No | 127088 | |
著者(漢字) | 平池,春子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒライケ,ハルコ | |
標題(和) | 乳癌抑制遺伝子DBC1 (deleted in breast cancer 1)の転写因子としての機能解析 : DBC1はBRCA1との結合を介し生存促進因子SIRT1の発現を直接抑制する | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 127088 | |
報告番号 | 甲27088 | |
学位授与日 | 2011.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3698号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生殖・発達・加齢医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1)緒言および目的 新規乳癌抑制候補遺伝子として染色体8p21領域から同定されたDBC1 (deleted in breast cancer 1)は、乳癌で欠損しているゲノム領域から同定されたものの、乳癌において発現が増強しているという報告もあり、その生物学的意義は不明な点が多い。DBC1は核移行シグナルを持つ核内タンパクであり、DBC1は細胞死の際にカスパーゼにより切断され、ミトコンドリアに移行することで細胞死をさらに促進すること、抗老化分子SIRT1と内在性複合体を形成し、SIRT1依存性p53脱アセチル化能を抑制し、p53依存性細胞死を促進するという分子機構がごく最近知られるようになってきた。SIRT1の造腫瘍的作用が注目されるに従い、DBC1の持つ生理的作用についても近年注目が集まっている。 家族性乳癌・卵巣癌発症の原因遺伝子として知られているBRCA1は、家族性乳癌家系においてはおよそ半数で変異がみられると報告されており、典型的癌抑制遺伝子として作用しているものと考えられている。BRCA1は核内に局在し、タンパク分解、細胞周期の制御、細胞増殖抑制、転写制御、DNA損傷修復、相同組み換えによるゲノムの安定性制御などといった広範な生物学的な役割を持つ。カルボキシ末端に位置するBRCT領域は転写活性化能を示すが、癌家系で見られるBRCT領域内での点変異では、その転写活性化能が失われることが知られている。BRCT領域に存在する転写活性化能は、正常な細胞発育に対して重要なものであることが予想される。よってこの領域そのもの、およびその転写活性化能に関与する遺伝子についての解明は急務であるが、BRCTの転写活性化能を抑制する因子の報告は少ない。 BRCA1がSIRT1のプロモーター上に存在しSIRT1の発現量を増強させるという報告と、SIRT1/DBC1が内在性複合体を形成することから、本研究ではDBC1とBRCA1のクロストークに注目した。特にDBC1が転写因子として核内レセプターと相互作用する報告が相次いでおり、DBC1の転写因子としての役割を研究することを主要な目的とした。 2)材料と方法 免疫沈降法、ウェスタンブロッティング 内在性DBC1/BRCA1複合体の形成をみるために、HeLa細胞の細胞抽出液を用いた。細胞を回収後、細胞溶解液を各々の特異的抗体を用いて免疫複合体を形成させ、Protein G Sepharose Fast Flowと混和し内在性免疫複合体を精製した。また293T細胞に発現ベクター(pcDNA Flag BRCA1, pcDNA Flag BRCA1 A1708E, pcDNA Myc DBC1)をリポフェクション法でトランスフェクションした。細胞を回収後、細胞抽出液をanti-FLAG M2 agaroseと混和しFlag epitopeに結合する免疫複合体を精製した。ビーズはともに十分洗浄した後にSDS-PAGEで泳動され、ウェスタンブロッティングに供された。 GST pull down assay 発現ベクターpcDNA MycにサブクローンされたDBC1の全長とdeletion mutantを用いて、[35S] methionine標識したタンパクをin vitro翻訳により発現させた。野生型BRCT(1528~1863アミノ酸)、点変異BRCTを大腸菌内のタンパク発現ベクターに組み込み、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ (GST) 融合タンパクとしてタンパク発現誘導を行いアフィニティーカラムとして使用した。GST融合BRCTタンパクと、標識タンパクは、低温下にインキュベートし、GST融合タンパクに結合した標識タンパクをSDS-PAGEで泳動し、バンドを解析した。 ルシフェラーゼ活性測定・Mammalian two-hybrid assay 293T細胞に、ルシフェラーゼレポーターベクター、internal control用ベクター、pMベクター、VP16ベクター、発現ベクターをリポフェクション法でトランスフェクションし、細胞を回収後Firefly luciferase活性が測定された。トランスフェクション効率是正のためRenilla luciferase活性も同時に測定した。 Chromatin immunoprecipitation (ChIP) assay HeLa細胞を1.5%フォルムアルデヒドで架橋化し、超音波破砕することで可溶性クロマチン画分の断片化を行った。各々の特異的抗体を用いて免疫複合体を形成させ、DNA飽和されたProtein G Sepharose Fast Flowと混和し免疫複合体を精製した。ビーズからタンパク・クロマチン複合体を溶出し、脱架橋化を行い得られたDNA断片に対しPCR反応を行うことで、DBC1およびBRCA1の結合しているプロモーター領域の同定を行った。 蛍光免疫組織染色および免疫組織化学染色法 乳癌細胞株MCF-7を4%パラフォルムアルデヒドで固定し、特異的一次抗体、二次抗体を用いてコンフォーカル顕微鏡により細胞内におけるBRCA1、DBC1の発現を検討した。都立駒込病院において治療を受けた乳癌患者から書面による同意を得た後に採取した術前生検組織をフォルムアルデヒドで固定、パラフィン包埋し、4mmの切片に切断した。クエン酸緩衝液による抗原賦活化、内因性ペルオキシダーゼブロッキングを行った後、各種タンパクに対する特異的一次抗体、二次抗体を用いて染色した。 統計学的処理 統計処理として、2群間の比較にMann-WhitneyのU検定、多群間の比較にOne-Factorial ANOVA、Bonferroni/Dunnのpost hoc test、Kruskal-Wallis検定を用いた。データの数値およびグラフは平均値±標準偏差または誤差にて示してある。有意水準はp=0.05とした。 3)実験結果 DBC1とBRCA1の複合体形成 DBC1とBRCA1は特異的に共免疫沈降するのでDBC1とBRCA1はHeLa細胞内で内在性複合体を形成していることが判明した。293T細胞にDBC1およびBRCA1(野生型および変異型)の発現ベクターをトランスフェクションしたのち、免疫沈降を行ったが、DBC1とBRCA1(野生型および変異型)は特異的に共免疫沈降するのでDBC1とBRCA1(野生型および変異型)は複合体を形成していることが判明した。 DBC1とBRCTの結合領域の同定 GST pull down assayにより、DBC1と野生型および変異型BRCTは直接的に結合することが判明した。同様に、DBC1のアミノ酸末端(DBC1 N: 1-230アミノ酸)がBRCTとの結合領域であることが判明した。Mammalian two-hybrid assayにより上記のGST pull down assayの結果が確認された。 DBC1とBRCA1のMCF-7細胞内における共存および動態変化 DBC1とBRCA1は、定常状態ではMCF-7細胞の核内において共存した。細胞に紫外線を照射して細胞死を誘導したが、細胞死を誘導した細胞の細胞質において、両者が共存していることが示された。 DBC1のBRCA1に対する転写活性抑制効果 DBC1がBRCTの転写活性化能に与える影響を検討したところ、GAL4-BRCTのルシフェラーゼ活性はDBC1発現により半減し、特異的抑制効果を示した。BRCA1はSIRT1 promoterを持つルシフェラーゼベクターの活性を上げることが知られているが、DBC1はこの増強効果を抑制した。ChIP assayにより、SIRT1 promoter 1354-1902の領域にDBC1、BRCA1、SIRT1の三者が存在することが判明した。 DBC1の乳癌生検組織における発現 乳癌生検組織におけるDBC1の発現を、駒込病院乳癌症例について免疫組織化学染色法にて検討し、乳癌予後規定因子との関連を調べた。DBC1およびSIRT1の発現量を点数化して評価したところ、DBC1発現と乳癌の核異形度が正の相関を示すことが明らかとなった。一方DBC1発現、SIRT1発現とHER2の発現は逆相関することがわかり、乳癌の予後規定因子と関連がある可能性が示唆された。 4)考察 免疫沈降法・蛍光細胞免疫染色によりDBC1とBRCA1は内在性複合体をなしていたため、この複合体形成は機能的である可能性が示された。特にMCF-7細胞においては、細胞死が起きている細胞内においても細胞質に両者が移行して共存していることから、この複合体形成が細胞死に関与する可能性が示唆された。またDBC1の転写調節因子としての機能として、DBC1がBRCTの活性を抑制する新規機能を持つことを明らかにした。