学位論文要旨



No 127074
著者(漢字) 吉見,昭秀
著者(英字)
著者(カナ) ヨシミ,アキヒデ
標題(和) Evi1はポリコーム複合体との結合を介してPTENの発現を抑制し,PI3K/AKT/mTORシグナルを活性化する
標題(洋) Evi1 Represses PTEN Expression by Interacting with Polycomb Complexes and Activates PI3K/AKT/mTOR Signaling
報告番号 127074
報告番号 甲27074
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3684号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 准教授 井田,孔明
 東京大学 特任講師 河津,正人
内容要旨 要旨を表示する

Evi1(Ecotropic viral integration site1)は急性骨髄性白血病(AML),慢性骨髄性白血病(CML),骨髄異形成症候群(MDS)などの骨髄系腫瘍の病態形成に重要な役割を果たす白血病がん遺伝子である.特にAMLにおいてはその過剰発現がt(8;21),t(15;17)などの染色体転座に特徴づけられる代表的な疾患単位と並んで一大クラスターを定義し,しかも非常に予後不良な臨床像を呈することが,近年のAML臨床検体を用いた大規模網羅的遺伝子発現解析から明らかにされた.Evi1は2つのジンクフィンガードメインをもつ転写因子として知られ,その標的遺伝子としてGATA2とPBX1が報告されている.今回私は,Evi1の新たな機能を解明し,そこから見出される新規分子標的療法の可能性を模索する目的で研究を行った.

まず,Evi1の新たな標的遺伝子を探索する目的で,網羅的遺伝子解析を行った.Evi1はG9aやSUV39H1などのヒストンメチル化酵素と結合することが最近報告され,これらの酵素は一般に転写抑制に働くことから,Evi1は標的遺伝子の転写を抑制する可能性が示唆されたが,実際に抑制性の標的遺伝子は知られていなかったため,特にEvi1の抑制性標的遺伝子に着目した.マウスの骨髄細胞にEvi1をレトロウィルスで導入し,短期間での遺伝子発現変化を解析したところ,がん抑制遺伝子であるPTENの発現が低下していることを見出した.この所見は,前述の大規模網羅的遺伝子発現解析のデータにおいても,Evi1とPTENの発現量が有意に逆相関することから裏付けられた.さらに,東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科を受診した白血病患者の患者検体においてEvi1とPTENの発現量を定量PCRにより解析した.東京大学医学部附属病院を受診したAML患者あるいはCML患者のうち,骨髄検体が入手可能であったそれぞれ57例および44例を対象とした.なお,この研究については東京大学医学部附属病院の倫理委員会の承認を得,また「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(文部科学省・厚生労働省・経済産業省告示、平成13年4月施行)に則り文書による同意が得られた患者検体を用いて解析した.その結果,AML,CML双方において,Evi1,PTEN両者の発現は統計学的有意差をもって逆相関することがわかった.また,CMLにおいては病期が慢性期から加速期,急性転化へと進んだ症例において,Evi1の発現が高くなると同時にPTENの発現が低下する傾向が認められ,CML病勢の進展にもPTEN/AKT/mTORシグナルの活性化が関与する可能性が示唆された.

そこで,次にPTENの転写抑制がEvi1の直接の作用であるか否かを検討するためにレポーターアッセイ,ゲルシフトアッセイ(EMSA)およびクロマチン免疫沈降(ChIP)を行い,これらの実験から,Evi1はその第1ジンクフィンガードメインを介してPTENのpromoter領域に直接結合することを確かめた.

PTENの下流にはAKT/mTOR pathwayが存在し,種々のがんにおいて同シグナルは亢進することがある.PTENは同シグナルを抑制性に制御することが知られており,実際にWestern Blotを用いた評価では,Evi1の導入により骨髄細胞ではPTENがタンパクレベルでも低下し,同時にAKTとmTORがリン酸化し,活性化していることが確かめられた.この活性は,他のサブタイプの白血病発症の原因となるAML1/ETO,E2A/HLF,あるいはPML/RARα融合遺伝子を導入した比較対照の骨髄細胞よりも亢進していた.また,Evi1を導入した骨髄細胞においてEZH2をノックダウンするとPTENの発現が上昇し,AKT/mTORシグナルが不活化した.Evi1を骨髄細胞に導入することによって生じる生物学的影響の一つとして細胞周期の変化を観察したところ,Evi1導入細胞ではコントロールと比較してS/G2M期のcycling cellの割合が増加し,mTOR阻害剤であるRapamycinを加えることでその効果が相殺されることがわかった.このことから,Evi1はAKT/mTORシグナルを介してcell cyclingを亢進させ,細胞増殖に関与することが示唆された.

上記の結果から,Evi1高発現白血病細胞はmTOR阻害剤であるRapamycinの感受性が亢進していることが予想された.この点を検討するために,まずin vitroにおいてAML1/ETO,E2A/HLF,PML/RARα,mockあるいはEvi1をレトロウィルスを用いて導入した骨髄細胞を半固形培地で培養し,RapamycinあるいはLY294002(PI3K阻害剤)を加えて比較すると,Evi1を導入した細胞は他の白血病キメラ遺伝子を導入した細胞と比較して良好な感受性を示した.次に,in vivoでのrapamycinの効果を検討するためにEvi1高発現白血病マウスモデルを構築した.Evi1をレトロウィルスで導入した骨髄細胞を非致死量放射線照射(5.25Gy)したレシピエントマウスに骨髄移植し観察したところ,すべてのマウスは半年から1年の間に急性骨髄性白血病(AML)を発症して死亡した.そこで,白血病マウスから採取した白血病細胞を新たな非致死量放射線照射マウスに移植し,Rapamycinを連日腹腔内投与したところ,溶媒のみを投与したコントロールマウスと比較して有意にその生存が延長した.一方,ともにAMLを発症することが知られているTEL/PDGFR-AML1/ETO,あるいはAML1 mutant(S291fsX300)を骨髄に導入して構築したAMLマウスモデルにおいてはRapamycinを投与しても生存延長効果が認められなかった.この結果から,in vivoでEvi1高発現白血病に対してmTOR阻害剤が特異的にその増殖を抑制することが示された.

さらに,レポーターアッセイおよびChIPアッセイにより,Evi1によるPTENの転写制御にはポリコーム複合体が関与する所見が得られた.ポリコーム複合体はヒストン修飾(H3K27トリメチル化やH2K119ユビキチン化)を介してエピジェネティックに多数の標的遺伝子の転写を抑制することが知られ,発達や幹細胞制御,発がんへの関与など様々な機能を有することが近年報告されている.レポーターアッセイにより,Evi1はポリコーム複合体の代表的な構成因子の一つであるEZH2と相乗的にPTENのプロモーター活性を抑制することがわかった.また,ChIPアッセイではEvi1とともにポリコーム複合体の主要な構成因子であるEZH2,SUZ12,BMI1がPTENのpromoter領域に見出され,ポリコーム複合体の作用と思われるH3K27のトリメチル化についても同領域で著明に亢進していることがわかった.また,AMLの5検体を用いてChIPアッセイを行ったところ, Evi1を高発現している検体において同様の結果が得られた.

上記の所見から,Evi1はポリコーム複合体と結合することにより,ポリコーム複合体をPTENのpromoter上にリクルートする可能性が考えられた.そこで免疫沈降の実験を行った結果,ポリコーム複合体に属する複数のタンパク質,具体的にはPRC2(Polycomb Repressive Complex2)に属するEZH2,SUZ12,EED,およびPRC1に属するBMI1,RING1,RING2,HPH2がEvi1タンパク質と結合することが確かめられた.これらの結合は,免疫染色においてEvi1とポリコーム複合体の構成因子のそれぞれが核内に共在することからも裏付けられた.マウスの骨髄細胞にレトロウィルスを用いてEvi1を強制発現させると細胞は不死化し,増殖し続けることが知られているが,RNAiの手法を用いてEvi1を高発現する不死化骨髄細胞におけるEZH2,SUZ12,EEDの発現をそれぞれノックダウンすると,PTENの発現は脱抑制および下流のAKT/mTORシグナルの抑制が観察され,また細胞の増殖能は著明に減少した.このことから,Evi1とポリコーム複合体のinteractionがEvi1によるPTEN/AKT/mTORシグナルの制御および,Evi1による骨髄細胞のtransformに必須であることが示唆された.

以上をまとめると,Evi1はポリコーム複合体とのinteractionを介しヒストン修飾を誘導し,エピジェネティックにPTENの転写を抑制することが示唆された.さらに,PTENの抑制は下流のAKT/mTORシグナルの亢進につながり,細胞周期の亢進を介して細胞増殖へと導くと考えられた.これらの結果からmTOR阻害剤であるRapamycinをはじめとする薬剤,あるいはポリコーム阻害剤(DNZep)等は,予後不良白血病であるEvi1高発現白血病に対して非常に有望な分子標的療法となる可能性が示唆され,実際に今回白血病マウスモデルを用いた検討からin vivoでのRapamycinの有効性が示された.また,今回用いたEvi1高発現白血病マウスモデルはヒトの白血病細胞内でのEvi1の機能をよく反映しているものと考えられ,今後のEvi1高発現白血病の解析を進める上で,大変有用なツールとなるものと考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は白血病発症の過程において重要な役割を演じていると考えられるがん遺伝子Evi1の機能を明らかにし、そこから治療標的分子を見出すため、マウスの骨髄細胞にEvi1の発現を誘導する系やヒトの白血病検体を用いてEvi1による転写制御やエピジェネティクスとの関わりを検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. Evi1を強制発現させたマウスの骨髄細胞を用いた網羅的遺伝子発現解析の結果、Evi1ががん抑制遺伝子PTENの発現を抑制することを同定した。Luciferase reporter assay、gel shift assay、クロマチン免疫沈降などのpromoter assayにより、Evi1は直接PTENのpromoterに結合して転写制御することが示された。また、上記のassayにより、Evi1はそのコンセンサス配列に類似したPTEN promoter上の配列(5'-AAAAGATAA-3')に結合することを同定した。

2. Evi1を強制発現させたマウスの骨髄細胞においては、PTENタンパク質の発現が低下するとともに、その下流のAKT、mTORのリン酸化が亢進し、活性化することをwestern blotで確認した。mTORの活性化を介した生物学的効果として、Evi1による細胞周期の亢進を確認した。この効果はmTOR阻害薬であるラパマイシンを投与することで解除された。以上より、Evi1高発現骨髄細胞のラパマイシンに対する感受性が亢進していることが予想され、実際にcolony assayの系でラパマイシンを添加したところ、対照の細胞と比較してEvi1高発現骨髄細胞はラパマイシンの増殖抑制効果が有意に高いことが確認された。

3. ラパマイシンの白血病細胞に対するin vivoでの効果を検討するため、Evi1高発現白血病マウスモデルを構築した。このモデルから採取した白血病細胞を正常マウスに2次移植し、連日ラパマイシンを投与した結果、投与しなかった群と比較して投与群では有意にその生存が延長した。コントロールとして用いた他の白血病モデルにおいてはラパマイシンの効果が確認されなかった。以上のことから、Evi1高発現白血病に対してラパマイシンを含めたPI3K/AKT/mTORシグナル阻害薬が有効である可能性が示唆された。

4. Evi1によるPTENの転写制御が実際にヒトの白血病細胞にも存在するか否かを検討するために、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科を受診した急性骨髄性白血病(57人)、慢性骨髄性白血病(44人)の白血病細胞におけるEvi1とPTENの発現量をreal-time PCRにより定量した。その結果、双方においてEvi1とPTENの発現量が負に相関することが示され、マウスの実験で示された知見がヒトの白血病細胞においても当てはまる可能性が示唆された。

5. Evi1によるPTENの転写制御における共役因子を探索するため、特に転写を抑制する働きをもつヒストン修飾因子に注目して、その関与を検討したところ、ポリコーム複合体に属するEZH2がLuciferase reporter assayにおいてEvi1と協調してPTENのpromoter活性を抑制することがわかった。また、クロマチン免疫沈降によってもEvi1とポリコーム複合体の構成因子(EZH2、SUZ12、BMI1)およびポリコーム複合体によりもたらされるヒストンH3リジン27のメチル化修飾がPTEN promoter上にenrichされることが確認された。さらに、Evi1と複数のポリコーム複合体構成因子(EZH2、SUZ12、EED、BMI1、RING1、RING2、HPH2)がタンパク-タンパク結合することが示された。このことから、Evi1はポリコーム複合体をリクルートすることによりPTENの発現を抑制するものと考えられた。

6. Evi1を高発現させたマウスの骨髄細胞においてRNA干渉の手法を用いてEZH2をノックダウンしたところ、PTENの発現量がrestoreされ、AKT、mTORの活性が抑制された。また、これらの細胞は半固形培地上でserial replating capacityを失った。SUZ12、EEDのノックダウンでもほぼ同様の結果が得られた。このことから、ポリコーム複合体の阻害薬がEvi1高発現白血病に対する治療薬となり得ることが示された。

以上、本論文はEvi1高発現骨髄細胞において、Evi1がポリコーム複合体をリクルートすることでPTENの発現を抑制しAKT/mTORを活性化することを明らかにした。本研究はEvi1の新たな標的遺伝子の探索から下流シグナルの同定、転写制御に関わるクロマチン修飾因子の発見へとつながり、予後不良と言われるEvi1高発現白血病に対する複数の治療標的を同定するのみならず、実際にマウスモデルにおける阻害薬の効果を示したものである。ヒト白血病の治療成績向上に結びつき得る貴重な研究成果であることから、学位の授与に値するものと考えられる。

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