学位論文要旨



No 127083
著者(漢字) 小山,哲
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,サトシ
標題(和) 乳癌抑制遺伝子DBC1による核内受容体エストロゲンレセプターβの転写制御機構の解明
標題(洋)
報告番号 127083
報告番号 甲27083
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3693号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 井上,聡
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 藤井,知行
 東京大学 講師 小川,純人
内容要旨 要旨を表示する

1)序文

エストロゲンレセプター(ER)は核内レセプター(NR)スーパーファミリーの一つで、内在性リガンドである17β-Estradiol(エストロゲン;E2)によって核内へ移行し転写因子として作用する。ERにはERαとERβの二つのサブタイプが存在するが、ERαとERβはactivation function- 1(AF-1)とAF-2という活性化領域をもつ。AF-1はアミノ基末に存在し、E2非依存的に転写活性化能を示す一方、AF-2はカルボキシル基末に存在し、リガンド結合部位を有し、E2依存性転写活性化能を有する。ERがE2依存的に作用するには、AF-2領域とコアクチベーターとのE2依存的な結合が必要であり、細胞増殖や細胞死、クロマチン再構成、タンパク分解といった生理的現象に関与していると考えられる多くのAF-2コアクチベーターがこれまでに明らかになっている。

ERβの機能は、ERβノックアウトマウスの解析により、子宮、乳腺、前立腺、および大腸などの様々な上皮細胞において細胞増殖と細胞分化の制御に関与することがわかっている。またin vitroでの研究においても同様に、ERβに細胞増殖抑能と分化誘導能があることが知られている。

DBC1は染色体8p21領域にコードされる遺伝子であり、乳癌において欠失している領域から同定されたことから乳癌抑制遺伝子の候補ではないかと考えられており、その生物学的機能が徐々に明らかになってきている。DBC1はTNF-α誘導性細胞死において、核内から細胞質に移動し細胞死を促進することが知られており、その発癌抑制の機序の一つと考えられている。また、NAD依存性のヒストン脱アセチル化作用をもつ抗老化分子SIRT1の作用を抑制することでp53依存性の細胞死を促進しているという報告もあるが、DBC1の全体的な機能についてはいまだ不明な点が多く、DBC1の癌抑制機序については更なる検討の余地がある。

近年DBC1とNRが相互作用する報告が相次いでおり、DBC1がE2非存在時にERαの発現を維持することで、ヒト乳癌細胞における細胞増殖作用を促進しているという報告がある。本研究では、DBC1とERβとの相互作用について検討し、DBC1とERβが細胞内において複合体を形成することを示し、DBC1がERβのエストロゲン依存的転写活性を抑制することを明らかにしていく。

2)方法

1. 免疫沈降法

MDA-MB-231細胞を培養回収した後、細胞溶解液とanti-ERβ抗体、及びProtein G Sepharose 4 Fast Flow ビーズを混和し、ERβに結合する免疫複合体を精製した。免疫沈降産物はウェスタンブロッティングに供され、一次抗体としてanti-DBC1抗体を使用し、バンドを確認した。

2. 蛍光免疫染色

MCF-7細胞とT-47D細胞を培養し、4%パラフォルムアルデヒドで固定した後、1次抗体として、MCF-7細胞にはanti-ERα抗体およびanti-DBC1抗体、T-47D細胞にはanti-ERβ抗体およびanti-DBC1抗体を用いて、2次抗体として蛍光標識抗体を使用し二重染色した。さらに核染色としてHoechst 33342染色を行い、共焦点顕微鏡を用いて細胞を観察した。

3. GST-pull down アッセイ

GST-pull downアッセイによりERとDBC1の直接結合を確認した。ERα AF-1、ERα AF-2、ERβ AF-1、ERβ AF-2の各領域を、タンパク発現ベクターのGST遺伝子の下流にフレームがあうように組み込むことで構築し、大腸菌に形質転換した。大腸菌はGST融合タンパクとしてタンパク発現誘導を行ったのちに回収され、Glutathione-Sepharoseビーズに結合させた。ビーズに結合したGST融合タンパクと、[35S] methionine標識を行ったDBC1の全長および分割された断片をインキュベートし、SDS-PAGEで泳動しバンドの解析を行った。

4. ルシフェラーゼアッセイ

DBC1によるERα/βの転写活性化能への影響を調べるために、293T細胞およびMDA-MB-231細胞を用いてトランスフェクションを行い、ルシフェラーゼアッセイを行った。ルシフェラーゼレポーター遺伝子、internal control用ベクター、発現ベクターをトランスフェクションし、細胞を回収後Firefly luciferase活性を測定した。トランスフェクション効率是正のためRenilla luciferase活性も同時に測定した。

5. si (short-interference) RNA

MDA-MB-231細胞を用いた上記ルシフェラーゼアッセイにおいて、同時にsiRNAによる内在性DBC1のノックダウンを行った条件下でのルシフェラーゼアッセイも行った。DBC1-specific siRNAをトランスフェクションし、ウエスタンブロッティングによりDBC1がノックダウンされていることを確認した。

6. RNA抽出及びリアルタイム定量PCR

DBC1によるERβの内因性の転写活性化能への影響を調べるために、ERβの発現により抑制される細胞死抑制因子Bcl-2のmRNA量測定を行った。MDA-MB-231細胞をDBC1トランスフェクションの有無、リガンド(E2およびERβ特異的リガンドDPN)の有無に分けて培養した。その後回収した各細胞からRNAの抽出を行い、精製したRNAからcDNAを精製して、リアルタイム定量PCRを行った。

7. Flowcytometric analysis(FACS解析)

DBC1とERβの相互作用が細胞死に与える影響をFACS解析により細胞死率を測定することで検討した。MDA-MB-231細胞を用いて、siRNAによる内在性DBC1のノックダウンが細胞死へ与える影響をリガンドの有無とあわせて検討した。細胞死の解析はAnnexin V-FITC Apoptosis detection kit I、FACS CaliburおよびCell Quest Pro(BD Biosciences)を用いて行い、Annexin V陽性かつPI陰性細胞を細胞死と判定した。

3)結果

内在性DBC1とERβとの結合についての解析

免疫沈降法により、内在性DBC1とERβがMDA-MB-231細胞内において複合体を形成することが判明した。

DBC1とERα/βとの共在についての解析

蛍光免疫染色法により、T-47D細胞の核内においてDBC1とERβ が共在することが示された。またDBC1とERαがMCF-7細胞の核内において共在することも示された。

リガンドの有無によるDBC1とERα/βとの結合についての解析

GST-pull down法により、E2の有無に関係なく全長DBC1とERα/β AF-2とが結合することが判明した。既報ではDBC1とERαはE2非存在時のみに結合するということだったが、本研究ではそれとは異なった結果となった。またDBC1の結合領域はそのアミノ基末端であり、ERα AF-1/2、およびERβ AF-1/2と結合していることが示された。また、ERα/β AF-1における結合において両者は異なり、DBC1とERβ AF-1における結合は、DBC1とERα AF-1における結合よりも強く認められた

DBC1がERα/βのエストロゲン依存的転写活性化能に与える影響についての解析

ERαのE2依存的転写活性化能はDBC1の過剰発現またはノックダウンにより影響を受けないことがルシフェラーゼ活性の測定により明らかとなった。一方ERβのE2依存的転写活性化能は、DBC1の過剰発現により抑制され、逆に内在性DBC1のノックダウンにより促進されることが、ルシフェラーゼ活性の測定により示された。

DBC1がERβのエストロゲン依存的転写活性化能に与える影響についての解析

ERβにより発現が抑制されるアポトーシス抑制因子Bcl-2が、内在性DBC1の過剰発現により、リガンド(E2、DPN)依存的に増加したことから、細胞内においてもDBC1によりERβのリガンド依存的転写活性化能が抑制されることが示された。

DBC1が細胞死に与える影響についての解析

MDA-MB-231細胞の定常状態における細胞死率はERβリガンド(E2、DPN)処理を加えても有意差を認めなかった。内在性DBC1をノックダウンした細胞においては、ERβリガンド(E2、DPN)処理により細胞死率が有意に増加した。内在性DBC1のノックダウンにより、ERβの細胞死促進作用が顕在化したものと考えられた。

4)考察

DBC1は乳癌抑制遺伝子の候補として同定されたにもかかわらず、その機能にはいまだ不明の点が多く、DBC1の腫瘍発生過程における生理的機能の解明が待たれている。ERβは上皮細胞および非上皮細胞の分化過程で重要な役割を担っていることがこれまでの研究で判明しており、乳癌においてはERβの発現を増加させることが治療に役立つ可能性も報告されている。本研究で、DBC1がERαだけでなくERβとも結合することが示され、かつDBC1はERβのエストロゲン依存性転写活性化能を抑制するという新規機能が明らかとなった。既報ではリガンド非依存的に結合していたERαとDBC1の結合は、本研究ではリガンドの有無に関係なくみられた。ERβもリガンドの有無に関係なくDBC1と結合するにもかかわらずDBC1がERαとERβそれぞれの転写活性化能に与える影響に違いがみられたが、この違いはAF-1領域における結合がDBC1とERαとの結合よりもDBC1とERβとの結合の方がより強いことによるためであるという可能性と、DBC1とERα/βとの結合時にリクルートされるコファクター群の違いによるためであるという可能性の二つの可能性が考えられた。DBC1はERβと複合体を形成することで、乳癌細胞の増殖や細胞死に関与し、その結果乳癌形成や乳癌の予後、治療に影響を与えているのではないかと推測され、今後更なるDBC1の機能解析が、乳癌全体の病態解明につながる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は本邦においてその発生頻度が増加傾向にある乳癌の病態におおきく関与しているとされているエストロゲンに焦点をあて、エストロゲンをリガンドとする核内受容体エストロゲンレセプター(ER)βと乳癌抑制遺伝子の候補とされるDBC1との相互作用を検討した。その結果を下記に記す。

1.免疫沈降によりERβとDBC1とは乳癌細胞株MDA-MB-231細胞内において複合体を形成することが示された。

2.蛍光免疫染色によりERβとDBC1とは乳癌細胞株T-47D細胞内において共在することが示された。

3.GST-pull down アッセイによりERβとDBC1はリガンドの有無に関係なく直接的に結合することが示された。結合部位の検索ではERβのAF-1およびAF-2とが、DBC1のアミノ基末端と結合していることが示された。ERのサブタイプであるERαもリガンドの有無に関係なくDBC1と結合し、DBC1のアミノ基末端とAF-1,2において結合していたが、AF-1における結合はERβと比べ弱く、違いがみられた。

4.ルシフェラーゼアッセイによりDBC1はERαのエストロゲン依存的転写活性化能に影響を与えないことが示された。

5.同じくルシフェラーゼアッセイによりDBC1はERβのエストロゲン依存的転写活性化能を抑制することが示された。このことはERβにより発現が抑制される細胞死抑制因子Bcl-2がDBC1のノックダウンによりERβのリガンド依存的に増加したことからも、実際の細胞内において機能していることが示された。

6.DBC1とERβの相互作用が細胞死に与える影響をFACS解析による細胞死率測定によって検討したところ、内在性DBC1をノックダウンしたMDA-MB-231細胞においては、ERβのリガンド処理により細胞死に有意な増加がみられ、ERβのもつ細胞死促進作用が顕在化したものと考えられた。

以上、本論文はDBC1とERβは細胞内で複合体を形成し、DBC1はERβのエストロゲン依存的転写活性化能を抑制するという新規事実を明らかにした。DBC1とERβの複合体は乳癌細胞の増殖や細胞死に影響を与えているものと思われ、今後更なるDBC1の機能解析が進むことにより乳癌の病態解明に貢献することが期待でき、学位の授与に値するものと考えられる。

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