学位論文要旨



No 127064
著者(漢字) 廣瀬,理沙
著者(英字)
著者(カナ) ヒロセ,リサ
標題(和) アンジオテンシン受容体拮抗薬テルミサルタンのメタボリックシンドロームに対する効果の検討
標題(洋)
報告番号 127064
報告番号 甲27064
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3674号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 講師 小川,純人
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】わが国の死因の第二位と第三位を占める心筋梗塞や脳梗塞などの心血管疾患を引き起こす基盤となる病態として、過剰なエネルギー摂取と運動不足などの生活習慣により内臓脂肪が蓄積する内臓脂肪型肥満を中心に、動脈硬化性疾患のリスクファクターであるインスリン抵抗性、脂質代謝異常、高血圧が一個人に重積するメタボリックシンドロームが注目されている。メタボリックシンドロームに伴う動脈硬化性疾患を予防するためには、食事や運動などの生活習慣の改善に加えて、糖尿病、高血圧、脂質異常症、微量アルブミン尿の改善や抗血小板薬による二次予防など、集積する複数のリスクファクターを積極的に治療する事が重要と考えられる。糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)である。このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず、様々な臓器保護作用を有しているが、ACE阻害薬やARBのプラセボ比較試験で糖尿病の新規発症を抑制する効果が報告されている。レニン・アンジオテンシン系の抑制がインスリン抵抗性を改善することが示されているが、そのメカニズムの中で、テルミサルタンなどARBの一部にPPARγパーシャル アゴニスト活性がある事が注目されている。PPARγは肥満に伴うインスリン抵抗性改善薬であるチアゾリジン誘導体のターゲットであり、脂肪細胞の分化や糖脂質代謝に関わる遺伝子の転写を制御することにより全身のインスリン抵抗性を改善する。PPARγの作用の一つに脂肪細胞から分泌され、骨格筋や肝臓など標的臓器の受容体AdipoR1、AdipoR2を介して抗糖尿病・抗動脈硬化作用を発揮するアディポネクチンの分泌を促進する作用が知られている。本研究ではテルミサルタンの代謝作用におけるPPARγとアディポネクチン経路の役割を検討するために、(1)高脂肪食負荷C57BL/6Jマウスにおけるテルミサルタンの抗肥満効果と代謝作用を検討、次に(2)2型糖尿病モデルマウスKKAyマウスにおけるテルミサルタンとPPARγアゴニスト、ロジグリタゾンの代謝作用の比較と併用効果を検討し、最後に(3)アディポネクチン欠損マウスにおけるテルミサルタンの抗肥満効果と代謝作用を検討した。

【方法】はじめに、テルミサルタンの肥満・メタボリックシンドローム改善効果を検討するため、高脂肪食誘導性肥満C57BL/6Jマウスに30mg/kgの用量で5週間テルミサルタンを強制経口投与した。体重、摂餌量を測定し、糖・脂質代謝への影響を検討するため、経口糖負荷試験、インスリン投与試験と脂肪組織重量と肝内中性脂肪含量を測定した。また、血中アディポネクチン濃度を測定した。テルミサルタンの白色脂肪組織での抗炎症作用が報告されているため、白色脂肪組織における酸化ストレスマーカーであるTBARSを測定し、炎症性サイトカインの発現を定量的PCR法を用いて検討した。次に、高脂肪食下における2型糖尿病モデルマウスKKAyマウスを用いてテルミサルタンの糖代謝への影響を検討し、PPARγフルゴニストとの作用を比較した。KKAyマウスに高脂肪食を1週間負荷した後、コントロール群、ロジグリタゾン10mg/kg投与群、テルミサルタン30mg/kg投与群、併用投与群の4群を設け、糖代謝への作用を検討するため、経口糖負荷試験を行い、肝内中性脂肪含量を測定した。また、血中アディポネクチン量を測定し、Westernブロット法を用いて、血中の多量体アディポネクチン量を検討した。白色脂肪組織におけるテルミサルタンの酸化ストレス、炎症性作用への影響を調べるため、カタラーゼ、MCP-1の遺伝子発現を定量的PCR法を用いて検討した。更に、アディポネクチン受容体(AdipoR)の遺伝子発現も定量的PCR法を用いて検討した。続いて、これまでの研究でアディポネクチン欠損マウスを用いたPPARフルアゴニストの投与実験から、PPARγフルアゴニストのインスリン抵抗性改善作用の一部はアディポネクチンを介していることが報告されていることから、アディポネクチン欠損マウスにおけるテルミサルタンの代謝作用について検討した。Wild typeとアディポネクチン欠損マウスに高脂肪食を2週間負荷後、テルミサルタン30mg/kgを4週間、混餌投与した。体重、摂餌量、脂肪組織重量を測定し、糖代謝への効果を検討するため、経口糖負荷試験を行った。また、白色脂肪組織において酸化ストレス、炎症作用に対する効果を検討した。

