学位論文要旨



No 127071
著者(漢字) 山本,恵介
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ケイスケ
標題(和) がんにおけるヒストン脱メチル化酵素JMJD3の機能解析
標題(洋)
報告番号 127071
報告番号 甲27071
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3681号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 准教授 長谷川,潔
 東京大学 講師 高井,大哉
内容要旨 要旨を表示する

要旨

真核細胞においては特定のヒストン修飾パターンが遺伝子の発現調節に関与する。近年、ヒストン修飾因子の発見に伴い、ヒストンは可逆的な修飾の付加・除去を受けることで遺伝子発現をdynamicに調節しており、エピジェネティックな遺伝子発現調節の中心を担っていることが明らかとなった。同時に、多くのがんにおいてこれらヒストン修飾因子の異常が発見されるようになり、遺伝子異常とならんでエピジェネティックな異常が癌の発生や進展に関与していることが明らかとなっている。

ヒストンH3リシン残基27(H3K27)は、ポリコーム複合体2 (polycomb repressive complex 2, PRC2)を介してトリメチル化される(H3K27me3)ことで、幹細胞の多能性の制御に関与する遺伝子や腫瘍抑制遺伝子の発現を抑制することが知られており、多くのがんでH3K27修飾酵素の異常が見つかっている。

JMJD3はH3K27me3の脱メチル化酵素であり、腫瘍抑制遺伝子INK4a, ARFの発現を促進することでoncogene-induced senescenceを誘導することから、発癌の抑制に寄与していると考えられている。また、JMJD3は多くのがんでloss of heterozygosityを認め、最近では遺伝子変異も報告されている。また、がんによっては非癌部に比してJMJD3の発現が低下していること、さらには発現低下と予後不良の関連が報告されているものもあることから、がんの進展を抑制する作用も考えられているが、これまで、がんにおけるJMJD3の直接的な機能解析はほとんどなされていない。

本研究では、膵癌細胞株においてJMJD3の発現を抑制することで、in vitro, in vivoで腫瘍形成能、浸潤能が増加することを見出した。さらに、腫瘍形成能の増加と連動して発現が上昇する表面マーカーとしてCD47を同定し、cell sorterを用いた検討によりCD47の発現量が腫瘍形成能を反映することを明らかにした。興味深いことに、CD47hi, CD47lo分画を分離培養すると、いずれの分画からも元の分布が再現された。さらに、ヒト膵癌臨床検体を用いた免疫染色でも、JMJD3とCD47の発現は負の相関を示すことを明らかにした。また、cDNAマイクロアレイ解析を用いた網羅的発現比較によりJMJD3の標的遺伝子を検索し、その一つとしてC/EBPαを同定、これをクロマチン免疫沈降法で確認した。さらにこれが上記の表現型の原因遺伝子であることを強制発現実験にて確認した。以上の結果から、JMJD3の発現低下はC/EBPαの発現低下を介して、膵癌細胞の浸潤能・腫瘍形成能の増加をもたらすと考えられた。

本実験の結果は、エピジェネティックな異常はがんの性質の変化をもたらし、がんの進展に寄与する可能性を示唆する。

審査要旨 要旨を表示する

近年、エピジェネティックな異常は発癌のみならず癌の進展にも寄与することが明らかとなってきた。本研究では、癌におけるヒストン脱メチル化酵素JMJD3の発現低下が癌の進展に関与する可能性を検討するために、shRNA発現ベクターを用いて癌細胞株の安定ノックダウン株を作成し、その表現型の解析、ならびに分子生物学的機序の解析を試みたものである。以下の結果が得られている。

1.高分化型膵癌細胞株であるBxPC-3を用いてJMJD3の安定ノックダウン株を作成した。浸潤能、腫瘍形成能が上昇することをin vitroの実験系で見出し、これをnude mouseを用いた脾臓内移植ならびに膵内移植実験においてin vivoでの確認を行った。

2.cDNAマイクロアレイ解析の結果から、JMJD3のノックダウンによって発現が増加する表面マーカーとしてCD47を同定した。複数の膵癌細胞株でも、JMJD3のノックダウンによりCD47の発現が増加することを確認した。Cell sorterを用いた解析により、JMJD3のノックダウン細胞において認めた腫瘍形成能の増加は、新たに出現したCD47高発現分画によるものであることを明らかとした。

3.cDNAマイクロアレイ解析の結果から、癌抑制遺伝子CEBPAがJMJD3の標的遺伝子であることを同定し、複数の癌細胞株において、JMJD3のノックダウンによってC/EBPαの発現が低下することを確認した。さらにクロマチン免疫沈降法により、CEBPAがJMJD3によるH3K27me3の脱メチル化を介した転写活性化を受けることを明らかとした。また、C/EBPαの発現低下が、JMJD3ノックダウン細胞における表現型変化の責任遺伝子であることを、強制発現実験にて確認した。

4.ヒト膵癌臨床検体を用いた免疫組織化学により、JMJD3の発現量は分化度と正の相関、CD47発現量と負の相関を示すことを見出した。

以上、本研究からヒストン脱メチル化酵素JMJD3の発現低下が癌の進展に寄与する可能性ならびにその主要な機序の一つが示されたと考えられ、これは学位の授与に値するものと考えられる。

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