学位論文要旨



No 127072
著者(漢字) 吉識,由実子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシキ,ユミコ
標題(和) 難治性白血病遺伝子Evi-1およびその変異体を用いたマウス骨髄単核球不死化の検討
標題(洋)
報告番号 127072
報告番号 甲27072
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3682号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 講師 熊野,恵城
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

1.序文

Evi-1 (ecotropic viral integration site-1)はヒト染色体上3q26に位置する転写因子であり、一部の急性骨髄性白血病 (acute myeloid leukemia; AML)、慢性骨髄性白血病、骨髄異形成症候群 (myelodysplastic syndrome; MDS)において、染色体転座の標的となっている。Evi-1 locusにおける染色体転座症例ではいずれもEvi-1の高発現を伴い、また染色体転座を伴わなくても10~50%のAML、MDSでEvi-1の高発現が認められる。このようなEvi-1高発現またはEvi-1 locusでの染色体転座を伴うEvi-1関連白血病は予後不良となることが多い。

Evi-1の白血病の病態への関与は、各種の実験系において示唆されている。マウス骨髄細胞にEvi-1を強制発現させ半固形培地で培養すると、細胞不死化が見られる。Evi-1単独をマウス骨髄細胞に導入し骨髄移植を行った場合の白血病を発症するが、発症までの期間は6ヶ月程度と長い。Evi-1は白血病の発症や維持に重要な役割を果たしていると考えられるが、白血病発症には付加的遺伝子異常を必要とすると考えられる。Evi-1高発現白血病の分子病態全容の解明は、難治性造血器腫瘍の治療成績の向上につながることが期待される。

Evi-1遺伝子はその構造に、DNA結合領域である2つのZinc fingerドメイン(ZF1ドメイン、ZF2ドメイン)と、CtBP結合ドメイン、抑制ドメイン、acidicドメインをもつ。Evi-1はZF1ドメインを介してDNAと結合し、標的遺伝子の転写を制御するが、第6 zinc finger内の塩基変異により205番目のR (Arginine) がN (Asparagine)に変異するとDNA結合が阻害される。また、c-JNK (c-Jun N-terminal kinase) 活性を抑制し抗アポトーシス効果を示す。CtBP結合ドメイン内の584-590番目のアミノ酸配列 (PLDLS)は、co-repressor蛋白CtBPとの相互作用を担っており、TGF-βシグナルの抑制により細胞増殖へと働く。またZF2ドメインを介して内因性のc-Jun, c-fosの発現を上げることによりAP (activator protein)-1活性を上昇させ、細胞増殖を促す。このようなEvi-1の各機能ドメインを介した分子生物学的作用は、Evi-1白血病の発症機序に重要な役割をもっていると考えられる。

メチルセルロース半固形培地での細胞培養におけるコロニー形成の検証では、自己複製能を獲得した細胞形質転換の検証が可能である。Evi-1白血病の発症における機能ドメインの関与について、線維芽細胞であるRat1 fibroblastの形質転換の系を用いて検証がされている。またEvi-1とAML1のキメラ蛋白、AML1-Evi-1を用いて、Rat1 fibroblastやマウス骨髄前駆細胞の形質転換におけるEvi-1の機能ドメインの関与が検証されている。しかし、AML1-Evi-1とEvi-1では分子生物学的作用は異なっており、細胞不死化の機序は異なると思われる。またRat1 fibroblastは造血細胞ではないため、Evi-1による白血病発症機序の検証には骨髄細胞を用いた実験系が理想的である。

Evi-1が白血病発症に関与する分子機構の解明を目的として、今回私はマウス骨髄単核球の系を用いて、Evi-1による細胞不死化について検証した。

2.材料および方法

Evi-1の各機能ドメインを欠失するEvi-1ドメイン欠失変異体(Evi-1 ΔZF1, Evi-1 ΔCtBP, Evi-1 ΔRep, Evi-1 ΔZF2, Evi-1 ΔAD)、およびEvi-1とCtBPとの結合が阻害されるEvi-1 DL/AS、Evi-1のDNA結合が阻害されるEvi-1 R205N、の2つのEvi-1機能欠失変異体を作製した。これらを用いてコロニーアッセイを行い、骨髄単核球不死化に必要なEvi-1の機能ドメイン、およびEvi-1の機能について検証した。