【結果】高脂肪食誘導性肥満C57BL/6Jマウスにテルミサルタン30mg/kgを投与した結果、テルミサルタンは摂餌量には影響を与えず、体重を有意に低下させ、白色脂肪組織重量を有意に低下させた。また、経口負荷試験、インスリン負荷試験の結果、テルミサルタンは有意に血糖値を低下させた。更に、テルミサルタン投与群で、肝内中性脂肪含量が有意に低下し、血中アディポネクチン濃度が有意に増加した。脂肪細胞での酸化ストレスマーカー、TBARSの値は有意に低下し、炎症性サイトカインMCP-1の発現は有意に低下した。2型糖尿病モデルマウスKKAyマウスにおいては、ロジグリタゾンは既報通り、体重を増加させたが、テルミサルタンはコントロール群、ロジグリタゾン投与群と比較して有意に体重を低下させた。経口糖負荷試験の結果、テルミサルタンは血糖値と血中インスリン濃度を有意に低下させた。また、テルミサルタン単独投与群では肝内中性脂肪含量が有意に低下し、併用投与群では、単独投与群と比較して相加的な増強作用が認められた。血中アディポネクチン濃度については、ロジグリタゾン投与群と比較して程度は低いが、テルミサルタン投与群でも有意な上昇を認めた。テルミサルタン投与群では、高分子量アディポネクチン量の増加も認めた。白色脂肪組織においては、ロジグリタゾン投与群、テルミサルタン投与群、併用投与群のいずれにおいても、酸化ストレス消去に関わるカタラーゼの発現が有意に増加し、MCP-1の発現が有意に低下していた。また白色脂肪組織において、ロジグリタゾン投与群でAdipoR1の発現が、いずれの群においてもAdipoR2の発現が有意に増加した。KKAyマウスにおいてもテルミサルタンによる抗肥満効果、インスリン抵抗性改善効果があることが示唆され、インスリン抵抗性改善効果はロジグリタゾンの効果と平行していた。しかしながら、併用効果の検討で併用による相加効果を認める作用と認めない作用が存在した。アディポネクチン欠損マウスを用いた検討では、テルミサルタンはWild typeマウスとアディポネクチン欠損マウスで摂餌量に影響を与えず体重を有意に低下させた。更に白色脂肪組織重量も両マウスにおいて有意に低下していた。経口糖負荷試験の結果、Wild typeにおいてテルミサルタンは、血糖値を有意に低下させたが、アディポネクチン欠損マウスではテルミサルタン投与群での耐糖能改善効果が減弱していた。更に白色脂肪組織における酸化ストレスと炎症に対する効果について検討した結果、Wild typeとアディポネクチン欠損マウスの両方において、TBARSの値とMCP-1の発現が有意に低下した。

