮性細胞においてTNFα刺激がストア依存性Ca(2+)流入を起こすという報告もみられないことから今回の実験系でTNFαが直接ストア依存性Ca(2+)流入を介してNFκB活性化を起こしたとは考えられない。一方で、リンパ球細胞株において酸化ストレス負荷がSTIM1分子を修飾し、ストア依存性Ca(2+)流入を増強したという報告があり、TNFαも生理的に起きているCa(2+) oscillationの頻度や強度に対して何らかの修飾を起こした可能性が考えられる。血管内皮細胞において高濃度リガンド存在下で観察されるCa(2+) oscillationが2-APBや細胞外Ca(2+) 除去により消失することより、ストア依存性Ca(2+)流入がoscillationの形成・維持に関与している可能性は高く、STIM1による制御が行われていることが想定される。しかし、本研究ではSTIM1のノックダウンによるNFκB活性化の抑制が、Ca(2+)シグナルの抑制を介していることを直接示すことができておらず、今後の課題である。

本研究においてストア依存性Ca(2+)流入制御タンパクであるSTIM1は血管内皮に保護的なNOの産生に不可欠である一方で、障害刺激時における反応にも促進的に寄与していることが示された。したがってSTIM1は血管内皮の病態生理において単純に保護的か、障害的かという点については本研究の結果からは結論できない。しかし、STIM1が血管内皮機能調節に何らかの関与をしている可能性が強く示唆され、各病態を複雑に修飾している可能性が考えられる。今後さらなる検討によってSTIM1の内皮における機能解析が進み、心血管病の病態生理のより深い理解と将来の治療への応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はストア依存性Ca(2+)流入関連タンパクとしての役割が解明されつつあるSTIM1が血管内皮細胞において血管内皮機能調節に及ぼす影響に対する解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ウシ大動脈血管内皮細胞にSTIM1が存在することがウェスタンブロッティング法および免疫蛍光染色により示された。TagRFP融合STIM1を発現させてストア内Ca(2+)枯渇刺激を行うと、STIM1は速やかにその細胞内分布を変化させ、clusteringによる点状構造(puncta)分布に変化した。

2.プラスミドによるSTIM1過剰発現およびsiRNAによるノックダウンを行った細胞では、ストア依存性Ca(2+)流入はそれぞれ約30%の増加・95%以上の減少を認めた。したがってSTIM1の発現量は血管内皮細胞においてもストア依存性Ca(2+)流入の大きさを制御していると考えられた。

3. カルシウムアドバックによるストア依存性Ca(2+)流入により活性化eNOSが増加したが、STIM1のノックダウンを行った細胞ではこのeNOSの活性化が約70%抑制された。さらにVEGFによる刺激でも同様にSTIM1ノックダウン細胞ではeNOSの活性化が抑制された。ストア依存性Ca(2+)流入の抑制剤である2-APB、細胞内Ca(2+)キレート剤であるBAPTA-AMを前投与した細胞でも同様にeNOS活性化の抑制が認められた。

4.STIM1ノックダウン細胞ではカルシウムアドバックによるストア依存性Ca(2+)流入によるNO産生がコントロールの20%まで抑制された。したがってSTIM1は血管内皮機能に重要な役割を果たしているNO産生をCa(2+)シグナルを介して調節していることが明らかになった。

5. TNFαによるNFκB活性化をルシフェラーゼアッセイによって評価したところ、STIM1ノックダウン細胞ではNFκB活性化がコントロールの30%まで抑制された。以上よりSTIM1がTNFαによる血管障害刺激に対して促進的に働いている可能性が示された。

以上、本論文はストア依存性Ca(2+)流入関連タンパクSTIM1が血管内皮細胞においてその機能を多面的に修飾することを明らかにした。本研究は血管内皮機能調節の機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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