目的遺伝子はウイルス産生細胞のPlatE細胞にトランスフェクションしてレトロウイルスを産生させた。5-fluorouracilを投与した4日後のC57BL/6Jマウスの骨髄より骨髄細胞を採取し、単核球細胞を分離採取してレトロウイルスを感染させた。感染48時間後に細胞を回収し、メチルセルロース培地によるコロニーアッセイを行った。Neomycin添加にて感染細胞の薬剤選択を7日間行ったのち、形成コロニー数をカウントし、再度同組成のメチルセルロースにてコロニーアッセイを行った。同様の継代を7日おきに繰り返した。

Evi-1導入不死化細胞において、Evi-1の相互作用分子CtBP, c-Junの発現をshRNAを用いてノックダウンし、コロニー形成への影響を検証した。CtBPに対する2種類のshRNA (sh-CtBP)、c-Junに対するshRNA (sh-c-Jun) およびネガティブ・コントロールshRNAをレトロウイルスにより不死化細胞に感染させた。メチルセルロース培地に感染細胞を撒き、puromycin添加にて薬剤選択を行った。7日間培養後、形成コロニー数をカウントした。

3.結果

Evi-1では過去の報告と同様にコロニー形成が安定して繰り返されたが、Evi-1 ΔZF1, Evi-1 ΔCtBP, Evi-1 ΔRep, Evi-1 ΔZF2ではコロニー形成を認めなかった。一方、Evi-1 ΔADは、Evi-1と同様にコロニー形成が認められた。Evi-1およびEvi-1 ΔAD導入によるコロニーの形成細胞は、広い細胞質に顆粒を有しており、表面抗原解析ではGr-1/Mac-1が一部陽性で、顆粒球系細胞と単球・マクロファージ系細胞が主体であった。定量リアルタイムPCRによる発現遺伝子(癌抑制遺伝子、アポトーシス関連遺伝子、細胞周期関連遺伝子、AP-1ファミリー遺伝子など)の解析では、発現に有意な差異は認めなかった。

Evi-1導入不死化細胞にレトロウイルスを感染させ、2種類のsh-CtBPを導入しCtBPの遺伝子発現を抑制したところ、一方では形成コロニー数の変化は見られず、もう一方ではコロニー形成が抑制される傾向はあったが統計学的有意差は確認できなかった。

同様にしてEvi-1導入不死化細胞にsh-c-Junを導入しc-Junの遺伝子発現を抑制したところ、コロニー形成は有意に抑制された。

4.考察

Evi-1によるマウス骨髄単核球の不死化には、ZF1ドメイン、CtBP結合ドメイン、抑制ドメイン、ZF2ドメイン、およびCtBPのEvi-1への結合、Evi-1のDNAへの結合が必要であった。Acidicドメインは細胞不死化には不要であった。コロニーアッセイにおいて、Evi-1 ΔAD導入細胞はEvi-1導入細胞と比較して形成コロニーが大きく、コロニー数も多い傾向があった。Evi-1のacidicドメインを介した分子生物学的作用についてはほとんどわかっていないが、AML1-Evi-1による骨髄前駆細胞不死化には必要とされる。Acidicドメインの作用について、遺伝子導入直後の細胞においてマイクロアレイによる発現遺伝子の網羅的解析や、免疫沈降法による他分子との結合解析、Evi-1とEvi-1 ΔAD導入による不死化細胞を移植した白血病マウスの解析などにより、さらなる検証が必要である。

Evi-1導入不死化細胞におけるCtBPノックダウン実験では、2種類のsh-CtBP間で異なる結果となった。実験系の限界としてCtBPを完全にノックアウトできない点や、shRNAが細胞増殖などに関わるその他の遺伝子の発現を変化させている可能性も考えられた。今回の結果から、Evi-1とCtBPとの結合は骨髄単核球の不死化/白血病発症には関与するが、一旦不死化した細胞の維持増殖には大きな影響を及ぼさない可能性が考えられた。

