学位論文要旨



No 127073
著者(漢字) 吉野,友祐
著者(英字)
著者(カナ) ヨシノ,ユウスケ
標題(和) Clostridium difficile 関連疾患におけるフラジェリンの役割について
標題(洋)
報告番号 127073
報告番号 甲27073
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3683号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 准教授 内丸,薫
内容要旨 要旨を表示する

序文:

Clostridium difficileは嫌気性グラム陰性桿菌であり、病原性が高く、また芽胞を形成するため自然環境に強く、そのためしばしば院内感染の原因菌となることが知られている。症状としては経度の下痢症から死にいたるまで多岐にわたり、近年では発生件数は増加傾向であり、また同時に重症度・致死率とも上昇していることが報告されている。アウトブレイクも世界各地から多数報告されるようになっており、臨床上重要な病原体となっている。このC. difficile関連疾患(Clostridium difficile associated disease: CDAD)の原因物質として、トキシンA・トキシンBという2種類の毒素が知られており、これに加え近年認められた弱毒の毒素であるバイナリートキシンに対して、多くの研究がなされてきた。しかしながらその他に病原因子についての研究は殆どされていないのが現状であった。

一方、C. difficileの感染の主座である大腸において、自然免疫で重要な役割を果たす受容体としてToll like receptor(TLR)5が知られている。TLRとは、病原体関連分子パターン (pathogen associated molecule patterns: PAMPs)を認識して自然免疫を活性化するシグナル伝達レセプターである。この中で、大腸腸管上皮細胞にはTLR5が多く発現しており、一般に細菌感染において多くの役割を担うとされるTLR2やTLR4は殆ど発現していないことが知られている。TLR5は細菌が移動などのために有する鞭毛の一構成成分、鞭毛線維の単量体であるフラジェリンを認識し、細胞内シグナルとしてNF-kappaB活性化、Mitogen Activated Protein Kinase(MAPK)活性化をきたし、結果炎症性サイトカイン産生を促す。特に、発現分布として腸管上皮の管腔側には殆どなく、一方で血管側に多く発現していることが知られ、そのため菌体の上皮下侵入を機転に炎症が引きおこされると考えられている。これまでSalmonella typhimuriumを始めとしたいくつかの菌で、このフラジェリンが局所の炎症を引きおこし、病原因子として働く可能性があると証明されている。

今回、私はC. difficileが鞭毛を有することに着目し、鞭毛の一構成成分であるC. difficileのフラジェリンが局所の炎症を引き起こし、結果これらのトキシン以外の病原因子となりうるかどうかについて検証を行った。また、既知の病原因子であるトキシンとの関係性についても実験を行った。

方法:

・フラジェリンの抽出

フラジェリンの抽出として、C. difficileを液体培地で48時間培養後、vortexによる2分間の強力震盪、低速遠心分離による菌体の除去、上澄み液の高速遠心分離による鞭毛蛋白の回収、その後70℃20分加熱による単量化を行った。抽出の確認には12%ポリアクリルアミドゲルを用いてSDS-PAGE施行し、ゲルをCBB染色した。

・実験に使用する細胞系の確立

実験に使用する細胞として、HEK293T細胞(ヒト胎児性腎細胞)、HT29細胞・Caco-2細胞(ヒト大腸上皮細胞)を用いた。HEK293T細胞ではリポフェクションによりヒトTLR5ベクターを遺伝子導入しTLR5を強制発現させた細胞系(HEK293T-TLR5)を樹立した。HT29・Caco-2細胞は自然にTLR5が発現しているとされており、HEK293T-TLR5とあわせ、それぞれでSDS-PAGE、ウエスタンブロット法でTLR5の発現を確認した。Caco-2細胞では免疫染色によりTLR5発現の分布を確認した。また、Caco-2細胞の特徴として、半透膜上に3週間程度培養することで細胞間にタイトジャンクションが作成され一層の上皮膜(腸管上皮モデル)となる機能に着目し、専用チャンバー内の半透膜上に21日間培養し、膜間の電気抵抗(膜電気抵抗)が400Ωcm2を越えた腸管上皮モデルを作成し実験に用いた。この腸管上皮モデルでは上側が管腔側、下側が血管側となることが知られている。

・刺激実験の方法

これらの細胞を用い、培養液にフラジェリンあるいはトキシンB、あるいはフラジェリン・トキシンB両方を投与する刺激実験をおこなった。C. difficileフラジェリンの刺激実験では、ポジティブコントロールとしてS. typhimuiriumのフラジェリンを同時に使用した。刺激実験ではTLR5の関与を確認するため、HEK293T-TLR5ではTLR5発現のないコントロールとしてエンプティベクターを遺伝子導入したHEK293T細胞(HEK293T-mcs)準備し、またHT29細胞やCaco-2細胞を用いた実験では、TLR5中和抗体を用い、TLR5を中和することでフラジェリン反応性が低下することを確認し、TLR5関与の証明とした。Dual luciferase Assay法で、刺激後細胞を溶解し、その溶解液を用いてNF-kappaBの活性を計測した。ELISA法で、刺激後に培養液を回収しサンプルとしてIL-8あるいはCCL20といった炎症性サイトカインの産生量を計測した。MAPK活性化の確認では刺激後細胞を溶解し、その溶解液を用いてSDA-PAGE・ウエスタンブロット法によりp38のリン酸化やERKのリン酸化を確認した。TLR5発現変化については、トキシンB刺激後、Caco-2細胞を免疫染色しTLR5の発現分布の変化を、また同時に刺激後細胞を溶解し、その溶解液を用いてSDS-PAGE・ウエスタンブロット法によりTLR5発現量変化を確認した。

・単層破壊実験の方法

先述のCaco-2による腸管上皮モデルに、管腔側(膜の上側)からトキシンBを投与し、時間経過による膜電気抵抗や細胞形態の変化を確認した。

結果:

まず、C. difficileからフラジェリンの抽出を行い、12%ポリアクリルアミドゲルを使用しSDS-PAGE後CBBでゲルを染色し抽出を確認、これを用いて実験を行った。HEK293T細胞に遺伝子導入にてTLR5を強制発現させた系(HEK293T-TLR5)や自然にTLR5が発現している大腸上皮細胞系のHT29細胞やCaco-2細胞を準備、TLR5発現をSDS-PAGE・ウエスタンブロット法、一部免疫染色により確認後、抽出したフラジェリンを用い刺激実験をおこなった。HEK293T-TLR5を用いて抽出したC. difficileフラジェリン刺激によりTLR5を介しNF-kappaBが活性化されることをDual Luciferase Assayで確認した。HT29細胞、Caco-2細胞を用いC. difficileフラジェリン刺激によりTLR5を介し炎症性サイトカインであるIL-8・CCL20が産生されることELISA法で確認した。Caco-2細胞へC. difficileフラジェリン刺激を加えることで、TLR5を介し、細胞内シグナリングとしてMAPK活性化、特にp38のリン酸化が起こることをSDS-PAGE・ウエスタンブロット法で確認した。更にCaco-2腸管上皮モデルを用い、血管側にC. difficileフラジェリンを刺激することで、同側にCCL20が産生されることをELISA法で確認した。

次に、CDADにおける既知の病原因子であるトキシンBと前述のCaco-2により作成された腸管上皮モデルを用いてCDADモデルとし、このCDADモデルでのフラジェリンの働きについて検証を行った。まず、腸管上皮モデルに管腔側よりトキシンB刺激を加えることで、腸管上皮モデルの破綻が引きおこされることを、光学顕微鏡による細胞形態変化(円形化)の確認や腸管上皮モデルの膜電気抵抗低下を確認することで証明した。ついで、CDADモデルとして腸管上皮モデルにトキシンBと、先に抽出したC. difficileフラジェリンを血管側に加え、炎症性サイトカインCCL20がトキシンB・フラジェリンの同時刺激ではフラジェリン単独あるいはトキシンB単独刺激よりも著明に多く産生されることを証明した。またトキシンBをCaco-2細胞へ刺激することにより、TLR5発現量が増加し、また細胞内シグナルとしてMAPK活性化、特にERKのリン酸化が認められることを確認した。

結論:

