No | 127076 | |
著者(漢字) | 足立,克之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アダチ,カツユキ | |
標題(和) | ヒトパピローマウイルス(HPV)癌蛋白質を標的にした子宮頸癌前癌病変に対する治療的ワクチンに関する基礎的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127076 | |
報告番号 | 甲27076 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3686号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ![]() | |
内容要旨 | 「序文」 女性の癌の中で第2位の数を占める子宮頸癌の発症においてヒトパピローマウイルス(HPV)は重要なリスク因子である。子宮頸癌の約99%はHPVの生殖器感染が関連し、HPV16型(HPV16)感染が最も一般的である。そしてほとんどの女性は性器HPVに一生涯の内で一度は感染すると言われるため、HPV16の生殖器感染を防ぐワクチンは、子宮頸癌の発生を減少させうると考えられる。ただし、既にある予防ワクチンは既感染者に対しての治療効果は無いため治療ワクチンの必要性もあると思われる。 ほとんどのHPV感染が自然消失する中で、感染が持続し子宮頸癌に進展する場合がある。HPV感染が自然消失するのは、宿主がもつ免疫反応によると考えられるが、他方その免疫をすり抜けた持続感染例には治療戦略が必要である。 HPVウイルスゲノム中のE6やE7という癌蛋白は発癌過程で重要な役割を持つが,逆にその抗原性はHPVに対する予防戦略として魅力的標的となりえると考えられる。 既にいくつかのHPV E7蛋白に対する治療ワクチンが開発され、臨床試験が行われたが、今日までまだ臨床的な効果を証明した報告はない。 E7蛋白を標的としたワクチンを皮下注、筋注投与することでE7特異的全身性細胞性免疫応答を引き起こすことは示されているが、局所粘膜において引き出すことができたという報告はない。子宮頸部上皮内腫瘍病変は局所である子宮頸部粘膜において進展していくことから、子宮頸部粘膜のE7特異的細胞傷害性免疫応答誘導が病変治療にとって重要な要素であると考え、本研究を進めた。 先行研究では乳酸菌ワクチンを経粘膜的に投与し全身性E7特異的免疫応答を誘導し、皮下に出来たE7発現子宮頸癌細胞株由来の腫瘍を縮小させることを示した。しかし、いずれも全身性免疫賦活の証明であり、粘膜局所での免疫応答、抗原特異的な粘膜リンパ球の誘導に対する知見は得られなかった。 粘膜免疫は細菌感染に対する第一の防御線と考えられている。全ての粘膜組織は共通の免疫機構を持ち、特有なエフェクター部位である粘膜関連リンパ組織において特異的な粘膜リンパ球を誘導している。 インテグリンα4β7は粘膜関連の帰巣受容体で、腸管粘膜リンパ球上に発現する。インテグリンα4β7陽性リンパ球は通常は腸管由来粘膜リンパ球として考えられていたが、他の粘膜組織へと遊走することも解ってきた。例えば粘膜の細静脈上皮細胞に発現するリガンドと結合し、生殖器粘膜などへ帰巣することができるとされる。 上記より、経口免疫が本研究の目的とする治療ワクチンにおける極めて魅力的な抗原輸送システムであると考えられた。 以上より本研究では、E7蛋白に対する特異的細胞性免疫誘導を目的としたHPV治療ワクチンの経口投与の有効性について検討した。本研究では子宮頸部粘膜リンパ球の代用として腸管粘膜リンパ球を回収した。そしてHPV16 E7を発現した乳酸菌を経口投与することで腸管由来のインテグリンα4β7陽性リンパ球に対して粘膜細胞のE7特異的細胞性免疫応答を誘導した。さらに腸管から作用部位である子宮頸部粘膜にメモリー/エフェクター細胞が帰巣され、高度子宮頸部腫瘍性病変の排除が起こることを確認するために検討を進めた。 HPV治療ワクチン開発における基礎的研究として、E7蛋白に対し特異的細胞性免疫応答を誘導すること、経口投与することでの特異的な局所免疫応答が起こるのかについて検討することを目的とした。 「方法」 1.マウス腸管粘膜リンパ球が子宮頸部へ帰巣すると考えられる根拠を確認するため、腸管粘膜リンパ球のフェノタイプをフローサイトメトリーで分類した。 2.経口投与薬剤として変異型E7蛋白発現死菌化乳酸菌ワクチンを調製した。変異を加えることで発癌性を失わせ、抗原性は維持し、LacE7と名付けた。 3.乳酸菌をマウスに経口投与し、粘膜でのTh1免疫応答細胞に対する効果を評価するために、粘膜リンパ球中のIFNγ産生細胞をELISPOTアッセイで分析した。 4.マウスにおいてHPV16 E7のエピトープとして知られているアミノ酸配列でペプチドを合成し、E7特異的Th1免疫応答を評価するためのE7特異的な刺激物として使用し、ELISPOTアッセイを行った。 5. 乳酸菌をマウスに経口投与し、粘膜での細胞傷害性免疫応答に対する効果を評価するため、粘膜リンパ球と脾臓リンパ球中のE7特異的granzyme B産生免疫応答細胞をELISPOTアッセイで分析し、CTLアッセイで細胞傷害活性をみた。 6. 粘膜免疫におけるワクチン投与経路の役割について報告するため、LacE7を経口投与した場合の局所粘膜や全身での免疫応答と筋注、皮下注投与のそれらとを比較した。 「結果」 1.腸管粘膜リンパ球の約90%はインテグリンα4β7陽性であった。 2.乳酸菌を経口免疫したことでIFNγ産生Th1免疫応答細胞の数は増加した。 3.E7特異的IFNγ産生Th1免疫応答細胞数は、LacE7投与群では有意に増加した。 4.LacE7を感作投与したことでE7特異的IFNγ産生Th1免疫応答細胞が増加した。追加経口投与でさらに増加した。 5. E7特異的granzyme B産生免疫応答細胞も腸管粘膜リンパ球中、脾臓リンパ球中と共に大きく増加した。 6. LacE7の経口投与群では粘膜リンパ球においてE7特異的Th1免疫応答細胞数が増加した。E7特異的粘膜細胞性免疫応答の誘導のための最も効果的な投与経路は経口であった。 「考察」 1. 腸管粘膜リンパ球の細胞表面抗原解析よりリンパ球の大部分はインテグリンα4β7受容体陽性であり、そのリガンドであるMAdCAM1を発現する子宮頸部へ帰巣すると考えられた。子宮頸部の局所粘膜免疫応答を誘導する経路として腸管関連リンパ組織(GLAT)に着目し、治療ワクチンを経口投与するということの根拠となりえると考えた。 2. 本研究においても乳酸菌自体で粘膜での非特異的Th1免疫応答誘導効果をもつと考えられた。 3. E7抗原を発現したLacE7投与群ではE7特異的CD4陽性Th1免疫応答を誘導しえた。追加経口投与はE7特異的CD4陽性Th1免疫応答をさらに増強した。これは粘膜リンパ球中にE7を認識するメモリーT細胞を含むことを示唆する。 4. LacE7によりE7特異的CD8陽性細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導され、用量依存的にキラー活性が増強すると考えられた。 5. 投与経路の比較検討においては、E7特異的免疫応答誘導の為の最も効果的な経路は経口と考えられた。 インテグリンα4β7はGALTに存在する樹状細胞によって誘導される粘膜関連の帰巣受容体であり、本研究により大部分がα4β7陽性である腸管粘膜リンパ球が子宮粘膜へ帰巣される可能性が示された。このことから本研究において腸管粘膜リンパ球をHPV E7ワクチンに対する粘膜免疫応答の評価に利用することが適切と考えた。 また同様に腸管粘膜リンパ球は子宮頸部粘膜へ帰巣し機能しうると推定し、本研究では経口免疫を選択し研究対象とした。 乳酸菌経口投与により直接的にGALTやインテグリンα4β7陽性細胞を刺激すれば、消化管や子宮頸部の局所の強い粘膜免疫応答が認められるはずである。経口免疫法は全身性免疫よりも局所粘膜免疫の方が優先的に誘導されうるという利点が予想された。 ワクチン抗原による粘膜免疫の誘導には、抗原をGALTなどの誘導部位へ運び、抗原提示細胞によってメモリー細胞に提示させそれを活性化させなければならない。乳酸菌は抗原を腸管のGALTへ運ぶ効果的なワクチンキャリアとして働くと考え本研究で用いた。 HPV E7感染に伴い粘膜に腫瘍性病変を作る動物モデルがないため治療ワクチンの臨床効果を評価することが困難であった。そのため先行研究ではHPV16 E7を導入したE7発現子宮頸癌細胞株をマウスの皮下に移植し腫瘍形成させたモデルを使用していた。同モデルはHPV関連腫瘍に対する全身性免疫応答を見ることが出来るが、局所の粘膜免疫を見ることは難しい。本研究ではE7特異的な粘膜下CTLに対しTC-1細胞を標的としてキラー活性アッセイを行った。