Evi-1導入不死化細胞においてc-Junをノックダウンさせると、形成コロニー数は有意に抑制された。c-Junは細胞周期やアポトーシスとの関連が報告されており、Evi-1導入不死化細胞においてc-Junが細胞周期やアポトーシス経路を変化させている可能性につき検証する必要があると考えられた。

本研究により、Evi-1の細胞不死化に必要な機能ドメインがマウス骨髄単核球を用いたコロニーアッセイ系で初めて同定されたが、各機能ドメインのもつ機能やCtBP, c-Jun以外の相互作用する分子についての検証には至らなかった。今後は、AP-1のc-Jun以外の構成分子であるc-fosやGATA-2などの分子の関与、Evi-1の転写因子としての活性に影響するヒストン修飾やメチル化の関与についても検証されるべきである。Acidicドメインは骨髄単核球不死化には必要ではなかったが、Evi-1関連白血病の病態への関与の有無については今後の研究課題である。またCtBPやc-Junを介した細胞増殖作用が重要である可能性が示され、これらの分子がEvi-1関連白血病の新たな治療標的となりうることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、難治性白血病において高発現することが知られているEvi-1遺伝子の白血病発症機序を明らかにするため、半固形培地におけるマウス骨髄単核球不死化の系を用いてEvi-1の機能解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

1.Evi-1の各機能ドメイン(第1 Zinc fingerドメイン、第2 Zinc fingerドメイン、CtBP (C-terminal binding protein) 結合ドメイン、抑制ドメイン、acidicドメイン)を欠失するEvi-1ドメイン欠失変異体を作製した。また、Evi-1とco-repressorであるCtBPとの結合が阻害されるEvi-1 DL/AS変異体、Evi-1のDNAへの結合が阻害されるEvi-1 R205N変異体を用意した。これらの変異体を3T3細胞へ強制発現させ、ウェスタン・ブロッティング法にて蛋白発現を確認した。また、Evi-1 DL/ASは、免疫沈降ウェスタン・ブロッティング法にてCtBPとの結合がEvi-1と比較して減弱することを確認した。

2.Evi-1ドメイン欠失変異体を用いて細胞不死化能を検証した結果、第1 Zinc fingerドメイン、第2 Zinc fingerドメイン、CtBP結合ドメイン、抑制ドメインを欠失するドメイン欠失変異体では細胞不死化能を認めず、Evi-1導入による骨髄単核球の不死化にはacidicドメインを除く全てのドメインが必要と考えられた。

3.Evi-1 DL/AS変異体、Evi-1 R205N変異体を用いて細胞不死化能を検証した結果、どちらも細胞不死化能を認めず、Evi-1導入による骨髄単核球の不死化にはCtBPのEvi-1への結合、Evi-1のDNAへの結合が必要と推測された。

4.Evi-1導入による不死化細胞に、CtBPに対するshRNAをレトロウイルスにより導入しCtBPの遺伝子発現を抑制した結果、形成コロニー数は有意な変化を認めなかった。これにより、CtBPとEvi-1の結合は骨髄単核球の不死化に関与するが、一旦不死化した細胞の維持増殖には大きな影響を及ぼさないと考えられた。

5.Evi-1導入による不死化細胞にc-Junに対するshRNAをレトロウイルスにより導入し、c-Junの遺伝子発現を抑制した結果、形成コロニー数は有意に抑制された。これにより、Evi-1導入による不死化細胞の維持増殖にはc-Junが重要と考えられた。

以上、本論文はマウス骨髄単核球の細胞不死化において第1 Zinc fingerドメイン、第2 Zinc fingerドメイン、CtBP結合ドメイン、抑制ドメインが必要であることを明らかにした。また、Evi-1導入による不死化細胞の維持増殖にはc-Junを介した細胞増殖作用が重要である可能性が示された。以上の結果からCtBP, c-Junの関与する分子経路がEvi-1関連白血病の新たな治療標的となりうると考えられた。この結果は予後不良白血病の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク