学位論文要旨



No 127086
著者(漢字) ,孝二
著者(英字)
著者(カナ) シバサキ,コウジ
標題(和) 心拍変動解析を用いた要介護高齢者の自律神経活性の評価とその意義に関する検討
標題(洋)
報告番号 127086
報告番号 甲27086
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3696号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上妻,志郎
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 准教授 吉内,一浩
 東京大学 講師 長野,宏一郎
 東京大学 講師 香取,竜生
内容要旨 要旨を表示する

1.序文

わが国における要介護高齢者数、介護保険給付費用は増加の一途をたどり、要介護高齢者の身体機能を維持し、改善を促すことはわが国にとって急務である。

わが国の要介護要因は脳血管障害、認知症、衰弱、関節疾患、転倒・骨折などが知られているが、最近の知見などから、これらの疾患の発症、進展過程において、自律神経系の関与が明らかになり、注目されてきている。

心電図のRR間隔を利用する心拍変動解析で測定したLow frequency/High frequency (LF/HF)は自律神経、特にその一端に交感神経を反映する指標として応用されているが、LF/HFは加齢と共に低下し、高血圧、糖尿病、心筋梗塞の既往などの心血管リスク因子を保有している群のほうが低値である。さらにLF/HF低値と四肢筋力低値や総死亡増加との関連が報告されている。

また自律神経は交感神経、副交感神経に大別されるが、このうち交感神経活性低値は脳梗塞後における重度の麻痺と関連し、レビー小体型認知症における病態の進展、発症と関連していると報告され、要介護要因となる疾患を有する群の交感神経活性低下が示されている。加齢性変化によるLF/HFや交感神経活性の低下に加え、要介護高齢者ではさらなる低下が示唆されており、麻痺や身体機能低下、四肢筋力低下、認知機能低下などの老年症候群と関連することが示唆されている。

しかしながら、要介護高齢者における身体機能や老年症候群を考慮した自律神経活性の報告は未だなく、本研究ではLF/HFを含む自律神経活性の臨床応用への可能性を検討するため、ホルター心電図による心拍変動解析を用いた要介護高齢者における自律神経活性の評価を行い、身体機能、生命予後、リハビリテーション介入効果との間の関連性について検討した。

2.方法

本研究では研究1~4の4つの研究を行った。研究1では要介護高齢者における自律神経活性の特性を横断的に研究し、さらに健常コントロール群との症例・対照研究を行った。

研究2では自律神経活性と生命予後との関連を明らかにするために追跡研究を行い、研究3では自律神経活性の差により身体機能の維持、改善に差を認めるかリハビリテーション介入を行い、研究4では、リハビリテーション介入による身体機能改善と自律神経活性の変化に関連はあるか検討した。

自律神経活性の測定は心電図のRR間隔を利用した心拍変動解析を用いた。心拍変動解析は1996年にヨーロッパ心臓学会とアメリカペーシング電気生理学会の合同調査委員会により、その意義や応用がまとめられた方法である。本研究ではstandard deviation of the all NN intervals in all 5-miunte segments of the entire recording (SDANN)、LF (0.04~0.15Hz)、HF (0.15~0.40Hz)、LF/HFを指標として使用した。

対象は回復期リハビリテーション病院に入院もしくは老人保健施設に入所した要介護高齢者105症例とし、健常コントロール群は身体機能障害、認知機能障害のない13症例とした。

身体機能はFunctional independence measure (FIM)とBarthel indexを測定した。FIMは高齢者のリハビリテーションを行う際の身体機能の評価法として応用されており、運動に関する13項目と認知機能に関する5項目の合計18項目から構成され、各項目に7点ずつ点数が付けられ、点数が高いほど身体機能、認知機能が高い評価方法である。

3.結果

研究1の横断研究ではLF/HFとbaPWVとの間に有意な負の関連が認められた。また要介護高齢者は健常コントロール群に比べLF/HFが有意に低く、日内変動も消失していた 。

研究2の生命予後追跡研究では、研究1の要介護高齢者105症例に対し追跡調査を行い生命予後との関連を検討した。心拍変動解析の各指標のうち、生命予後との関連が認められたものはLF/HFのみであり、LF/HF低値は年齢、性別、心血管リスク因子、FIM、要介護度と独立して生命予後悪化因子であった。

研究3では2ヶ月間のリハビリテーション介入を行いFIMは47.2点から54.0点に改善した。特にLF/HF高値群は低値群に比べリハビリテーションの介入効果が有意に高くLF/HF低値群はFIMが4.7点改善したのに対し、LF/HF高値群ではFIMが9.7点改善した。

研究4では介入前後の身体機能の変化量 (ΔFIM)と、心拍変動解析各指標の変化量 (Δ)との関連を検討し、ΔFIMとΔLF/HFとの間に有意な正の相関が認められ、リハビリテーション介入によりLF/HFは身体機能の改善と共に上昇する事が示された。

4.考察

LF/HFはsympathovagal balanceやsympathetic modulationsとされ、交感神経活性の一端を反映していると報告されている。健常高齢者では運動中に交感神経が活性化され、血圧上昇、筋血流量増加、骨格筋量増加と関連すると報告されているが、要介護高齢者ではLF/HFと血圧が有意に低下しており四肢筋力における筋肉量維持、改善作用が障害されている可能性が示唆された。

研究2の生命予後追跡研究ではLF/HF低値群において有意な総死亡増加が認められた。この結果は約1/3に虚弱高齢者が含まれる集団で検討したVaradhanらの報告と同様の結果であり、加齢性変化に加え虚弱、要介護という身体機能や四肢筋力が低下した集団では心拍変動解析の各指標のうちLF/HFが最も生命予後と関連し、LF/HFを適正に保つ事の重要性が示唆された。

研究3のリハビリテーション介入研究において、LF/HF高値群はLF/HF低値群に比べFIMが有意に改善した。LF/HF値が縦断的に身体機能の改善に関与することが示され、LF/HFの活性化によりリハビリテーション介入の長期効果も期待される結果となった。

研究4ではリハビリテーション介入前後での身体機能の変化量 (ΔFIM)とLF/HFの変化量 (ΔLF/HF)の間には有意な正の相関が認められ、リハビリテーションの有効性と共にLF/HFは身体機能の改善と共に増加する可能性が示唆された。これまでの報告では交感神経活性低値と身体機能低下、四肢筋力低下、認知機能低下などの老年症候群との関連が報告されており、リハビリテーション介入による身体機能の改善とLF/HFの増加はこれらの疾患や病態を改善させる可能性が考えられた。

しかしながら、このLF/HFの上昇はリハビリテーション介入によりLF/HFを上昇させ身体機能を改善したのか、あるいは身体機能、身体活動量の増加によりその反応を観察しているのかは本研究のみでは分からず、今後のさらなる研究が期待される結果となった。

総括として、本研究によりLF/HFは健常コントロール群と比較し要介護高齢者で有意に低値であり、LF/HF低値は生命予後悪化因子、リハビリテーション効果を低下させる因子、さらに身体機能低下因子であることが示された。

5.結論

本研究により、LF/HFは要介護高齢者で低下しており 、生命予後およびリハビリテーションへの反応性にも関連することが示唆された。今後、LF/HFを維持するリハビリテーションプログラムや薬剤などの開発により、高齢者が要介護状態至る過程を予防し、健康長寿の維持に寄与する可能性が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では高齢者の要介護要因となる疾患の発症、進展過程や、身体機能低下の背景に自律神経活性の低下が関与している事を明らかにするため、心拍変動解析を用いて、要介護高齢者の自律神経活性と身体機能、生命予後、リハビリテーション介入効果との関連を検討し、下記の結果を得ている。

1. 要介護高齢者の身体機能と自律神経活性を測定し、身体及び認知機能の障害を認めない健常コントロール群との差を検討した。心拍数、standard deviation of the all NN intervals in all 5-miunte segments of the entire recording (SDANN)、Low frequency (LF)、High frequency (HF)、LF/HFの心拍変動解析の各指標うち、要介護高齢者においてSDANN、LF/HFが健常コントロール群に比べ有意に低下していた。さらに年齢、性別、心血管リスク因子、身体機能 (functional independence measure: FIM)で補正するとLF/HFのみ要介護高齢者での低下が認められた。24時間測定したLF/HFに対し3時間ごとに平均値を算出し、健常コントロール群と比較すると、要介護高齢者において日中のLF/HF低下と日内変動の消失が認められた。

2. 心拍変動解析の各指標と生命予後との関連を検討するため、平均8.9ヶ月の追跡研究を行った。各指標のうち生命予後と関連が認められたものはLF/HFのみであり、LF/HF低値は年齢、性別、心血管リスク因子、FIM、介護度と独立して有意に総死亡増加と関連していた。

3. 心拍変動解析の各指標と2ヶ月間のリハビリテーション介入効果との関連を検討したところ、リハビリテーション介入前のLF/HF高値群では介入による身体機能改善効果が有意に高く、FIMが9.7点改善したがLF/HF低値群ではリハビリテーション介入において、FIMが4.5点改善と有意に低値を示した。

4. リハビリテーション介入による自律神経活性の変化を検討したところ、介入前後の身体機能改善量 (ΔFIM)とLF/HFの変化量 (ΔLF/HF)との間には有意な正の相関関係が認められた。

以上、本論文は要介護高齢者における心拍変動解析を用いた自律神経活性の検討から、要介護高齢者ではLF/HFが低値を示し、予後悪化と関連している事を示した。さらに適正なLF/HFの保持が高齢者の生命予後改善やリハビリテーション介入効果の上昇に重要な役割の一端を担っていることを明らかにした。これまでほとんど研究が行われていなかった、要介護高齢者における身体機能、生命予後改善に対する自律神経系の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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