DBC1はBRCA1の持つ生存促進因子SIRT1の発現増強作用を抑制することも明らかとなり、これらはいずれも癌促進的機序に関連するものと考えられ、この分子生物学的機序が乳癌発症・進展機序に重要である可能性が考えられた。SIRT1は乳癌を含む各種癌で発現が増強していることが知られているが、その一方で、癌抑制的に作用する二面性を持った分子であることが明らかとなっている。このためDBC1の作用が最終的に癌促進的に作用するか、癌抑制的に作用するかは、今後の検討が必要であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は新規乳癌抑制候補遺伝子として染色体8p21領域から同定されたDBC1 (deleted in breast cancer 1)の生物学的意義について検索し、このDBC1が乳癌抑制遺伝子BRCA1やBRCA1依存性SIRT1に対する影響に関して解析し、下記の結果を得ている。 1. DBC1は細胞内においてBRCA1と複合体を形成する DBC1がHeLa細胞内でBRCA1と内在性複合体を形成するか否かを検討したが、DBC1とBRCA1は特異的に共免疫沈降するのでDBC1とBRCA1は複合体を形成していることが判明した。また293T細胞にDBC1およびBRCA1(野生型および変異型)の発現ベクターをリポフェクション法でトランスフェクションしたのち、anti-FLAG M2 agaroseにて免疫沈降を行ったが、DBC1とBRCA1(野生型および変異型)は特異的に共免疫沈降するのでDBC1とBRCA1(野生型および変異型)は複合体を形成していることが判明した。 2. DBC1とBRCTの結合領域の同定~in vitroおよびin vivoにおけるDBC1とBRCTの結合 DBC1とBRCTが直接結合するかどうかを検討するためGST pull down assayが行われたが、DBC1と野生型および変異型BRCTは直接的に結合することが判明した。DBC1のBRCTとの結合領域の同定のため、DBC1のdeletion mutantを用いてGST pull down assayが行われたが、DBC1のアミノ酸末端(DBC1 N: 1-230アミノ酸)がBRCTとの結合領域であることが判明した。Mammalian two-hybrid assayを用いたところ、VP16-DBC1 NはGAL4-BRCTの活性を正に調節したことからGST pull down assayの結果が確認された。一方VP16-DBC1 ΔNはGAL4-BRCTの活性を抑制した。 3. DBC1とBRCA1のMCF-7細胞内における共存および動態変化 DBC1とBRCA1の細胞内における共存について、共焦点顕微鏡を用いて観察した。定常状態では核内においてDBC1とBRCA1は共存した。細胞に紫外線を照射して細胞死を誘導したが、核の形態より細胞死を起こしていると考えられる細胞の細胞質において、両者が共存していることが確認された。 4. DBC1のBRCA1に対する転写活性抑制効果 DBC1がBRCTの転写活性化能に与える影響を検討した。DBC1をGAL4-BRCTと同時に293T細胞に発現させたところ、BRCTのルシフェラーゼ活性はDBC1発現により半減し、特異的抑制効果を示した。DBC1 ΔN発現ベクターは、この抑制効果をもたらさなかった。BRCA1はSIRT1 promoterを持つルシフェラーゼベクターの活性を上げることが知られているが、DBC1はこの増強効果を抑制した。従ってBRCA1依存性SIRT1発現増強作用をDBC1は抑制することが示された。ChIP assayにより、SIRT1 promoter 1354-1902の領域にDBC1、BRCA1、SIRT1の三者が存在することが判明した。 5. DBC1の乳癌生検組織における発現 乳癌生検組織におけるDBC1の発現を、駒込病院乳癌症例について免疫組織化学染色法にて検討し、乳癌予後規定因子との関連を調べた。DBC1およびSIRT1の発現量を点数化して評価したところ、DBC1発現と乳癌の核異形度が正の相関を示すことが明らかとなった。一方DBC1発現、SIRT1発現とHER2の発現は逆相関することがわかり、乳癌の予後規定因子と関連がある可能性が示唆された。 以上、本論文は新規乳癌抑制候補遺伝子であるDBC1はBRCTの野生型、変異体いずれにも結合し得ること、また転写抑制因子として作用することから、BRCTの変異体に転写活性化能が消失している原因の一つではないかと考えられること、抗老化分子SIRT1には、p53の脱アセチル化に対し拮抗しているのみならず、SIRT1発現レベルでも拮抗していること、結果として、抗腫瘍ないし造腫瘍的に作用しうることは、発癌機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。 | |
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