粘膜リンパ球のHPV特異的なキラー活性はCD8陽性T細胞においてgranzyme B産生が誘導されることで明確に示された。 本研究ではLacE7を経口投与することで粘膜リンパ球におけるTh1誘導が脾臓リンパ球におけるTh1誘導よりも約2倍起こることが示された。これより粘膜T細胞はHPV E7関連腫瘍に対して抗腫瘍効果を示すことを示唆した。 以上より、LacE7を経口投与することでGALTにて抗原提示を行い、CD4陽性Th1免疫応答やCD8陽性細胞傷害性免疫応答を誘導し得る可能性が示された。また細胞表面抗原解析にて多数のリンパ球がインテグリンα4β7陽性であったことから、免疫賦活されたCD4陽性Th1免疫応答細胞やCD8陽性細胞傷害性T細胞が子宮頸部へ帰巣し、CIN2-3に対する治療効果を発揮する可能性が示された。 「結語」 本研究ではHPV16 E7蛋白を標的としたHPV16感染治療ワクチン開発の基礎的研究に取り組んだ。経口投与により腸管粘膜を経由した局所粘膜免疫賦活作用に着目した点が本研究の眼目である。LacE7をマウスに経口投与することで局所粘膜の細胞性免疫を活性化できることを発見した。本研究の限界は子宮頸癌のマウスモデルがないため、実際の抗腫瘍効果を十分に推測し得ない点である。本ワクチンの有用性の評価は、ヒトでの臨床試験を待たなければならないが、本研究のデータはLacE7をCIN2-3の患者に用いる最初の臨床研究の進展を補助するものとなると考える。 | |
審査要旨 | 本研究はヒトの子宮頸癌前癌病変に対しての治療ワクチン開発に繋がる基礎研究である。子宮頸部前癌病変に発現するE7蛋白を標的とした乳酸菌ワクチンをマウスに経口投与し子宮頸部粘膜局所での粘膜免疫応答について解析し、下記の結果を得ている。 1. マウス腸管粘膜リンパ球が子宮頸部へ帰巣すると考えられる根拠を確認することを目的とし、腸管粘膜リンパ球のフェノタイプをフローサイトメトリーで分類したところ、腸管粘膜リンパ球の約90%はインテグリンα4β7陽性であった。 2. 経口投与薬剤として変異型E7蛋白発現死菌化乳酸菌ワクチンを調製した。変異を加えることで発癌性を失わせ、抗原性は維持し、LacE7と名付けた。乳酸菌をマウスに経口投与し、粘膜でのTh1免疫応答細胞に対する効果を評価するために、粘膜リンパ球中のIFNγ産生細胞数をELISPOTアッセイで分析すると乳酸菌を経口免疫したことでIFNγ産生Th1免疫応答細胞の数は増加した。 3. マウスにおいてHPV16 E7のエピトープとして知られているアミノ酸配列でペプチドを合成し、E7特異的Th1免疫応答を評価するためのE7特異的な刺激物として使用し、ELISPOTアッセイを行ったところ、E7特異的IFNγ産生Th1免疫応答細胞数は、LacE7投与群では有意に増加した。またLacE7を感作投与したことでE7特異的IFNγ産生Th1免疫応答細胞が増加するだけでなく追加経口投与(Boost投与)でさらに増加した。 5. 乳酸菌をマウスに経口投与し、粘膜での細胞傷害性免疫応答に対する効果を評価するために、粘膜リンパ球と脾臓リンパ球中のE7特異的granzyme B産生免疫応答細胞をELISPOTアッセイで分析し、CTLアッセイで細胞傷害活性をみたところE7特異的granzyme B産生免疫応答細胞も腸管粘膜リンパ球中、脾臓リンパ球中と共に大きく増加した。 6. 粘膜免疫におけるワクチン投与経路の役割について報告するために、LacE7を経口投与した場合の局所粘膜や全身での免疫応答と筋注、皮下注投与のそれらとを比較した。LacE7の経口投与群では粘膜リンパ球においてE7特異的Th1免疫応答細胞数が増加した。E7特異的粘膜細胞性免疫応答の誘導のための最も効果的な免疫投与経路は経口であった。 以上、本論文によって、マウスに対して乳酸菌ワクチンを経口投与し子宮頸部粘膜における局所の細胞性免疫を誘導しうる可能性が示された。子宮頸癌にマウスモデルが存在しないために、本研究では実際の抗腫瘍効果を直接みることができないという限界があるものの、標的組織である子宮頸部粘膜でのTh1免疫応答細胞を活性化させる機序を示したことは大変重要なことである。今後、ヒトでの臨床試験を待たなければならないが、本論文はヒトの子宮頸癌前癌病変に対するワクチン治療にとって重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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