学位論文要旨



No 127082
著者(漢字) 齊藤,亜子
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,アコ
標題(和) 子宮内膜症におけるproteinase-activated receptor 2の発現調節についての検討
標題(洋)
報告番号 127082
報告番号 甲27082
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3692号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 江頭,正人
 東京大学 講師 久具,宏司
内容要旨 要旨を表示する

(背景)

子宮内膜症とは、子宮内膜またはそれに類似した組織が子宮以外の部位に異所性に発生発育する疾患である。月経痛、慢性骨盤痛、性交痛などの疼痛の原因となり、不妊をしばしば合併することで生殖能の低下を起こすとも考えられている。生殖年齢の約10%、不妊患者の約50%に発症するといわれている。

子宮内膜症の発生仮説として、月経時に経卵管的に月経血と共に子宮内膜細胞が腹腔内に逆流し、腹膜、卵巣などに移植され、そこで生着、増殖するというSamptomの仮説が広く受け入れられている。しかし、月経血の逆流は多くの婦人に起こることだが、そのすべての婦人が子宮内膜症を引き起こすわけではない。これには、腹腔内環境の変化、免疫学的要因など様々な因子が関与していると考えられている。腹腔内環境に注目すると、子宮内膜症患者の腹腔内貯留液には、活性化されたマクロファージ、肥満細胞、リンパ球、好酸球などの炎症細胞や、transforming growth factof (TGF)-β、tumor necrosis factor (TNF)-α、interleukin (IL)-1β, IL-4, IL-6, IL-8などの数多くの炎症性サイトカインの増加を認める。またこれらの炎症性細胞、サイトカンが複雑に関与しあい、子宮内膜症の発展、進展に寄与していると言われている。これらのことから子宮内悪症は慢性炎症性疾患と考えられている。炎症に関与する受容体としてproteinase-activated receptor (PAR) 2がある。これは肥満細胞や好中球から産生される特定のプロテアーゼや凝固因子VIIa, Xaによって活性化される三量体Gタンパクと共役した7回膜貫通型受容体であり、様々な組織において向炎症的に働く受容体である。プロテアーゼや凝固因子によってPAR2分子の細胞外アミノ末端側ペプチド鎖を特定の部位で切断することにより新しいアミノ末端ペプチド鎖を露出させ、これが同じ受容体分子の細胞外第2ループに結合すると細胞内にシグナルが誘起される。実験系では合成されたペプチド(PAR2 agonist peptide, PAR2AP)を外来性に与えることにより、アミノ酸末端側ペプチドを切断することなく受容体の活性化を誘起することができる。PAR2は生体内の様々な組織に発現し、種々の機能に関与しているが、子宮内膜症においては以下の報告がある。PAR2は子宮内膜症細胞に発現していること、PAR2を子宮内膜症性間質細胞 (endometriotic stromal cell, EmSC)において活性化させると炎症性サイトカインであるIL-6, IL-8分泌が増加すること、またEmSCの細胞増殖が促進すること、子宮内膜症マウスモデルの実験ではPAR2欠損マウスにおいて病変数、病変重量が減少していることである。これらのことより、PAR2は炎症的側面より子宮内膜症の増悪因子であると考えられている。しかし、これまで子宮内膜症においてPAR2の発現調節因子は明らかではなかった。他の疾患においてはPAR2は炎症性サイトカンによって増加することが知られており、PAR2は向炎症反応や組織修復などの様々な観点から治療薬の新たな標的分子になる可能性があると研究が進められている。子宮内膜症においてもその発現調節因子を検索することは新しい治療に寄与する可能性があると考えられる。そこで子宮内膜症で重要なサイトカンにおいて、PAR2の発現調節作用について検討した。

(方法)

書面によるインフォームドコンセントの上、手術時に子宮内膜症性卵巣嚢胞を採取した。検体は病理的に子宮内膜症性と診断されたものを用いた。子宮内膜症性卵巣嚢胞からEmSCを分離培養し以下の実験に用いた。

EmSCにTGF-β 10ng/ml, IL-1β 10ng/ml, TNFα 1ng/mlを6時間添加し、PAR2 mRNA発現をRT-PCRにて測定した。TGF-βのみが反応を示したため、ここからはTGF-βについてのみ検討した。EmSCにTGF-β 10ng/mlを0, 3, 6, 12, 24時間添加し経時的反応を、TGF-β 0,1,5,10ng/mlを6時間添加し容量反応を調べた。PAR2APが起こすEmSCからのIL-6分泌に対してTGF-βの前投与が与える影響を調べるために、まずEmSCをTGF-β 10ng/ml, 24時間で刺激し、その後PAR2AP 30μM, 24時間刺激し、上清中のIL-6をELISAにて測定した。TGF-βのtype I receptorの阻害剤であるSB431542のPAR2 mRNAに対する影響をみるために、EmSCにSB431542 10mM、TGF-β 10ng/ml 6時間添加した。SB431542のPAR2AP刺激によるIL-6分泌に対する影響を調べるために、SB431542 10mM, TGFβ 10ng/ml 24時間添加、PAR2AP 30μM, 24時間刺激した。またPAR2 siRNAを導入したうえで、TGF-β 10ng/ml, 24時間で刺激し、その後PAR2AP 30μM, 24時間刺激し、上清中のIL-6を測定した。TGF-βの細胞内シグナル伝達にはSmad経路とmitogen-activated protein kinase(MAPK)経路が存在する。このうちMAPK経路を調べるために、EmSCをp38 MAPK、p42/44 MAPK、stress-activated protein kinase /c-Jun N-terminal kinase (SAPK/JNK)それぞれの阻害剤にて30分刺激し、その後TGF-β 10ng/ml, 6時間刺激した。またSmad経路についてはSmad4 siRNAを導入し、TGF-β 10ng/ml, 6時間刺激し、PAR2 mRNAを測定した。

(結果)

EmSCにおいてTGF-βはPAR2 mRNAを約2倍に増加させたが、IL-1β, TNF-αはその作用を示さなかった。IL-1β, TNF-αはEmSCに添加するとIL-8を分泌することが知られている。上記と同じ検体においてIL-1β, TNF-α刺激でL-8 mRNA増加しており、これらのサイトカンが作用していることを確認した。TGF-βのPAR2 mRNAに対する作用をさらに詳細に検討したところ、経時的な変化では6時間後にピークを認め約3.2倍に増加した。またTGF-βは濃度依存性にPAR2 mRNAを増加させ、1ng/ml以上で対照に比し有意差が認められた。EmSCにおいてPAR2AP刺激によってIL-6が分泌されることが報告されている。TGF-β前投与はこの作用をさらに増強した。この増強作用はTGF-βの濃度依存性にみられた。PAR2AP刺激のみではIL-6分泌はPAR2AP刺激前と比べ2.8倍であるが、TGF-β 10ng/ml前投与によりこの比は約9.8倍となった。TGF-βのtype I受容体阻害剤であるSB431542はTGF-βによるPAR2 mRNA発現を抑制した。また、TGF-βがPAR2APによるIL-6分泌を増強させる効果も抑制した。PAR2 siRNAはEmSCにおけるPAR2 mRNA発現を約6%に抑制した。この条件下において、TGF-βがPAR2APによるIL-6分泌を増強させる効果を抑制した。このことよりTGF-β添加、PAR2AP添加条件下でのIL-6分泌はPAR2を介していると考えられた。TGF-βの細胞内シグナル伝達経路についての検討で、Smad経路とMAPK経路のどちらの経路を介しているか調べるために、Smad4 siRNA導入またはMAPK阻害剤を使用した。MAPK阻害剤のうちp38 MAPKの阻害剤とp42/44 MAPKの阻害剤がTGF-βによるPAR2 mRNA発現を抑制した。Smad4 siRNA導入によりSmad4 mRNAは約22%に抑制され、Smad4のタンパク量の減少も認めたが、この条件下ではTGF-βによるPAR2発現は抑制を受けなかった。

(考察)

EmSCにおいてTGF-βはPAR2 mRNA発現を増加し、PAR2刺激によるIL-6分泌作用を促進することを示した。IL-1β, TNF-αはその作用を示さなかった。TGF-β type I受容体阻害剤、PAR2 siRNAはその作用を抑制した。TGF-βの細胞内シグナル伝達経路においてp38 MAPKとp42/44 MAPK阻害剤はTGF-βのPAR2 mRNA増加作用を抑制し、Smad4 siRNAはこの作用に影響を与えなかった。

PAR2発現調節についてはこれまで他の細胞において報告がある。変形性膝関節症の軟骨細胞ではIL-1β、TNF-α、TGF-βがPAR2発現を増加させ、皮膚の線維芽細胞においてはTGF-βが、ヒト臍帯静脈内皮細胞ではIL-1β、TNF-αがPAR2を増加させる。今回の結果では子宮内膜症間質細胞においてはIL-1β、TNF-αではPAR2発現は変化せず、これらのうちTGF-βのみがPAR2 mRNA発現を増加させた。以上よりPAR2発現調節の反応は細胞によって異なると考えられた。

TGF-βは広く生体内に分布している、多機能のサイトカンであり、細胞増殖、分化、アポトーシス、血管新生などの役割を様々な組織において果たす。癌、線維症、免疫疾患、血管病変、骨軟骨疾患などの疾患で治療のターゲット候補として研究が進められている。子宮内膜症においては腹腔内貯留液、子宮内膜症性卵巣嚢胞内容液にその濃度の増加がみられ、免疫染色では子宮内膜症組織に発現を認める。機能としては腹膜中皮細胞に子宮内膜上皮細胞が侵入する細胞侵入モデルにおいてその作用を促進するという報告があり、子宮内膜症を増悪させる重要なサイトカインと考えられている。本研究では、TGF-βがPAR2を介してIL-6分泌を増加させることを示した。IL-6は子宮内膜症患者の腹腔内貯留液に増加して、その増悪、また子宮内膜症に関連する不妊の要因となるサイトカンであると考えられている。これより、TGF-βがIL-6分泌を増加させることは子宮内膜症の進展、また不妊の一因になる可能性を有する。

TGF-βの細胞内シグナル伝達経路にはSmad経路とnon-smad経路が存在し、それらはcrosstalkがあるといわれている。今回、p38MAPK, p42/44MAPK阻害剤により、TGF-βのPAR2増加作用は阻害されたが、Smad4 siRNAはその作用に影響を与えなかった。IL-1 βもMAPKを動かすが、EmSCにおいてIL-1 β刺激ではPAR2発現は変化しなかった。また、EmSCにおいてMAPK阻害剤による抑制率は低かった。これらのことより、TGF-βによるPAR2発現においてMAPKの活性化は十分条件ではなく、smad経路とのcrosstalkやその他のnon-smad経路が関連する可能性が考えられる。

本研究ではTGF-βがPAR2のシステムを介し、子宮内膜症の増悪に関与していることを示した。本研究以外にもTGF-βが子宮内膜症の増悪因子であるという報告があり、治療のターゲットになる可能性がある。しかし、TGF-βは広く生体内に分布し、多彩な作用を持つため、すぐに治療に結びつくものではなく、さらなる検討が必要である。本研究で明らかにしたTGF-βがPAR2を増加させIL-6分泌作用を増強するという知見は、子宮内膜症の病態解明の一助になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は子宮内膜症においてその増悪因子であるProteinase-activated receptor 2 (PAR2)の発現調節因子について、卵巣子宮内膜症性間質細胞(EmSC)の初期培養を用いて検討し、以下の結果を得ている。

1.子宮内膜症ではその腹腔内環境、また組織において様々なサイトカンが増加している。その中でも重要な働きをもつTransforming growth factor (TGF)-β, Tumor necrosis factor (TNF)-α, Interleukin (IL)-1βをEmSCに添加し6時間後にmRNAを回収しRT-PCRにてPAR2 mRNA発現を測定した。この3つのサイトカンのうちTGF-βのみがPAR2 mRNA発現を増加させた。TGF-βは濃度依存性にPAR2 mRNA発現を増加させ、TGF-β 1ng/mlから対照をくらべ有意差を認めた。0,3,6,12,24時間での経時的変化では6時間後にピークを認め約3.2倍となった。

2.PAR2 agonist peptide (PAR2AP)にてPAR2を刺激すると子宮内膜症の増悪因子である炎症性サイトカンのIL-6の分泌増加がしられている。TGF-β 10ng/mlを前投与しPAR2AP刺激をした。TGF-β前投与なしではIL-6分泌はPAR2AP刺激前と比べ約2.8倍であるが、TGF-β 10ng/ml前投与によりこの比は約9.8倍と増加した。TGF-β前投与はPAR2APによるIL-6分泌効果を増強した。

3.TGF-βのtype I受容体阻害剤であるSB431542はTGF-βによるPAR2 mRNA発現を抑制し、TGF-βがPAR2APによるIL-6分泌を増強させる効果も抑制した。PAR2 siRNA導入はTGF-βがPAR2APによるIL-6分泌を増強させる効果を抑制した。このことよりTGF-β添加、PAR2AP添加条件下でのIL-6分泌はPAR2を介していると考えられた。

4.TGF-βの細胞内シグナル伝達経路についての検討で、Smad経路とMAPK経路のどちらの経路を介しているか調べるために、Smad4 siRNA導入またはMAPK阻害剤を使用した。MAPK阻害剤のうちp38 MAPKの阻害剤とp42/44 MAPKの阻害剤がTGF-βによるPAR2 mRNA発現を約6割に抑制した。Smad4 siRNA導入によりSmad4 mRNAは約22%に抑制され、Smad4のタンパク量の減少も認めたが、この条件下ではTGF-βによるPAR2発現は抑制を受けなかった。TGF-βによるPAR2発現における細胞内伝達経路にはp38 MAPK, p42/44 MAPKが関与していると考えられるが、その阻害剤での抑制率は低かった。これらのことより、TGF-βによるPAR2発現においてMAPKの活性化は十分条件ではなく、smad経路とのcrosstalkやその他のnon-smad経路が関連する可能性が考えられる。

以上より、本論文はTGF-βがPAR2のシステムを介し、子宮内膜症の増悪に関与していることを示した。本研究以外にもTGF-βが子宮内膜症の増悪因子であるという報告があり、治療のターゲットになる可能性がある。しかし、TGF-βは広く生体内に分布し、多彩な作用を持つため、すぐに治療に結びつくものではなく、さらなる検討が必要である。本研究で明らかにしたTGF-βがPAR2を増加させIL-6分泌作用を増強するという知見は、子宮内膜症の病態解明の一助になると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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