【考察】本研究では、テルミサルタンは抗肥満作用、インスリン抵抗性改善作用を有していた。PPARγフルアゴニストであるロジグリタゾンの単独投与あるいは併用投与の代謝作用を検討したところ、テルミサルタンはロジグリタゾンと異なり体重の減少作用を認めた。糖代謝における検討や、白色脂肪組織における酸化ストレスの減少作用の検討では、テルミサルタンとロジグリタゾンの併用効果はロジグリタゾンの単独投与の効果に対して上回ることはなかったため、PPARγを介した作用が重要であることが示唆された。一方、肝臓の中性脂肪含量については、テルミサルタンとロジグリタゾンの併用投与による相加的な作用の増強が認められ、テルミサルタンがPPARγに依存しない経路が示唆された。また、アディポネクチン欠損マウスにおける検討では、テルミサルタンによる耐糖能改善作用がアディポネクチン欠損により減弱したことから、テルミサルタン投与による耐糖能改善作用の少なくとも一部は、PPARγ-アディポネクチン経路を介することが示唆された。一方、テルミサルタンによる体重増加抑制、白色脂肪組織重量の有意な減少、白色脂肪組織における炎症性サイトカインMCP-1の発現、酸化ストレス抑制作用は、アディポネクチン欠損マウスでも野生型と同様に認められることから、これらの作用はアディポネクチンに非依存的であると考えられた。本研究の併用投与実験、アディポネクチン欠損マウスを用いた実験の結果から、テルミサルタンの抗肥満、抗メタボリックシンドローム作用において、PPARγ-アディポネクチン経路に依存的な作用と非依存的な作用があることが示唆された。中でも特にテルミサルタンのインスリン抵抗性改善作用の一部は、PPARγ-アディポネクチン経路に依存的である事が示唆された。一方、抗肥満作用や肝臓の中性脂肪含量の減少作用においては、PPARγ-アディポネクチン経路に非依存的な経路を介することが示唆された。PPARγ活性やアディポネクチンに非依存的な経路としては、テルミサルタンのPPARαアゴニスト活性を介する作用が考えられた。また、白色脂肪組織における酸化ストレス、炎症性サイトカインMCP-1の抑制作用については、PPARγ活性には依存するが、アディポネクチンを介さない経路が存在する可能性が示唆された。本研究によりテルミサルタンにはPPARγ-アディポネクチン経路に依存性、非依存性の抗肥満、メタボリックシンドローム改善作用があり、肥満に伴う糖尿病治療に有用である可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、アンジオテンシン受容体拮抗薬テルミサルタンのメタボリックシンドロームに対する効果を明らかにすることを目的とした。特に、テルミサルタンのメタボリックシンドロームに対する効果のPPARγ、アディポネクチンの関与に着目し、食事誘導性肥満マウス、2型糖尿病モデルマウス、アディポネクチン欠損マウスを用いてテルミサルタンの効果を検討し、下記の結果を得ている。

1.テルミサルタンは、高脂肪食誘導性肥満C57BL/6Jマウスにおいて抗肥満作用、インスリン抵抗性改善作用を有し、血中アディポネクチン濃度を増加させた。また、テルミサルタンは、白色脂肪組織における炎症性サイトカイン、酸化ストレスを有意に低下させた。更に、肝内中性脂肪含量を有意に低下させた。

2.2型糖尿病モデルKKAyマウスを用いた実験におけるPPARγフルアゴニスト、ロジグリタゾンとの作用比較によって、ロジグリタゾンが体重増加を認めたのに対し、テルミサルタン投与では体重が有意に低下した。ロジグリタゾン単独投与、テルミサルタン単独投与、ロジグリタゾンとテルミサルタンの併用投与の結果、インスリン抵抗性改善作用、血中アディポネクチン濃度、白色脂肪組織における炎症や酸化ストレス、アディポネクチン受容体の発現レベルに対する効果は、併用投与群でロジグリタゾン単独投与群と比較して同等ないし減弱する傾向が認められた。一方、肝内中性脂肪含量については、併用投与群で単独投与群と比較して相加的な増強効果が認められた。この結果から、インスリン抵抗性改善作用、血中アディポネクチン濃度、白色脂肪組織における炎症や酸化ストレス、アディポネクチン受容体の発現レベルに対する効果はPPARγを介した作用である可能性が示唆された。肝内中性脂肪含量に対する効果については、併用投与により相加的な効果を認める作用が存在することから、PPARγに依存的な経路と非依存的な経路が存在する可能性が考えられる。

3.アディポネクチン欠損マウスを用いた実験から、Wild typeマウスで認められたテルミサルタンのインスリン抵抗性改善作用が、アディポネクチン欠損マウスでは減弱することが明らかとなった。テルミサルタンによる抗肥満効果、白色脂肪組織における抗炎症作用、抗酸化作用は、Wild typeと同様にアディポネクチン欠損マウスにおいても認められた。したがって、テルミサルタンのインスリン抵抗性改善作用には、少なくとも部分的にはアディポネクチン経路が重要な役割を果たす可能性が示唆された。また、抗肥満作用については、PPARγ、アディポネクチン経路を介さない可能性が示唆された。一方、テルミサルタンの抗炎症、抗酸化作用は、2に述べたようにPPARγを介している可能性があるが、アディポネクチンに非依存的な経路が存在する可能性が示唆された。

以上の結果から、テルミサルタンは、抗肥満作用、インスリン抵抗性改善作用を有することが明らかとなった。テルミサルタンにはPPARγ、アディポネクチン経路に依存的、非依存的な抗肥満、抗メタボリックシンドローム改善作用を有する可能性があり、肥満に伴う糖尿病治療に有用である可能性を示唆したことは、学位授与に相当するものであると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク