学位論文要旨



No 127075
著者(漢字) 齋藤,祐
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,タスク
標題(和) FGF23関連低リン血症性くる病の病因の検討
標題(洋)
報告番号 127075
報告番号 甲27075
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3685号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 准教授 北中,幸子
 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 講師 下澤,達雄
 東京大学 講師 花房,規男
内容要旨 要旨を表示する

【背景】線維芽細胞増殖因子23(FGF23)は、血中リン濃度を調節するホルモンである。過剰なFGF23活性によって惹起される、FGF23関連遺伝性低リン血症性くる病/骨軟化症には、X染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症(X-linked dominant hypophosphatemic rickets/osteomalacia: XLH)、常染色体優性低リン血症性くる病/骨軟化症(autosomal dominant hypophosphatemic rickets/osteomalacia: ADHR)、常染色体劣性低リン血症性くる病/骨軟化症1(autosomal recessive hypophosphatemic rickets/osteomalacia 1: ARHR1)、およびARHR2がある。これらの原因遺伝子として、phosphate-regulating gene with homologies to endopeptidases on the X chromosome (PHEX) 遺伝子、FGF23遺伝子、dentin matrix protein 1 (DMP1) 遺伝子、ectonucleotide pyrophosphatase/phosphodiesterase 1 (ENPP1) 遺伝子が各々同定されている。これらの疾患は互いに類似した病態を示すため、臨床所見のみで鑑別することは困難である。また、家族歴から鑑別することも困難な場合があると考えられる。したがって、本邦におけるこれらの疾患それぞれの頻度も明らかではない。

【目的】そこで今回私は、本邦におけるFGF23関連遺伝性低リン血症性くる病の病因を明らかにすることを目的とし、以下の検討を行った。

【方法】幼少期に低リン血症性くる病と診断され、そのうち血中FGF23濃度が高値を示し、FGF23関連低リン血症性くる病であることが判明した14家系21人のゲノムDNAを末梢血から抽出し、PHEX、FGF23、およびDMP1遺伝子変異の有無をダイレクトシークエンス法により検討した。これらの遺伝子にダイレクトシークエンス法で変異を認めなかった症例では、MLPA(Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification)法により、PHEX遺伝子欠失や挿入の有無を検討した。これらの検討で異常を認めなかった症例では、最近報告されたENPP1遺伝子変異の有無をダイレクトシークエンス法によって検討した。さらに、以上の検討で異常を認めなかった症例では、PHEX遺伝子の発現について検討した。

【結果】ダイレクトシークエンス法により、10家系15名に10種類のPHEX遺伝子変異を認めた。このうち、6種類が新規変異であった。また、ダイレクトシークエンス法では同定できないPHEX遺伝子の部分欠失が1家系2名に、PHEX遺伝子発現の異常が1家系1名に認められた。これらを合わせると、12家系18名がPHEX遺伝子異常によるXLHであった。また、1家系1名は、新規ENPP1遺伝子異常によるARHR2であることが明らかとなった。残る1家系2名においては、今回の検討では病因を同定することができなかった。

【考察】本邦におけるFGF23関連遺伝性低リン血症性くる病のうち、大部分はXLHであると考えられた。しかし、ダイレクトシークエンス法のみではXLHの全例で変異を同定することはできず、MLPA法などによるPHEX遺伝子の欠失の検討やPHEX遺伝子発現の検討などが、XLHの診断に有用であると考えられた。また、ENPP1遺伝子異常によるARHR2の家系も存在することが明らかとなったため、FGF23関連遺伝性低リン血症性くる病の正確な診断には、遺伝子検査が不可欠であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、本邦におけるFGF23関連低リン血症性くる病の病因を明らかにすることを目的として、幼少期に低リン血症性くる病と診断され、そのうち血中FGF23濃度からFGF関連遺伝性低リン血症性くる病と考えられた14家系21名について遺伝子解析を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1. 上記の14家系21名のゲノムDNAを末梢血から抽出し、PHEX、FGF23、およびDMP1遺伝子変異の有無を直接シークエンス法により検討した。その結果、10家系15名において6種類の新規変異を含む10種類のPHEX遺伝子変異を同定した。FGF23遺伝子、DMP1遺伝子に変異を認めた症例は存在しなかった。

2. 家系1では、両親にくる病所見が認められないことから、ARHRが疑われていたが、男性患者のPHEX遺伝子のexon1-3がPCRで増幅されなかったため、PHEX遺伝子の部分欠失を有することが示唆された。したがってPHEX遺伝子上流とintron3に8種類ずつのプライマーセットを作成し、PHEX遺伝子の欠失範囲を同定した。その結果、PHEX遺伝子のexon1からexon3を含む52143bpの欠失であり、家系1はXLHであることが示された。また、母と娘のゲノムDNAを用いた野生型PHEX遺伝子量と変異型PHEX遺伝子量の半定量PCRによる比較検討、および母のPHEX遺伝子欠失範囲内のSNP解析によって、家系1の母がPHEX遺伝子欠失の体細胞モザイクであることが示された。したがって、遺伝形式や症状から、臨床的にXLHとARHRを鑑別することができない場合があることが示された。

3. ここまでの検討で病因を明らかにできていない家系5、7、13の3家系4名は全例女性であったが、家系1のようなPHEX遺伝子の大きな欠失は、女性患者では直接シークエンス法で明らかにできないため、MLPA法を用いて、PHEX遺伝子欠失のスクリーニングを行った。その結果、家系5、7、13では、PHEX遺伝子の欠失を示唆する結果は得られなかった。

4. 家系5、7、13では、最近ARHR2の原因遺伝子として報告されたENPP1遺伝子についても、直接シークエンス法による検討を行った。その結果、家系7ではホモ接合性の新規変異 [IVS21+1_3(GTA>CACC)]が認められた。次に家系7の血球からRNAを採取して、ENPP1遺伝子のexon21を含む領域のRT-PCRを行ったところ、家系7のmRNAではENPP1遺伝子のexon21がスキップされ、exon22内に新たな終止コドンが形成されることが明らかとなり、家系7で認められた変異が病的変異であることが示された。

5. さらに家系13では、PHEX遺伝子発現についても検討した。まず、血球からRNAを採取して、PHEX遺伝子のRT-PCRを行ったところ、血球においてPHEX遺伝子発現が認められることが明らかになった。さらに、家系13の血球におけるPHEX遺伝子発現を、RT-PCRとReal Time PCRを用いて検討したところ、家系13ではexon12以降のPHEX遺伝子発現が認められないことが分かり、家系13はPHEX遺伝子発現の異常を原因としたXLHであることが示された。

6. 以上をまとめると、検討した14家系21名のうち、12家系18名がPHEX遺伝子の異常によるXLH、1家系1名がENPP1遺伝子異常によるARHR2であった。家系5については、明らかな家族歴を認めるにもかかわらず、今回の検討では病因を明らかにすることができなかった。

以上、本論文は、本邦におけるFGF23関連遺伝性低リン血症性くる病の大部分がXLHであること、また、本邦にもARHR2の家系が存在することを明らかにした。さらに、PHEX遺伝子のダイレクトシークエンスで異常を認めなかった症例においても、MLPA法を用いた女性患者におけるPHEX遺伝子のヘテロ接合性の欠失の検討、または血球におけるPHEX遺伝子発現の検討などの詳細な検討を行うことで、PHEX遺伝子の異常を明らかにできる可能性があることを示した。本研究は、本邦のFGF23関連低リン血症性くる病の病因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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