学位論文要旨



No 127079
著者(漢字) 榎本,豊
著者(英字)
著者(カナ) エノモト,ユタカ
標題(和) 白血病細胞において発現異常を示すmicroRNAの機能解析
標題(洋) A functional analysis of microRNA aberrantly expressed in leukemic cells
報告番号 127079
報告番号 甲27079
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3689号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 村上,義則
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 准教授 井田,孔明
 東京大学 教授 中内,啓光
内容要旨 要旨を表示する

「サマリー」

microRNAが造血系細胞において、重要な機能を担っていることが明らかになってきた。また白血病において発現異常が確認されているが、詳細は未解明な部分が多い。本研究では、B-cell precursor ALL(BCP-ALL)で見られたmicroRNA125b1 (miR125b1) 領域の染色体異常を報告する。さらに、miR125b1を強発現したトランスジェニックマウス(TGマウス)は、B細胞性腫瘍を発症することを示す。また、マウスの骨髄移植(BMT)モデルでは、急性骨髄性白血病(AML)の重症化に寄与する結果が得られた。標的遺伝子の一つとして、アポトーシス誘導遺伝子であるtrp53inp1を報告する。

「序文」

1. 本研究の背景

microRNAは、タンパク質をコードしない約22塩基の小さなRNAであり、標的遺伝子の3'UTR(非翻訳領域)の相同性の高い配列に結合し、翻訳阻害やmRNAの分解により、タンパク質としての発現を抑制する。その機能は多岐に渡り、発生、分化、アポトーシス、細胞増殖などの生命現象に関わることが、これまでの解析でわかってきた。

microRNAの解析が進み、疾患において、多くのmicroRNAの発現異常が確認された。特に、癌や白血病での異常については、盛んに研究が進められている。

私達の研究グループは、BCP-ALLの患者で、miR125b1ゲノム領域が、染色体異常により免疫グロブリン重鎖(IGH)遺伝子領域に挿入されている例を発見し、報告した。このmiR125bは、乳癌においては発現が抑制されており、抗腫瘍効果を示すことが報告されている。しかし、最近になって、造血細胞においては、AMLや、B細胞性急性リンパ性白血病(B-ALL)、T細胞性急性リンパ性白血病(T-ALL)を誘導するという結果が報告された。microRNAの標的遺伝子は一つではなく、多くの遺伝子がその標的とされていると考えられている。よって、異なる組織では異なる機能を担うということも考えられる。いずれにしろ、標的遺伝子の探索を含めた、さらなる機能解析、特に複雑に色々な要因が影響する生体内での機能解析が重要である。

2. 目的および着眼点

本研究の目的は、miR125bが白血病においてどのような機能を及ぼすかを調べることである。特に、生体内における機能に注目して研究を進める。具体的には、miR125bをB細胞で強発現させるTGマウスの作製、及び解析を行う。また、B細胞以外での機能解析には、マウスのBMTモデルを用いる。さらに、microRNAは標的遺伝子を抑制することで機能することから、標的遺伝子の探索を行う。また、miR125bが、造血器疾患においてどれくらいの頻度で発現異常を示すかを調べるため、患者サンプルを用いて発現解析を行う。このようにして、miR125bと白血病との関連性、さらにそのメカニズムを解明していく。

「結果」

1. BCP-ALLにおけるmiR125b1の染色体異常の解析

BCP-ALLにおけるmiR125b1ゲノム領域とIGH遺伝子領域の染色体異常(insertion)により、その領域からmiR125bが発現することがわかった。

2. Eμ/miR125b-TGマウスは、リンパ球系腫瘍を発症する

B細胞におけるmiR125bの機能を解析するため、B細胞でmiR125bを強発現するTGマウスを作製した。プロモーター領域に、Human IGH Eμ enhancer、Mouse VH promoterを用いて、miR125bをRat β-globin遺伝子領域に挿入した。

このTGマウスを長期観察したところ、TGマウスは、造血器腫瘍を引き起こすことがわかった。発症したマウスでは、肝臓及び脾臓の腫大が見られる。

次にTGマウスの病態の解析を行った。BM、脾臓のサイトスピン像、及び末梢血(PB)のスメア像を見ると、腫瘍細胞が各臓器で増殖していることがわかった。さらに、肝臓と脾臓の病理像を見ると、組織中に腫瘍細胞が、浸潤していることがわかった。

TGマウスから得られた細胞を用いて、FACS解析を行った。その結果B220陽性、CD19陽性のB細胞が増えていることがわかった。以上の結果から、このTGマウスはB細胞性腫瘍を発症している、ということがわかった。

次に、TGマウスが発症したときの、脾臓、肝臓の重量、BMの細胞数、ヘモグロビン(Hb)の数値を、WTと比較検討した。その結果、脾臓、肝臓は腫大することがわかった。また、BMの細胞数は増加し、逆にHbの数値は減少する結果となった。

3. C/EBPαのC末変異(C/EBPα-Cm)とmiR125bの強発現は、AMLの重症化を引き起こす

次にB細胞以外の細胞での機能解析を、BMTモデルを用いて行った。骨髄細胞(ドナーLy5.1)にmiR125b、mock、又はmiR30a(コントロールmicroRNA)をレトロウィルスにより導入し(マーカーとしてGFPを発現する)、マウス(レシピエントLy5.2)に移植した。そして、移植後1年経過したマウスの解析を行った。その結果、miR125bを導入したマウスでは、BM、脾臓、PB、胸腺(thymus)において、GFP陽性、Ly5.1陽性の細胞の割合が高くなっていることがわかった。つまり、miR125bを導入した細胞が、有意に増えているという結果が得られた。

さらに、miR125bを導入したマウスで、BMでのGFP陽性率が50%を超えたマウスに着目して、GFP陽性細胞の細胞マーカーを解析した。その結果、BM、脾臓、PBにおいて、CD11b陽性の細胞が有意に増えていることがわかった。また、胸腺ではGFP陽性細胞はT細胞になっている結果が得られた。

以上より、miR125bは生体内で、細胞の生存においてプラスに働くことを示唆させる結果が得られた。しかし、1年経過した時点で、造血器疾患を発症するようなことはなかった。

最近になって、miR125bがAMLの誘導に働くという結果が報告された。そこで、AMLに対して生体内でどのように機能するかを検討した。我々の研究室ではこれまでに、転写因子であるC/EBPαのC末変異(C/EBPα-Cm)を、骨髄細胞に導入して、この骨髄細胞をマウスに移植するとAMLを発症する、というモデルを報告した。このBMTモデルを用いて、AMLに対してmiR125bを導入することにより、協調作用が生じるかを検討した。その結果、miR125bを導入した群では、mockを導入した群と比較して、AMLの発症が早まるという結果が得られた。

C/EBPα-CmとmiR125bを導入したマウスの方が、C/EBPα-Cmとmockを導入したマウスに比べて、肝臓と脾臓の更なる腫大が見られた。さらにPBのスメア像を見ると、C/EBPα-CmとmiR125bを導入したマウスの方が、C/EBPα-Cmとmockを導入したマウスに比べて、WBCの数が多い結果であった。つまり、miR125bはAMLに対して、その重症化に寄与するということが示された。

4. miR125bは、造血細胞のアポトーシスを抑制する

miR125bの標的遺伝子として、trp53inp1というアポトーシス誘導遺伝子に注目した。Luciferase assayを行った結果、この3'UTRは、miR125bにより抑制を受けることが明らかになった。さらに、結合予測配列に変異を導入すると、miR125bによる抑制が見られなくなった。つまり、miR125bによる発現抑制は、miR125bの結合予測配列に依存することがわかった。さらに、32Dcl3細胞にmiR125bを導入したところ、trp53inp1のmRNAの発現レベルが抑えられることがわかった。

次に32Dcl3細胞を、IL-3非存在下の培地で培養し、アポトーシスアッセイを行った。その結果、miR125bによりアポトーシスが抑制される結果となった。同様にTGマウスでもtrp53inp1の発現が低下しており、アポトーシスが抑制されることを示した。

5. 造血器疾患におけるmiR125bの発現解析

ヒト造血器疾患におけるmiR125bの発現量を、Real-time PCRにより定量解析した。その結果、BCP-ALLで21例中6例、特にフィラデルフィア染色体陽性(Ph+)(BCR/ABL陽性)のBCP-ALLでは9例中4例で、normalサンプルと比較して5倍以上高い結果となった。さらに骨髄系の疾患においては、AMLで8例中5例、慢性骨髄性白血病(CML)で4例中2例、骨髄異形成症候群(MDS)で7例中2例、骨髄増殖性腫瘍(MPN)で3例中1例、normalサンプルと比較して5倍以上高い結果となった。

「まとめ」

本研究では、miR125bの強発現が生体内で、B細胞性の腫瘍の発症を誘導すること、またC/EBPα-Cmとの組み合わせがAMLの重症化に寄与することを報告した。腫瘍を促進するメカニズムとして、アポトーシス誘導遺伝子のtrp53inp1がmiR125bの標的遺伝子の一つであり、その発現を抑制することを初めて示した。そして、実際に32Dcl3という造血系細胞を用いて、miR125bがアポトーシスを抑制する作用があることを示した。同様にTGマウスでもアポトーシスが抑制されることを示した。また、患者サンプルを用いた発現解析で、miR125bの発現がBCP-ALLやAML、CML、MDS、MPNにおいて、発現が高い症例を発見した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、B-cell precursor ALL(BCP-ALL)で見られたmicroRNA125b1 (miR125b1) 領域の染色体異常の解析、miR125bを強発現したマウスの解析、患者サンプルでのmiR125bの発現解析を行い、miR125bと造血器腫瘍との関係性の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1、BCP-ALLにおけるmiR125b1ゲノム領域とIGH遺伝子領域の染色体異 常(insertion)により、その領域からmiR125bが発現することがわかった。

2、B細胞におけるmiR125bの機能を解析するため、B細胞でmiR125bを強発現するトランスジェニック(TG)マウスを作製した。このTGマウスを長期観察したところ、TGマウスは、造血器腫瘍を引き起こすことがわかった。FACS解析を行った結果、B220陽性、CD19陽性のB細胞が増えていることがわかった。以上の結果から、このTGマウスはB細胞性腫瘍を発症している、ということがわかった。

3、次にB細胞以外の細胞での機能解析を、骨髄移植(BMT)モデルを用いて行った。その結果、miR125bを導入したマウスでは、BM、脾臓、PB、胸腺(thymus)において、miR125bを導入した細胞が、有意に増えているという結果が得られた。さらに、AMLに対してmiR125bがどのように機能するかを検討した。C/EBPαのC末変異(C/EBPα-Cm)によりAMLを発症する、というBMTモデルをモデルを用いた結果、miR125b導入により、AMLの発症が早まるという結果が得られた。

4、trp53inp1というアポトーシス誘導遺伝子の発現がmiR125bにより抑制されることを見いだした。また実際にmiR125b強発現により、アポトーシスが抑制されることを示した。

5、ヒト造血器疾患におけるmiR125bの発現量を、Real-time PCRにより定量解析した。その結果、リンパ球系の腫瘍、また骨髄系の腫瘍においてもmiR125bの発現が高くなっている症例を見いだした。

以上、本論文はmiR125bの発現異常と造血器腫瘍とを強く関連づける結果を報告したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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