まずC. difficileのフラジェリンがS. typhimuriumのフラジェリンと同様にTLR5を介し、NF-kappaB活性化、MAPK活性化、炎症性サイトカインであるIL-8やCCL20産生を促進する機能を有することを証明した。この結果は、C. difficileフラジェリンが局所の炎症を引き起こすことを示していた。また、CDADモデルとしてトキシンBを使用した実験では、トキシンBによる腸管上皮の破綻が引きおこされることを証明し、結果としてトキシンBの作用によりフラジェリンが管腔側から血管側へ到達可能となりTLR5へ刺激可能となることを間接的に証明した。またフラジェリン・トキシンBの同時刺激により各々単独投与と比較しCaco-2細胞でより多量の炎症性サイトカインCCL20が産生された。トキシンB刺激はCaco-2細胞でTLR5の発現量を増加させることが確認され、これが結果としてフラジェリンの反応性増加させ、またトキシンBとフラジェリンの同時刺激による炎症性サイトカイン産生亢進に寄与していると予想された。これらトキシンBを使用した実験の結果は、CDADにおいてC. difficileのフラジェリンがCDAD発症の因子として機能している可能性を更に高めるものであった。本研究の結果から、CDADメカニズムとしてフラジェリン-TLR5の自然免疫機構が働いている可能性が示され、これをコントロールすることが、新たな治療法となりうると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はClostridium difficile関連疾患(Clostridium difficile associated disease: CDAD)において、発症に関連する新たな原因物質として、鞭毛の一構成成分であるフラジェリンの働きを明らかにするため、CDAD 発症の主座である大腸の腸管上皮細胞であるCaco-2細胞・HT29細胞やフラジェリンが結合する受容体であるToll-like receptor 5 (TLR5)を遺伝子導入にて強制発現させたHEK293T細胞を用い、又一部ではCDADの既知の病原因子であるトキシンBも同時に使用し、フラジェリン刺激によるTLR5を介したシグナル活性等の有無を検証したものであり、下記の結果を得ている。

1.C. difficileを液体培地嫌気環境下で48時間培養後、液体培地ごと強力震盪し、5000Gの低速で遠心分離、上澄みの培養液を25000Gの高速遠心分離を行いその沈殿物をPBSへ溶解、70度20分過熱することでC. difficileのフラジェリンの抽出を行った。以前にDelmeeらの鞭毛を用いた実験に際し行った抽出法に、分離前の強力震盪や分離後の加熱といった調整を加えており、この新たな手法により効率的にフラジェリン採取が可能となった。

2.採取したC. difficileフラジェリンを用いTLR5を強制発現させたHEK293T細胞へ刺激を加えることで、Dual luciferase assayにより、このC. difficileフラジェリンがTLR5を介してNF-kappaBを活性化させることが確認された。また、Caco-2細胞・HT29細胞へ同様にC. difficileフラジェリン刺激を加えることで、SDS-PAGE ウエスタンブロット法によりフラジェリン刺激に伴うTLR5を介したMAPK活性化、特にp38のリン酸化が確認され、またELISA法により、C. difficileフラジェリン刺激によるTLR5を介した炎症性サイトカインであるIL-8・CCL20産生促進が確認された。

3.実際のヒト大腸腸管上皮細胞では、フラジェリンの刺激部位であるTLR5は血管側にのみ発現していることが分かっている。この事実から、生体でのフラジェリンの働きを調べる必要があった。Caco-2細胞固有の機能として、半透膜上で培養を行うことで細胞間にタイトジャンクションが作られ、単層上皮へと変化するといういわゆる腸管上皮モデル化機能を利用し、腸管上皮モデルを作成した。このモデルを用い、腸管上皮モデルの血管側へC. difficileフラジェリン刺激を行ったところ、腸管上皮モデルにおいても通常の細胞条件と同様に、炎症性サイトカインCCL20産生促進が認められた。これは生体における腸管上皮においても、C. difficileフラジェリンが血管側のTLR5へ刺激可能であることを示唆するものであった。

4.CDADにおける既知の病原因子であるトキシンBを用い、前述のCaco-2細胞により作成された腸管上皮モデルが、トキシンB刺激により破壊されることを、膜電気抵抗の変化や細胞形態の肉眼的変化により確認した。この結果は、トキシンBの作用により腸管上皮が破綻し、結果としてC. difficileのフラジェリンが腸管上皮の管腔側から血管側へと侵入することが可能となり、結果、腸管上皮血管側にのみ存在するTLR5を刺激することが可能となることを間接的に示していた。

5.トキシンB存在下でC. difficileフラジェリン刺激をCaco-2細胞へ加えることで、炎症性サイトカインCCL20産生が、フラジェリン単独刺激と比較し、相乗的に増加することがELISA法により確認された。

6.トキシンB刺激により、Caco-2細胞において、フラジェリン結合受容体であるTLR5の発現が明らかに増加していることが、SDS-PAGE ウエスタンブロット法を用いて確認された。この事実から、トキシンB刺激によりTLR5発現が増し、結果フラジェリンに対する感受性が高まり、トキシンB存在下でC. difficileフラジェリンの刺激によるCCL20産生が相乗的に高まったものと予想された。

本論文は、未知であったC. difficileフラジェリンのTLR5のリガンドとしての働きを示した初めてのものであり、既知の病原体であるトキシンBと協調しその働きを高めるという結果もあわせ、CDAD発症メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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